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始まりの魔女  作者: 碧亜
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第九話

 闇がシェリルに襲い掛かろうとした瞬間、全ての景色が暗転した。

(何……?)

 暗闇に包まれたシェリルは、不自然な温もりを感じ取り、やがてその顔は恐怖に引きつった。肉を引き裂き砕くような音が何度も何度も耳を突き、吐き気を催すような濃い血の香りがあたりに満ちる。

 視界はふさがれた。何も見えない。だが、視界を塞いだのはドルアーノの操る闇ではなかった。もっと単純な、物質的な肌触りの黒い外套。アルフォンスの纏っていた、彼の温もりが残る外套が、シェリルを守るかのように包み込んでいた。

(何が起こったの?)

 頭の中は耐え切れない恐怖感と不安が募り、鈍器で力の限り殴られたように痛む。

 すぐ近くの耳元で、血を吐くような苦しみを耐える声が聞こえた。

(これが夢なら早く覚めて。――早く、この闇を取り払って)

 やがて、シェリルの視界が開けた。その先には、赤く染まった景色が見渡せた。そして赤い赤い何かが、シェリルの真っ白い寝衣を染め上げてゆく。ゆっくりと、不快な生暖かい液体が体に纏わりつく。シェリルの肩に、赤く染まった何かが倒れこんだ。驚きに表情を歪めるシェリルの瞳に映ったそれは、アルフォンスだったもの。ドルアーノの闇を一人その身に受け止めた青年の体が傾く。彼女を身を呈して庇ったが為に、純白の大地を真紅に染め上げながら、アルフォンスは受身を取ることもせずに地に崩れ落ちた。そして彼から勢い良く吹き出す血飛沫が、シェリルの衣を更に赤く染め上げる。

 思考が止まった。これは全て夢だ。どうしようもなく暗い内容の悪夢。目が覚めればきっと、全てが無かった事になる。それでも、生々しい血は後から後から白雪の上に赤い水溜りを広げていく。それが、現実と夢をはっきりと分けていた。

「ア、アルフォンス皇子――――!!」

 全身の血が逆に巡るかと思うほど、シェリルは声を張り上げて絶叫した。赤く染まる視界。白く霞む物などもう何一つ無い。

 シェリルは動揺しながらも、アルフォンスの受けた傷を確かめようと、外套を取り払う。そして、目にしてはいけない物を見た。「闇」が、アルフォンスの体を徐々に食んでいた。まるで死体に集る蛆虫のように、ドルアーノの作り出した瘴気が汚らしくアルフォンスの体を侵食する。うつぶせに倒れたアルフォンスは動かなかった。もはや、口も開かない。生きているのかも分からない。ただ、その背中から真紅の色を溢れさせて、それがシェリルの意識を現実に留める。

 かっと血が滾り、周り全てが消え去ればいいと、心の底から思った。

 全て、消えてなくなればいい。もう、何もいらない。何も望まない。だから、呪われるべきあの男を消す。

 シェリルの頬を赤い雫が伝った。止めなく、後から後から零れ落ちるそれは、涙と呼ぶにはあまりにも毒々しく、シェリルは酷く無感情で虚ろな瞳をしていた。まるで囚人の怨みつらみを形にしたかのような眼差しで、白い男を見据える。

(失う事がこんなにも悲しいだなんて、知らなかった……)

 喪失感と、虚しさだけがシェリルの心に広がる。怒りも喜びも何もなかった。ただ失われた大事な人が恋しくて、いっそ全てが消えてしまえばいいと願う。

 シェリルは今度こそ躊躇う事無く、眠れる力の全てを呼び起こした。願うは一つ。全ての元凶となった白い悪魔の滅びだけ。

 また、集う力が霧散しかけた。まるで、憎しみを伴った感情では、力を使う事が出来ないように制御されているよう。それでも、シェリルは霧散しかけた力を無理矢理束ね、更なる力を呼び起こした。シェリルの中にあった何かが、音を立てて砕けた気がした。

「消して…………、全部消してしまえ」

 全て視界に映るものが消えてしまえばいい。本当に、自身の持つ力が神の力の片鱗だと言うのならば、全てを消して見せて――。

 シェリルは白い光を呼んだ。破壊の為の炎でもなく、切り裂く風でもない。純粋に、光を放つ、全てを無に返すことの出来る力を己の魔力で作り出す。シェリルは赤く染まった右手を上げた。

 そして驚愕の表情を浮かべたドルアーノに向けて、シェリルは微笑みかけた。

 ――消えてしまえ。

 眩い、白雪よりもなお白く強い光がシェリルの掌から放たれ、全てを包み込んだ。視界に映るものはもう何一つない。ただ、真っ白な光だけが、白い雑木林ごと全てを飲み込み、浄化しながら何もかも消し去ってゆく。後に残る物は何も無い。穢れも曇りも存在しない真っ白な世界。やがて、最後まで抵抗していた闇の瘴気が、跡形もなく消え去った。まるで、初めから何も存在していなかったように……。





 何と愚かだったのだろう。こんなにも無力でありながら、力があると思い込み、過信が招いた結果は酷く空しく、悲しく、空虚な感情だけが浮かび上がる。全てが終わりを告げた。一体この先に何が待つと言うのか。もはやシェリルにはそんな事はどうでも良かった。ただ、自分すらも消え去ってしまえば良いと、心の奥底から望む。

 白い光は眩く寂しく、何処までも凍てついていた。視界から全ての形あるものが消え去った。あるのは、白い大地と、赤く染まった少女と青年だけ。

 薄い布越しに感じる雪の冷たさも、肺を凍らせる寒さも何も感じなかった。

 ただ静かに、凍りついた時間だけが過ぎていく。

 シェリルはそっと腕を伸ばして、アルフォンスを仰向けにして、彼の頭を自身の膝に乗せた。固く閉じられた瞼。その奥に眠る漆黒の瞳は二度と開かれない。そう考えると、シェリルはいてもたってもいられなくなった。

 シェリルはそっと、アルフォンスの頬に手を添えた。

 まだ、人の温もりを残していた。微かに、血が巡る鼓動を感じる。ほんの僅かに生きた人の温もりが残っていた。

「アルフォンス……目を覚まして……」

 こんなにも浅はかな自分を守るために、その身を投げ出したアルフォンス。ドルアーノの放った闇を、その青年にしては細い体で受け止めた。魔力に何の耐性も無い彼だから、その傷の深さは計り知れない。それでも、彼を侵食しようとしていた瘴気は消す事が出来た。だが、アルフォンスの傷は癒えない。シェリルに出来るのは破壊と、闇を払う事だけ。

 シェリルは頬を伝う涙を拭う事もせずに、ただ悲しさに空を仰いだ。

 晴れ渡った真っ白な空。雲なのか、青空なのかも分からない。ただ透きとおるように白く、全てを溶かしてしまったかのよう。

 シェリルは瞳を閉じた。

 無音に時間だけが過ぎ去る。全ての過ちと後悔が浮かんでは消えた。そして、心に引っ掛かる最期。何故、シェリルは力を放つ事が出来なかったのだろう? 何故、憎くてたまらないドルアーノを焼き尽くす事が出来なかったのだろう? なのに、アルフォンスが倒れ、全てが虚ろになった瞬間、シェリルの力は再び解き放たれた。何故、望む力は手に入らなかったのだろうか。

「シェリル……」

 不意に小さく、囁くような声が聞こえ、シェリルははっと息を呑んで声を発したであろうアルフォンスを覗き込んだ。アルフォンスは、笑っていた。酷くぎこちない笑みだったけれど、必死に微笑もうとしていた。

「……無事、か……?」

 アルフォンスはそっとシェリルの頬に手を伸ばした。そして、未だ流れ続ける雫をそっと拭う。触れた指先は、冷たかった。足に触れる雪の地面はもはや冷たいと感じないのに、アルフォンスの指先は酷く冷たい。まるで死に触れられているようだと、シェリルは朦朧とする意識の中でそう思う。

「どうして……こんな馬鹿な真似を……?」

 自らのまいた種で、自分が刈り取られてしまうのならば仕方がない。それでも、アルフォンスは死を覚悟でシェリルを庇った。アルフォンスの命を脅かしたのは、他の誰でもなくアルフォンス自身。これでは、誰を憎めば良いのか分からない。

 もう一筋、赤い涙が頬を伝った。

「さぁ、俺にも分からねぇ……。ただ、そうしたいと思ったんだ……」

「私を……幸せにしてくれるんじゃなかったの?」

 シェリルがそう呟くと、アルフォンスは悲しそうに笑った。赤い絨毯が更に広がっていく。

「あぁ、勿論。世界で一番、幸せにするさ……。俺の幸せは、笑ってるお前を見ることだから……」

 誰かが、シェリルは笑っている時が一番綺麗よ、と言ってくれた気がする。

 シェリルは無理矢理に涙で汚れた顔を笑顔に変えようとした。それでも、全身の水分全てを押し出すまで留まらないかのように、涙は頬を伝い続ける。

 宙を彷徨っていたアルフォンスの手がシェリルの顔を包み込んだ。冷たい指先に震え、息を呑んだつかの間、そっと彼に引き寄せられる。

 アルフォンスの端正に整った顔が近づき、その深い漆黒の瞳がシェリルの緑柱石色の瞳を覗き込む。アルフォンスの背中が僅かに浮き上がり、シェリルの唇に冷たいものが触れた。

 ほんの僅か、触れるだけの口付け。

 一瞬であったのに、シェリルにとって永遠よりも長い時に感じられた。

「――――」

 最期に、耳元で彼が唇を動かす。小さな空気の振動が伝わり、シェリルにだけ聞こえた言葉。シェリルは大きく瞳を見開いた。

 そして、アルフォンスの体が崩れ落ちる。全ての生気を放棄して、ゆっくりと、頑なに瞳を閉じたまま彼は動かなくなった。

「アルフォンス……嫌よ……だめ、いかないで」

 生きることをやめよとする体は、次第に氷のように凍てついてゆく。シェリルはそっとアルフォンスの手を握った。もう、ぬくもりは感じられなかった。それでも、微かな血の巡る鼓動が聞こえ、シェリルは全ての神経を集中させた。そして自分自身の内側から魔力の流れを逆流させる。

「神よ……、もし私が貴方の寵愛を受けた子供ならば、私の願いを叶えて」

 この優しい人を救って欲しい。

 まだ、彼は消えるべきではない。こんな場所で、果ててよい人物ではない。

 永遠を夢みた子供の頃が酷く懐かしい。現実はこんなにも刹那の限りに終わっていくと言うのに。

 全ての時間を止めてしまいたかった。決別の未来など、永遠に来る事がないように。

(時間よ止まれ……彼の時間を止めて……!)

 溢れる感情が、次第に彼女の力を引き出していく。「神の力」が、シェリルとアルフォンスの周りを温かく包み込む。次第に魔力の流れそのものが、シェリルの意思どおりに動き出す。

 ――時間を止めるために……。

 全てが温かな虹色の光に包まれ、シェリルはもう一度、天に祈りを捧げた。

(全知全能の神よ……どうか、私の命を彼にあげて……。私は貴方の御許に参るから……)

 全てを引き換えていい。だから、たった一人の人を助けて欲しい。

 シェリルは全ての願いを込めて、「力」を解放した。





 遥か遠くで、眩い白き光を視界の端に捉えたセイファンは、只一人、連れた兵士たちを置き去りにして駿馬にまたがり、込み上げる不安を押し殺して白い雑木林の中を駆け抜けた。光は弱まり、やがてあたりは静寂に包まれる。セイファンは探していた人物を見つけようと、必死に周辺に目を配らせながら進んだ。しばらく走り続け、突然、白い雑木林が途切れた。何も無いように感じられる、真っ白い大地だけがぽっかりと円形に続いている。そして、その中心部に、探し人を見つけ出し、セイファンは馬から下りて駆け寄った。

 見つけた二人の青年と少女の名を呼ぼうとしたところで、セイファンの口は声を紡ぐ事無く、息を飲み込んだ。

 セイファンの視線の先に、アルフォンスを抱き空を仰ぐシェリルがいた。アルフォンスの顔色は普段よりも白く弱々しく、その瞳は硬く閉ざされていた。そして、二人の周りにだけ不自然に広がった赤い色が、その場の静かな空間を打ち壊す。

 シェリルも、アルフォンスも、一言も言葉を発する事無く、動く事もなく、まるで二人のいる場所だけ時間が止まっているかのよう。セイファンは更に数歩、二人に近付いた。

「――――……アルフォンス……」

 祈りを捧げるように、シェリルは小さく空を仰いだまま呟いた。

 セイファンはもう一歩、歩みを進め、やがてシェリルの肩越しに見えた光景に絶句する。

 シェリルに抱かれたアルフォンスは、安らかに眠っていた。もう二度と目覚める事のない、永遠の安らぎに憩い、穏やかな笑みを浮かべたまま、ぐったりとシェリルに体を預けていた。そして、彼の周りには不自然な赤い物が、流れ続ける。シェリルの纏う寝衣は、目も覚めるような鮮血により、深い紅色に染まっていた。

「……理に叶わぬ望みは、全て妨げられてしまうのね……」

 術は不自然に失敗した。成功すると確信した瞬間、アルフォンスに送ったはずのシェリルの「命」そのものが、凍りついた。無理矢理逆流させた「力」は、怒濤の勢いでシェリルに再び戻る。アルフォンスの時を止める事は出来なかった。そして、何もかもが終わってしまった。もはや、シェリルがこの場にいる理由はない。

 そこまで考えが行き着き、落ち着きを取り戻したシェリルは小さく息を吐いた。

「シェリル? 一体、何があった?」

 放心したような少女に、セイファンは呼びかけた。シェリルは振り向かなかった。

「――セイ様……いいえ、白き王セイファン」

 酷く感情の込められない声色で、シェリルはセイファンの存在に答える。

「私の最後の懺悔を……どうかお聞きください。……アルフォンス皇子を殺したのは、他の誰でもなくこの私。血と魔道に穢れたこの手で、私はアルフォンスの命を奪ってしまった」

 セイファンはシェリルの言葉が信じられなかった。まさか、シェリルがアルフォンスを殺すはずなどないのだから。それでも、安らいだ表情のまま死に逝った弟を覗き込むと、何があったのか見当もつかなかった。ドルアーノは何処へ行ったのか、何故シェリルだけが無事にいるのか。全てが分からない事だらけだった。

「シェリル、何があったのか話してくれ」

「……」

 答えを求めても、シェリルはその涼やかな声で真実を語る事はなかった。

 ただ、ぼんやりとアルフォンスの安らかな死に顔を虚ろに覗き込む。

「王、シェリル・グローランスは今この時、アルフォンスと共に死ぬのです。さぁ、どうかその剣で私の心臓を貫きください。王家に仇なしたこの身を、切り捨てて……」

 もう、何も残ってはいないのだから、世に未練などない。早く終わらせてしまえばいい。

「馬鹿な事を言うんじゃない。何故君までも死なねばいけない?」

「私は……私が全ての元凶となってしまった。アルフォンスを殺したのはこの私なのです! もはや、何の意味があって世を生きなくてはいけないの……?」

 言葉の一つ一つに悲しみが込められているようで、真実は知りたくも無いとそう願う。

「どうか、ここで終わらせて……」

 死を望むシェリルの言葉に、セイファンは答えなかった。遥か遠くで、大勢の兵の声が聞こえた。一人先走ったセイファンを探しているのだろう。セイファンはもう時間が残されていない事に気がつく。

 静かに腰に下げた細身の剣を抜き放ち、ゆっくりとシェリルに近付く。

 ぴたり、と白金の刃が首筋に宛がわれて、シェリルはその凍りつくほどの冷たさに微かに震えた。それでも決して動かずに、静かに瞳を閉じた。

(主よ、どうか穢れたこの身に相応しい痛みをお与えください)

 でなければ、先に空へと昇った人に、顔向けが出来ないから……。

 シェリルの真後ろで、剣が風を切る音が続き、次に襲い来る痛みに、シェリルはきつく唇を噛んで死を覚悟した。

 白い飛沫が上がった。それに紛れて、細く長い何かが大地にハラハラと舞い落ちる。

 痛みは、無かった。

「……西に逃げるんだ。ここから真っ直ぐの西の果てに……古い塔が建っている。そこまで、振り向かないで走って」

 セイファンは切り落としたシェリルの長い桃色の髪をすくい上げ、白い大地に広がる赤い池に擦りつける。一目でシェリルの物だと分かるその髪束を、セイファンは握り締めた。そこでようやくシェリルは振り返った。

「シェリル・グローランスはここで死んだ。さぁ、早く追っ手が来る前に、行くんだ。アルフォンスが守ろうとしたものを……、今度は君が守らなくちゃ」

「アルフォンスが、守ろうとしたもの……?」

 シェリルは小さくそう問い返す。セイファンは無言で頷いた。

「君は、君自身を守るんだ。でないと、アルが可哀想だから……」

 最期まで、シェリルを思ってくれたアルフォンス。それ故に命を落とした哀れな皇子。シェリルはまた一筋、濁りのない透明な涙を零した。

 どこまで愚かなのだろう。彼が命を賭して守ってくれたこの命を、こんなにもあっさりと手放そうとは。セイファンでなければ、シェリルは間違いなく殺されていた。セイファンは全てを受け入れた上で、シェリルを生かそうとしている。それが、空気を通じて痛いほど伝わり、シェリルは赤く染まった袖で強く目を擦った。

 泣いている場合ではない。

 生きなくてはいけない。彼の為にも、シェリルが巻き込んだ全ての者達の為にも。

 そして、一つだけシェリルは自分に出来るせめてもの償いを思いつく。

 たった一つだけ、誰かのためにシェリルにも出来る事があった。それで全てを償う事は出来はしないだろうけれど、それでも今のシェリルがすべき事は一つだけ。

「……セイ様。姉上を……世界で一番幸せにしてあげて……。姉上の事だけを第一に考えて。そうすれば、全てが元通りになるから……」

 辺りに風が吹き抜けた。心地良いほどに柔らかな、命の息吹を伝える春に似た温かな風が、無感情な白い大地を吹き抜けた。

 シェリルはアルフォンスをそっと大地に寝かせると、立ち上がった。

「ごめんなさい……。でも、私は生きるわ。それが私のアルフォンスに返せる唯一の想いだから……」

 シェリルはそう呟くと、大きく両の腕を前に翳し、風を操った。緩やかな春風は急激に速度を上げ、真っ白な粉雪を舞い上げて吹き抜けた。白い雪の結晶が四方八方から舞い落ちて、セイファンの視界は白く霞む。

 セイファンは堪えきれずに瞳を閉じた。

「――――さようなら」

 風に紛れて、何かが聞こえた気がした。

 次に瞳を開いた先には、何も存在していなかった。真っ白な大地だけが遥か遠くまで続き、やがて天と地を分かつ地平線に消えて行った。真っ白く開けた空間には、春風の少女の姿も、眠るアルフォンスも、赤く染まった大地も全て嘘のように消えていた。

 白い春風が全てを持ち去り、跡形もなく掻き消えた。

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