崩れ去る数々をそれでも
さくらが明楽の妹だったことが判別したり、姉さんが家に帰ってきたりと騒がしく忙しかったあの日の翌日──火曜日。
何事もなかったかのように学校へ行くと、しかしいつも隣にいたはずの明楽の姿は見えなかった。
結局、教室にもいなかった。
昨日の休みについてや女子小学生と話していたことについてなど、先生から事情聴取されて時間が過ぎ──そして放課後まで。
明楽が来ることはなかった。
さくらと気まずくなるだろうな、などと甘い考えを持っていた自分を思わず殴りたくなった。
気まずくなるどころの話じゃなかったのだ。そもそも、あの日以降さくらがネットに浮上しなくなった。気まずくなることすら許されなかったのだ。
これから学校に来るかもしれない? これからネットに浮上するかもしれない?
そうかもしれない。けれど、そうじゃないかもしれない。未来は誰にもわからなくて、だから僕らは右往左往するしかないんだ。
あぁ、あの感覚だ。
手の甲から何もかも崩れ落ちる、あの感覚だ。
何もできないまま、三日が過ぎた。
考えてみれば、僕は明楽の家がどこにあるのかを知らなかった。ずっと一緒にいて、何から何まで共有しているつもりだったのに──。
僕は何も知らなかった。あの日常が永遠に続くと、心のどこかで安心しきっていたのだと思う。
心の底から滝のように溢れ出る自己嫌悪の念に、僕は抵抗できずにいた。
金曜日、僕は学校を休んだ。
「いつまでもめそめそと、小学生にでもなったつもり!? 甘えるのもいい加減にして頂戴!」
金曜日の夕方──朱宮茜里は怒鳴った。
隣の家だから、と教師に頼まれたりしたんだろう。連絡事項とか、そういうのを伝えに僕の家へ来た。で、だらけた僕を見て怒っているわけだ。
一日中ベッドに寝転んでいた身体は、起き上がろうとする僕にずしりと重たく圧し掛かる。
甘える、か。なるほど。僕はさくらに甘えていたのかもしれない。甘えてくれ、と叫んだ僕が。
「へ、へ、へ」
皮肉な話だ。笑えてくる。自分の無力が。自分の無知が。自分の無様が。
何を勘違いしていたのだろう。高校に入学したときの、挫折したあの頃と何一つ変わらない。いや、むしろ。
「──いい加減にしなさいよ! いつもの、気持ち悪いくらいに純粋なアンタはどこいったのよ! あー、もう! いつも気持ち悪いけど、今日はいつもの何倍も気持ち悪いわね!」
「‥‥‥さっさと帰れよ」
「なに? アンタ、だれかに指図できるほど偉いわけ? もしかしてアンタ、何かあるたびにずっと引きこもるつもり? ふん、滑稽ね。自分じゃ何も成していない、ただ金を浪費することしかできないクズが! こうして黙って引きこもってれば、誰かが救いの手を差し伸べてくれると思ってる? 残念、誰もアンタに構ってる暇なんてないの」
「‥‥‥っせえな」
「あらそう、ならいいわ。それじゃあそうやって、大切なものを一つ、また一つと失いながらも何もしない、怠惰な人間になりなさいな」
「これしか方法を知らねぇんだよっ!」
「‥‥‥それが本音?」
「ああそうだよ、僕は浪費癖にステータスを全振りしたようなクズだよ! もしかしたら誰かが、誰かが救ってくれると思っていたよ! あー、クソッたれがッ!
出来ることなら僕だって、どこか遠くへ行きそうな友人のためにクラスメイトに手伝うようお願いして別れの日に千羽鶴を泣きながら渡して、それで感謝されるような人間になりたかったさ! それが出来ないからここにいるんだろ! 負け犬みたいにベッドで震えて、そうだよこれだって負け犬の遠吠えだ!
助けたい、助けたいさ。助けたいさ! でも、手遅れなんだよ‥‥‥!」
「ふーん、助けたいのね?」
「‥‥‥‥‥‥ああ、だけどそれが出来ないから──」
「なら手伝うわ。電話は持ってるわよね? 学校へ電話する。こういう事態だと伝えれば、住所くらいは教えてくれるはずよ」
「‥‥‥あぁそうか。チクショウ、何で今までそんな簡単なことに気づかなかったんだ! 早速電話するぞ!」
怠惰な惰性が嘘のように、僕は急いで固定電話のあるリビングへ向かう。
駆け足で階段を下りて、固定電話に手を伸ばす。
「ありゃ、どうしたんだいコトコト。風邪じゃないの?」
「治った! ていうか姉さん、コトコトは流石に飛躍し過ぎだと思うぜ!」
「な、何か元気だな‥‥‥」
姉さんを無視して電話番号を入力する。電話をかけると、数秒もしないうちに先生が出た。担任を呼ぶように伝える。
数分後、担任から住所を聞いた。適当な紙にメモをして、それをポケットに入れ支度を始めた。
無論、杜田家へ向かう支度を。
すみません、女児向けゲームに夢中で更新遅れました。