絡み合う運命の糸
状況を整理しよう。僕はネット上での友人である「さくら」と現実で対面することになり、そしてその「さくら」はなんと女子小学生だった、と。
しかしまあ、容姿はびっくりするほど綺麗だな。ぱっちりと僕を覗く姿があまりにも可愛く、不意に目を逸らしてしまった。
「え、えっと‥‥‥そう、映画だ。映画を見るって言っていたな! 早速行こうか! ‥‥‥あれ、そういえば秋葉原に映画館ってなくない?」
「そうですね。でもその前に、一度プリシスやっていきませんか? 私、現実での知り合いとトモダチケット交換したことなくて、ずっと憧れてたんです‥‥‥」
「そっか。それじゃあ行かなきゃな」
プリシス──正式名称はプリティーシスターズ──というのはいわゆるトレーディングカードアーケードゲーム、要するにゲーセンとかで見かける女児向けっぽいアーケードゲームの一種である。ゲームから始まったプリシスは、数年前からアニメも始まってもはやアイドル系女児アニメ界隈ではトップクラスである。プリシスの一番の魅力と言ってもいいトモダチケット、それはゲーム中に印刷されるチケットで、友人と交換したトモダチケットのバーコードを筐体に読み取らせることで友人がチームメンバーとしてライブを盛り上げてくれる。
そのトモダチケットを、僕と交換したいと言っているわけだ。
僕も明楽と交換するまではリアルの友だちと交換するのに憧れていたし、気持ちは痛いほどわかる。
だからこそ、断れるはずなどなかったのだ。
そこから徒歩で数分歩くとゲームセンターが見えてくる。女子小学生を連れて歩いている高校生、かなり犯罪的な画だと自分でも思う。歳の離れた兄妹だとでも思われたのか、終始警察の厄介になることはなかったが。
プリシスが設置されているところまで歩き、そして列に並ぶ。
僕たちがやろうとしているのは、最近新しいモードとして遊べるようになった「もっトモ! しんゆうモード!」だ。
二人で協力してライブを行うこのモードは、最後に印刷されるトモダチケットがお揃いのものになり、合わせると一枚の絵になるというものだ。
百聞は一見に如かず。気になったかたは「プ●パラ」の「ずっ●モ! アイドルペアモード」を遊んでください。
「お、ようやく席が空いたね。それじゃあ遊ぼうか」
「はいっ!」
コインを筐体に入れ、ゲームを起動させる。少女の「プリシスへようこそ!」という可愛い嬌声が耳に残る。
「もっトモ! しんゆうモード!」を選択すると、コーデ画面へと進む。ここで自分の作ったキャラクターに好きな衣装を着せることができるのだ。
せっかくなので、さくらと同じコーデにしてみた。さくらのマイキャラであるピンク髪のツインテールの女の子に、さくら色のネグリジェがよく似合う。ちなみにさくらはかなりやり込んでいるようで、最高ランクの「ふくつのアイドル」だった。
僕の黒髪短髪という和風な女の子にも、いい意味でネグリジェがマッチしている。ギャップ萌えというやつだ。
「‥‥‥これって通報したほうがいいんじゃない?」
後ろに並ぶ若いカップルがそんなことを小声で囁いてたのは無視して、とりあえずライブを始める。
僕らのやっている「もっトモ! しんゆうモード!」では、二人での協力プレイが楽しめる。小学生だからゲーム自体は巧くないのかな、などと思い込んでいたがひょっとしたら僕より巧いかもしれない。
マジカルタイムと呼ばれる、ボタンを連打した数により得点が上がる時間になる数秒前、さくらの空気が変わった。
明らかに息をしていない。連打する腕だけが高速で動き、その他の器官は微動だにしない。かちかちかちかちかちかちかち、と。
結果、普段の僕の数倍近い速さで最高の連打数へ到達した。
一方彼女に魅せられゲームに集中することを忘れてしまった僕は、クソみたいな連打数でマジカルタイムを終わらせてしまった。
「‥‥‥‥‥‥ふぅ」
そしてそのままライブは終わりを告げ、さくらが欲しかったトモダチケットが印刷される。
僕のキャラであるマコトと、さくらが手を繋いでいる様子が写されていた。その上には「ずーっとトモダチ!」という文字がふわふわとしたフォントで印刷されている。
「うわーっ、可愛いですね!」
「それじゃあ交換しようか」
「どうぞ‥‥‥!」
恐る恐ると言った様子で僕にトモダチケットを渡してくる。トモダチケットに触れる両の親指と人差し指が触れている。恐らく初めてのことで、緊張しているのだろう。
トモダチケットをもらい受け、今度は僕のものを渡す。
さっきまで緊張していたのが嘘のように、ぱぁっと目を輝かせて僕のトモダチケットを見つめている。
「ありがとうございます、マコトさんっ!!」
お辞儀をしたさくらは、嬉しそうにトモダチケットをファイルにしまう。何だか照れくさい。
照れ隠しの意味合いも含めて、僕は言った。
「それじゃあ映画館へ向かおうか。今日の目的はそっちだし」
「そうですね、向かいましょう!」
逆戻りするように秋葉原駅へ向かい、そこから電車を二本。降りて数分歩くと、目的地である映画館へ到着した。
足を進めつつ、さくらに尋ねる。
「さくら」
「はい?」
「どうして待ち合わせ場所を、この映画館じゃなく秋葉原駅にしたんだ? こっちで待ち合わせたほうが絶対に効率良かったと思うんだけど」
「えっと、それはですね。お恥ずかしい限りなんですが、マコトさんとプリシスがやりたくて‥‥‥ごっ、ごめんなさい! おっしゃるとおり、絶対にこっちのほうが効率は良かったんですけど、なのに私個人の願いのためにあんな‥‥‥!」
「そういうことだったんだ。構わないよ。むしろ、僕もさくらとプリシスをできて嬉しかった。トモダチケット、大切にするね」
「あ、ありがとうございましゅ‥‥‥」
僕らが見る映画は、プリヒラシリーズ最新作「ワクワク☆プリヒラ」の劇場版だ。ちょうど昨日が公開日で僕もまだ見ていない。
というか、僕は女児アニメはあまり映画館で見ないのだ。初めて映画を見に来たときの女児のパッパやマッマの視線が痛く、それがトラウマとなって女児アニメはブルーレイで済ませるようになった。泣ける。
だからさくらと見ることができるというのは僕にとっても利点だった。遠目から見たら僕たちは兄妹に見え‥‥‥ないですねやっぱり。
と。
「は、アンタなにやってんの!?」
聞きなれた声がするほうへ目を向けてみると、そこには僕に人差し指を向ける、ご存じ朱宮 茜里が立っていた。
僕とさくらを交互に凝視し、ぽかーんと口を開ける。その顔は引きつっていた。
誤解を解かないと面倒なことになると思い、「待っていてくれ」とさくらに伝えて茜里のほうへ向かう。
「おい茜里。たぶんお前が妄想しているようなことはしていない。僕はただ、ネットで知り合った女子小学生とプリヒラの映画を見に来ただけだぞ」
「あ、ははは。‥‥‥アタシ、帰るわ。さようなら」
「そうか、また明日学校でな」
踵を返したっきり、茜里は振り向かずにどこかへ行ってしまった。
後姿が見えなくなるまで見送り、そしてさくらのほうへ戻る。
「‥‥‥彼女さんですか?」
「なに言ってるんだ。ただの幼馴染さ」
「‥‥‥へー」
なんだか妙に怒っている気がする。火に油を注がないように、僕もまた無言で上映している階まで足を運んだ。
果たして、テレビシリーズと同じ「わたし、桜許 あかり! 科学が大好きな中学二年生!」という決まり文句から、映画は始まったのだった。
さくらは泣いていた。というか、僕も泣いていた。二人してガチ泣きしていた。片方は男子高校生である。
映画が終わって数分経ったにも関わらず、僕ら二人は未だ席から立ち上がることはしない。
余韻に浸っているのだ。そしてまた、大粒の涙が溢れてくる。
「あかりちゃんの家族愛がッ! 泣けるっ! 涙が、止まらないううわあああああんんん」
「ラスト感動しましたぁっ! わぁぁんんっ!!」
「‥‥‥あ、あのー。他のお客様のご迷惑となりますのでー‥‥‥早々に退場してもらいたいというか、そのぅ‥‥‥」
「あぁ、はいっ、すみばぜんでじだぁぁぁぁ」
「えっと、その‥‥‥ご来場、ありがとうございましたー‥‥‥」
異物を見るような目をする店員を後にして、僕たちは映画館から出た。
辺りは既に真っ暗で、吹く風が冷たい。もう少し厚着をしてくれば良かったなと、少し後悔したその瞬間。
「‥‥‥寒くないですか、マコトさん?」
「え? そうでも、ないけど、」
「もう、明らかに寒そうじゃないですか。はい、今日遊んでくれたお礼ということでこれ、どうぞ」
言って、さくらは首に巻いていたマフラーをおもむろに外した。透き通るような首筋に、自然と胸が弾んだ。
さくらは「かがんでくださいな」と言ってきた。その通りにすると、さっきのマフラーを僕の首に巻いてくれた。ゆっくりと、少しずつ。彼女の温もりを共通できたような気がして、なんだか心地よかった。
「あたたかいなぁ‥‥‥」
「そうでしょう? ふふっ、私の手作りなんですよ」
「最近の小学生はすごいもんだな‥‥‥って、そんなもんもらえるか! 気持ちだけ受け取っておく──」
「いいんですよ、マコトさん。今日は本当に楽しかったので‥‥‥また、機会があればぜひ遊びましょうねっ!」
「う、うんうん。そっか‥‥‥よし。それじゃあ、もらうことにするよ。ありがとう」
「はい、どういたいしまして。それでは駅に向かいましょう」
「そうだね。もう暗いし、僕が送っていくよ」
「いえいえそんな、申し訳ないですよ」
「僕が一方的に送りたいだけなんだよ」
「そうですか‥‥‥それなら仕方ないですねっ」
「そう、仕方がないのさ」
それから数十分ほど電車に揺られると、さくらが「ここです」と囁いた。
と。その駅の名前は、
『目浩区』
僕の住む区と、一字一句違わなかった。というか、僕の住む区だった。
要するに、僕とさくらは同じ町に住んでいたということである。
「‥‥‥え、マジでここなの? さくら」
「はい、そうですよ。どうしてです?」
「僕もここなんだけど‥‥‥」
「本当ですかっ!?」
「う、うん」
「それじゃあまた会える日は近いですね! これからもよろしくお願いします、マコトさんっ!」
「‥‥‥おう、これからもよろしく。さくら」
僕は最後まで、苦笑いを浮かべることしかできなかった。
実は本文よりもこのあとがきというスペースにいつも苦悩させられます。
僕の日常や書きたいことはほとんどツイッターのほうで書いているので、こう、ネタがないといいますか。言うことがないんですよね。
それでも何か書かなきゃっていう使命感はあるのだから救えない。
ていうかさくらちゃんかわいすぎないですかこれ。もうずっとニヤニヤしながら書いてました。マジかわいい。