だらしなく不愛想に甘える
「だからそれは誤解だって言ってるだろ? 茜里はただの幼馴染だって、」
「ただの幼馴染と付き合っている噂がどうして流れるんですか。だいたい茜里と呼び捨てにしているのも怪しいです」
「あのなぁ、噂がどうして流れているのかは僕が一番訊きたいよ‥‥‥」
「ふん、言い訳無用です。茜里さんへ電話するので、そのスマホを渡してください」
「疑問形ですらねえのかよ‥‥‥」
苦笑していた明楽と姉さんもいつの間にいなくなり、僕は桜と二人きりになった。
多少の抵抗はしたものの、案の定スマホを奪われた。電話帳から茜里を見つけたようで、ぷるるるるる、とスマホが鳴った。
「もしもし、茜里さんですね?」
離れているため、茜里の声は聞こえない。
大人しく電話が終わるのを待つことにした。
「勝負をしましょう」
まさかの台詞に少し動揺した。
間を開けずに桜は続けた。
「私とプリシスの得点で勝負してください」
しかし、茜里はプリシスをやったことすらない印象がある。むしろ、僕という存在のせいもあって軽蔑すらしているように思う。
そんな彼女にプリシスで勝負。これは圧倒的に茜里の分が悪い。これほどまでに不公平な発言をする桜に違和感を覚えた。
「勝ったほうが、ごにょごにょごにょ」
口元に手を当て、ひそひそと小声で話し始めたため、内容までは聞き取れなかった。
恐らく茜里から何か言われたのだろう、にやりと桜が笑う。
「決定ですね。それでは、来週の土曜日に会いましょう。‥‥‥誠さん、スマホ返しますねっ!」
通話を終えた途端、いつもの笑顔に戻った桜がスマホを渡してくる。
途中から何を言っているか聞き取れなかったが、女性という存在が恐ろしいということだけは心の底から理解できた。この豹変っぷりとかちょっとヤバイでしょ。ねえ。
「桜、それで結局どうなったんだ?」
「来週の土曜日、ゲーセンでプリシス対決をします。もちろんマジキチモードで‥‥‥ッ!」
説明しよう。マジキチモードとは、判定が異常に厳しかったり、連打の回数で得点が決まるマジカルタイムに上限がなかったりと、女児向けゲームだとは思えないほどの鬼畜さから賛否両論の評価を得ている奇怪のモードである。
ちなみにプリシスのネタ元である「プリ●ラ」にこのモードは存在しませんが悪しからず(作者の声)。
「えっと、でも茜里はプリシスなんてやったことないんだろう? だったらこの勝負、桜が勝つのは火を見るよりも明らかじゃないか」
「ふふっ、ですので勝ったほうにはあるものがもらえると、そう約束したんです」
「なるほどね。で、それはどんなものなんだい」
「お楽しみ、ですっ!」
お楽しみ、だ、そうだ。
今回お役御免の僕は、彼女たちの熱い戦いを静かに見守ることにしよう。
そして一週間が過ぎ、約束の日曜日がやって来た。
社会の闇も知らぬような人間が騒いで叫ぶゲームセンターだが(偏見)、女児向けゲームの筐体の辺りだけは静寂に包まれていた。その異様な雰囲気を察し、何が始まるのか、そんな期待を胸に幼女先輩も彼女らを取り囲むようにしている。
桜と茜里は目配せして、そしてお互いが頷いたところで、ほぼ同時にコインを投入する。二台の筐体から、例によって「プリシスへようこそ!」という嬌声が響いた。
そのときである。僕の目に飛び込んできた、茜里の筐体に可愛いフォントで表示されるその文字列が、僕を驚愕させた。
「ふくつのアイドル、だと‥‥‥ッ!?」
以前説明した通り、プリシス内においてもっと高いランクが「ふくつのアイドル」なのである。
しかしそんな、一朝一夕でなれるものではない。何と言っても、不屈なのだ。ふくつのアイドルであるというだけで、幼女先輩からちやほやされることができる。そんな、高校生がアホみたいにバイトをしてやっとの思いでなれるのが、ふくつのアイドルなのだ。
隣に座る黒髪の女子小学生も、さすがに驚いていたようだ。
「ふっ、驚いているようね。教えてあげましょう。アタシは今週、一人暮らしをするために貯めていたバイト代を全て溶かして、このゲームを四六時中やっていたわ! 無論、学校なんてものもサボってね!」
「そうか、だから今週休んでたのか‥‥‥担任、心配してたぞ‥‥‥」
「ふ、ふんっ! 学校よりも大事なものがあるのよ!」
苦笑を浮かべて言った茜里の目には、よく見ると深いクマが刻まれていた。何だか可哀想になってくる。
と、画面が切り替わり楽曲選択へ。以前から打ち合わせていたのか、彼女たちは手早くマジキチモードを選び、そして十秒も経たずに楽曲を選んだ。
コーデ画面へ突入である。茜里と桜、両者共に以前からどのコーデにするのか考えていたようで、彼女らのマイキャラにコーデが着せられる。
金色に光る最高レア度のコーデを着ていた。どちらもである。
「同じコーデ‥‥‥つまり、ライブのミスが勝敗に反映されやすくなるというわけか‥‥‥!」
ライブが始まるまで残り数十秒というところで、彼女らは鞄から素早くヘッドホンを取り出し、そして装着。というかこいつら意気投合しすぎだろ。仲良しか。
心の中でツッコんでいるうちに、ライブが始まった。
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
慣れた手つきで、双方ボタンを押す。茜里ほどじゃないにしろ、桜も桜で練習はしていたみたいだ。
マジキチモードというだけあって、その譜面はさながらマジキチであった。僕だったら、既に一回くらいミスしている。
マジカルタイムに突入。息を止めた二人は、目を瞑りボタンを連打。女子小学生特有の、一つのボタンに三本の指が埋まってしまうという指の細さを活かして桜が気持ち悪いくらいの連打数を叩きだす。一方、茜里は右へ、左へと指を動かし、そして顔面を前へ押し出し、ゆでだこのように真っ赤になりながら連打を続ける。
結果──、
「一連打、桜が優勢‥‥‥ッ!」
「やったぁ‥‥‥」「ぐぅぬ‥‥‥ッ!」と二人が反応して、すぐに画面は切り替わり通常の譜面へ。桜が間違えない限り、桜の勝利は確実となったわけだ。
いつの間にか、辺りは静まり返っていた。皆が、この、何だかよくわからない、異常なほどの熱量に魅了されているのだ。
何かに情熱を注ぐ人間は、たとえそれが女児向けゲームであれど、しかし、輝いているものなのだ。‥‥‥と、思う。
「ああああああああっ!」
桜が奇声を上げた。彼女の譜面を見ると、「MISS…」と表示されていた。
ヘッドホンを付けていても音が聞こえたようで、何か言いたそうに桜を睨む茜里だったが、しかしそんな余裕はなかった。
少しでも気が散れば、敗ける。これは、いわば戦国時代の一騎打ちなのだ。
ボタンを押す。ボタンを押す。数分であるはずの時間が、とてつもなく長く感じられた。彼女らの熱に、呑まれるのを実感する。
そして、ようやく。
「終わ、った‥‥‥」
「結果が表示されるぞ!」
スコアが表示される──。
「桜、43,260ポイントッッ! 茜里、43,760ポイントッッ! 勝者、茜里ィ──ッ!」
「ど、どうしてそんなっ! 私のほうが優勢だったのに‥‥‥」
「まあ、最後の最後でミスしてのが大きかったんだろうな。奇声を上げたときに、二つの譜面を見逃していたし」
「そんなぁ‥‥‥!」
「で、勝ったほうはどうなるんだ?」
「誠さんをお嫁さんにもらう権利ですぅ‥‥‥私は負けちゃいましたから、茜里さんが誠さんの奥さんになるんです‥‥‥あああ‥‥‥」
「え、な、はぁっ!?」
「ち、違うわよ! アタシは別に、アンタと結婚したくなんてないんだから! ただ、桜ちゃんに取られないためには、アタシが勝つしかなかったから‥‥‥か、勘違いしないでよねっ!」
そんなわけで、誠くんのお嫁さん決定戦は、これにて幕を閉じた。
このあと、僕らは「もっトモ! しんゆうモード!」をプレイし、トモダチケットを交換。ゲーセンの閉店時刻まで、空腹も忘れて大人げなく女児向けゲームを嗜んでいた。
僕の人生の、かけがえのない思い出の一つである。
余談ではあるのだが、茜里のスコアが全国ランキング上位に入り、僕は何とも言えない衝動に駆られた。
奈良へ旅行に来ています。自然豊かで綺麗な景色も多く、地元の方々が優しいので自転車を飛ばすだけで楽しいです。