変わるものと変わらないもの
「おはようございます、誠さん」
寝起きではっきりとしない視界を、瞼を擦って鮮明にさせる。僕の目前には、エプロンを付けた可愛い女子小学生──杜田桜が立っていた。
「おはよう、桜」と返事をし、欠伸をしながら身を起こす。ベッドから上半身を浮かせると、桜の顔が近づき目が覚めた。
「プリヒラ、始まっちゃいますよ! ですので早く早くっ!」
「そうか、今日からプリヒラも新シリーズだったな」
前のシリーズ、「ワクワク☆プリヒラ」が先週最終話を迎えた。感動的なラストと制作陣の気合が入った作画を見て、僕ら四人はテレビの前で大泣きしていたのだった。
僕ら四人とは──目浩区にあるマンションの一角をルームシェアしている四人である。
僕と、桜と、明楽。そして最後の一人は──成人が見ていないところで未成年の男性二人と女子小学生が暮らすのは犯罪になってしまう──姉さんだった。
本来ならば冬休みが終わると同時にアメリカへ戻らなければならないはずの姉さんだったが、僕がルームメイト探しに紆余曲折していることを知り、「可愛い弟のためなら大学なんてやめてやるさ」と聞き入れてくれた。現在は就職先も無事に見つけ、「新鮮な毎日だよ、目浩に残って本当に良かった」とまで言ってくれた。こういう大胆さというか、思い切りの良さは本当に尊敬する。
ちなみに僕が女児アニメ好きだと知ったときの姉さんの動揺っぷりは、そりゃもうすごいものだった。受け入れられないというご様子だったが、結局は姉さん自身女児アニメにハマるというオチで終わったのだった。プリシスも始めてみようかな、などと言っているまである。
台所へ行くと、明楽と姉さんがわかめおにぎりを食いながらテレビを見ていた。いつも気合の入った料理を作ってくれる桜だが、日曜日の朝は決まってわかめおにぎりである。
つまり、プリヒラを見ながら食べられるものというわけだ。
「おっ、誠か。あと少しで始まるぞ」
「そうか、それでは失礼して」
テレビを囲むように四人で待機する。いつものように僕の膝の上には桜が座っている。一ヶ月ほど前に一度座ってもいいかと尋ねられ、構わないと言ってからずっとこの調子だ。六年生なのにこんな甘えっぽくて大丈夫なのだろうかと、ちょっと心配をしてしまう。
しっかりものなのか、甘えん坊なのかよくわからない。まあ、それが桜の魅力でもあるんだけど。
さて、今日から始まる新シリーズは「もぐっとプリヒラ!?」という題名のもので、キャッチフレーズは「原点回帰っ」。正直期待しかしていない。
季節は春だった。四月の上旬であった。
あれから四か月が過ぎ──僕は高校三年生となっていた。
「いやー、一話から深い内容だったなぁ!」
「オープニングも良かったね。本編を連想させる歌詞でありつつ、初代プリヒラから続いている伝統も完璧に備えていた」
「次回予告で登場した女の子が二人目のプリヒラなんですかね!? 早速来週が楽しみですっ!」
「女児向けアニメって凄いんだねぇ‥‥‥」
「おおっ! 遥香さんも解ってくれますか!」
「よくもまあ、こんだけ濃い内容の作品を十年以上作っていられるもんだ」
そんなわけで、「もぐっとプリヒラ!?」の第一話はかなり完成度の高いものだった。
余韻に浸ったのち、早速ツイッターに感想を書き込む。長々と今作の魅力について書き込んだのち、脱力感から溜息が漏れた。
「ふぅ。それじゃあ、僕はプリシスに行ってくるよ──おっと?」
言いかけたところで、ポケットに入っていたスマホが振動しだした。慌ててスマホを手に取って見てみると、茜里から着信が来ていた。
通話ボタンを押す。茜里の嬌声が高らかと響いた。
『アンタ、引っ越したってホントなの!? 家に行ったらいなくて、それでお父さんに聞いたら一人暮らしを始めたって言ってるんだけどどういうことなの!?』
「今更訊くかよ‥‥‥あー、父さんに話すと長くなっちゃうから、面倒で一人暮らしって言っちゃったんだよ。正確には、同じクラスの明楽──まあ、三年になってからは同じクラスじゃないんだけど──、姉さん、あと明楽の妹の女子小学生と暮らしてる」
『は? 女子小学生?』
「うん。茜里も映画館で会ったことあるでしょ」
『‥‥‥じ、じゃあ女子小学生と暮らしてるわけ?』
「まあ、そうなるね」
『キャーッ、キモイ! 死ね!』
ぷ──。通話を切られた。
何の用事だったのかも判らないまま、仕方なくプリシスに行く準備をする。
ルームシェアをしているマンションの一角だが、まずプリヒラを見ていたこの部屋がある。それなりの大きさの部屋で、キッチンや食卓がある。いわゆるリビングだ。
玄関から廊下を歩きドアを開けるとリビングに到着するという構造になっている。廊下の左右には浴室や洗面所、そして二つの部屋が繋がっており、この二つの部屋は男子と女子で分けている。これが自分らの部屋になるわけだ。
準備をするためリビングを離れようとすると、パジャマの裾を引っ張られた。
振り向くと、可愛らしい女子小学生が頬を膨らませて僕を見上げていた。
「どうした、桜? 一緒にプリシスしに行くか?」
「あっ、行きた──いとかじゃなくって! 電話の女性、だれですか! 随分と仲がよろしいようでしたけど!?」
「桜ちゃん、彼女はまこちんの幼馴染だよ。子供のころにあーんなことやこーんなことをした、親密な関係なのさ」姉さんが言う。
「姉さん、頼むから誤解を招く言いかたは、」
「そういえば、前に学校で噂になったよな? お前が茜里さんと付き合っているとか何とか」余計なことを明楽が言った。
「‥‥‥誠さん、洗いざらい話してもらいます」
さくらの目つきが尖った。先ほどまでの可愛らしい怒り顔などでは断じてなく、まるで夫の浮気を目にした奥さんのような、怒りや軽蔑が混ざった、逆らった下僕を見るような表情をしている。
面倒なことになっちまったな、こりゃ。
第二部の始まりです。第一部と言えるほどの文量があったかは、まあ、勘弁してください‥‥‥。