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女子小学生に甘えたい  作者: 正守証
第一章 冬
10/18

穢れた情は冠水してなお

「ここ、か‥‥‥っ!」


 十分ほどして、僕らはようやく杜田家へたどり着いた。

 この辺りでは珍しい、少し古風な雰囲気が漂っている。置いてある盆栽はお祖父ちゃんのものだろうか。

 少し躊躇しながらも、インターホンを鳴らす。ぴんぽーん、と高い音が響いた。


「‥‥‥誰だ、何も頼んじゃいな、いぞ」

「あ、いやその、こんにちは?」


 僕を一目見て、そして扉を閉めた。数秒待っても反応なし。仕返しにインターホンを連続で鳴らしまくる。

 ぴんぽんぴんぽんぴんぽん。

 豪快に扉が開いた。顔を真っ赤にした江戸風の老人が怒鳴る。


「やかましいわ! 何じゃ、何のようじゃ、はよ上がりぃ!」

「え、でも、‥‥‥いいんですか?」

「お前めんどくさいなぁ!?」

「じ、じゃあお言葉に甘えて」


 玄関前で話すことになるかと思ったら、家に上がることになったので驚いた。遠慮なく足を踏み入れる。

 ちなみに茜里は「ここで待ってるわ、アンタだけ行ってきなさい」、そう言って玄関前に残った。

 不機嫌そうなお祖父ちゃんに案内されたのは、十畳ほどの畳部屋だった。部屋の真ん中にはこたつが敷いてある。

「こたつにでも座っとれ」とお祖父ちゃんに言われ、その通りにする。こたつは点いていなかった。点いているものだとばかり思っていたから、余計に寒く感じる。

 後に続くようにお祖父ちゃんもこたつに足を入れ、そして口を開く。


「‥‥‥で、何じゃ」

「あ、ああ──えっと。明楽くんとさくらちゃんのことなんですけど‥‥‥まず、明楽から。学校に来ない理由っていうのは何なんですか? 先生に訊いても家庭の事情と誤魔化されてしまうんですが」

「家庭の事情じゃ。杜田家の事情であって、貴様の事情ではない」

「そう言われればそうなんですけど‥‥‥その、友だちだから、っていうのはどうでしょう?」

「‥‥‥ふん、最初からそう言え。引っ越すんじゃよ、儂ら」

「えっ、‥‥‥て本当なんですか!? 目浩区から出ていくんですか!」

「ああ。九州のほうに実家があってな。そこで暮らすことになった」

「‥‥‥‥‥‥」


 ──頭が、真っ白になったような気がした。真っ白なのに、なのに熱い。もわぁ、と脳内で湯気が右往左往しているようだった。

 視界が暗くなっていく。見開いた両目は嘘のように冷たかった。ぐらり、と倒れそうになる。方向感覚が無くなっていく。


「もう、会えないってことかよ‥‥‥」

「そういうことになるのう」

「──本当に、さくらと明楽はそれで満足しているんですか?」

「満足しようがしまいが、九州に住まなければ生きていけんじゃろ。満足などという感情は、生活が確立されてから向こうで探せばいい」

「違うッ! さくらも明楽も、納得してないはずだ! 現にさくらは、アンタのことが嫌いだと言っていた!」

「そんなことは貴様に関係ないだろうが! 他人の事情に手を出すな!」

「さくらはどこだ! 明楽はどこだ!」

「もういい、貴様はとっとと帰れ! これ以上居座るようなら本気で学校に文句を言うぞ!」

「ンなこと知るか! 文句言われても精々停学を食らうだけだよ!」


 お祖父ちゃんを無視して立ち上がり、畳部屋の障子を強引に開く。二階にいるであろう、さくらと明楽を呼ぶためだ。

 しかし開いた障子の先には──さくらが立っていた。着替えていないのか、彼女はプリヒラのパジャマを着ていた。僕らの会話を聞いていたようで、その表情は不安に塗れていた。

 そしてさくらは無言で、走り去ろうとする。走る先は玄関だった。恐らくは家から出るつもりだろう。


「待てッ!」


 パジャマの襟を掴む。さくらの冷たい首筋を直に触ってしまい、「あ、すまんっ」と引き離す。僕の顔面は、恐らく真っ赤に染まっていたように思う。

 踵を返す。返した先には、冷たい眼光で見下ろしてくる老人が佇んでいた。眼力に負け、思わず目を逸らしたくなる。

 でも、じっと堪えた。ここで目を逸らしてしまったら、全てが崩れ落ちる気がしたから。

 失いかけたものが──二度と手の届かないところまで離れていく気がしたから。


「‥‥‥なあ、さくら」

「はいっ!?」

「僕と一緒に暮らそう」

「‥‥‥‥‥‥え? ふ、ふぇええええっ?」

「お祖父ちゃんと暮らしたくないんだろ‥‥‥だったら僕と暮らせばいい。家賃は払う、同棲生活だ。頼む、僕はお前たちと離れたくないんだ‥‥‥!」

「‥‥‥お祖父ちゃん」恐る恐るさくらが尋ねる。

「何じゃ」

「マコトさんと暮らしても、いい?」

「そんなもの、許せるわけがないじゃろうが。若い男女が同じ部屋で暮らすだと? 舐めているのか、貴様」


 反論するだけの言い分を、僕は持っていなかった。

 当たり前だ。若い男女が同棲生活、何か起きることは必然的である。ましてや、相手が女子小学生となると冗談では済まされない。

 またもや、激しい自己嫌悪に駆られる。自分が気に入らなくて気に入らなくて仕方ない。以前には感じることすらなかった感情が、どばどばと押し寄せてくる。

 離れ離れになることしか、もう道は残されていないのか──


「俺も一緒に住めば良くね?」


 ──声の主は、明楽だった。

 振り向くと、階段から顔を出したパジャマ姿の青年が立っていた。パジャマはやっぱりプリヒラのものだった。

 明楽の台詞に、お祖父ちゃんの落ち着いた佇まいが少し荒れるのを感じた。


「まあ、確かに三人で暮らすのなら可能性はある。が、家賃炊事洗濯掃除はどうする?」

「家事なら任せてくださいっ! ある程度なら自信がありますし、住んでから腕を上げます!」

「家賃に関しては、僕が負担しますよ。両親も一人暮らしがしたいと言えば、『社会勉強になる』とお金をくれると思いますので。足りなければバイトでもして稼ぎます」

「俺も半分出すよ。半分くらいならバイトしてれば稼げる」

「いや、僕の場合両親が特殊だから任せてくれ。ルームシェアを提案したのは僕だから、それくらいのことはしないと」

「貴様ら、勝手に話を進めるな! 儂は認めんぞ、絶対に認めんぞ!」

「でも、問題は何もないじゃないですか」

「儂が許さんのだ! くぁーっ、本当は大好きなんだよ、お前たち二人が! さくらと明楽、こんなに可愛い孫を放っておけるか!」

「‥‥‥ふーん。ツンデレ、ってやつか」

「あ? 何じゃそりゃ」

「‥‥‥あーあ、自己中心的で性格悪いおっさんだったら良かったのになぁ。下手に優しい人だと、こっちが困るってもんだ」

「何なんじゃ! ツンデレの意味を教えろ!」

「お祖父ちゃん。このままだと法律的にもマズイから、訊きます。

 僕と明楽、そしてさくらとお祖父ちゃんで一緒に暮らす。

 もしくは、僕と明楽とさくら、それにもう一人成人男性を加えてルームシェアをして、お祖父ちゃんだけ九州に戻る──どっちがいいですか?」

「何で儂がいないと成人男性が一人増えることになるんじゃ!」

「そういう法律があるんです。とにかく選んでください。まあ、お祖父ちゃんが来る場合──僕も住む理由はないんじゃないかっていう感じなんですけど」

「は、儂だけでも九州に戻るわい。ばあさんも待たせているんじゃ、向こうには。先日のお前だったら同棲など許さんが、今のお前は何というか──頼りになる。ここ数日で成長したな、孫を頼むぞ──マコト」

「‥‥‥ッ、任せてくださいよ!」


 僕は笑顔で、そう返した。

 余談だが、このあと杜田家で夕飯を頂いた。夕飯に一時間弱もの時間をかけ、楽しく話し合っていた。一家団らん、という言葉が似合う風景であったように思う。

 そして、外で一時間半ほど待たせてしまった茜里に、びしばし背中を叩かれた。

 誠くんがどんどん変な方向へ行ってしまい、軌道修正するか迷うレベルで恐いです。

 とりあえず突き進むだけ進んでみます。

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