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伊達などの始末をして日本は一応統一できたので統治方針を兄弟で話し合ったよ

 さて、小田原は意外とあっさり陥落して、伊豆・相模・武蔵の支配権を失った後北条は戦国大名としてはほぼ滅亡した。


 今の伊勢氏政は俺の直属の部下だし、一応別途に加賀で30万石の封地は与えてるから、完全に滅亡したわけでもないが、今までの足がかりが全くなくなり、俺が一向宗の衆徒を根切りにしたこともあって、再出発はかなりきついはずだ。


 そして、およそひと月後に北条氏照が伊達晴宗・伊達輝宗・大崎義直・二階堂盛義・岩城重隆などを連れて小田原へやってきた。


「鷹司執柄相国様、伊達一族などをお連れいたしました」


「うむ、ではまずは、伊達左京大夫の申し開きを聞こうか」


「はは、その前にこれを」


 と伊達晴宗が差し出してきたのは塩漬けになったクビ。


「ふむ、これは誰の首なのだ?」


「は、我が父、伊達陸奥守(稙宗)並びに中野常陸介(宗時)のものでございます。

 恥ずかしながら、かのものらが陰で動き、また家中を専横しておりまして、故に遅参した次第でございます。

 由井源三殿のお力を借りてやっと討伐できたのでございます」


 俺は冷たくいう。


「なるほど、伊達殿には今の領国を治める能力はないということだな」


「……誠に申し訳ござらぬ」


「まあ、よい、ならば伊達殿には今の地から移っていただこう。

 その方には樺太管領職を与えるゆえ、樺太に渡り彼の地を治めるが良い。

 大崎殿、二階堂殿、岩城殿らもそれにしたがいて樺太へ渡るようにせよ」


 今の言葉に顔を上げて驚いているな。


「か、樺太でございますか?」


 大崎義直も慌てているようだ。


「わ、我らもでございますか?」


 俺は大きくうなずいた。


「うむ、今の樺太は明の領域でもないゆえ問題はなかろう。

 それともここで首をはねられるなり、領国に戻って我らと戦い切腹したほうが良いか?」


 彼らはひれ伏して言った。


「か、かしこまりました、樺太管領、拝命してございます」


 更に俺はニコッと笑っていう。


「うむ、船はお持ちでないであろうゆえ、樺太までは我らが船で送る。

 安心めされよ」


「は、はは、ありがたき次第にてございます」


「先住民であるアイヌの保護はしっかり行うようにせよ」


「かしこまりました」


 まあ今の場所より樺太は間違いなく寒いとは思うが、14世紀の南北朝時代に樺太に渡ったやつもいるみたいだしなんとかなるだろ。


 俺は水軍を向かわせて彼らを無事樺太まで送り届けたぜ。


 応永18年(1411年)に一度明は進出した黒龍江(アムール川)下流域の外満州に奴兒干都司を設置して、女真族などの周辺諸民族に対し冊封を行わせているが、その際には樺太北部3箇所の先住民首長カラフトアイヌにも朝貢させていたが、 永享7年(1435年)には明の奴兒干都司が廃止され、樺太北部3衛の先住民は明への朝貢から解放され今は独立状態のはずだしな。


 伊達を筆頭とした東北の従属していなかった勢力も俺に頭を下げ奥羽蝦夷も平定したことで一応天下は落ち着いた。


 彼らの持っていた土地は鷹司の直轄という名目にしてある。


 後はどうやって平和を保ち、制度を継承させ日の本を統治していくかになるな。


 俺は小田原をたつと、京へ戻り、まずは室町幕府の解体から始めた。


「まずは将軍と管領だな」


 まずは将軍足利義栄及び管領細川氏綱には出家して静養を進める。


「公方様も管領様も病がふかくなっておりますれば受戒し、静養されるのがよろしかろうかと思いまする」


 足利義栄と細川氏綱両名とも力なくうなずいた。


「う、うむ、確かにそうした方が良かろうな」


「私ももう歳ゆえきつくなっておるし良い機会かもしれぬな」


「今までお勤め、ご苦労様でございました」


 足利義栄は名を玉山と号し、細川氏綱もまた出家した。


 足利義栄はそれにより朝廷から准三后の称号を受けている。


 これでまず室井町幕府は名実ともに滅びた。


 それからすっかり影の薄くなった古河公方の足利義昭には足利荘に戻ってもらうことにした。


「お手紙公方様にはのんびり余生を過ごしてもらおうか」


 俺は彼に下野足利にて1万石の領地を認めた。


 名門足利氏そのものは残すが、ただの高家の一つにしたわけだ。


 もっとも彼は今川氏真と同様にまだ諦めの良い方でもあって、割とすんなりその境遇を受け入れた。


 そして俺は兄弟などを呼び寄せて今後のやり方を話すことにした。


「うむ、義弘に会うは久方ぶりであるな」


 義弘が笑いながらいう。


「うむ、西は平穏であったゆえ新たな子もできましたわい」


「ほう、それはめでたきことだな」


 そこへ歳久が声をかけてきた。


「で、兄上、今後はいかにして日ノ本を治めていくのでございますか?」


「うむ、俺としては大まかに日ノ本とその他も含めを4つに分けようと思う。

 義弘は九州に琉球・明・女真・朝鮮などの西方の使者の対応などもしてほしい。

 家久は関八州に加えて越後・甲斐を。

 歳久は奥羽と蝦夷・樺太・千島・勘察加などの北方を統治してもらう予定だ。

 その上で俺は大坂を拠点とし、公方は鎌倉殿と同じように宮様もしくは五摂家から迎えようと思う。

 高山国は俺が担当し、ルソンやマラッカなどの討伐も担当する南方担当だな。

 俺は執権となり実権は俺や俺の家臣が握ることにする」


 名目上宮様や公家をお飾りで上においておけば朝廷をないがしろにしているとは言われずにすむと思うんだ、多分。


 鷹司の名は返上しようかとも思ったが、おそらく今上帝も悲しまれそうだし、子供が家を継ぐ時にでも穏当にそれができそうなタイミングを見ることにしようと思う。


 それに俺が鷹司の名を捨てると言ったら弟たちもそうしたいと言い出すだろうけど、現状では関東における上杉の影響力は小さくないだろうし、下手すると上杉謙信が謀反しそうな気もする。


 一条は?とも思うが東北・四国・九州は意外と公家に対しての敬意が残っていたりもするしな。


 畠山もその名前でもう何年も九州を統治してるし、元々は平氏系だったものが源氏系になったのだから、それ以外の島津がそれを名乗っても問題はないか。


「でだ、まず九州は大宰府・関東は江戸・奥羽は仙台にそれぞれ探題を置く。

 九州の西方探題は義弘、関東探題は家久、奥羽の北方探題は歳久にそれぞれ任せたい。

 関東探題はいずれ海を渡った東方へも足を伸ばしてもらうかもしれぬがな」


 まずは義弘がうなずく。


「俺は今と変わらぬということだな」


「うむ」


 家久もうなずく。


「俺も変わらぬな」


「そのかわり探題は江戸城を本拠とせよ、関東の中心に位置し海も近いほうが隅々まで目も届くであろう」


「そうか、ならばそうするとしようぞ」


 歳久はちょっと戸惑っていた。


「俺は奥羽の仙台へ行くのか」


「ああ、奥羽の伊達・大崎・岩城・二階堂などは樺太に送り込んでやったのでお前さんの直轄地にしてくれ。

 東海や北陸・甲信は大坂からでも目は届くが、奥羽・蝦夷・樺太などは遠すぎるゆえお前さんに頼みたいんだ」


 俺はそういうと歳久は苦笑した。


「また大変なところを押し付けられたのう」


「うむ、大変であろうが重要なのでな、お前さんなら出来るじゃろ」


「そう言われてはやるしかないではないか」


「うむ、頼むぞ」


 それから俺はぐるっと見渡したあとでいう。


「それから家久と歳久は北条の生き残りや家臣を使って直検地をさせよ。

 基準となる長さや重さ米俵の大きさなどは統一するので擁したものをそれぞれ持ち帰らせ必要に応じて複製してくれ。

 指出検地ではなくきちんと田畑の大きさなどを測らせ、戸籍も確実に提出させよ。

 あと刀は差し出させ農具に打ち直させるようにもせよ。

 銭についても基本は金判・銀判・銅銭についてはある程度交換比率を定めよう。

 最終的には両替屋の定めるところになるとは思うがな。

 あと両替屋に手形を扱わせて銭の持ち運びが楽にするようにしようか」


「うむ、わかったぞ兄上」


「うむ、承知した」


「わかったぞ、兄上」


「お前らが前に出ることはないがな、指示はきっちり出しておいてくれ。

 それらが落ち着いたらそれぞれの治める地域の領主の正室及び嫡男を探題の城下町で住まわせ、交代で城下の番役も行わせるようにせよ」


 このあたりは徳川のやり方を真似ておこう。


 番役は応仁の乱以降はそれどころでなくなったので廃れているが、平安時代末期に京都の守護をしたり、鎌倉時代には鎌倉や大宰府を守るために地元からそれの警備の場所へ赴かせたことだ。


 そして江戸時代の参勤交代はいざという時に速やかに行軍を出来るようにという意図もあったらしい。


 俺は太宰府・大坂・江戸・仙台に拠点を分けることにしたけどな。


 江戸幕府は江戸から遠すぎて九州・中国・四国への影響力が小さかったし、長崎から江戸へ情報が伝わるのは遅かったというのも欠点だったと思う。


 そういったことをなるべく取り除いて行くのがおそらく一番良いと思うのだ。


 江戸幕府の水戸・会津・館林・甲府・駿河・尾張などで敵を食い止める方法は悪くないと思うし、譜代には大きな領地を与えず武力でのクーデターができないようにしたのは秀吉と家康は義輝や信長のことが有ったからだろう、御所巻きなどはできないようにしないとな。


「うむ、わかったぞ」


「俺は江戸に移動して街を作り上げてからですな」


「俺も仙台を発展させてからになりますかな」


「それで構わん、一揆を起こしたりした場合は武力で鎮圧せよ」


 こうして基本的な統治方針は決まった。


 俺は島津本家の中部地方と中四国地方への補佐として、尾張・美濃には従兄弟の島津以久を配置し、一色義龍の妹を正室にしつつ信長の親族である市姫を側室として娶らせて元は美濃一色と織田の元家臣団を取り込ませつつ東海道・東山道の抑えとして働いてもらうことにする。


 また伊予にやはり島津忠長を名目上の棟梁として配置し、村上通康の娘を河野通宣の養女として嫁に取らせて河野水軍を担ぎ上げて瀬戸内の水軍衆を傘下に納め毛利小早川宇喜多などの監視をさせるようにもした。


 俺が押さえる大坂がほかよりは石高などが大きいのは後々それぞれの探題が室町幕府の関東公方のように勝手に動くようになられても困るということもあるんだけどな。

これにて島津の日本統一はなりました。

これから先はちょこちょこ閑話も入れていく予定です。

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