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紙飛行機と私

作者: 霜月万李

 遠い空を見上げていた。

 空には行き場を失った雲が浮かんでいる。

 屋上に吹く風は、私の黒髪を嫌らしく撫でつける。

 太陽もその姿を見せない寒空の下、屋上でただ一人今日も騒がしい野球部を眺めていた。

 今の私にとってそれはとても不愉快な光景なのだけれど、何故か目を逸らす気にはなれなくて、野球部員らが齷齪必死に動き回る様をただただ眺めていた。冬だというのに額に汗をにじませながら声を掛け合う彼らは、まさかこんな鬱鬱とした面持ちで眺められているとは思うまい。


 志望する私立高校の不合格通知を見て感じたのは、己の空っぽさだった。

 思い返せば私は勉強しかしてこなかった。私の価値を認めてもらうには一番手っ取り早い方法だと信じて疑わなかったからだ。偏差値が伸びれば先生から褒めてもらえる。親からお小遣いをたくさんもらえる。同級生からは羨望の眼差しを向けられる。それがたまらなく気持ちよかった。その快感を胸にまた勉強しようと思えるのだった。

 そんな私に比べて受験生なのに遊んでばかりいる同級生のことは心底軽蔑していたし、どうせこれからも中身のない人生を送っていくのだろうと見下していた。部活動に明け暮れているクラスメイトを見ても、それで一生暮らしていけるわけでもないのにとしか思わなかった。思えなかった。

 しかし蓋を開けてみれば私と下にいたはずの人とでは対照的な構図ができあがってしまっていた。職員室から出てきたあとの彼らの晴れやかな表情を見るのが悔しくて仕方がなかった。努力は報われるというのは報われたことのある人間が口にする言葉だ。いわば宝くじに当たった人間が買わなきゃ当たらないというようなものだ。そこにはなんの信憑性もない。挫けないで頑張ってよかっただとか、辛かったけど今はとても幸せだとか宣う同級生を見て、そう思った。

 落ち込む私に担任教師は公立入試がまだあると励ましてきた。だけど、ここらの公立高校のレベルはたかが知れていて、対して私立高校は全国でも名が知られているほどの名門校を筆頭に入学が難しい学校ばかりだ。私立入試を受けるというだけで一目置かれるし、一方公立入試を受けるということは勉学の道を半ば諦めるということを意味していた。学力こそがレゾンデートルである私にとっては、それはあってないような選択肢だった。


 時間が経つにつれて、悔しさよりも怖さの方がその存在感を増していった。あれだけ勉強していたのにとあざ笑う同級生の顔を見たくなかった。同情するような生暖かい目をした担任教師の顔を見たくなかった。満足に結果も出せない私に失望した親の顔が見たくなかった。周囲の人間がみんな私を貶める存在にしか見えなくなってしまっていた。

 学校内でも家庭内でも勉強をすることで居場所を作ってきた私にとって、受験に失敗するといったことは万に一つも有り得なかった。いつしか、優秀な成績を残すことは目標という立場を失って、課題という姿にその身を変えていた。

 そして、勉強をしていくにつれて私の成績は右肩上がりだったから、どうしても慢心が生まれていたことは否めない。慢心というのは厄介なもので朝顔よりも育つのが早い。塾に通っているからと学校の授業を軽く流す程度から始まったこの負の連鎖は、いつの間にか勉強に対する私の意思を蝕んでいたらしい。頑張っていたはずの自分を否定したくなくて、自分の非を認めたくなくて、見て見ぬふりをしたいのは山々だったが、しかしこの悔しさや恐怖は私が作り出してしまったことに違いはないようだった。

 いつの間にか家に帰ることが怖くなってしまっていた。きっと私の両親は愛娘が良い結果を持って返ってくると信じ切っている。悪い結果だなんて一欠片も想像してないことだろう。当然だ。彼らの最愛の娘は今まで一度も彼らの期待を裏切ることはなかったのだから。それは別に彼らが悪いわけでは、きっとない。どちらかと言うと期待を裏切ってしまった愛娘が悪いのだ。あるいは、期待させてしまったこと自体が間違いだったか。

 でも、たとえそうだとしても、私はそんな両親に非を押し付けずにはいられなかった。両親が期待なんてしていなかったら、もっと私に関心がなかったら、すんなりと家に足を向けられたのかもしれないのにと。両親の期待に応えることで自分の存在を確かめてきた分際で言えることではないのだけれど。


 空を見やると、神様は蒼然とした雰囲気で帰宅を促してきた。グラウンドでは下級生が必死にトンボをかけている。

 私もそろそろ覚悟を決めないといけないようだった。

 ずっと持っていた不合格と書かれた紙を気が向くままに折る。折る。そして、折る。

 出来上がったのは典型的な形状をした紙飛行機だった。一心不乱に折っていたつもりが、そこに書かれた文字列が見たくない思いが具現化された造形だった。ごちゃまぜになって原型をとどめていない私の気持ちを投げ捨てるように紙飛行機を飛ばしてみた。紙飛行機は一瞬飛び上がって、けれど、風に逆らうことは出来ないでなよなよと私の背後に落ちた。

 仕方なく拾って、今度は追い風になるような向きから紙飛行機を飛ばした。今度こそ飛びはしたものの、その飛び様はどこまでもかっこ悪くて、やっぱりふらふらしていた。

 ふと、私は目の前でゆらゆらと落ちていくアイツに似ているのかもしれない、と思った。どれだけ頑張って飛ぼうとしても、結局は風まかせで自分の力では何も出来やしない。私の存在もあんな風にふらついたものに過ぎなかったのだろうか。

 なぜだかわからないけれど、今ならアイツみたいに無様に空を飛べる気がしていた。

思春期はどうしても視野が狭くなってしまいます。そんなお話でした。

たまにはこういう趣味全開なものも悪くないように思います。見栄えは悪いのだけれど。

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