剣戟、響く。
酒場の人達が外の喧騒に引かれ、店を出ていくのと同じ様にロイとギルも店の外へ様子を見に行った。
街の人達の話を盗み聞く限り、最近街を襲撃する海賊がやって来たらしい。
これで何度目かの襲来のようで、商人達は怯えつつも慣れた手つきで、商品を袋に詰め、逃げる準備をしている。
港には確かに、他の商船とは随分と異質な趣向の船が停まっている。
あれがおそらく海賊船なのだろうことは初見の2人にもすぐ判断できた。
(久々に視察に来てみたら…こんな事になってたなんてな…全く…もっと早く来ていれば…)
「ギル、なるべく安全な場所に逃げろ。
出来れば、街の人の誘導も」
「え?ロイは…?」
自らに逃げるよう指示するロイは港へと歩き始めている。
「俺は連中を大人しくさせてくる」
「そんな!!危ないですよ!!」
「この街はウチの領地だ。それを守るのは領主に連なる者として当然の行動だ。
それに」
ロイはそう言いながら、腰に提げた剣に手を当てる。
「修行の旅なんだ。力試しにはもってこいの場面。
そう思わないか?」
ロイはそう続けながら、ニカッと笑い、再び港へ向かう。
ギルはその言葉に強く衝撃を受けた。
確かにここに来るまで1人で過酷な道のりを超えてきた。
けれど、道中遭遇しそうな危険からは悉く身を避けてきたのだ。
修行、というのにも様々種類がある。
ただひたすらに鍛錬をする。師に習い、己を高める。
文書を読み、知識を蓄える。
そして、実戦でその成果を確かめる、というのも修行の一つだ。
この状況はまさにそれだ。
ギルは人に対して魔法を行使した事がない。
それはやはり魔法というのは危険なもので、一つ間違えれば容易く命を奪いかねないからだ。
ギルは怖かった。
しかし、ロイの目と言葉にはただ、戦いたいという欲だけがあったわけではなかったのだ。
それを短い、本当にまだ短い付き合いながら、この数時間互いのことを話し合った「友人」の、そんな気持ちがギルには痛いほどよく分かった。
ロイは街の人たちを救いたい。
それが1番の理由なのだとギルは気づいた。
(この街はロイの愛する街なんだ。だからそれを守る為に戦う。それに、ロイは海賊達を"大人しくさせる"って言っていた。あくまで不用意に傷つけようとはしていない…。それなら僕にも…)
人に対してではなく、人を助ける為に魔法を行使する。
そう気持ちを切り替えた時、ギルは祖父の言葉を思い出す。
(そうだ、お爺ちゃんも言ってた。
魔法は自分の為にあるものじゃなく、人を助ける為、人を豊かにする為にあるって)
もうロイの姿は見えなくなっていたが、ギルは走り出した。
「おらぁ!!さっさと金と酒を寄越せ!!!」
「食い物も用意しろ!!今夜は宴だ!!!ハッハッハァ!!!!」
逃げ惑う人々を横目にけたたましい海賊達の声が響き渡る。
海賊の数は6人。いずれもが、剣を片手にし、港に広がる市場の仮設店舗の支柱を切りつけ壊したり、商品を袋に詰め込んでは騒ぎ立てている。
(数は…4、5…あっちにもいるな。合計6人か…。
海賊というには少ないな…まだどこかに仲間がいるのか…?1人でやれるか…?)
ロイは海賊達に気づかれない位置で様子を見る。
(剣捌きは大したことはない。一か所に集まってないから、1人ずつ相手していけば無理ではない…か)
ロイは腰に提げた剣に手を添え、目を瞑る。
深く呼吸をし、脳内でシミュレートしているのだろうか、しばらくして目を見開いたと同時に走り出す。
他の事に気を取られている海賊達は直ぐにはロイに気づかない。
その隙を突き、ロイはまず、1番近くにいた海賊に近づき、足払いをする。
「うわぁ!!なんだ!!?」
豪快に転げ、叫ぶ。
その声で異変に気付いた者もいるようだ。
「どうした?ゲール!?」
ゲールと呼ばれた海賊に喋らせないよう、横たわった頭を思いっきり蹴り、気絶させる。
(よし、とりあえず1人…!)
異変に気付き、近づいてくる1人へ一気に距離を詰め、ドロップキックを腹に叩き込む。
「ぐふっ!!お前…!!一体…」
2人目は吹き飛ばされながらもまだ、意識を保っている。ロイはすかさず、着地と同時に地面を蹴り、鮮やかな身のこなしで空中で回転蹴りを頭にヒットさせた。
(2人目!あとはあっちにいる4人か…。流石にあっちは1人1人ってわけにはいかなさそうだな…)
今倒した2人は比較的他と離れていた為、援軍が来ることもなく手早く気絶させる事ができたが、港近くの商店側にいる残りの4人は近くに固まっている。
こちらには気付いていなかったが、先程の2人目を蹴り飛ばした際の騒音で感づかれてしまっている。
(まとめて4人は少し厳しいか…?)
とは思いつつも、もう後には引けない状況である。
先手必勝とばかりに、再び一気に距離を詰める。
その間に右手で左に提げた剣を抜き、構えながら走る。
「お前…!!!仲間をよくもやってくれたなぁ!!」
「1人でどうにかなると思うなよぉ!!」
4人のうち、2人がこちらに走り寄る、残りの2人も剣を構え、警戒しながらも援護する立ち回りをしている。
ロイの剣と海賊の剣が音を鳴らす。
騒ついた市場がその剣戟音を受け、一気に静かになる。
もう1人の剣がロイの左側に向けて振り下ろされる。
「おらぁ!!死ねぇ!!!」
静まり返った市場に響いたのは無防備に見える左半身を海賊の剣が斬りつける音ではなく、再び剣戟の音だった。
しかし、右手側は未だもう1人の海賊と剣を交えている。
「こいつ双剣使いか…!!」
ロイは両手にそれぞれ剣を握り、2人の海賊それぞれの剣を受け止めていた。
ロイは不敵に笑うと、剣勢を強め、怯んでいた2人を押し返す。
剣を払われ、隙の出来た2人のうち右側に立つ方へ蹴りを入れる。
「ぐっ…!!」
「バルサ!!!」
「仲間の心配してて良いのか!?」
仲間の方へ意識を向けたもう1人には剣の柄で顔を殴る。
「がはっ!!!」
殴られた海賊はそのまま地に倒れるが、蹴りを入れられた方は浅かったようで、直ぐに態勢を立て直し、再び斬りかかってくる。
それをまた剣で受け止める。
しかし、後ろで援護に回っていた2人が追撃を仕掛けてきた。
「おらぁ!!」
1人は左側の剣で受け止めるが、後ろに回られた3人目の横薙ぎは剣で受けられそうにない。
「隙だらけだぜ!!!」
絶体絶命かと思われたが、咄嗟に地面を蹴り、前宙返りで間一髪横薙ぎを躱す。
「あっ…ぶなかったぁ!!」
ロイは見事な身のこなしで直ぐに海賊達の方へ向き直り、剣を構える。
「こ、こいつ…」
自分達の実力より上の相手であると認識して、警戒度を高める海賊達。
一瞬のうちに1人で数を半減させられたのだから、当然だろう。
(さて、こっからは甘くはなさそうだ…)