ボーイ・ミーツ・ボーイ
潮風薫る港町であった。
太陽は最高度に差し掛かり、海に反射する。その光に煽られるように、街の人々も活気に溢れる。
そこは市場で、商人達と客の交渉や、世間話で騒がしく賑やいでいた。
港町の名前はマドラサ。
商業国アラムニキアの中南部に位置する港町で、交易の中心でもある。
大陸各地から物珍しい品々が集まる世界の宝物庫と形容するのがぴったりな町である。
この町はアラムニキアの貴族第六位であるアークレッド家の管轄でもあり、アークレッド家は貿易業を生業としている。
そんなマドラサの町を似つかわしくない出で立ちの人物が練り歩いている。
具体的に言うと、街の人々が無地で簡素な服装をしている中で、その人物は3段階は上の格式の服装をしている。
細かな装飾の施されたベストを纏い、良質な生地のブーツ、何より襟元から顔を出すフリルがその町と最もかけ離れたシルエットであった。
つまりは貴族である。
年は19といったところで、マドラサの海に負けず劣らずの濃いブルーの髪と瞳をした青年だ。
彼の名前はロイ。腰に提げた剣と鞘から、武芸の嗜みもあると推察できる。
「こっちには久しぶりに来たけど、相変わらずの活気だなぁ」
ロイは自分が目立つ格好をしていることなど気にも留めない様子で市場をてくてくと進んで行く。
町の人間も貴族は珍しくはあるものの、全く来ないわけでもないので、目は遣ってもジロジロとはしない。
この市場では扱う商品は様々だ。
武器や防具、衣類、装飾品、食材、書物、何に使うのかよく分からないものもある。
そんな市場の中でロイは気になるものを見つけた。
と言っても商品が気になったわけではない。
「あ、あの、この魔石はおいくらでしょうか…?」
「お、坊主。なかなか良いものに目をつけたじゃあねぇか。だけど、坊主が買うにはちょっと高いと思うがなぁ…」
この町には貴族と同じくらい珍しい、魔道士のようなローブを着た少年が魔道具屋の店主と話をしていた。
少年の髪は綺麗な緑色、見れば瞳も同じく緑色だ。長い髪を後ろで結んでいる。
身長は小さく、150cm代半ば程だろうか。
身長や風貌から察するに年齢は12、3歳といったところか。
「お金ならある程度はあります。なので…」
店主は上客にはならないと判断して、遠回しに帰らせようとしているのだが、少年はそうとも思わず食い下がる。
魔道具屋で売られる魔石であれば相場は大きさにもよるが、最低でも5000Gは下らない。
子供の小遣いで買える値段ではない。
「と言ってもなぁ…ちなみに坊主今いくら持ってるんだい?」
「えっと…1万Gです…」
「そうかぁ…それは残念だが、こいつは2万Gするんだよ。結構な上物でなぁ…。だから、坊主にゃ悪いが…」
店主は申し訳ないという表情を見せてはいるが、少年を追い返したいというのがはたから見ればすぐわかる。
しかし、少年は交渉慣れしていないのか、値切りようもなく、口をパクパクさせてしばらく考えた後諦めてしまったようだ。
その始終を見ていたロイは少年の後ろ姿を見て、思い立ったようにその魔道具屋の元へ向かった。
そして、先ほど少年が欲しがっていた魔石を指して店主に言う。
「店主、こいつは2万Gで売ってくれるんだな?」
「あ、あぁ…そうだが…」
店主は突然のことで困惑しているが、その勢いに押されて答える。
「じゃあ、これで良いよな?」
ロイは胸元から小袋を取り出し、店主に見せる。
店主に確認させるように袋を開け、2万G分の金貨があることを見せた。
「えっ?あっ、ま、まいどあり…」
店主も何が起こってるか分からない様子だが、自分が提示した額と同じ額だけの金貨を得られ、問題もないので、なすがままだ。
その言葉を聞き終えるや否や、ロイは買った魔石を取って、先ほどの少年を追いかける。
まだしばらくも経っていないので、少年は直ぐ近くをトボトボと歩いていた。
「なぁ、そこの君」
ロイは少年の肩に手を置きながら話しかける。
少年は突然話しかけられ、驚きながらも振り返る。
「はい!?」
拍子の抜けた返事に、ロイは少し息を漏らしながら、先ほど買った魔石を見せる。
「これ、欲しかったんだろ?」
そう言いながら、少年に向けて魔石を差し出す。
「え?た、確かに欲しかったですけど…え?」
当然ながら少年は驚いたままだ。
「あ、あぁ…ごめんごめん。さっき君がこれ欲しがってたの見てたからさ。これあげるよ」
見ず知らずの相手から自分が買えなかった商品をやるよ、と渡されてもはい、ありがとうと受け取れる人間も早々いないだろう。
もちろん少年もその多分に漏れることはなく、
「え!?えぇええ!?いえいえ!そんな!頂けないですよ!というか何でですか!?」
不審がるというよりは理解できないと言った様子で慌てふためいていた。
「まぁ…急に言われても困るよな…。
じゃあ、ちょっと話しないか?」
ロイも急過ぎたことを反省しつつ、近くにある酒場を指した。
酒場といえば子供が立ち入るような場所ではないかもしれないが、この町では親の仕事中酒場で面倒を見てもらっている子供が少なくなく、子供が出入りしてもさして不思議ではなかった。
そして、騒がしい店内で少年とロイは向かい合って座っている。その中心には先ほどの魔石。注文した飲み物が来るのを待って、ロイが話し始める。
「さっきは悪かった。突然あんなこと言われたっておかしく思うよな。俺はロイ。よろしく」
一先ずは自己紹介。ロイが名乗るのを聞いてハッとして少年も答える。
「いえ、あっ…僕はギルバートと言います」
「ギルバート…か。よろしく。そんで、さっきの続きなんだが、まぁギルバートがあの店でこいつを買おうとしてたのを俺は見てたんだよな」
順を追っていきさつを説明する。
ギルバートは先ほどよりかは警戒する事なく、ロイの話を聞く。
「ちょっと不思議に思ったんだよ。この町に魔道士のローブなんて着てる奴は珍しいし、何より子供がこんなもん欲しがってたことがさ。ギルバートは魔道士なのか?」
「……えっと…はい、魔道士です。修行の身ですけど」
何やらギルバートは少し不機嫌そうな顔をしている。ロイもそれに気づかなかった訳ではないが、一先ず気にせず続けた。
「そうか、魔道士ね。子供の魔道士ってのも珍しいよな。この町に住んでるって訳じゃなさそうだし、旅してるのか?両親は?」
まるで、迷子の子供に聞くような内容だが、状況が状況だ。
しかし、ここでギルバートは何やら最高に眉をしかめ、唇を尖らせている。その様子は正に拗ねた子供のそれなのだが。
「ロイさん…。失礼ですけど、ロイさんって年はおいくつですか?」
「へ?俺?俺は19だけど…」
ロイは良くも悪くも歳相応といった容姿だ。
「同い年ですよ」
ぼそっとギルバートが呟いた。
ロイは言葉は聞き取れたものの意味を理解出来なかった。
「?誰が?」
「僕です」
「…え?」
ギルバートは溜め息を吐きながら答える。
「僕も19歳です。ロイさんと同い年です」
ここでようやく意味を理解し、思わず立ち上がって叫んだ。
「ぇえええええ!!!???」
大声に周りが驚き、訝しげにロイ達の方を見る。それに気づいてロイは小さく会釈しながら、再び席に着く。
「…ぁ…すみません。」
「って本当に?」
未だに信じられないと言った様子でギルバートに確認する。
「本当です。僕は19歳で、魔道士の見習いをしてます。師匠に最後の試験だって、魔道で人助けをしながら大陸を旅してこいって言われて…」
「そ、そうだったのか…。なんか…悪いな」
「まぁ、良いです。慣れてますから」
本当に慣れているのだろう。やれやれといった様子でギルバートは返した。
「ということはこの魔石もその修行に必要だったって感じか?」
「そうですね。魔石というのは魔力の元となる魔素の結晶なんです。つまりは、魔力の肩代わりをしてくれる道具ということですね」
「なるほどな。そりゃ確かに重要そうだ。
まぁ、魔法使える方が珍しいここじゃ、貴重な代物ってわけだ」
「みたいですね。僕の故郷と比べると10倍くらい相場が違うみたいです…」
「もしかして、ボッタくられてない?」
「まだ良心的だと思います。もっと質の悪いものをもっと高値で買わされたこともあるので…」
(ボッタくられたことはあるんだな…)
内心ギルのことを憐れみながら、ロイは会話を続ける。
「魔道士で故郷っていうと、やっぱりミルフォニア?」
ミルフォニアは大陸一の魔道大国として名高い。
唯一大陸連盟に加盟しておらず、完全中立国としてその地位を確立している特殊な国だ。
故に機密度の高い国でもあり、外にいては情報はほとんど入ってこない。
「そうです。ミルフォニアにずっといたら魔道一辺倒になってしまって本質を掴めないとして、旅に出ろって言われたんです」
「なるほどなぁ。一理あると思うよ。違う視点ってのは進歩に必要なものだからな。
ミルフォニアには俺も興味があってさ、ここら辺のことを教えるから、ミルフォニアのこと、ギルバートのこと、もっと教えてくれないか?」