一刃 命狩る鬼の唄
戦場にて囁かれる一つの噂。
何でも戦い続けた者はいつしか人としての何かを失いいつしかモノへと成り下がってしまうのだと。
そしてそのまま人ならざるモノ達は在る世界へと誘われるのだと。
血と硝煙、そして泥と闘争に彩られた灰色の世界へと
◇■◇
「96…………97……」
刻まれる肉塊と鼻につく血の香り。既に嗅ぎ慣れてしまったその香り。
一振りすれば命が消える。その感触も慣れきった。
「……98………99…………」
あー…………香しいものだ。
「…………あ…………あぁ………」
「んー?あんたで最後か?」
「バ、バケモノめ………………」
「喧嘩を売ってきたのはそっちだロォ?俺はお前らの意思を尊重してやったのさぁ」
愛刀を逆手に持ってその切っ先を向けてやると面白いほどに男の顔が恐怖で歪んだ。
あーあ、この程度で怖がってたらこの世界じゃ生きていけないだろうに。
「100……だ」
「バ、バケモノめェェェーーーー!」
失敬な奴だ。
「この世界に化物じゃない奴なんていねぇよ」
◇■◇
【堕界】
そこは闘争にその身を捧げ…………否、闘争に呑まれたモノ達が集う場所。
ここに堕ちたモノ達は各々がその身に『異常』を内包している。
それは武器であったりはたまた能力であったり或いはそれ以外のナニかであったりする。
そんな異界で少なからず存在するバーの一角で在る噂がたっていた。
「おい、聞いたかよ。南の百人隊の奴等が殺られたらしいぜ?」
「マジかよ。殺ったのは何処の奴だ?」
「アイツだよ。聞いたことないか?鬼の話だ」
「あ?まさか半人半鬼のアイツか?実在してたのかよ」
「マジだって。俺会ったことあるしよ」
「なら、何で生きてんだよ。噂じゃ会ったら死ぬんじゃなかったか?お前程度が勝てるなら大したことないだろ」
「いや、決め事らしくよ。酒飲んでる時は殺さねえ主義らしいぜ」
この男二人が噂するのは猛者の集う【堕界】でも一、二を争う怪物についてのものだ。
闘争を宿命付けられた彼らですらも手を出すことを憚る相手は何処にでも存在する。
噂の男、別名【百鬼】もその一人。明確な名を持たないために愛称がそのまま名前として定着していた。
彼の振るう武器『十刃刀』は十の刃を接いだ形状の所謂、関節剣だ。そのギミックを知るものは少なく、知ったものは例外なく殺されている。
そして種族は半人半鬼。文字通りの意味だが彼は元々人だった。闘争の果てに半分鬼へとその身を堕とした末の末路だ。
「しっかし、本当に強いのかねぇ。やっぱ噂の一人歩きじゃねぇのか?」
噂話続ける二人の元へ更に新たな男が歩み寄る。その手にはジョッキが握られ頬には赤身が差していることから酔っているようだ。
背には一般的な槍が背負われ纏う雰囲気も強者のソレだった。
「な、なんだよアンタ」
「俺か?俺は…………」
そこで言葉を切り男はジョッキを一気に煽り口を湿らせる。
「槍使いのダレイン。聞いたことは?」
「はぁ!?アンタ、龍殺しか!?」
「お、以外に俺って有名?」
「むしろ、知らねぇやつはモグリだろ…………」
「まあ、いいや。それよりその半人半鬼は何処に居やがるんだ?」
「き、聞いてどうすんだよ……まさか…………」
「決まってるだろ?」
ダレインは不敵に嗤い片目の色が替わる。さしずめ、龍の目、だろうか。
「殺し合うのさ。この世界の掟だろ?」
◇■◇
真っ赤な地面を眺め俺はため息をついた。
百人隊?って奴等を切り刻んで3日。
殺して殺して殺して殺して殺して殺して。
服が血濡れてクッサイことこの上ない。俺の服は血のせいで赤黒い。
「死ねェェェ!半人半鬼!!」
振り下ろされる銀閃と一緒に突っ込んでくるむさい奴。
得物は曲刀。いや、蛮刀か?反りが深いな。
けど、振り下ろしは悪手だ。
刀を少し傾けて構え空いた左手は添えるだけ。受けるのではなく受け流す。それだけでいい。
刀を伝って曲刀は地面に刃を打ち付ける。そして峰を踏んでハゲの動きを抑制する。
動きの止まった事を確認して刀の切っ先を俺の背後へ。そこから右手一本で初動を起こし途中、左手で柄尻を握って加速。
肉と骨を断つ感触を手に受けながら脳天から一刀両断に振り下ろして終了。
物言わぬ肉塊の完成だ。臭い。
「さてと、予備があって困ることはないだろ」
曲刀を回収して刃の検分。少し欠けてるが業物らしくその輝きは魔性だな。
「良いものが手に入ったぜ」
◇■◇
弱肉強食なこの世界。
何よりも重要視されるのは強いか否かについてだ。
強ければ勝負を挑まれ、弱ければ犬死にするだけだ。
しかし、何も敵は他者だけには限られない。
魔物と呼ばれる類いの生物たちが跋扈しており日夜血で血を洗う闘争の火種があらゆる場所で燻っているのだ。
それぞれがゴブリン等の雑魚から龍種やケルベロス等伝説級のモノまで多種多様。その人知を越えた力をそれぞれが持ち合わせている。
だが、真に恐ろしいのは二つ名持ちのモノ達だ。それは人魔問わず、それは鬼門だ。
例えば、ダレインの二つ名である龍殺し。
魔物でも最強クラスの龍を単身で殺し、その力を人の体に落しこんだのがその由来だ。
そして、二つ名持ちと戦うときはあらゆるものを諦めねばならない。
生きることを。勝つことを。名声を得ることを。明日を夢見ることを。
その他もろもろ、あらゆる事を捨て去って始めて二つ名持ちの怪物たちと闘える。
まあ、闘えるだけで勝てるわけではないのだが。
◇■◇
あのハゲを殺してまたまた3日。どうやら俺に客らしいな。
因みに今立ってるのは両側を切り立った崖に挟まれた広々とした荒れ地。というか俺はこの場所を出る気はないからずっと居るんだがな。
【堕人】は基本的に食事は必要ない。三大欲求を筆頭に俺達の中の欲はほぼ全てが闘争に向けられている。
闘うことが最高の快楽にして最強の娯楽。それ以外は必要ない。
「見付けたぞ、半人半鬼」
どうやら奴さんは俺を暫く探してたらしい。
赤毛に精悍な顔立ち。それに外套、その下はプレートアーマーか?
背に背負ってるのは標準的な直槍。
「俺の名はダレイン!龍殺しの二つ名を持っている!」
外套を脱ぎ捨てて露になったのはやっぱりプレートアーマーだ。所々血錆びにまみれてる以外は普通だな。
だが、強いのは確かだな。
「俺と態々闘いに来たのか?」
「愚問だな。俺達【堕人】の求めるものは闘争だけだ!」
比較的マシな奴だと思ったらそうでもなかったな。
背に背負っていた槍を抜き放ち繰り出された突きを俺は曲刀で受け止めた。剣の幅があって良かったぜ。
とりあえず横に逸れつつ穂先を反対方向へと流す…………前に引き戻されたか。
「ハッハッハ!これだ!俺が求めていたのはこんな闘いだ!」
呼び戻した状態からの連続突き、からの顔面めがけての横薙ぎ。
突きをギリギリで躱して当たりそうなモノには軽く一撃を当てて逸らし横薙ぎは上体を剃らして躱す。
お返しに剃らした上体を利用したサマーソルトキックを顎先へと見舞う。が、やっぱり後ろに下がって避けられた。
強いなぁ。二つ名持ちはやっぱり強い。
曲刀を右手に構えてとりあえず隙を窺う。『十刃刀』に変えてもいいんだが暇がないな。
「やれやれ………………楽しいなぁ」
◇■◇
金属が打ち合う音が響き火花が散る。
「フッ!」
「…………甘い」
突きを逸らしそのまま槍に這わせるように刃が閃く。
その銀閃を間一髪で躱し前蹴りが放たれた。しかし、当たる直前に腕が差し込まれ胴体に直撃することはない。
再び両者の距離が開いた。
曲刀を右手に構えた黒髪の少年と槍の穂先を相手へと向ける青年。
闘争を始めて凡そ15分。二つ名持ちがぶつかり合い五体満足で致命傷がないというのは奇跡と言っても過言ではない。
「流石は半人半鬼。その膂力と反射神経は人のソレではないな」
ダレインは感心したように不敵に笑う。これ程までに昂る闘いは彼にとっても久しいモノだった。
だが、まあ、ダレイン自身も人の範疇には収まらない存在ということには変わりない。
その体に龍の返り血を浴びた龍殺し。
英雄譚にもあるように龍の血には特別な力が存在している。
かの英雄はその血の力により圧倒的とも取れる不死性を得た。
そんな血を浴びたダレインはその鎧に圧倒的な防御力と刺し殺した槍に龍殺しの力を得た。槍の一突きは大地を穿ち、鎧はその強固さ故に弾丸の集中砲火を受けてもヒビ処か曇り一つ着きはしない。
対して百鬼は未だに曲刀を振るっていた。
和装の出で立ちは所々切傷により破れ肌に小さな赤い線を引いている。だが、それだけだ。それ以上の手傷を負うことはない。何より今、振るっている得物は数日前に得たものだ。練度が低い。それでも拮抗した実力を示しているのだからさすがと言えるだろう。
「いい加減死んでくれよ」
「お前が本気で来れば考えるさ!」
睨み合う二人の会話は短い。
何より喋る暇が在るならば闘おうというのが堕界に住まうモノ達の共通理念なのだ。
同時に駆け出し中央でぶつかり合う。
ギチギチと鈍い音を立てつつ両者は拮抗…………いや、若干ながらダレインが押しているようだ。
慣れない武器で尚且つ相手は槍使い。剣が槍に勝つには最低でも3倍の実力が必要になる。そして、相手は二つ名持ち。3倍にする元の戦闘能力も頭抜けている。
「ッ!漸くか!」
故に手札を切る。
刀を鞘に入った状態のまま逆手で持って振り抜く。
顎先を狙われた一撃はしかし、槍を引き戻すことで防がれその衝撃で鞘が砕けてしまった。
露になるのは黒光りする刀身。
関節剣特有の切れ目が入った刀身はギミックを内包している武器でありながら強度はかなりのモノらしく軋むことすらなかった。
逆手に持った刀を持ち直し二刀流に構え直した百鬼は大きく息を吐いていた。愛刀の感触を確かめ自然とその頬が緩む。
その姿を確認しダレインは自身の背に冷たいものが走るのを感じていた。
刃を見たものは殺される。それが誰であってもどんな存在であってもだ。
何故、その噂が今のこの状況で頭を過ったのかは分からない。しかし、歴戦の勘が警鐘を打ち鳴らしていたために彼はその場を飛び退いた。1拍遅れて斬撃が立っていた地点へと刻まれる。
深々と切り裂かれ煙を上げる地面にダレインの頬がひきつった。直感で分かってしまったのだ。レベルが違う、と。
自分の二つ名である龍殺しなど霞むほど力の差。
半人半鬼は蔑称ではない。字だけで判断すれば中途半端な存在と取れる事だろう。しかし、こと、百鬼に対しては別だ。彼は人でも鬼でもない中途半端な存在ではなく、人とも鬼とも判別区分できない全く未知のモノとしての呼称。
「…………ッ」
思わずダレインは半歩下がってしまう。
それは生物ならば誰しもが持ち合わせる生存本能が働いたために。
そして、その半歩が命を救った。
「ガッ!?」
命を刈る曲刀が閃き槍を防御に回すどころか反応すら出来ず絶対的な防御力を誇っていた鎧は切り裂かれその下の筋肉もろとも切り裂かれ血が吹き出す。それでも、半歩下がっていたことで命は助かった。助かってしまった。
「シッ!」
ぐらついたダレインの隙を逃すことなく刃が走り彼の右腕が切り飛ばされる。
槍もろとも宙を舞い右の肩口からは血が吹き出る。まるで噴水だ。
一瞬呆けたダレインは次いで襲ってきた痛みにその場に膝をつき傷口を抑えて苦悶の声をあげた。地面が徐々に朱に染まっていく。
そんな姿を百鬼は冷めた目で見下ろしていた。そして、刀を抜いたのは失策だったと内心でため息をついていた。
拮抗していたのは慣れない武器を使っていたから。更にいまいち闘争へと身が入っていなかったからだと気づいたのだ。
「前言撤回だ、龍殺し」
「……ッ、な、何を…………」
「お前、ツマンネぇや」
ダレインが何かを言い募る前にその首は胴体と切り離された。更に一陣の風が吹いて死体はこま切れを越えて大地の染みへと変えられていった。
残るのは血錆びのこびりついた直槍とそれを握る右腕、そして気だるげな目でそれらを睥睨する百鬼の姿だけだった。