エピローグ
前領主によるリューンフォート襲撃から、1年と少しが経った。
俺がこの世界に来て2度目の冬が終わって、春が来ている。
リューンフォートは今、史上最も栄えている。
人口は10万を突破し、税収もうなぎ登りらしい。
人が増えれば金が動く。仕事を聞きつけてまた人が増える。好循環だ。
前領主の罪はきっちりと調査され、前領主を子飼いとしていた上位貴族も、王家からにらまれているらしい。
そして「聖女」を失った教会は「勇者」ともぶつかった。今や、「勇者」を「反逆者」と罵る教会と、そんなことを言う教会こそ「反逆者」と言う貴族との間で軋轢が生じている。
政治の中枢では今大きな動きがある――ということをフォルカが教えてくれた。
そう、フォルカである。
彼女は俺に命を救われて以来、ホークヒルへちょっかいを出すのをきっぱりと止めた。
それどころか2、3日に1回はホークヒルへやってきて食事をしている。領主であるフォルカが来るので、リューンフォート貴族もやってくるし、大店の商会長もやってくる。フードコートはオープンから半年で拡張することとなった。出店誘致が大変だったあの頃を思い返すとウソみたいだ。今や「出店希望者」が列を成している。こうなると「ホークヒルにも出店中」というワードが宣伝文句になるそうだから恐ろしい。
「――ほう、お前がリューンフォートとかいう田舎の領主か?」
「誰ですか? ずいぶん悪趣味な服を着ているところを見るに、貴族のようですけど」
「お前……上位貴族であるこの私、ガントリーズ侯爵をバカにするのか!」
「国王陛下の通達においては上位貴族よりも領主貴族を大事にすると書かれていますよ?」
はい、始まった。
フォルカvs他の貴族である。
騒いでいるのはリューンフォート貴族ではない。
この1年でリューンフォート以外、5都市の郊外に転移塔を設置した。うち3箇所はすぐに破壊され、2箇所はリューンフォートのように稼働している。
市民にはすぐに話題になるし、美味い食事が出るということからも、物珍しさからよその土地の貴族が視察しに来るのだ。
で、フォルカとぶつかる、と。
「この無礼な女を斬れ!」
「あら、ずいぶんと野蛮なんですねえ。ほんとうに貴族なのか疑わしい」
「ぐぬぬぬぬ」
口げんかで終わらず、こうして武力行使に出てしまうのが問題だ。
はい、剣を抜きましたよー。
「……そこまでにしておけ……」
そこへ現れたのが、黒のローブを着て、銀色の仮面をつけた魔法使いだ。
はい、俺です。
俺が出てくるとレストランの他の客たちから歓声が上がる。
「来たぁ、黒衣の魔導師!」
「うおおおお、あいつがそれか、初めて見た!」
「でっけえ魔法やっちゃってよ!」
歓声っつっても男ばっかりなんだよね……黄色い声援とか欲しいのよね……。
ダンジョン内での狼藉は基本ソフィが対応するのだけれど、貴族案件は別だ。ソフィひとりじゃどうにもならないことがある。だから、「ダンジョンマスターの手の者」が動いたことにしている。
「なんだ、貴様は?」
貴族はほんとうに面倒くさい。どこが「貴い」のかわからないような言葉を使うしな。
だからまあ、せいぜい派手に、
「――消えろ」
俺が両手を掲げる。
瞬間、男たちの足下に発動する魔法陣。
青白い光の柱が男たちを閉じ込めると――彼らは消失した。
ちなみに飛び先は、王都だ。
スケルトンに掘らせたダンジョンネットワークはついに王都にまで到達したのである。
で、飛ばした連中は転移トラップに登録して、二度と、転移トラップを利用してホークヒルへは来られないようにする。
「いよっ、さすが!」
「すげーな、一発じゃん!」
男どもの歓声が上がる。
まあね……フェゴールのジイさんが残したローブを使ってるからさあ、オシャレとはほど遠い見た目だけどさあ。
……いや、女性がひとりだけ感動していたな。
「ふわぁ、魔導師様ぁ……」
両手を組んで、うっとり見つめてくる――フォルカ。
俺が大量のゴーレムで命を救って以来、なんかこのうさんくさい魔法使いに憧れを抱いてしまったらしい。だから頻繁にホークヒルに来るのだ。で、俺を呼ぶためにわざわざよその貴族ともめ事を起こす。
女性に憧れられるって……めんどくせえもんだな、って俺は思ったね。
「ああぁっ」
フォルカがぷるぷるした。
どうしてかって?
あいつ、おしっこ漏らしてるからね……なんか快感を覚えてしまったようだよ……。
おしっこを漏らしても大丈夫なようなマジックアイテムまで使っているというから領主の力には恐れ入る。
……いや、恐れいらねーよ! ひたすら面倒だよこの人!
ただ、当然と言うべきかわからないけど、ぶっ壊れちゃってるのはホークヒルにいる間だけで、領主としての仕事はきっちりこなしているそうだ。
ロージーとヴィヴィアンは……なんかこのふたり、セットで行動していることが多いので俺もくくって考えちゃうんだけども、このふたりは新聞を精力的に伸ばしている。
今の発行部数は8,500部だ。部数自体は頭打ちになりつつあるんだけど、売上は他のところで伸びている。
「ホークヒル・タイムズ」の発刊である。
複数の都市から直接アクセスできるホークヒルは、ダンジョンとしてだけでなく、流通の拠点――にはさせないのだけど、文化交流の場として機能しつつあった。
転移トラップを使えば流通拠点になることは間違いない。ただそれをやってしまうと既存の経済に影響が大きすぎるので、制限をかけているんだ。
具体的には3つ。
1つは「入ってきた転移塔にしか帰れない」。出身の街に必ず戻る転移トラップにしている。開発には苦労したけど実現できた。
1つは「1日1回しかホークヒルへ転移できない」。
あと1つは「重量制限」だ。
もちろん軽いものなら持ってくることはできるので、手紙の受け渡しを行っている者もいるし、貴重品、宝石などは安全かつすばやく送れるので、各町に人間を滞在させて受け渡しを行っている者もある。
その抜け道については、そこまで制限しないことにした。規制をするには税関でも置くしかないためにめんどくさすぎるし、その程度なら経済に影響を与えないからだ。
ただ、ホークヒルからちょっと離れたところに「拠点」を作って勝手に商売を始めようとした者はダメだ。
俺が地下から出向いて行って、夜のうちにことごとく破壊した。
こういう「タダ乗りで商売をしようとしているヤツら」は敵だ。
ちゃんとルーカスに話を通して「文書交換所」などを開いているヤツはオーケーとした。ますますルーカスの権力と仕事量が増えたが、仕方ないことだ。できるヤツに仕事が回ってくる。
さて、そんなわけでホークヒルは人間が集まる場所――文化の交流地点となっている。
そうなるといろんな衝突も起きるし、新たな文化も生まれる。
ここで生まれた歌や踊りは数知れず。
そういった情報も、「新聞」が取り込むにはちょうどいいのだ。
「ホークヒル・タイムズ」はダンジョン情報を1面と4面に、しゃれこうべサッカーのスポーツ情報を2面、文化情報と食事の情報を3面にして計4ページで刊行されている。
売れ行きは非常によい。隔週ペースでやっているが、増刷もかかる勢いだ。
ん? 新聞を運ぶのに重量制限?
もちろん、新聞を始め、ホークヒルで商売をしている人たちは重量無制限で運べるようにしているぜ!
……どころか、ヴィヴィアンとロージーが、ホークヒルに印刷所も造りたいとか言ってるんだよな。
「印刷所”も”」というのがミソだ。
ヴィヴィアンがやっている新聞社の「ホークヒル支部」はすでにできている。
「これでようやくユウ様と同じ拠点で働くことができるのね!」
「ユウさん……すみません、すみません……ヴィヴィアンさんのワガママで……」
ヴィヴィアンは胸を張って、ロージーは申し訳なさそうにしつつもヴィヴィアンの暴走を止めるわけでもなく。
まあ、俺だって断ろうと思えば断れたんだけど、彼女たちがすごいやる気だったからしょうがないよな。
「ホークヒル支部」は飲食店や雑貨店のある1階フロアに上り階段を造り、その奥に拠点を構えることとなった。ヴィヴィアンの新聞社から直通の転移トラップを設置したので彼女たちは出入り自由だ。
まあ、これでいちばん喜んだのは、ホークヒルができた当初から取材してくれてる少年マルコだけど。
「めっちゃ楽! サイコーじゃん!」
と言いながら「中級ダンジョン」を攻略中のパーティーへとインタビューのために突撃していった。
「中級ダンジョン」は「攻略ガチ勢」、ダンジョンを楽しみたいだけの「エンジョイ勢」ともに人気だ。
リューンフォート襲撃のさなかに公開せざるを得なかったこのダンジョン。ルーカスは冒険者がホークヒルの商店を荒らす前に目先を逸らす目的で公開に踏み切っていた。
結果的にこれは大成功だった。
「敵はホークヒルにいる」→「行ってみたらそれっぽいダンジョンがある」となったら、単純な冒険者たちはそこに突撃するわけで。
その後「中級ダンジョン」と看板を出した。
入場料無料の、いわゆる「ダンジョン」なのが「中級」の特徴だ。
洞穴っぽい雰囲気。中は迷路じみていて、一見さんはかならず迷う立体構造。
ただ、中に凶悪なモンスターはいない。
スケルトンやゴーレムといったいつものメンバーで、彼らの攻撃は「転移」させることが目的。転移した先は外だけではなく、迷宮内の別の場所に飛んだりするので確実に迷う。
ただし、30メートルに1箇所は必ず「脱出用転移トラップ」を設置してあるので、どうしても外に出たい場合はそれを使うことで帰れる。
「安全に、ちゃんとしたダンジョンを楽しんでもらう」
このコンセプトは変わらない。
わかりやすいアトラクションというより、「ダンジョン体験」「ダンジョン訓練」が目的となっている。
問題としては、中で他の冒険者に襲われる可能性だが――これについては、もう、対策のしようがない。
一応スタッフ用裏通路を通してスケルトンに巡回させていて、怪しげな連中には常にマークさせているので、今のところ目立ったトラブルは起きていないが。
ダンジョン内にはあちこちに「宝箱」を置いているので、これが訪問者に人気だった。また10日ごとにダンジョン内のルートをリニューアルし、宝箱や内装も変えているので何度も楽しめる。遺跡ふう、洞窟ふう、近未来ふう、などなど。
ボス部屋(ゴーレムの群れ)を突破すると宝物を得られる。まだ、到達した人間はいない。レイザードが腕を振り回しながら「やるぜえ」とか言って乗り込んできたため、問答無用で転移トラップで吹っ飛ばした。お前はすでに運営側の人間だろうが。
そんなレイザードはしゃれこうべサッカー事業で大忙しだ。冒険者業は引退してしゃれこうべサッカーを全世界に広めると息巻いている。エヴァンジェリストである。インスタグラムとかやってたらすごくフォロワー数いそう。
ホークヒルの名が轟く前にしゃれこうべサッカーが広まっていた、では笑い話にもならないので、こちらも急いで知名度向上のためにがんばらなければならない。
しゃれこうべサッカーは、ホークヒル拠点を他の2都市にも増やしたことから「リューンフォートリーグ」の他に、都市名を冠したリーグが2つ発足している。各リーグでの上位3チームが「グランドファイナル」に進出し、半年ごとの優勝カップを目指して争っている。
うむ……つまり、他の都市でもスケルトンを召喚したんだよね。
それぞれの都市ごとに1体ずつ「知性スケルトン」を召喚しているので、しゃべる骨は全部で3体いる。安心したことにはリオネルほどのアホはいなかったということだ。
ひとりは、リオネル曰く「魔性」の女。色っぽいらしい。もうひとりはやたら熱血の骨。
「ボス……ヤバイですね。そろそろボスも彼女の魅力でやられちゃうでしょ?」
「あらぁ。ユウさんでしたらいつでも歓迎ですわよ」
「うおおおおサッカーやろうぜええええ!」
お前ら楽しそうだよな。
そう言えば腐竜を倒すのにリオネルが一騎当千の活躍をしたとか聞いた。
あの後ちらりとたずねてみると、
「……ボス。驚かないでくださいね。たぶん生前は竜を専門に討伐する聖竜騎士だったのではないかと」
うん。そうだろうね。進化先に出てたからね。
「あれ? 驚きませんね? あるいは強烈なツッコミが来るかと思っていたのですが!」
「ツッコミを楽しそうに待ってんじゃねーよ」
「いやあ、そんな顔してました? ハッ、スケルトンだから表情は変わらない!」
カタカタ笑ってる。リオネルは相変わらずだ。
たまに生前の記憶を探ろうとしているのかな? と思う節もあるんだけど、なんか思いついたら向こうから言ってくるだろう。そのとき俺が手伝えることがあるなら、まあ、そこそこは手伝ってやろう。
しゃれこうべサッカー事業がことのほか人気であるので、試合中継用の「スクリーン」を設置したいという店舗も増えてきた。リューンフォート襲撃事件で骨たちががんばった影響もかなり大きいとは思うけどね。
細かい事業が好き勝手やっていたときには問題なかったが、さすがに今はひとつずつの事業が大きくなってルーカスひとりでは抱えきれない。
なので正式に「神なる鷹の丘商会」の下に「印刷事業」、「しゃれこうべサッカー事業」、「食品事業」、「郵便・文通事業」、「ダンジョン事業」をぶら下げることとした。「新聞事業」としてヴィヴィアンが「参加したいですっ」と鼻息荒く迫ってきたが、断った。「新聞は社会の木鐸たれ」なんて言葉もあるじゃないか。独立した勢力であるから社会を批判することができるのだ。営利企業の下にぶら下がってどうする。
こっちの世界は「子会社」とかいう概念がないのでそれぞれ代表者を決めて進めている。
ルーカスのそばには中二……ロウィートがついているので大丈夫だろう。印刷はギンガネ、しゃれこうべサッカーの経理部分はパー子がきっちり握ってるから、こっちも安心だ。その他の事業を任せられる人材を探しているところだ。
「ルーカス」
「なんですか、ロウィート」
「今日の会議での議題。まとめた」
「ああ、ありがとうございます」
紙束を差し出すロウィート。受け取ろうとしたルーカスの手をそっと握る。
「……ロウィート」
「ルーカス……」
「……手が冷たいですね。冷え性でしたか? いいお茶があるのです。試してみましょう」
「…………」
「ロウィート?」
「…………ううん、なんでもない。飲む」
そのロウィートはしきりにルーカスに「好き好き」アピールをしているのだがまったくルーカスは気づいたふうがない。むしろ最近、ルーカスの俺に対する視線が「先生」に対するそれから「神様」に対するそれへと変化してきている気がするのだが……。ロウィート、がんばれ。ルーカスを正気に戻せるのはお前しかいない。
まあ、ルーカスは仕事しすぎなんだよな。
その仕事の時間の合間を縫って俺のところに来て、しきりに日本でのことを聞きたがる。「誰も経験したことがなかったような新しい『文化』」を創出するためにすこしでもヒントがないか探っているんだ。
俺も、日本でのことを思い出しながらルーカスと話しているのは楽しい。ものすごく楽しい。俺が体験してきた様々なことが、どんな些細なことだって、ルーカスにとっては「新鮮」で、「夢」があって、「刺激」に満ちたものだと再確認できるからだ。
今、俺とルーカスが進めている新たな事業は「地下鉄」だ。「転移トラップ」があるのに「鉄道」なんてナンセンスと思われそうだが、鉄道はいいぞ。貨物や客を可視化できるので権力者にとっても安心できるし、地下を通すことで安全も確保できる。既存の流通と競合するし経済にインパクトを与えることは間違いないが、本数を調整することでインパクトも調整できることがデカイ。
それになにより鉄道はロマンだよな。ごめん。俺はあんまりそういうロマンを持っていない男だった。でもルーカスがものすごく食いついたんだよな……。
ともかく、今は鉄道の試作を作っているところだ。
「……?」
「あ、いや、なんでもない」
俺が迷宮司令室でぼーっとしていると、シャワーを浴びたらしいリンダがジュースを飲みながらやってきた。
ここに勝手に出入りしているのは、骨以外ではリンダとミリア、香世ちゃんだけだ。
そのミリアは俺の向かいでテーブルに突っ伏して寝ている。
ヨダレが書籍にかかりそうだったので彼女の周囲はなにもない。ドーナツ化現象だ。
ミリアは、魔族の言語を勉強している。
ミリアにとって大切な「本」。俺が読めたのに自分が読めないのがショックだったみたいだ。
それに、自分の故郷がどこにあるのかちゃんと探したいらしい。
そうなると魔族の言語は当然必要になってくるので、それを習得すべく勉強している。
ただ……まあ、ミリアだしな。勉強とかどう考えても苦手だもんな。
俺がちょくちょく教えてはいるんだけど、自習をやらせるとすぐにこうやって寝てしまう。
「順調?」
「いや、見ての通り。先は長いよ」
「そう。でも時間はある」
今、女神がいいこと言った。
そうなんだよな。幸い、ミリアには時間がある。大急ぎで魔族の村に向かわなきゃいけない理由もない。
ゆっくりやればいい。
ミリアにとっては人生で初めての「お勉強」でもあるんだからな。
「……ふふ」
「な、なに」
リンダが微笑んだ。焦る。これは女神の祝福を得られたかもしれない。
「まるで子どもの成長を見守る親」
「げほっ!」
祝福じゃないから、それ、呪いだから! こんな手の掛かる子どもとか勘弁だよ!
「……もしかしてリンダって、面倒見のいい男の人が好みだったりする?」
「? 教えが上手い人は好き。弓の撃ち方とか教えてもらってうまくなった」
「そ、そうか」
それならがんばろっかなー俺がんばっちゃおうかなー。
「あ、香世ちゃんが呼んでる……行かなきゃ」
迷宮司令室に張られた「呼び出しボード」で香世ちゃんのアトリエのランプが光っている。
「うん。いってらっしゃい」
「じゃ」
俺はリンダに背を向けて歩いていく――ぽつりと、リンダがなにかを言った。
――もう、あなたには十分魅力がある。
「ん? なにか言った?」
「ううん。香世が待ってるんじゃないの」
「おっと、そうだった」
俺は香世ちゃんのアトリエに向かった。
アトリエ、とは、香世ちゃんが好き勝手にデザイン作業ができるように作った部屋だった。
部屋に入ると、ツナギのあちこちに様々な色の絵の具をくっつけた黒髪の女性が、腰に手を当ててうーんと唸っていた。
染めていた部分はもう残っていない。真っ黒だ。
「どうしたの?」
「あ、鷹岡さん、早かったですね」
振り返った香世ちゃんの髪の毛は、すでに肩くらいまでの高さにある。
アトリエにいるときには後ろでひとつに縛っている。
黒い髪は結構珍しいので、ホークヒル関係者の中では俺と香世ちゃんが兄妹なのだと勘違いしている者もいた。
「どうしたの?」
「ん~~これなんですが」
「ああ……第2王子から依頼されてる絵だっけ」
なんと、貴族だけでなく王族からも注目されるようになったホークヒル。
お忍びで視察に来た第2王子はダンジョンだけでなく、全体のデザインやそこここにある花瓶や絵画も気に入った。それらは香世ちゃんがヒマなときに作っていたものだったんだけど、第2王子は「なんとしても譲ってもらう」と言い出したのだ。
「そうなんですよ……なかなか気に入ったものができなくて」
「それじゃあ、やっぱり飾ってあるの適当に持ってってもらったら?」
「さすがにそれは! いくらなんでも王宮ですよ!? あんなの、王宮に飾るものじゃないですよ! ちゃんと作らないと罰があたりますよ!」
王子は神様じゃないと思うが。
「……うーん、これでもいいと思うけど」
香世ちゃんが描いていたのは2メートル四方くらいのキャンバスへの油絵だった。
ホークヒルがそびえている。
人が小さく動いていて、商店やホテルへ出入りしている。
全体のほとんどがホークヒルの壁面で、パッと見は「山の絵」である。
「でもこのタッチじゃない気がして……この世界にありきたりな絵じゃないですか、これじゃ」
「風景の絵はそんなに多くなかった気がするけど」
俺と香世ちゃんは王都にある美術館に何度か行っていた。美術館を迷宮占領するのに必要なMPコストは680億だった。なかなかコストのかかる美術館である。
美術館、とはいってもほとんど貴族の肖像画か宗教画ばかりだったから、風景の絵、というそれだけで価値があるような気はするけどね。
「それでも、あるはあるんですよね。……ありきたりじゃないものを出さないと、ホークヒルの沽券に関わりますよ」
ホークヒルの沽券に関わる。
ホークヒルも成長したもんだわ。
「ああ。欧米人が日本の葛飾北斎に感動するようなものを出したいってこと?」
「そう! そうなんです。物珍しさがなければ、さすがにわたしの絵なんて素人芸ですよ」
「それじゃあ――」
俺はひとつの提案をした。
「――夜の絵にしたら?」
「夜……ですか?」
「ホークヒルはロゴそのものが光るし、今はライトアップもしている。暗さと光のコントラストだね。タッチを変更するのは結構きついだろうから、カラーリングと構図で印象を変える」
「……なるほど! 確かに夜の風景画はまったくありませんでしたしね! よーし。がんばるぞぉ~」
腕をぶんぶん回しながら香世ちゃんが筆を手に取る。
「手伝おうか?」
「……ダメです。鷹岡さんに手伝ってもらったらすぐ終わっちゃう」
そう。俺が手伝えばすぐに終わるのだ。
俺が進化してなった「上級迷宮主」に新たな迷宮魔法がいくつかある。
そのうちの1つ「従属転写」は手を触れた相手の考えているものを、書き出すことができる。
つまり、香世ちゃんが想像した絵を、想像したとおりに描き出せるという「芸術家殺し」の魔法だった。
「他者に働きかける」魔法が上級迷宮主になって結構増えた。
まあ、MP上限もまた増えて、今俺の最大MPは1兆を超えているんだが。もはや王都の王城も支配下におけるレベルだ。やらないけど。やったら城内の魔法使いに探知される恐れもあるみたいだから。いや、まあ探知されたところで「召喚ドラゴン」とかいう凶悪な魔法もあるので(MP2,000億)、実力でも王城を支配下に置けそうな気がするけども……。
やらん。うん。野に放たれた勇者が来たらめんどくさいし。あいつめちゃくちゃしつこそうじゃんね。
「こればっかりは自分で手を動かして発見できるものもあるんです」
「そっか……」
香世ちゃんがどんどん成長していく。俺の手の届かないところに行ってしまうんだろうか……。
俺は知らず知らず寂しげな顔をしていたんだろう。
「あっ、ち、違いますよ!? 鷹岡さんの手助けが要らないっていうんじゃなくて! さらっとすぐに、わたしでは思いつかないアイディアを鷹岡さんが出しちゃうから……わたしだって手を動かすところくらいがんばらないと、って思うんです」
健気過ぎる。めっちゃええ子や。
「……誤解は、解けました?」
「うん」
「じゃあ、今の内容で進めてみますね」
香世ちゃんはほっとしたようにキャンバスへと向かう。
俺はその背中を見やる。小さな背中。六本木で働いていたときには、その背中が頼りなくて、仕事を任せても大丈夫か不安になったんだよな。
でも、今は違う。
「……香世ちゃん」
近くにあった1枚の植物紙を手に取る。
俺がそこに、自らの考えていたものを転写してみる。
それは日本で公開される予定だった――いや、もう今ならとっくに公開済みの、ある映画のポスター。
「ラビリンス」と題されていたそれは、暗い中に巨大な塔が浮かび上がるデザインだった。
俺と香世ちゃんが、転生する直前まで携わっていたコンテンツだ。
「なんですか?」
新たに取り付けた真っ白なキャンバスを見つめながら香世ちゃんが聞き返す。
俺は聞く。
「俺たち――こっちの世界に来て、よかった……よね?」
と。
「鷹岡さんは……どう思っていますか?」
俺が上級迷宮主になったことで、進化先から「人間」は消えた。
だけどすぐに復活した。
俺が慣れない料理なんかをして、手を包丁で切ったときに香世ちゃんが回復魔法を使ってくれた瞬間だ。
「聖女」の力が「人間」への進化に影響していることをそのとき初めて知った。
そう、俺は「人間」へいつでも戻れる。
「よかったと、思ってる」
だけど「人間」には戻らない。
こっちの世界で生きていくには「迷宮主」としての力は絶対に必要だからだ。
「わたしも、です。ただわたしは、鷹岡さんといっしょに来られたから、ですけどね」
「……そっか」
「はい」
にっこりと、まさに「聖女」の笑顔を見せてくれた香世ちゃん。
最近では、香世ちゃんは俺に、遠慮せずはっきりとした好意を向けてくるようになった。
さすがの俺も気がつく。というより、ちゃんと確認した――「俺のことが好きなの?」って。
勘違いバカ野郎じゃなくてよかったことには、香世ちゃんは真っ赤になりながらうなずいてくれた。
ただ俺はやっぱりバカ野郎で、ちょっと考える時間が必要だと言ったんだ。
女神に向けた好意というか信仰もまだ消えていないし、ロージーに心惹かれたこともあった。ヴィヴィアンだってはっきりとした好意を向けてくる。
……恵まれすぎだよな。リア充だよな。爆発するのかな、俺。
いや、爆発するのは1回で十分だ。また異世界転移してしまう。
好きなだけ考えてください、ずっと待ってますから――と言ってくれた香世ちゃんはマジ天使。じゃなかったマジ聖女。
「よしっ」
香世ちゃんが絵筆を手に取った。
キャンバスに描かれるのはホークヒルだ。
闇夜にも明かりを灯す、明かりが消えない、この世界でいちばんの「迷宮」である。
この物語、いかがでしたでしょうか?
もしここまでお読みいただけましたのでしたら、作者にとってとても参考になりますので、「文章」「内容」に関する「評価」をお願いいたします。
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