第9話 迷宮お披露目式はっじまっるよ~~~!
それから10日くらいかけていろんなものが変わった。
まず、しゃべる仲間を増やすのはとりあえず止めておいた。考えてもみてほしい。リオネルが10人いるとしたら?
――うわあ同志がいっぱい!
――驚きのあまりアゴが外れましたよ!
――すぐに戻りますけどね、カチャッ。
――何度も外れているとどんどん外れやすくなりますよ!
――いっそのこと取っておきましょう!
――しゃべれなくなるでしょう!
――声帯がないのに話せてる時点で我々にアゴは必要ありませんよ!
――なんと! 驚きのあまりアゴが外れましたよ!
――すぐに戻りますけどね、カチャッ。
な? 頭がどうかしちゃうよな?
でもリオネルがひとりいるだけだと心細いので、知性を持たないスケルトンを100体召喚した。ただのスケルトンは、知性スケルトンがいればその配下として振る舞うらしい。
ただのスケルトンの召喚は消費MP1000なので、100体で10万。余裕である。
見た目はほとんどリオネルといっしょだけど、眼下の奥に青白い光があるのがリオネルだ。これが知性の光なのか?
「いや~、ボスの魔力はすごいっすね。ほれぼれしますよ!」
褒められても、他の迷宮主を知らないので特にうれしくはない。
というかそもそもこれってフェゴールのジイさんがくれたもんだしな。ジイさん……ひょっとして結構すごいやつだった?
ともかく俺たちは迷宮を整備するにあたって方針を決めた。
俺が、この世界でなにをやりたいのか、だ。
今のところパッと思いつくことはない。
元の世界に帰るとか? まあ、それもいいかもしれない。でもなあ、残業とストレスの日々に戻りたいかと言われれば……。
「香世ちゃんはどうしてるかな」
俺が元いた世界で最後の最後にやれた善行。香世ちゃんをコンビニに行かせたこと。おかげで香世ちゃんは死なずに済んだ。
「あんなことがなければ、俺は香世ちゃんと……」
……どうにもなるわけないか……。
大体どうにかできるような手腕の持ち主なら32歳童貞なんてあり得ないだろ。いっそプロにお願いして童貞くらい卒業しておくべきだったろうか……いや、考えてもむなしい。
そうか、とりあえず目標は童貞卒業だな。
それがこの世界でやりたいこと、だ。
「女とヤリたいってことですか?」
「うおあ!? いきなり話しかけてくんなよ骨! 人の心読んだのか! 読んだんだろ! そんな魔法使えんのかよ!?」
「いえ、全部しゃべってましたよ」
なにぃ!?
ひとり暮らしが長くなると気がつくと独り言しゃべってるよね~の悪癖がここで!?
俺は目の前に整列している100体の骨軍団に視線を向ける。全員がそしらぬ方向にサッと視線を逸らした。
言葉通じるのかよ。通じないはずだろ。どういうことだよ。
「ちなみに私がそばにいる場合は私を通してスケルトンたちには言葉が通じます」
恥ずかしくて死にたい。
ちなみに知性ゴブリンや知性スライムを召喚するのは止めておいたんだ。なんでかって言えば、食料がないから。魔力を注入すれば大丈夫なスケルトンと違って、ゴブリンたち生身の連中は食料が必要らしい。俺が使える空腹無視は俺にしか効かない。
まあスケルトンたちには1日1回、召喚と同じ分の魔力を供給してはいるから、ふつうはそっちのほうが大変らしいけどな。全員あわせてMP11万程度。余裕だ。
召喚された者たちは、迷宮を出ることもできるみたいだ。スケルトンは昼はまぶしくて無理なので、夜だけ。
外に食料を獲りに行かせてもいいかもだけれど、迷宮を出れば食糧問題を解決できるのかどうかはわからないので、ゴブリンたちは後回しだ。
「そうか……食料、もいいな。俺、こっちの世界の食い物一口も食べてないしな。食料があれば召喚できるモンスターの幅も広くなる。とりあえず食料を確保する方向で迷宮を整備しよう」
「ですか? 女とずっこんばっこんでもいいと思いますけど」
言葉遣いィィ!!
もうちょっとオブラート! オブラートに包んでよ!
骸骨どもが気まずそうに身体をそわそわさせてるだろ! カチャカチャうるせーんだよ!
「ではボス。食料確保ということは……農業ですか? でも迷宮内で農業ってのも変ですよねえ」
「あ、ああ……違うよ。人間に持ってきてもらうんだ」
「え?」
「これについてはひとつアイディアがある」
というようなやりとりを経て、10日が過ぎたんだ。
「ではここに! 迷宮お披露目式はっじまっるよ~~~!」
俺が岩でできた壇にのぼって両手を広げる。は? みたいな顔をしたあとに、まばらな骨どもの拍手。ぱちぱちぱち、ってならないのな。かちゃかちゃかちゃ、ってなる。しょぼい。
「ほんとにやるんです?」
「ほんとにやるんだよ」
「ほんとのほんとに?」
「ほんとのほんとに決まってんだろ」
「はあ……」
俺のアイディアとはずばり――「迷宮を一般に開放すること」、だ。
迷宮があるじゃん? 冒険者がやってくるじゃん? 俺たちが倒すじゃん? 冒険者の食料を奪うじゃん?
「いいじゃん!」
「そんなにうまく行きますかねえ……」
人差し指をアゴに当てて小首をかしげるリオネル。可愛くねーから。それ美少女がやらなきゃ駄目なやつだから。
「よし、そんじゃあ配置に散れッ!」
俺が指示を出すとスケルトンたちは散っていった。
「監視チーム! 乗合馬車のルートは!?」
監視チームはスケルトン5名による。
迷宮内の遠い場所にいるが、リオネルが俺のそばにいればリオネルを通じて一方的な指示を出せる。
乗り合い馬車が切り通しのほうに入っていくのを見て、思いついたことがある。
切り通しのところにぼっこりと洞窟ができてたらすぐに気づいてもらえるじゃん! って。
で、監視チームはこの山の高所に設置した監視部屋にいる。そこは、切り通しを含む乗合馬車ルートを見下ろして確認できるところ。
俺が意識を集中すると、スケルトンの4人が立って、1人が座っている。よしよし、あと400メートルだな。
迷宮のどこにモンスターがいてどんな状況なのか把握できるのは迷宮主の機能だ。ほんと便利。大型の生命体ならモンスターじゃなくてもわかる。女神がお越しになったらわかるしな。ああ……最近女神のお姿を拝んでいない。不敬であることよ。
俺はリオネルとともにじっと待つ。監視部屋にいる次のスケルトンが座る。あと300メートルの合図だ。これが残り200メートルになり……残り100メートルになる――。
「行けっ!」
俺はスケルトンたちに合図する。彼らが一斉に押したのは巨大な岩だ。迷宮の入口を塞いでいた岩とも言える。
これを――ばったーん、と倒す。もくもく土煙が上がる。外から光が射し込む。
「配置につけッ!」
がしゃがしゃと走り回るスケルトンたち。俺もリオネルといっしょに迷宮の奥へと逃げ込む。
ダミーとして公開する迷宮は、空気孔でつながっている。
空気孔程度でもつながっていれば同じ俺の迷宮と認識されるので、保険的な意味合いも含めて10本の空気孔が通っている。多すぎ? いやいや、タダで使える保険なら使っておかなくちゃな。
「潜伏!」
「あっ、ボスずるい!」
俺は迷宮の壁面に潜り込んで、監視部屋を目指す。部屋と部屋が階段状につながるようにしてある。実際に歩くなら通路をぐるーっと回って3時間くらいかかるのを、俺は……階段がきついけど、10分くらいで潜伏で上がっていく。
まかり間違って壁でも壊され、こっちの迷宮本家に入られても、監視部屋とか重要な部屋にはなかなかたどりつけないような設計にしたってわけだ。
安全マージンは取れるだけ取る、それが俺の生き様だ!
「ど、どうだ……ハァ、ハァ、なにか、様子は……ハァ」
階段を上がったせいで息も絶え絶えだったけど、俺は監視部屋にやってきた。よくよく考えれば俺って重度のヒキコモリだからな。そりゃ体力もやばくなる。いや、待てよ? 迷宮内を毎日めっちゃ歩いてるよな? ってことは俺ってば健康になってきてるんじゃね? まあ、今それはどうでもいいわ。迷宮魔法で身体診察とか出てきたら考えるわ。
スケルトンが5人、座っている。
スケルトンたちはカチカチカチカチと歯を鳴らすだけだった。そうだった。リオネルがいなきゃ俺はこいつらと意思疎通ができないんだわ。
「どッ、どいて……。あ、あともう監視の任務はいいから、立って」
ゼェゼェしてる俺がスケルトンをどけると彼らは立ち上がった。
監視部屋から見下ろす。うおっ……高いな。
ちょうど真下に乗合馬車が停まっていた。倒した岩から30メートルってところかな。
人が小さい。顔色はなんとかわかるが、声は聞こえないというくらいか。
乗合馬車の御者が、冒険者と話している。革製の鎧とか、鎖帷子とか着込んでるから冒険者だよな? その数人が倒れた岩を確認しにいった。よしよし、予定通りだ。
入る? 入っちゃう? 迷宮だよ? 入っちゃえば?
俺が念じていると、冒険者のひとりがいきなりこっちを見た。
「ひぇっ!?」
俺は頭を引っ込めた。
「……バレた? バレてないよな?」
スケルトンを見ると、連中は人差し指をアゴに当てて小首をかしげるだけだ。なにそれ。流行ってるの?
バレてない……はず、と思って俺はもう一度そろそろと顔を出す。ふむ。やはりバレてはいないようだ。こちらを見上げていた冒険者は御者と話し込んでいる。
「おおっ」
冒険者が5人、パーティーを組んで歩き出した。そして迷宮に入っていく。
「きたきたきたーっ!」
意識すると迷宮内に5人が入ってくるのがわかる。上から直接見下ろせば色彩がわかるけど、迷宮内で把握できる動きは……なんていうのかな、白黒写真的というか、サーモグラフィ的というか。輪郭と状態みたいなのがわかるくらいなんだよな。
両手剣を持った男、ナイフを持った男、斧を持った女、魔法使いっぽいのが2名。
そろりそろりと迷宮内を探索し始めている。
……あれ、なんだろう、この感覚。
むずむずする。なんか、うれしい……楽しい……? 喜びっていうのか? なんか込み上げてくるものがある。
苦労したんだよ。入口周辺は石畳にしてさ、壁も石壁、天井もな。植物を這わせる能力みたいなのはないから、土で汚してみたりしてさ。いわゆる「ダンジョンらしさ」を演出したんだ。
で、棺桶ですよ。彼らが進んでいく先――最初の広間に用意した、壁面にずらりと並ぶ石棺。そこにスケルトンたちが15体いる。製造精霊で石剣、石盾を用意した。メタルで造るには材料が足りず、鎧とか兜は装備させたら骨が重量に耐えきれなかったのであきらめた。
「来い、来い、来いっ……あとすこし……!」
迷宮を冒険者たちが進んでいく――。
「来た――」
「もうひどいっすよボス! 先に行っちゃうなんて!」
「え?」
監視部屋にやってきたのはリオネルだ。
「……あれ? なんでこんな早く来られるんだ?」
「いや、そりゃもうダッシュしましたし」
「お前がダッシュしたところで知れてるだろ」
「魔法も少々使いました」
「お前魔法使えるのかよ」
「ええ、ええ! 迷宮魔法ほど面白くはありませんけどね!」
「そっか……じゃなかった。それなら設計し直しだろうが! こんなに早く入ってこられるんならもっと通路を遠くしなくちゃだろ」
「いやいや。私なんかは道順わかってますし、トラップがないこともわかってますし、警戒する必要ないですからね。実際に初見で歩いたらどんなに早くても1時間はかかりますよ」
「それもそうか」
「ええ。まったくボスったら、早とちり~」
「あっはっは」
「あはははは」
「じゃねえよボケ!」
「ふぇっ!?」
のんびり話してる場合じゃなかった。冒険者だよ、冒険者!
「……え?」
俺は言葉を失った。
冒険者たちは――もう、とっくに引き上げていたのだ。
「マジかよ……」
棺桶部屋へやってきた俺は、思わずつぶやいた。
そこにあったのは骨の山。砕かれ、割られ、焦がされた骨たち。
もう、動くことはない。
全滅だ。
食料を奪うどころじゃない。
「ああ……石装備じゃやっぱりダメだったみたいですねえ」
「おい、リオネル……“やっぱり”ってなんだよ?」
「スケルトンはそんなに強いモンスターじゃありませんし」
「先に言えよッ! そういうことは!! そのせいで……俺の見込み違いのせいで、こいつらは……!」
「ど、どうしたんですか、ボス。目に涙まで浮かべて」
「泣いてねえよ! 殺されたこいつらのこと考えて、ムカついてるだけだ!」
「ボス……」
どこかしょんぼりした顔に見えるリオネルが、言った。
「もともと死んでますけどね」
「……言うと思った」
「まあちょっとは痛い思いをしたかもしれませんが、ボスがゴメンって言えば大丈夫ですよ」
「ゴメンって言えるなら言いてえよ。でももう、動かない……」
「それは……」
魔力切れてますしね、とリオネルが言った。
「は? 魔力?」
「壊されたってことは活動限界ってことですよ。毎日やっていただいてるみたいに魔力をブスーッと注入すれば大丈夫です」
「…………」
半信半疑の俺が魔力を送り込むと、15体のスケルトンがわらわらわらと起き上がった。
「…………」
「おーい、お前たち、ボスからお話があるようだ。さっ、ボスどうぞ」
「あ、はい……」
なんだよこれ。あっという間に生き返ってるじゃねえかよ。いや死んではいるんだけど。
「なんかその……すまん。次はもうちょっとうまくやるわ」
きょとん、とした顔でよく理解できてないスケルトンたちは、人差し指をアゴに当てて小首をかしげた。いい加減にしろ。
迷宮は一度閉じた。もっと考えて設計しなくちゃいけない。
そんななか、俺は始まりの地である洞穴まで戻っていた。女神像に参詣するためであり、女神本人を拝み奉るためである。いよいよストーカー気質に磨きがかかってきた。違う、俺の思いは純粋なんだ……!
純粋だからいい、とか、純愛だから許される、とか、ストーカーが言いそうな言葉だよな。気をつけるわマジで。
それはさておき、街道に面した側の迷宮からここまでは半日かかるので、さすがに頻繁に戻ってはこられない――はずだが、俺は新たな迷宮魔法を手に入れていた。
高速移動というこの魔法は、迷宮内の指定地点へ、とんでもない速度で移動が可能だ。街道方面から始まりの地まで、所要時間は2秒。2秒だぞ。周囲が融けるように見えたかと思ったらもう着いてるんだ。瞬間移動ってわけじゃないが、驚きの早さだ。
でもな……そうすべてがうまくできてるわけじゃない。消費MPは100万だ。一瞬で俺のMPもカラッポ寸前まで追い込まれる。俺としては最大MPが100万になったところで次の進化でもあるのではと思ったけど、そう甘くはないらしい。
ともあれ、俺は戻ってきた。
洞穴の湧き水を飲み、手ぬぐいで身体を拭いて、休憩する女神リンダを拝む。
なんと神聖な時間か。
女神が去っていくのを見送ると、冒険者にぼこぼこにされた俺のプライドもいくぶん回復したようだった。
次はもっといい迷宮を創ろう。
そう……これはWEBサイトと同じなんだ。
ユーザーを舐めてはいけない。連中はいつもこちらの斜め上の振る舞いをする。いやほんとマジでなんでそのボタンを1秒間に1000回クリックするマクロ組んだんだ、お前?
ユーザーのことを考えよう。モデルとする人物像……20歳前後、血気盛んな冒険者。仲間とパーティーを組んでいるが、命を賭けて仲間を守るほどの信頼関係はできていない。楽しみは訪れた町の娼館。女を買うこと。クソ、うらやましい……じゃなかった。そういう人物像。
これをWEBマーケティングでは「ペルソナ」と言う。
本当はもっと掘り下げるので、俺はここからさらに詳細な条件を設定していく。生まれは農村。バックグラウンドは……装備品は……食事の嗜好は……。
代表的なユーザー像というわけだ。
実際には間違っていても構わない。訪問者の様子を実際に確認し、修正していけばいいからだ。
ようは、今俺がなすべきWEBサイト——じゃねえ、迷宮の改修に当たって指針とするのである。
WEBは何度も試行して少しずつコンバージョン、達成率を上げていく。
同様に迷宮だって何度も試行していいはずだ。
俺は、女神が去った洞穴の裏で、ずっとひとり考え続けた。
いいのだろうか……ここまで主人公がまともに会話した相手はジイさんと骨だけって……(1話のぞく)。
リオネルが実は美少女とかそういうのもないです。