第89話 リューンフォート襲撃 5
今見たら1万ポイント超えていました。ありがとうございます。ひとつの目標だったのですごくうれしいです。
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*リューンフォート市街*
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リューンフォートの市街地は混乱し、犠牲者を出しながらも、人々は騒乱の後片付けや事後処理に奔走していた。
中央市場には腐竜のなれの果て、灰の山ができあがっていた。ただの灰だ。畑にまけば肥料になるかもしれない、という程度の。
先ほど、スケルトンたちが整列して敬礼すると、転移トラップによって一斉に消えていった。
市民はそれを大歓声で見送った。
「……リオネル、てめぇ、何者なんだ? あの槍術、あのキレ、どこぞの騎士だろう。騎士がダンジョンマスターってのも妙な話だ」
「星級冒険者にお教えするほどの者じゃあ、ありませんよ——というか記憶がないんですけどね!」
最後に残ったリオネルがからからと笑うと、レイザードはため息をついた。
「ったく……しようのねえ野郎だ。じゃあな」
「はい。では後始末、よろしくお願いします」
腰を折って、しっかりと礼を取ったリオネルはそのまま転移トラップを発動させて消えた。
「あの野郎、いちばんめんどくせえことを押しつけやがったな」
視線を市場——半壊した市場に巡らせる。
ケガ人の搬送が終わり、死体も片づけられていた。
竜を倒した興奮が去れば、あとは疲れた身体で片付けをせねばならない。その作業は露店の出店者がやることになる。自分の店を壊され、がっくり来ている出店者たち。
「さて……どうやって、手伝いを呼び込むかな」
レイザードがそう考えたときだった。
「みなさーん! 炊き出しですよー! 温かい食事がありますよー! 市場の片付けを手伝ってくださった方には食事を差し上げますよー!」
聞き覚えのある声が聞こえてきた。
ルーカスが、ロウィートとともに、大鍋を持って現れたのだ。
「おお、飯か」
「そういやすっかり腹が減ってたんだよ」
「いいねえ」
ぞろぞろと人々が集まってくる。
片づけ途中で泥だらけの市民には、なにも言わず温かなスープの入った椀とパンを差し出し、身ぎれいな者には「手伝いお願いしますね」と一言添えて食事を差し出す。
レイザードは感心していた。ルーカスがやったのは、ただ、それだけだ。利益もなにもない無償の行為。てっきりダンジョンの宣伝をするのかと思いきやそんなことはしない。
「アンタ、誰なんだ? 市場の関係者かい?」
「違いますが、まあ、お気になさらず。それよりもう一杯いかがです?」
「ありがてぇ……いただくよ。店がつぶされて……商品もダメになったんだが……」
受け取った男は目を赤くして鼻をすすった。
「またがんばんなきゃなあ」
「はい、がんばりましょう」
雪が降っていない日とはいえ、まだまだ寒いリューンフォートだ。
食事は胃袋に、ハートに、染み入るのだ。
「炊き出しですよ、どうぞ召し上がっていってください!」
「ん。温かいスープ、あるよ」
「こんな寒い日にゃうちのスペシャルを食ってけ!」
「手が込んだ料理は出せませんが、せめて温かいものをどうぞ」
市街のあちこちでは、ディタールが、ソフィが、ベインブが、「樫と椚の晩餐」のシェフが、その他ホークヒルの従業員たちが炊き出しを行っていた。
彼らはどこからともなくやってきて、どこへとなく帰っていった。
リューンフォートではしばらくは、突如として現れた腐竜とそれを討伐した星級冒険者レイザードたちの話題で盛り上がった。しかし、やがてそれは、レイザードとともに戦ったスケルトン「騎士」団の活躍、さらにはその後の炊き出し、食事によって力を得た市民たちの復興の物語に変わっていく。
レイザードとリオネルが腐竜を討伐したその頃——。
「——誰だ!?」
冒険者ギルド、ギルド長の執務室。
ドアが急に開いた。
「失礼しますよ……っと」
「君は——アルスくんか?」
特級冒険者アルスが、現れた。
「どこに行っていたのだね! 冒険者はみな、今回の騒動の元凶を断つためにダンジョンへ向かっているというのに!」
「そうなんですか? おかしいな——今回の騒動の元凶はダンジョンになんてないのに」
「なんだって?」
「元凶はここでしょう?」
アルスはちょいちょいと足下を指差した。
「……なんのことだ?」
「今さらとぼけることはないでしょう。ギルド長が後ろで糸を引いていたことはわかっていますよ」
「なにを言っているのか」
「いやー、僕だってようやくわかったくらいで。失敗したなあ。もうちょっと頭を働かせていれば違った動きができたのに……ほんとはユウの力を確認したかったけど、まあ、二兎を追う者は一兎をも得ずと言いますし、あきらめます」
「なにを言っているのかと言っている!」
バン、と執務机を叩くギルド長。
特級とはいえ、一介の冒険者がここに勝手にやってきたことにも驚いていたが、それよりもアルスが自分を「黒」だとして疑っていることに冷や汗をかいていた。
動揺を誤魔化すための強気の態度だった。
「職員の方は全員拘束させてもらってます。全員が全員、ギルド長の協力者じゃないでしょうから、取り調べにも時間がかかるし……まあそこは、領主様の兵士がなんとかするでしょう」
「なにを、バカな……」
「僕だって違和感を覚えてたんですよ。でも、さすがにこんな大それたことを計画しているとは思わなかったなあ——ねえ、ローバッハ男爵?」
アルスの呼びかけで、室内に入ってきたのはローバッハ=ルン=ノゥダだ。
格で言えば、ギルド長と比べてローバッハは明らかに格上。貴族はそれほどに偉い。
だがそのローバッハはぼろぼろだった。いや、肉体に傷はないのだが、ちぎれまくった布きれを羽織っているだけなのだ。
「こ、これは男爵……どうなさいました。貴族街におられたのでは?」
「——いた。だが、あまりに不愉快なことがあってな」
ローバッハがなにかを投げた。それはギルド長の執務机にカンッと音を立てて載ったが——そのまま転げて机から落ちた。
その短い時間でギルド長はそれがなにかを確認し、顔色を変えた。
陶器の破片だった。赤黒い塗料のようなもので紋様が描かれている。
「魔物召喚のために使用する、呪具だ。かなり巧妙に隠されていたために私ですら見つけることができなかった」
「…………」
「思えば、貴様の要請でゴーレム襲撃を調べたことがあったが、あの時点で気づくべきであった。この市街、広範囲に渡って奇妙な魔力が巡っていたことを指摘した際、貴様は取り乱していた。私が追加の調査をやろうかと提案しても、自分でやると言ったな」
その場にアルスも同席していた。
「僕もちょっと気になってて、ギルド長がどうやって『追加調査』をするのかなとは思ってたんですよね。それからギルドで新たな依頼を——『探知魔法、あるいは探知魔法を利用できるマジックアイテムを持つ者』限定で掲出していましたね。そんなのに該当する冒険者なんてほとんどいませんよ。結果、『追加調査』は棚上げになった」
おかしいと思いながらスルーしちゃった僕にも責任はあるんですけど、とアルスはわずかに悔しそうに言う。
アルスは、あのときの調査に立ち会ったこともあり、ローバッハの顔を覚えていた。
ユウによってホークヒルに戻されてから、あまっていた「キ○ラの翼」を使って市街へと舞い戻った。そのときにはギルド長が怪しいかもしれないと考えており、ここへ真っ直ぐやってきた。ギルド前でローバッハと合流。意見を交換したのち、ファナとリンダが職員の制圧に動き、ギルド長との対決はアルスとローバッハに任された。
「…………」
ギルド長は脂汗をびっしりとかいているが、その目は死んでいない。
「——男爵、そのようなことを仰せになっても、私のような下々の者にはわかりませぬ」
「白を切るか」
「僕が思うに、このまましらばっくれて逃げ切れると思ってるんでしょ。マークスバーグが領主になると思ってるみたいですし」
「アルス!! 貴様がマークスバーグ様を呼び捨てにするとは何事か!!」
前領主との関係性を隠す気がないのか、ギルド長は吠えた。
「そうだな。アルスとやら、死者にムチ打つことはない」
「……今、なんとおっしゃいましたか、ローバッハ男爵?」
「マークスバーグは死んだ」
「そのようなウソを!」
「ウソではない。私たちが殺したからな」
「なっ……」
震えるギルド長。
「……だ、だとすれば、腐竜は、腐竜はどうなるのです!? このまま暴れれば、街が終わる——!!」
ため息をもって応えたのは、アルスだ。
「レイザードが行きましたよ」
「なに……? しかしヤツにはホークヒルへ向かわせたし、それにレイザードの実力では……」
「ギルド長。ちょっとは冒険者の実力を知っておいたほうがいいですよ。レイザードはあれでも戦闘に関しては天才です。『星級』への推薦だって、『5体の竜殺し』という実績なんですからね」
「し、しかし腐竜はその1体で3体以上の戦闘力を持ち——」
「みんな勘違いしてるんですよ。レイザードの殺した『5体の竜』は、1体ずつじゃないです。5体まとまっていたところを殺したんですよ」
「へ……?」
「腐竜は間違いなくレイザードが殺してます。ああ、腐竜だからとっくに死んでるんですよね……なんでしょう、消滅させた、かな? まあふつうの人間なら5体も竜がいるところに飛び込まないですよね。だから勘違いするのもしょうがないですけど。あいつは戦闘に関しては天才で、かつ頭がおかしい」
うんうん、と納得するアルス。
ローバッハは一歩進んだ。
「わかったな、ギルド長よ。貴様は拘束する。その上できちんと罪を償わせる。……この町の未来を奪った罪は重い」
ギルド長はへなへなと座り込んだが、アルスはその言葉に疑問を覚えた。
「この町の未来を奪ったって……?」
ローバッハが眉根を寄せる。
「……フォルカ公は死んだ」
「えっ? それってほんとうですか? 確認しました?」
「直接確認はしていないが……敵はプロだ」
「あー、なるほど」
「なんだその言い方はッ」
脳天気にも見えるアルスに、ローバッハは苛立ったような声を上げる。
「大丈夫ですよ。フォルカ公はご存命です。『彼』が人間相手に失敗するはずがない——あれだけ大量の人間を手玉に取っている『彼』が、ね」
「なに……!?」
アルスはにやりとした。
「ほんとは僕も、そっちを見たかったんですよねえ……」