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第87話 リューンフォート襲撃 3

ちょっと長いです。

――――――――――

*冒険者ギルド*

――――――――――




「……残っているのは5人か」

「……うちふたりが特級冒険者です」

「……気づいたふうはあるか?」

「……いえ、ダラダラしているだけです。問題ありません」

「……レイザードは気づいていると思うか?」

「……それはないでしょう。気づいていれば、ホークヒルに向かったりはしません」

「……そう、そうだな」

「……はい、計画は万全です」


 ギルド長ダグラスは、革張りのイスに身体をもたせた。

 突如として現れた異分子、星級冒険者たちにかなり神経をやられた。


「本来は……もっと早くに実行するはずだったのに……モンスター召喚の仕込みがいつバレるかと冷や冷やしたわ……」


 眉間を押さえるダグラスに、職員のひとりがうなずく。


「勇者といっしょに来たレイザードたちがいなくなるのを待っていたのに、これですものね……」

「大体お前が、もういなくなったと言うから実行したんだぞ!」

「も、申し訳ありません。しかし街の中にはどこにもいなかったのです」

「マークスバーグ様も大変怒っておられるようだ……今からお目に掛かるのが恐ろしい……」

「金貨1,000枚の褒賞ですか?」

「あんな金額など、この町を取ると思えば安い。どのみち、今日中にダンジョンが攻略されることもないから、実質は払う必要もないのだがな。すべては今日終わる」


 ダグラスは立ち上がり、窓から外を見やる。

 あちこちで上がる黒煙。

 ここまでは上々。イレギュラーもあったが、対応できる範囲だ。

 ここからが第2段階。


「あとはマークスバーグ様がうまく立ち回られるだろう。我々の仕事は終わりだ」




――――――――――

*俺*

――――――――――




 俺は貴族街に向かう地下通路を歩いていた。

 俺、ミリア、アルスという順番である。それぞれの手にはカンテラがある。ふだんは俺しか歩かないから明かりは設置してないんだよね。

 そのとき——ダンジョンの一部に変化があったのを感じた。


「!?」


 思わず足を止めてしまう。

 それは——中級ダンジョンの解放だった。

 すでに造成が終わっている中級ダンジョンについては内々では公開していた。

 ルーカスやリオネルには公開方法を教えておいた。ふたりのうち、どちらかが公開に踏み切ったのだろう——まあ、ルーカスだろうけど。


「どうしたんだよ、ユウ?」

「いや……」


 ルーカスが公開すべしと思ったのなら問題ない。今が公開すべきタイミングなのだ。

 俺よりアイツは頭いいんだからな。あっはっは。

 ……でも、なんだ。

 リオネルの動きが気になるな……。

 リオネルが勝手に動くことはないだろうから、ルーカスと相談して決めてるんだろうけど……。

 気になる。

 気になる、が……まあいいか。最悪あいつら全滅してもすぐ復活できるし。


「行こう」


 再度歩き出す。

 俺が進むのと同じく、中級ダンジョンに入ってくる人間の気配を感じる。結構な人数だ。団体様がなにしに来たんだろ、マジで? こんな混乱のさなかに。


「さて——ここから貴族街だ。どうする?」


 俺がアルスにたずねると、


「滞在許可なく貴族街にいるのがバレたら捕まっちゃうね」

「特級冒険者のアルス様なら、姿を隠しながら探索ができるのでは?」

「ユウもいっしょに来なよ」

「あいにく、身体能力が一般人程度なので御免被りたい。——この転移アイテムを渡すから、偵察してきてよ」


 俺は新しいキ○ラの翼をアルスに渡した。転移先が貴族街の地下通路のある地点なのだ。

 ある地点、っつうかローバッハの屋敷前ってだけなんだけど。


「ま、適材適所ってところか。仕方ないね。ここからどうやって出るんだい?」

「ん」


 俺は懐から銀製の鳥の像を取り出した。

 壁から斜めに上へと空間が伸びていき、斜めに空が見えた。

 実は空間精製(リムーブ)しただけなんだけど、それっぽいマジックアイテムを使って見せた。盛大に勘違いしてくれたまえ、アルスくん。


「おお……」

「裏通りに通じてるはずだから。行ってらっしゃい」

「そのマジックアイテムちょうだい?」

「上げられるわけないだろ」

「だよねー」


 アルスは足音ひとつ立てずに風のように去って行った。やっぱこえーなアイツ。

 俺はアルスのために空けた空間を空間復元(リロード)で閉じた。


「さて、と……じゃあ俺たちも行くか」

「え? おいらもああやって出してくれるんじゃないの?」

「お前をひとり放り出したところで見張りの兵士にすぐ見つかるだろ」


 ミリアのために用意したのは潜望鏡だ。

 これは俺が貴族街に侵入したときにも使ったものだ。空間精製(リムーブ)と組み合わせて地上の様子を確認するだけの代物(アナログアイテム)

 使い方を教えて俺は一時的にミリアと別れた。ミリアがなにかを発見しても上に出るには俺に頼らなきゃいけないし、放っておいても大丈夫だろう。

 そこそこ貴族街の地下通路は広げてあるからミリアが好き勝手歩いて探したほうがいい。


 俺が向かったのは領主の屋敷方面だ。何かが起きるならやっぱり領主の身だろうなあと。


「うーん……やっぱり硬いな」


 突破するにはMP6,000億が必要という領主の屋敷を守る防御結界。

 ここを通ったとしても屋敷そのものもかなり占領コストがかかりそうだ。

 迷宮同盟(アライアンス)を使った場合、結界を通り抜けることはできるんだけど、その先で迷宮魔法が使えない。土中ではシャベルで掘りながら進めることになる。

 つまり、俺が領主の屋敷に入れる可能性は限りなく低いってことだな。現状では。




 俺がローバッハの屋敷前に戻ると、ちょうどアルスが戻ってきた。


「どうだった——ってその顔はなんかあったって顔だな」


 アルスが興奮しているのは明らかだった。頬が赤いし、目がきらきらしてるし。


「すごいよ、ユウ! 貴族街に賊が侵入してる! 100人は確実にいるね!」

「……それ嬉々として言うこと?」

「だって、こんなことあり得ないじゃないか!」

「ごめん。なにがすごいのか俺にもわかるように説明して?」

「はぁ……」


 興を削がれたようにつまらなさそうな顔をするアルス。

 いやさ、貴族の常識は世間の非常識ですよ。永田町ですかここは。


「まず賊がこの貴族街に入れることがおかしい」

「結界に守られているから?」

「そう! 都市を攻め落とす戦争なんかは、都市を守る兵隊の半分が削れたあたりで都市放棄か降伏を考えるよ。市街戦なんてまず起きない」


 アルスが言うところによると、市街戦をやると市民が大量に死ぬため、もし都市を守り切ったとしても領主の評判は地に落ちるのだそうだ。

 ましてや貴族街に攻め込まれるなんてことはあり得ない、と。


「貴族街って特殊な結界で守られてるんじゃないのか? そのための貴族なんてのもいるんだろ?」

「そう。ふつうに考えれば結界を突破できないから門を守る兵士も最低限でいいはず。でもここには侵入している賊がいる——つまり、結界を通る方法を知っているんだ」

「賊なのにすごいな」


 俺が言うと、「はぁ……」と深々ため息をつく特級冒険者。

 もうなんなの? サクッと説明してよ?


「賊じゃない。主犯は前領主だ」

「えっ」

「結界の構成を知っているんだよ。結界をくぐり抜けるマジックアイテムを作ったんだ。前領主以外には採れない方法だよね。それにしても……貴族街をカラッポにして、そこを強襲するなんて。僕も意外すぎてびっくりだよ」


 だからそんなに興奮してるのか。


「……前領主のマークスバーグだっけ? あいつはフォルカ公を殺すのかな?」

「もちろん。それ以外になにがある」

「仮に領主に返り咲いたとしても中央がそれを認めるのか? やり方がまずかったから左遷されたんだろ」

「甘いなあ、ユウは甘いなあ。よくもまあそんな考えでダンジョンマスターが務まるよね」

「ただのビジネスマンです」

「今はそういうことにしておこう。——マークスバーグは失脚したのに左遷で済んだんだ」

「左遷で……『済んだ』?」

「マークスバーグの腰巾着は結構の数が処分されてる。だけど首魁であるマークスバーグは生きてる。これがどういう意味かわかるかい?」

「マークスバーグがクソの中のクソってことか?」

「端的に言うとそう。より正確を期すなら『自分の命脈を残す程度には強いコネクションを中央に対して持っている』ってこと。王族か上級貴族の誰かが後ろ盾になっているね」

「ふうん……じゃあこのまま領主に返り咲ける算段があるってことか」

「密約を結んでいるんだろう。もちろん、筋書きとしては何者かがフォルカ公を襲撃して殺し、前領主マークスバーグは機を見るなり敏に行動し暴徒を鎮圧、中央が新たな領主を派遣するまで一時的に治安維持に努めた——ってとこだ。その段階で中央にいる協力者が王に『マークスバーグは心を入れ替えた』とか『元々清廉潔白であり前回の罪は濡れ衣だった』とか吹き込めば完璧だ」


 うーん……めんどくせえな、貴族って。

 俺から見てもそんな筋書きはガバガバに感じられるんだけど、貴族の社会では建前が重要であって、そこから先は別の力学が働くんだろうな。

 事件の真相を暴く、なんて言っても証拠なんてどこにもなければねつ造だって可能なわけだし。

 科学的な考え方はあんまり通じない。まあ、魔法がある世界だもんよ。


「で、どうするの、ユウは?」

「え? 俺?」

「税金を取ろうとするフォルカ公は邪魔だからこの機にいなくなったほうがいい? マークスバーグは賄賂さえ贈ればホークヒルの自治を認めてくれると思うよ?」


 俺の答えは決まっていた。


「できる範囲でフォルカ公を助ける」

「へえ? その心は?」

「女性の味方なんだよ、俺は」

「…………」


 たっぷり15秒くらい沈黙したあと、無表情にアルスは「はあ?」と聞き返してきた。

 どうやら俺一流の諧謔(かいぎゃく)は通じなかったらしい。

 俺がもっとイケメンだったらよかったんだろうか……。




 ミリアはいまだに潜望鏡であちこちを探索しているようだったので、俺はアルスとともに領主の屋敷方面へと向かった。


「100人の賊が忍び込んでいるとして、フォルカ公はこれを退ける兵力を持っていないってことでいいんだよな?」

「せいぜいいても10人程度じゃないの。腕利きだとしても100人相手だと勝てないね。マークスバーグだって100人の能なしを寄越したわけじゃないだろうし」


「混戦状態で後ろからアルスが突っ込んで、賊に対して最大火力をぶつけたら何人つぶせる?」

「そんなのやらないよ」

「ん?」

「なんで僕が領主サイドに立つ前提になっているのさ? これはユウ、君の戦いだろう」


 思わず足が止まる。唖然としてアルスを見てしまう。


「……お前それマジで言ってんの?」

「いやいや、僕としてはユウのほうが意外だよ。どうして勝ち目のない戦いに参入しようとするの? 君の言葉を借りれば君は無力なんだろう?」


 ニヤニヤしながら言うアルスは——ああ、そうか。こいつは、俺が迷宮主としての力を行使するだろうと、こう踏んでいるんだな? 俺を追い詰めて力を発揮させようと。迷宮主として見極め、どこまでできるのかを見たいんだ。

 ふーん……。

 やっぱお前、性格悪いな。悪いどころか人間としてどうなんだよ。

 お前の手には乗ってやらん。絶対にだ。


「アルス……お前は冒険者だよな。しかも特級冒険者。特級冒険者ってのは目の前で無実の人間が殺されようとしているのを、指をくわえて見ているだけの存在なのか?」

「そういった精神論で揺さぶりをかけても無駄だよ」

「お前はもっと……他の冒険者とは違うんだと思ってた! 目先の利益だけじゃなくて、ちゃんといろんなものが見えてるヤツだって! 見損なったよ!」

「見損なってくれて構わないよ。僕はちゃんと計算ができるだけさ」

「お前ってヤツは!」

「おっと」


 俺が手を伸ばすと、ひらりと後ろに跳んでアルスはかわす。


「危ない、危ない。そうやって激昂して見せて転移トラップを使うつもりだった? 油断も隙もありゃしない——」


 にやりとしたアルスは——しかし、表情が凍りついた。


「飛ばすの?」

「よろしく」


 やってきていたミリアがアルスの背中に転移トラップつきのキ○ラの翼を押しつけ、アルスはホークヒルに飛ばされた。

 ちなみに持つ場所をうまくやれば自分は転移しないことはミリアも知っている。

 いやーははは。

 アルスは俺に夢中だったからね。

 俺は近づいてきてるミリアのことがわかっていたし。

 気配とか音とか聞こえないようにするために大声上げたんだけど、成功だったな。


「ミリア、そっちはどうだった?」

「1箇所、気になる屋敷があった……たぶんそこだと思う」

「わかった。今日は難しいかもしれないけど、近いうちに必ず行く」

「ユウは領主様を助けに行くのか?」


 俺とアルスの会話が一部聞こえていたらしい。


「ああ。今の領主が好きなわけじゃないけど、リューンフォート市民を攻撃しているのは許せない。全力で叩く」

「どうやって? ユウは……その、えーっと……あー…………弱っちいじゃん?」


 お前。言葉選んでそれかよ。直球だよ。事実だけどよ。




――――――――――

*フォルカ*

――――――――――




 ふたりきりになるにはあまりに広い部屋に、彼女はいた。

 領主の執務室である。

 巨木から採った材木を贅沢に使い、彫り込んだ執務机。天板は一枚板だ。

 イスに張られたクッションの素材も手が込んでおり、モンスターから採れた素材ではないかと推察された。


「ふう……参ったな。万事休すとはこのことだね」


 だがそんな贅沢なイスに座る女性の表情は厳しい。

 彼女のそばに立つ男——エルフも、表情は浮かない。


「まさか市街地が囮とはな。何人貴族街に入り込んでいる?」

「100人は超えているだろうねー」


 執務机に載っていたのは貴族街の詳細なるマップだった。

 貴族街の門が黒くなり、飛沫のようなものがちらほらと貴族街に入り込んでいる。

 それはリアルタイムで防衛状況がわかるマップだった。


「あーあ、僕が不在のときにやられたんだからもうどうしようもないよ。それに敵の動きも速かった。いや、速すぎたと言っていい」

「それだけ綿密に練り上げた策だったのであろう。それに貴様が貴族街から出たことも把握していたはずだ」

「ホークヒルに行くことが漏れてたのかな?」

「そう考えるのが妥当だ。——原因の究明はもういい。貴様はこれからどうするのだ? 使用人もすべて逃がした今」


 先ほど、領主の屋敷はこのふたり——フォルカとローバッハを残して無人となった。

「領主にだけ許された魔法を使うから安心して逃げなさい」というウソまでついて。

 そんな魔法がないことはローバッハも知っていた。貴族街は安全な場所——けして戦火に焼かれることがない場所。そういう認識だった。だから、結界以上の対抗手段はない。その結界を通り抜けられるのだからもはやどうしようもない。


「……どうしようかねえ」

「逃げるのならば手を貸す」


 それはローバッハにしては珍しい言葉だった。

 人間なんてどうでもいい、というのがローバッハの信条であるはずなのに。

 だが、


「逃げてどうするのさ? マークスバーグと違って僕には後ろ盾がないからねえ……」


 この女領主、フォルカは、街を治める手腕はきわめて高かった。だが王国内の貴族間では派閥に属さない。ゆえに、トラブルに見舞われたときに助けてくれる人間がいない。


「そうか。死を選ぶのならばそれもいいだろう。——もう、私は行く」

「うん……バイバイ、ローバッハ」


 ローバッハが部屋を出て行く。足音が遠ざかる。

 彼はエルフだ。エルフの代表者として貴族街に屋敷を構えている。

 今回の敵——間違いなくマークスバーグ——彼はローバッハを害するような愚を犯すとは思えない。堂々と屋敷から出て行っても賊はエルフを襲わないだろう。


「ちくしょう……」


 執務机に肘を突き、拳を握りしめる。額を拳に叩きつける。何度も、何度も。

 悔しかった。

 領主の座を王から与えられたときに——失敗したときは死を与えられるだろうと思っていた。

 覚悟はできていた。

 マークスバーグからの攻撃も予測されていた。

 だが、領主になって何年も経つうちに、緊張感が薄れていった。

 油断したのだ。

 その油断のせいで自分は殺される。間違いなく。

 それも、賊が襲ったように見せかけるためにむごたらしい殺され方をするだろう。死ぬ前にどれほどの苦痛を味わわされるかわかったものではない。

 いや——そんなことより。

 つらいのは、悔しいのは、苦しいのは。

 またあのクズが領主に返り咲き、市民が搾取される未来だ。


「……悔しがっている場合じゃない」


 考えろ。考えなければ。この都市の未来がよりよいものになるためには、なんとかして自分が死なないこと——じゃない、なんとかして賊を退けなければならない。

 不可能だ。

 不可能か?

 考えろ。

 召使いたちに、市街にいる軍に戻るよう伝言を依頼はしたが、貴族街の出入り口は絶対に見張られている。しかも他に、門はない。

 兵士が戻れないならば、どうする?


「……貴族街にいる勢力を集めるしかない。最低限の人間は各屋敷にいるはず。彼らに伝える? 連中の狙いが領主だけだと? どうやって?」


 しばしの黙考の後、フォルカは立ち上がった。

 そして駈けだした。

 部屋の壁に飾ってあった一振りの剣をつかんで、部屋から飛びだした。


(屋敷の入口だ! 賊はそこから来る。結界を通り抜ける手段は限られてる。連中は門の結界を破壊してはいない。通り抜ける……くぐり抜ける方法がある。となれば、100人で一気に入ってくるわけじゃない。1人ずつだ!)


 そこを叩けば。

 剣戟の音が響けば。

 近場の屋敷から増援が来る可能性がある。

 戦いが長引けば長引くほど兵士が戻ってくる可能性が高まる。


「はぁっ、はぁ、はぁっ——」


 屋敷から外に出た。ローバッハの姿はすでにない。結界から出るのに制限はないので、もう立ち去ったのだろう。

 ごくり、とフォルカがつばを呑む。

 走ってくる集団が見える。

 黒のフードをかぶった集団。

 100人前後の集団。

 領主の屋敷に通じる幅広の道を、すべて塞ぐように走ってくる。

 向こうは、屋敷の敷地、正面の門から50メートルほどのところで、停まった。


「——領主様がお出迎えだぜ?」


 先頭の男が言った。リーダー格なのだろう。

 他の賊はにたにたとしている。フォルカが剣を持っていることが滑稽なのかもしれない。たったひとりで剣を持っている姿が。


「まさかとは思うが、戦うつもりかよ?」

「——そうだ、と言ったら?」


 リーダーの男がちらちらと周囲に視線を投げる。なにか、仕掛けがないかどうか確認しているようだ。


「ハッタリだな」


 結果、そう判断したらしい。


「ハッタリだと思うなら、かかってきたらいいよ」


 くい、くい、と手のひらを手前に引き寄せるようにしてフォルカが挑発する。


「なにが狙いだ? 貴族街にはトラップは仕掛けられちゃねえ、それは間違いねえ。もしや外の軍が戻ってくることを期待して時間稼ぎか?

「…………」

「残念だなあ? それはねえよ。モンスターの召喚はうまく行ってる」

「正規兵を甘く見ているんじゃないかな? 今にも戻ってくると思うよ」

「甘く見てるのはそっちだろう。モンスターの召喚は2段階だ」

「……え?」

「最初は、兵士でも戦えそうな程度のヤツ。これである程度兵士を消耗させたら——」


 リーダーの男は両腕をバッと広げた。


「街のど真ん中に、竜を召喚する」


 竜——。

 それはおとぎ話にも出てくるほどのモンスターの最高峰。


「そんなの……できるはずがない!」

「あー、心配しなくていいぞ。竜が出てきてもな、きちんと討伐される。次に領主になる方の手によって」

「!?」


 フォルカは敵の筋書きに気がついた。

 この数年でフォルカが懐柔した兵士たち。いくら前領主とはいえ、マークスバーグが強引な手段で領主の座を取り戻したら反発は必至だ。

 それが——英雄として戻ってきたら?

 蹴散らされる兵士。それを守るように現れたマークスバーグ。

 召喚したのがマークスバーグなら、討伐する方法もあるのだろう。


「街を守れなかった無能な領主として死ね」


 フォルカは悔しさに身体中が熱くなるのを感じた。すべてがマークスバーグの手のひらの上だ。殺され、救われ、市民の命をもてあそび、感情をコントロールしようとしている。

 だからこそ。

 まだ死ねない。

 自分が死なずに抵抗し続ければいい。そうすればマークスバーグの計画にほころびが生じる。


「……まぁだ目が死んでねえな。なにを狙ってる?」

「うるさい」


 剣を抜いたフォルカを見て、リーダーは「ふむ」と考える。


「ああ、そうか。そういうことか。結界をくぐり抜けるタイミングを狙ってるな? くぐり抜けるためにアイテムを使うだろうって」


 バレた。

 ならば、隠すことに意味はない。


「……結界の構成を知っていても、通り抜けるアイテムを作るには手間がかかる。あれは特殊なものだからね。大量に用意なんてできるはずがない」

「さすが。事ここに及んでもそこまで考えられるとはなあ」


 感心したようにリーダーは言うと、


「マークスバーグ様の言ったとおりだ」

「……なんだって?」

「俺たちは『そんなの無駄だ』と言ったんだが、マークスバーグ様は用心に用心を重ねろと言ってな——」


 リーダーが、腰に吊った革袋から小さい宝玉を取り出す。紫色の光を放つそれは、結界に穴を空けるものなのだろう。

 それを——全員が持っていた。

 全員が宝玉を手にしていたのだ。


「そん、な……」


 もくろみが外れたことをフォルカは知る。

 いや、マークスバーグがそこまで用意をしているとは思いも寄らなかった。

 マジックアイテム1つ作るのに、金貨が何十枚も飛ぶのだ。それを100個用意しろと言われて、用意できる人間なんてそうはいない。

 その場に膝をついてしまう。

 手から剣が落ちて、石畳に当たってカランと音が鳴る。

 100人が同時に入り込んできたら、これを倒す術なんて存在しない。

 武術の達人でも難しいだろう。

 伝説クラスの魔法使いでもない限り——。


「そう、それ! その顔が見たかった。希望を持たれると厄介だからな。お前はここで殺す。確実に殺す。顔だけは残して、身体をバラバラにしてなるべくむごたらしく殺せ、と言うのがマークスバーグ様の希望だからな」


 リーダーが近づいてくる足音が聞こえる。


 反撃しようなんて、思わなければよかった。


 この町の未来を考えたからこそ、勝ち目のほとんどない持久戦に持ち込もうと思ってしまった。

 可能性のすべてをつぶされ、フォルカはうめくようにつぶやく。




「……僕は、どうなってもいい……誰か…………誰か、助けて、この町を………………」




 リーダーの男が足を止めたのには理由があった。

 自分たちと領主の屋敷の間に、音もなく土が盛り上がったからだ。




「な、なんだ、これ……? まさか、マジでなにかトラップを仕掛けてたのか!?」


 そのあわてた声に、フォルカもまた視線を向ける。

 道のど真ん中に、2メートルほどの高さの土がある。

 左右に壁があるものの、中の空間ははっきり見える。

 雨宿りができる程度の四阿(あずまや)みたいだった。


 フォルカは、見た。

 四阿にはひとりの人物がこちらに背を向けていた。

 薄汚れたローブを身に纏った——そう、清貧の賢者のような人物を。




――――――――――

*俺*

――――――――――




 このローブ、久々に着たわ。

 あの懐かしの、フェゴールのジイさんが着ていたローブだ。ちょっとカビくさいかも。手入れしなきゃな。


「お前、誰だ」


 結構近くに賊のひとりがいて、びびる。あぶねーな。

 まあ、無言ですよ。

 しゃべる意味ないし。


「チッ! 領主の手下かよ! 所詮ひとりじゃなんもできねえだろ。左右に展開して一気につぶす——」


 弱っちい、とミリアは言った。

 残念ながらそのとおり。

 でもそれは——あくまで、俺の肉体は、という意味でしかない。


 俺は連中の準備を待つつもりはまったくなかった。

 敵はここに全員集中しているしな。


魔導創造マジッククリエイションゴーレム」


「へ?」とか「え?」とかいう間の抜けた声が聞こえた。

 知ってるか? 魔導生命体であるゴーレムを召喚するのに必要なMPを。

 なんと5万だ。

 まあ、そこいらの土やら石畳やらを剥がして身体を構築するから環境破壊も甚だしいからな、ふだんは山の中でしか使えないんだけど——。



魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム」



 環境破壊など、知らん。俺のMPは650億だ。

 100体近くゴーレムを召喚したところで切れた。俺の息が。


「…………」


 ぽかん……としていた。

 100人の賊が。

 ちらと振り返ると、領主は地面にへたり込んで賊どもと同じ顔をしていた。

 まあね。屋敷の周囲でメキメキメキョメキョ音を立てながら身長3メートルくらいのゴーレムが生成されていってるからね。

 その手にはすべて「転移」の文字が書かれた青白い光が宿っている。


「全員、ぶっ飛ばせ」


 ちょっとだけカラカラになった喉で俺は言った。

 ゴーレムがいちばん近くにいた、なんかリーダーっぽい賊をぶっ飛ばした——触れた瞬間転移する。

 初級第3ダンジョンへと。

 今あそこはお客が誰もいなくて、スケルトンもゴーレムもいなくなれば隔離エリアとして最適だからな。


「うわああああ!?」

「な、な、なんだこりゃあ!?」

「ぎゃああああああ!!」


 総崩れになる賊。そりゃそうだよな。ゴーレムが集団で走ってくるんだもんよ。地響きで俺もこけそうになったわ。

 次々にゴーレムは賊を転移させていく。

 物理攻撃じゃなくて転移させられるのもまた恐怖を煽るらしい。

 中には反撃してくる賊もいたけど、ゴーレムを一撃で沈められるほどの実力者はいなかった。物量で押す。押す。押す。


魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム魔導創造マジッククリエイションゴーレム……」



 俺だって油断はしない。ゴーレムをどんどん追加していく。もうね。まじっくくりえいしょんごーれむというワードがゲシュタルト崩壊しつつある。

 ゴーレムが賊を追って去っていった。


 あー、疲れた。舌が。

 誰もいなくなると俺は振り返った。


「ひっ」


 領主が震えた声を出す。あまりに非現実的な光景だったからだろうか……うん、あのね、外は結構寒いのだけども、彼女の股間からほんわか湯気が立っている。


「……ホークヒルが迷宮主、リオネル様の命を受けてやってきた。賊どもはホークヒルに拘束しておく。必要ならば取りに来い」


 なるべく押し殺した声になるようにがんばって言った。むせそうになる。今日の俺の舌はがんばりすぎている。


「あっ、あ、あっ、あ、あの」


 ほんわか湯気を立てながらも口を挟んでくるあたり、さすが領主様、といったところだろうか。

 大丈夫よ。そんなにびびらなくても俺はそっちに近づかないよ。ていうか俺の周囲の土がえぐれまくっててそっちまでいけないからね。3メートル以上掘られてるからね。


「街が危険なの!」


 ん? 俺が予想しなかったことを言い出したな。


「……モンスターのことだろう。それならば大丈夫だ」

「そ、そうなんだけど、それだけじゃないの! 兵士だけじゃ太刀打ちできない——」

「大丈夫だ」


 俺は重ねて言った。


「……大丈夫、なの?」

「大丈夫だ」


 そのまま姿を消そうとした俺は、


「ああ、そうそう——お前に一言言っておかなければならなかったな」


 置き土産とばかりに、言った。


「税金が欲しいならくれてやる。ゴーレム100体でどうかね?」

「ひっ」


 彼女の小さな悲鳴を聞いて、ちょっと脅かしすぎたかなと思わなくもないけど、俺はそのまま地中に潜った。

 一応、ゴーレムは賊を全部倒したら戻ってきて屋敷の前の土に戻るはずだ。

 ……地ならしは誰かがしてくれるよ、うん、きっと……。

キリがいいところまで……と思ってここまで書いてしまいました。

襲撃ストーリーは次かその次くらいで終わるかな?

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