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第86話 リューンフォート襲撃 2

「よし。そうと決まれば、行こうか?」

「アルス、待って。俺たちが動くのはいいけど、冒険者ギルドは大丈夫か? ギルド長が妙な命令を下すかもしれない。市民に大きな被害が出るのも困る」

「それは心配無用。ギルドにはレイザードたちがいるから」

「あぁ……」


 それならまあ、平気か。でもレイザードたちが動けないってかなりもったいないんじゃ……。


「状況が悪くなったら彼らは彼らの判断で動くよ。レイザードはそういうヤツ」


 俺の不安を読み取ったようにアルスは言った。


「そうか、それならいいかな……」

「ゆ、ユウ様、まさか貴族街に行かれるんですか? 危険なんでしょう?」

「アルスがついているから大丈夫だと思うよ。ヴィヴィアンはロージーとここにいてくれ」

「でも……」

「頻繁に戻るようにするから。情報を整理しながら慎重にやろう。——ロージーもいいよね?」

「……はい」


 納得しているふうではなかったけど、彼女はうなずいた。

 ロージーとは一度「死んだダンジョン」に潜ってるからな。戦闘力はともかく、そこそこ生き延びる手段を持っていると信用してくれているのかもしれない。


 俺はアルスとともに新聞社の外に出る。

 遠くで、ドォン、という音が聞こえている。誰かの叫び声も。大通りを走る人は少なくなっているが、いまだに大荷物を持って逃げ出そうとしている人もいる。


「アルス、貴族街に入る方法はあるの?」

「ないよ。でも迷宮主ならなにかあるだろ?」

「……そうかもね。聞いてくるからここにいてくれ」


 俺はキ○ラの翼を取り出してこれ見よがしに使った。

 ホークヒルに転移する。

 客は誰もいない——日中にここまで閑散としているのはオープン以来だ。

 俺は一応物陰に入って迷宮司令室に移動する。


「あっ、ユウ! どうだった!?」


 司令室にはミリアだけがいた。俺は簡単に現状を説明しつつも、新たなキ○ラの翼を造り出す。


「——と言うわけだ。アルスといっしょに領主の館まで行ってみる。このままミリアはここにいるのがいいと思う」

「ユウ!」

「な、なに?」


 いきなり大声で言われてびっくりした。


「おいらも連れてってくれないか……?」

「あのな、ミリア。遊びじゃないんだ」

「遊びに行くんじゃない」

「……町は危険だ。みんな気が立ってる。魔族のお前を見たらなんて言うか」

「わかってる」


 ミリアの決意は固いようだけど、なんで急に?


「なんでそこまで行きたいんだよ。理由を言え」

「……おいらが奴隷だったことはユウも知ってるだろ」

「!」


 今となってはだいぶ懐かしい気さえする、その話題。


「それが?」

「……おいらの両親のこと、ユウは知らない」

「うん。お前も話さねーし」

「おいらも知らないんだ」

「そうなの?」

「おいら、記憶が曖昧なんだ……誰かに召喚された。それがリューンフォートの貴族街のお屋敷で……そこからの記憶はあるんだけど、その以前がない」

「……なるほど」


 リオネルもそうだもんな。召喚前、と言うより、生前の記憶が曖昧。

 生きている存在も召喚できるんだな。当たり前か。俺だって召喚(サモン)バットとか使えるし。あのコウモリが魔導生命体ってことはないだろう。世界のどこかから連れてきているんだ。

 ミリアはどこかから召喚されたのか。


「でも——手がかりになりそうなものを、おいらは召喚されたときに持ってた」

「なにを?」

「本……みたいなもの。すぐに取り上げられたからわからない」


 本か。

 ただの本だったら手がかりにはならないよな……。


「その本が今も貴族街のお屋敷にはある、と」

「うん。今なら警備も手薄なんだろ?」


 確かに、これは千載一遇のチャンスかもしれない。

 屋敷内まで手薄ってことはなさそうだけど、貴族街でも混乱が起きるのなら、それに乗じて屋敷に忍び込むことくらい可能だ。


「ミリア、一応言っておくが、すべての屋敷を俺は占領できるわけじゃない。たとえば領主の屋敷なんかは無理だ」

「……うん」

「だから約束してくれ。無理は絶対にしない。俺が撤退しろと命令したら必ず従う」

「……うん、わかった。約束する」

「よし。あとは、アルスは俺がダンジョンマスターだと疑ってるから、気をつけろ。なるべくしゃべるな。どうしても必要なときは小声で俺にだけ話せ」

「わかった」

「じゃ、はい」

「? なんだよ……小指なんか出して」

「お前も出せ」


 俺はミリアに無理矢理小指を出させて、小指同士を絡めた。


「ゆーびきーりげんまんうーそつーいたーらはーりせんぼんのーますっ! 指切った!」

「???」

「これは我が故郷に伝わるいにしえの契約だ。破った場合、千本の針を呑み込まねばならない」


 ごくり、とミリアがつばを呑み込んでいる。

 うむ。こいつにはこれくらいハッタリを利かせておけばよかろう。


「よし、そんじゃ行くぞ」

「あ、ああ!」




 ミリアがついてきたことに驚いたふうのアルスだったけど、「迷宮主のお目付役だ」と言ったら「ふうん」とだけ言った。

 そして俺たちは新たに作ったキ○ラの翼を使って移動する——足下に。

 大通りの真下を通る一本の通路、つまり俺が造ったダンジョンに。

 ここからなら真っ直ぐ貴族街に行ける。


「へぇ〜。街の下にこんなものができていたとはねぇ。いつ掘ったの?」

「さあ。迷宮主は謎に包まれているからね」

「でもユウがやったんでしょ?」

「迷宮主のことはわからないな」

「……大通りを覆ってた屋根だけどさ」

「アーケードのこと?」

「そうそう、アーケード。あれって勇者のパレードのときだけだったはずなのにまだあるじゃない? どうして?」

「屋根があることで商業活動が活発になることはいいことだから、雪が終わるまではそのままにしよう……って迷宮主が言ってた」

「そうなんだ」

「そうだとも」

「ということはアレもユウが設置したの?」

「俺は迷宮主が設置したあとに聞いただけだよ」

「そうなんだ」

「そうだとも」


 俺とアルスの白々しい会話が続く。後ろを歩くミリアがなんだかもじもじしているが、余計なことを言うなよ、という意味を込めて軽く振り返りつつにらむ。びくりとして背筋を伸ばして歩き出すメイド魔族。




――――――――――

*レイザード*

――――――――――




 冒険者ギルドの建物には冒険者たちがすし詰めとなっていた。

「外に出せや」「もう待機なんて飽きた」「ええ加減にせえよ」と口々に文句を言う冒険者たちだったが、その中心にいるレイザードもまた同じ思いだった。


「レイザード〜、全然ギルド長下りてこないね」


 とんがり帽子のヒラリンが言った。

 ここ30分ほど、ギルド長は1階に下りてきていない。職員が総出で冒険者たちをなだめている。

 レイザードはなにかがおかしいと感じていたし、ギルド長の振る舞いに違和感を覚えてもいた。


「こんなときに限ってアルスがいねぇんだよな。あんの腹黒なら、もっとなにかわかったろうによぉ」

「仕方ないな。むしろアルスが僕らと別行動で良かったと考えるべきではあるまいか?」


 シルバープレートの鎧を着込んだパーティーメンバーが、さわやかな笑みを浮かべていう。

 オリヴィアもうなずく。


「あたしたちにできることは、むしろギルドへの対応かもね。ギルド長だってレイザードがいるって思ってなかったみたいだったじゃない? 焦ってたもん」


 全員に待機命令をしたギルド長に、手を挙げて質問したのがレイザードだった。「状況確認のために偵察チームを出すべきでは?」と。

 まさか星級冒険者のレイザードがいるとは思っていなかったらしいギルド長は、脂汗をかきながら「検討する」とだけ言って引っ込んだのだ。


「そうだよねー。そしたらやっぱー、冒険者をまとめるのがウチらの仕事じゃん?」

「ふん……」


 レイザードがヒラリンの言葉に鼻を鳴らしたときだった。

 ギルド長が2階から下りてきた。


「今回の騒動の、原因がわかった」


 突然の宣言に、おおおおおおっと歓声が上がる。ギルド長はにたりとしながら両手でそれを押さえるようにする。


「市内の騒動は兵士に任せ、冒険者諸君には原因を断つ行動をしてもらいたい」

「原因? 犯人の間違いじゃねぇのか?」


 レイザードが言うと、ギルド長の表情が一瞬強ばる。


「原因、でいいと私は考える。なぜなら——これらモンスターは、ダンジョンより出てきているからだ」


 ——ダンジョン? ダンジョンか。なるほどなあ——そんな声があちこちで囁かれる。


「リューンフォートより東、ホークヒルというダンジョンがあるのは皆も知っているだろう。ここで湧いたモンスターが流れてきているのだ。さあ、冒険者ギルドの正式な依頼だ!」


 ギルド長は1枚の用紙を掲げる。

 それは——依頼の発注用紙。


「ホークヒルのダンジョンマスターを討伐せよ! 討伐した者に、金貨1,000枚を与える!!」


 とてつもない歓声がギルド内に響き渡る。

 だがレイザードだけは表情を強ばらせていた。

 ダンジョンマスター——レイザードも知る、今となっては共同事業主である、あのスケルトンの顔を思い浮かべて。


「ちょっと待て」


 レイザードが声を放つと、歓声が止んだ。全員の視線がレイザードに注がれる。


「……なにか不満が?」


 ギルド長がたずねる。

 冒険者を束ねる組織——冒険者ギルド。そのトップとはいえ相手は星級冒険者だ。

 その名声は鳴り響き、貴族だけでなく領主クラスとの付き合いもある。


「あのダンジョンからモンスターが来ているというが、証拠はあんのか?」

「モンスターの急な出現はダンジョンの兆候。リューンフォートに一番近いダンジョンはホークヒルである。証拠としてはこれで十分だろう」

「冒険者は貴重な武力だ。この有事に見当違いのところに派遣されてはかなわねえ」

「それではレイザードよ、貴殿は心当たりがあるのか?」

「……心当たりはない、が……あのホークヒルからモンスターが来ているとはどうしても思えねえよ」


 レイザードが言うと、「確かに」「あそこはお遊びだもんな」なんていう声が聞こえる。

 冒険者の多くがホークヒルの客なのだ。

 するとギルド長の横に、職員がひとりやってきた。彼がギルド長に魔術紋の描かれた羊皮紙を渡す。


「ふむ……やはりこの証拠を見せたほうが早かったか。出現したモンスターと、ホークヒルの魔力は同調しているという報告書だ」

「なに——」

「さあ、事態は明白だ。冒険者諸君、今すぐ向かおうではないか! 報酬は大きいぞ!」


 羊皮紙を掲げるギルド長。うおおおっ、と歓声を上げる冒険者は、そのまま足早にギルドを出て行った。


「おい、ヒラリン」

「——この距離だとちょっとわかんないなー。探知系の魔術紋っぽいけどねー」

「偽装できるような代物か?」

「うん。よゆー」


 レイザードは内心舌打ちした。

 それっぽい証拠さえあれば単純な冒険者を動かすことなどたやすい。


 ——だが、目的はなんだ? ギルド長はなにを考えている?


 レイザードは思考を巡らせようとしたが、今はまず行動だ。


「オリヴィア。ホークヒルに行くぞ。お前らはここで待機だ」

「あいよ」

「任せたまえ」

「りょーかい。ここのギルド、ちょっときな臭いもんねー」


 レイザードはオリヴィアとともに、転移トラップを起動する。

 レイザードの中では、ホークヒルが本当にモンスターをポップさせている可能性ももちろん検討している。だがいずれにせよ、自分の目で確かめる必要がある。

 目の前の景色が一瞬で変わる。

 転移塔とつながっている大きい建物に現れる。

 レイザードと同じように転移アイテムを持っていた冒険者たちが30人ほど、走って行く。


「ん……アイツらなにやってんだ」


 ホークヒルで働くレストランやホテルの従業員が、3人の冒険者に捕まっていた。

 殴りつけられている。


「お前ら、このダンジョンで商売してるってことは迷宮主だって知ってるんだろ? 痛い目見たくなかったらさっさと吐けや」


 情報を取ろうとしているらしい。

 金貨1,000枚という報奨金は、荒くれ者たちに火を点けるには十分な金額だった。


「し、知りませんよ」

「いいから言え」

「——あぐっ!?」


 踏みつけられる従業員。

 奥から飛びだしてきたのはルーカスだ。


「あなたたち、なんということをするんです! 一般人への暴行は重罪ですよ!!」

「なに言ってんだ。ここはダンジョンだろ? 誰が俺たちを逮捕するんだよ」


 ルーカスの顔が一瞬青ざめる。

 そう——街の外にある施設は都市の管理下に置かれていない。

 つまり警備兵たちによる保護を受けられることもなければ、相手を拘束できなければ罪を償わせることも難しい。


「ソフィが逮捕する」

「あ——?」


 レイザードが魔法を発動しようとしたとき、レストランから出てきた小さな少女。

 彼女は、従業員を踏みつけている足をつかむや、


「うああ!?」


 そのまま持ち上げて冒険者をひっくり返した。


「いだっ、いっでででで! なにしやがる、このガキ!!」

「てっめえ!」


 冒険者の仲間が剣を抜いた——が、その手は動かすことができなかった。

 めらめらと燃える炎の縄が絡まっていたのだ。


「あぢぃぃっ!?」

「だせえことしてんじゃねえよ、カスども」


 レイザードが近づいていく。

 同じように従業員から情報を取ろうとしていた冒険者たちは、レイザードに気がついて逃げていく。

 オリヴィアが音もなく駈け出すと、3人の冒険者は縄でぐるぐる巻きにされた。


「——ありがとうございます。助かりました」

「気にすんな、ルーカス。俺様が手を出さなくとも、そっちのガキがなんとかしたろうよ。だがちっとマズイことになった……」

「なにがあったんですか」


 暴行を受けた従業員をソフィに任せ、ルーカスはレイザードにたずねる。

 レイザードは冒険者ギルドであったことを話すことにした。しゃれこうべサッカー事業ではルーカスに知恵を借りることもあったのだ。ルーカスが切れ者であることはレイザードも認めている。


「……妙ですね」

「ああ。なんか気づいたことはあるか?」

「まず、都市の防衛が終わっていないのに原因を攻撃するというのは考えにくいです。領主様から待機要請が来ていたのに、冒険者ギルドが討伐依頼を出すことも違和感があります」


 レイザードはうなずいた。

 自分が感じていた疑いを、この俊英はすぐに言葉にしてくれる。


「どんな可能性がある」

「——襲撃に冒険者ギルドが関与しているのでしょう」

「はっ! そいつぁおもしれえ冗談……」


 レイザードは、ルーカスが真面目くさった顔をしていることに気がつく。


「……本気かよ」

「はい。冒険者ギルドの立場として考えて、手が届くすべての冒険者を街から出すなんて、不可解です。有事にはあり得ない選択肢と言ってもいい。街の外に襲撃の原因、主犯がいるとしても、精鋭チームを見繕って強襲するほうがよほどいい。大量の冒険者を差し向けても相手の警戒心を煽るだけです」


 その通りだとレイザードも思った。


「だが冒険者が大挙してやってくるぞ。どうする、お前らは逃げるか? 一箇所にまとまっててくれりゃ俺様が守ってやってもいいぞ」

「…………」


 ルーカスはアゴに手を当ててぶつぶつとつぶやく。

 すさまじい勢いで脳みそを回転させているのがレイザードにもわかった。


 ——正当な演算能力ではアルスよりも頭が回るな、こいつは。


 商売をさせるには惜しい。冒険者になればひとかどの成果を出せるのに——とレイザードはそんなことを思った。


「……冒険者には望むものを与えましょう」


 熟考ののち、ルーカスは言った。


「冒険者に、ホークヒルを攻略してもらうんです。……先生が完成させておいてくださってよかったです」


 レイザードはぽつりと最後につぶやいたルーカスの言葉を聞き逃した。


「……中級ダンジョンを」


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