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第82話 誰も経験したことがなかったような新しい「文化」

 この2カ月でいろいろな変化があった。

 俺は迷宮について、なるべく俺の手間が掛からない方向で調整していった。

 毎日の迷宮修理とか、宝物の作成とかな。

 修理については迷宮魔法平面整地(ローラー)を付与したスティックを用意して、スケルトンたちが毎日修理している。冒険者が魔法なんかをぶっ放して穴が開いたりすると俺が出ていくことになるが、迷宮自体の耐久力は相当なものなのでごく稀にしかない。

 宝物の作成については基本の宝物をスケルトンたちがせっせと複製していたが、バリエーションに限界があるのが問題だった。


 そのため、新たな組織を作った。


 元製造職だったスケルトンを集めて、宝物になるものを製造させているんだ。幸い、金属素材は俺が大量に抱え込んでいるから、鍛造所さえあれば彼らでも造れる。いわゆる、剣とか盾とかな。

 この世界の鍛造所はきちんと石炭かなんかを燃やしているらしいけど、炭鉱の制圧はまだしていないし、炭鉱を制圧して根こそぎ石炭を持っていったら既存の経済にダメージを与えそうなので、一計を案じた。


 魔法による火力で鍛造をしよう! である。


 ただ一般的な魔法はからっきしな俺です。

 なので、ルーカスに頼んで魔法使いを紹介してもらった。直接魔法使用はできないけど、トラップを通じてなら魔法を付与できることは光明(ライト)の魔法でも証明できている。魔法使いが魔法を使うところを見て、なんとかうまいことコピーをした。怪しい依頼だし、他の人間に知られたくなかったために守秘義務契約を結んだ。かなりお金はかかったけど、必要経費だ。

 とんがり帽子の魔法使いヒラリンに頼むというのも考えたんだけど、なにを探られるかわからないからね。

 しゃれこうべサッカーはアルスたちに任せたけど、それ以外を見せる気はない。


 鍛造所が稼働すると骨の人手も足りなくなったのでグランフィルミスに向かい、新たに200体ほど骨を追加した。トラップから発せられる火力の魔法や、スケルトンの稼働で魔力的な負荷が高まったけど、もはやそんなもの誤差にしかならないほど俺のMPは増えていた。

 なんと650億だ。

 ダンジョンも拡張していっているから、日々の運転MPで2億くらいはかかっているけど、所詮2億だ。

 貴族街に入り込むために必要なMPが411億。これは結界を通るたびに必要だったのには参った。

 貴族街内部を確認してみたけど、占領に必要なMPは10億前後が多くて、たまに500億とか1000億とかあったのには驚いた。

 領主の屋敷は屋敷の周囲にさらに防御用結界が張り巡らせてあって、結界の通過には6,000億だか必要だった。


 実は……650億で、上限一杯になってしまった。MPが増えなくなったのだ。

 なんとなくだけど、「上級迷宮主ハイクラスダンジョンマスター」になれば上限値が伸びるんじゃないかな、という気がしている。

 新たな迷宮魔法も覚えないし……上級になったほうがいいのだろうか? でも、進化先で「人間」が消えるかもしれないしな……とひとり迷う毎日。

 650億以上のMPを使うチャンスがないから気にしてないけど、もし、「1,000億あれば助かったのに……」なんていうシーンがあったとしたら、今進化しなかったことを俺は死ぬほど後悔することになるよな。


 はぁ。


「ユウさん、どうしたんですか? 今日はめでたい日なのに」


 俺の右横にいたロージーが言う。


「そうですよぉ。うちの記者も来ていますから、ユウ様にはにっこりしていただかないと」


 反対側にいたヴィヴィアンが言う。

 そう——今日はフードコートのオープニングが行われるのだ。オープニング・セレモニー……というわけではないけど、この開店に合わせて広告も打ったし、看板なんかも設置した。

 記事にしてくれるというのでリューンフォートタイムズの記者も招待している。マルコだけでなくベテラン記者も、だ。記者の食事は「取材のため無料」としたのでだいぶ喜ばれているらしい。


 そんなわけでロージーとヴィヴィアンも来ているんだけど……このふたりがさっきから俺の左右から離れない。ヴィヴィアンに至っては腕を絡めてくる。まずい。まずいですよヴィヴィアンさん。当たるんです。あなたの、まだ熟れきっていない柔らかいアップルが……ぼくの腕にふわわん、ふわわんって……!

 最近忙しくて自家発電もおろそかだったために、思わず前屈みになりそう。


「…………」


 ヴィヴィアンがくっついてくると、それに対抗するようにロージーがそっと俺に身体を寄せる。ロージーのメロンの破壊力はヤバイ。「え? この距離で?」というところで当たるのだ。腕に。ヤバイ。ヤバイですよロージーさん。ヤバイと思いながら喜んでいる俺が確実にいるんだけど。

 しかし両手に花っていうの? これ? どうなのよ。俺にモテ期来た?


「……鷹岡、さん。オープン前の確認して、欲しいですけど」


 片言で話しかけてくるのは香世ちゃんだ。日常的な意思疎通ならできるほどにこっちの言葉を話せるようになっていた。

 不機嫌そうな顔——俺がロージーとヴィヴィアンにでれでれしているからだよな……香世ちゃんって潔癖というか清純というか、露骨なヴィヴィアンの絡み方とかをイヤそうな目で見てくる。

 だけどね、香世ちゃん……それは勘違いなのだよ。

 俺の考えているところでは、ヴィヴィアンは相変わらず俺に父性を求めている気がする。だからべたべたするし、俺がいっしょに暮らしている香世ちゃんが気にくわないんだろう。香世ちゃんがいる前ではかなり積極的にくっついてくるもん。

 で、ロージーなんかは俺がこっちの世界で話すようになった中でもずいぶん初期のメンバーだ。ヴィヴィアンよりも俺と信頼関係が深いと考えてくれているふうで、ほんとうにありがたい。俺もロージーを信頼しているし。だからこそ新参のヴィヴィアンがべたべたしてくるのがイヤなのかなと。


 つまり。

 ある意味モテ期なんだけど……男女の仲というより、職場の勢力争いみたいな……そんな感じがしてしまう。


「うん、確認に行こう。……と言っても、俺、今回のフードコートはほぼノータッチだったけど」


 香世ちゃんに促され、俺はフードコートへと向かう。

 オープンはあと1時間後なので、ロージーとヴィヴィアンには外で待っていてもらう。

 フードコートは、「ヒルズ・レストラン」や「ホーク・イン」からは少し離した。この2つについてはさらに高級志向でいったほうがいいという判断だ。

「ベインブのスペシャル」もフードコートに移設したために、雑多なショップが並ぶところに巨大な入口を用意した。


 中に入ると、中央にテーブル席、外周に沿ってお店が展開するようになっている。


「おお……なかなか壮観だね」


 日本のデパートにあるフードコートは、明るく楽しいファミリー向けだけど、ここはダンジョンだ。フードコートを造るとは言え、既成概念に囚われる必要はない。

 香世ちゃんに言われるままに箱だけは俺が造り、それ以降は香世ちゃんがデザインし、ルーカスと中二……じゃなくてロウィートが仕切った。

 食べるエリアと購入エリアで床の色を変えた。不規則に柱を用意してあって、その柱も鍾乳洞から直接持ってきたものだ。

 鍾乳石を、光明(ライト)の魔法を込めたトラップ化することで光源としている。

 テーブルにも備え付けでランプを置いた。

 テーブルやイスは木製で、スツール仕様となっている。これはこっちの「酒場」では一般的な造りだ。


 店舗のデザインも凝っている。各店舗、購入窓口には巨大なランプが置かれ、そのランプのカラーやデザインが個性的に分かれている。

「ベインブのスペシャル」は黒と赤のコンビネーション。辛さをアピールしている。

 他には、ツタの絡まったものや、ゴーレムの顔をしたようなものなんかもある。


「今回のコンセプト『ダンジョンで食事を』に十分かなったものだね」

「ありがとう、ござます」


 安心したように香世ちゃんが笑った。

 実は、俺は最初、デパートのフードコードっぽくしようと思っていた。冒険者からするとこういう「ダンジョンふう」なんて飽きるくらい体験しているものじゃないか? だったら、目新しさを追及したほうがいい、と。

 それに異を唱えたのは香世ちゃんだった。彼女が言うには、


 ——ホークヒルに来るお客さんの層を考えると、一般市民が多いです。彼らは「ダンジョンらしさ」を逆に求めていると思います。冒険者にとっては「慣れた」ダンジョンであっても、一般市民にとっては「憧れた」ダンジョンです。ファミレスふうにすると冒険者にも一般市民にも目新しさがありますが、今のホークヒル全体のカラーからすると浮いてしまいます。


 ということだった。

 一般市民がホークヒルに来るのは、もちろん娯楽や実利——ダンジョンで儲けられるかもしれない——という側面もあるが、「ダンジョンに憧れている」という側面もある、と。

 このことについては俺はほとんど考えてこなかった。

 面白い、と正直思った。


「オーナー! なかなかおもしれぇことになってるな、ここは!」


「ベインブのスペシャル」を見に行くと、店長のベインブが出てきた。

 相変わらずのずんぐりむっくりのビア樽みたいな男だけど、全体的に身体が引き締まったようにも見える。

 毎日忙しいせいだろうか。


「わざわざフードコートに移ってもらってすまなかったね」

「なぁに、いいってことよ。ウチみたいな店にとってもここはちょうどいい。前のところは外の風が入ってきて客が寒そうにしてたからよ」

「ああ……だからテイクアウトが多かったのか」

「それに、だ。こんだけ店があるってことは、競争させるってこったろ?」


 ベインブの慧眼、恐れ入る。

 俺は思わずにやりとしてしまった。

 隣の店に行列があるのに、ウチは閑古鳥——それを目の当たりにしたら料理人はどう思うか?

 ほぼ同じ条件の立地だ。価格帯も同じ。

 となれば純粋に、料理の問題、料理人の問題となってくる。


「採算さえ取れていれば、競争なんてしなくても構わないよ」

「ふん。オーナーは存外したたかなんだよな。ルーカスとはちげぇ。アンタがいちばん食えねぇよ」

「買いかぶりさ。でも、ベインブのところがトップになることを期待しているよ? 古株なんだから」

「…………」


 あれ?「ウチがいちばんに決まってんだろ」とか言われると思ってたのに、なんか反応が違う。

 ベインブにしては難しい顔をした。


「……他はたいしたことねぇんだが、あの店だけは気になる」

「へぇ? どれ?」


 ベインブが指差した——店舗。

 そこのランプは濃い茶色の枝を組み合わせたものだった。


「——おっと、最後の確認があるから、俺はここで失礼するぜ」

「うん。それじゃあ、また」


 ベインブと別れると、俺は香世ちゃんに聞いた。


「今ベインブが言っていたあのお店って、なんてとこ?」

「はい。『白樺亭』という名前です。どんなお店か、知らないです」


 白樺亭……聞いたことないな。

 でもベインブが言うんだからなにかあるんだろうな。

 フードコート内は調理場のほうに強力な換気扇があるので食事エリアにニオイがこもることもない。

 だから、それぞれのお店がどういうものを作っているのか、俺もまだ把握できていない。


「行ってみよう」


 その「白樺亭」に近づいていった俺は——そこから、とある人物が出てきたのを見た。


「あ、オーナー」

「……なにしてんだ、ディタール?」


 ディタールである。

 ウワサの「白樺亭」からディタールが出てきた。

 これはもうなんかもうすごいもう予感がびんびんしてるもう。

 なんかすごいヤツが絶対いるよここ。


「どうしましたディタール……ん? ああ、あなたでしたか」


 ディタールに続いて出てきたのは——俺も2度会ったことがある男。

 年配の男性だが、目は、いたずらっ子のように子どもっぽい。


「なにやってんですかシェフ……」


 俺は頭痛がした。この人、あの名店「樫と椚の晩餐」のシェフじゃないか。


「ははは」

「いや、笑い事じゃなくてですね……お店はどうしたんですか?」

「もちろん、まだやりますよ。ですがここも面白そうではありませんか。低価格、少数メニューで勝負する。『食のバトルロワイアル』だとディタールに言われたら参加したくなりますよ」


 ディタールを見る。にこにこしたままで顔色ひとつ変えない。

 食のバトルロワイアルとまでは言ってねーぞ。


「よくあの副支配人が許可しましたね……」


 俺は脳裏に、どっからどう見てもカタギじゃない副支配人を思い出していた。スキンヘッドにめっちゃ分厚い胸板だった。絶対数人殺してる。


「いいえ、許可は出ていませんよ?」

「ファッ!?」

「問い詰められたら、ここのオーナーにそそのかされたと言いますから、お覚悟を」

「ファファファッ!?」


 俺が、諸悪の根源であるディタールをにらみつけようとすると、ヤツはさっさといなくなっていた。くそっ。


「副支配人……?」

「香世ちゃんは知らなくていいよ……知らなければ被害は及ばないから……」


 俺はどんよりした気持ちで視察を終えた。

 さあ、いよいよオープニングだ。

 今日の主役は間違いなくルーカスである。燕尾服みたいなてかてかした正装に、髪をセットしている、ばっちりキメたルーカスと中二のところへ俺は向かった。


「よう、準備はいいか? そろそろ正午——オープンだ」

「はい……問題ありません」


 わずかにルーカスの声が震えている。へえ、ルーカスも緊張したりするんだな。

 俺たちがいるのは、フードコート正面入口——両開きのドアを閉じきった、その裏だ。

 左右には従業員がいて、ドアを開けるためのスタンバイをしている。


「ロウィートも、様になってるじゃないか」

「……慣れてる」


 俺には相変わらずつっけんどんな態度のロウィート。この2カ月、フードコートの準備のために陰に日向にルーカスを支えていたことを知っている。

 彼女は、ふだんのゴシックパンクな服装じゃなくて、ルーカスと対になっているドレスだ。

 フードコート支配人と、副支配人という体裁である。


「慣れてると言っているところ悪いが、手袋片方しかしてないぞ」

「えっ? あっ!!」


 彼女はあわててスタッフルームへと走って行く。気がついて良かったなとは思うが、ルーカスも気づかなかったんかい。

 そんなルーカスは話さなければいけないセリフを書いた紙を出して、最終確認している。


 これは……なかなかの緊張っぷりだな。

 フードコート出店のために、ルーカスは50以上の料理店を回った。

 最終的に出店を決めたのは8店舗。

 ルーカスは、出店を渋る店舗のために身銭を切って出店援助している。これが失敗したら金銭的な損失はかなりのものだ。


「なあ、ルーカス」


 俺は、スタッフルームから走って戻ってくるロウィートを横目で見ながら、ルーカスの肩を叩いた。


「今日のオープニングは、数あるイベントの中のひとつだ。これからイヤになるくらい多くのイベントを乗り越えていく」

「……先生」

「今回入った8店舗は想定通り。だけどな、お前には言っていなかったがすでに奥に16店舗分の拡張スペースを確保してある」

「ええええ!?」

「俺は8店舗程度じゃ満足しないぞ。これは、ただの通過点だ」


 ぽかん、とするルーカスに俺は告げる。


「俺たちの目標は、フードコートの成功じゃない。この大陸に……この世界に、ホークヒルの名を轟かせて、誰も経験したことがなかったような『文化』を創造することだ。違うか?」


 雷に打たれたように、ルーカスの身体が強ばった。

 俺の横で香世ちゃんがごくりとつばを呑んだ。


「はあ、はぁっ、手袋、あった。もう大丈夫——あれ……どうかしたの」

「気にしなくていい。ロウィート、ルーカスを支えてくれてありがとう。これからもよろしく」

「……それはもちろん」

「俺たちは引っ込んでるよ。さあ、オープンだ」


 俺は香世ちゃんを引き連れてスタッフ通路から出て行く。

 最後に見たルーカスの表情に、不安なものは欠片もなかった。彼はスピーチを書いた紙をポケットに突っ込んで両開きの扉を——その先にあるお客さんを見据えていた。


『……「誰も経験したことがなかったような《文化》を創造すること」……』


 香世ちゃんが、ぽつりと日本語で、言った。


『あ、いや、えっと……ルーカスを励ますつもりだったのに、ちょっと言い過ぎたかな』


 急に恥ずかしくなって俺が頭をかくと、


『いえ。そんなことないです。とっても素敵です。……わたしもがんばりたい。がんばらせてください……鷹岡さんの隣で』

『香世ちゃん——どうしたの、急に?』

『わたし、ようやくわかった気がしたんです。どうしてWebデザイナーの道を選んだのか……他にもいっぱいデザインの道はありました。プロダクトデザイン、DTP、空間デザイン、服飾デザイン、イラストレーター……でもそのどれにもなかったものがWebデザインにはありました』

『……それは?』

『全世界からアクセスできる、アクセシビリティ。そして触れれば反応するインタラクティビティです。わたし、Webデザイナーになって、「誰も経験したことがなかったような」デザインがしたかったんだ……って今になって気がつきました』


 俺なんて……就職したらWebの部署がたまたま空いてたからそこにあてがわれただけだ。

 HTMLがなんなのかも知らなければ、Webがどうやって動いているかも知らなかった。

 ていうか——俺みたいなのがふつうなんだ。それなりに興味のあるジャンルを適当に選んでいって、運が良ければ就職できて、水が合えば会社に残って、才能があれば出世する。

 ほとんどの人間はそれなりの力を発揮して世の中を渡っていく。

 世界に轟かせるとか、新しい文化なんて考えない。


『香世ちゃんは偉いよ』

『なに言ってるんですか。鷹岡さんの言葉で目が覚めたんですよ』

『あー、だから……さっきの言葉はルーカスを励ますために言っただけで、その場しのぎの……』

『それでも、ですよ』

『え?』

『たとえその場しのぎであっても、でまかせであっても、その言葉が鷹岡さんの口から出てきたんですから……その言葉は鷹岡さんの中で生きているんです』


 俺の中で生きている?

 俺の、中で?


 どうして……俺はあんなことを言ったんだろう。

 俺は、ルーカスに失望されたくなかっただけだ。

 それだけ……それだけだ、と、思う。

 それだけで、俺は——ホークヒルを拡張し続け、進化させ続け、新たな挑戦ばっかりしている。


 命の危険がないダンジョンを造り。

 参加者がお金を支払う仕組みを作り。

 レストランやホテルなんかの街の縮小機能を備え。

 新聞広告にアフィリエイトの概念を持ち込み。

 しゃれこうべサッカーでトトカルチョを始め。

 今日はフードコートまでオープンする。


 日本にいたときじゃ……考えられないよな。

 クライアントの顔色をうかがって、営業からの電話をだらだら待ってた。


『言い続ければ……もしかしたら、ほんとにできるかもな……「誰も経験したことがなかったような新しい《文化》」を創造できるかも……なんて』

『できますよ』


 確信に満ちた香世ちゃん。

 俺は足を止めて彼女を見つめる。

 毎晩遅くまでデザインしまくって、Webじゃないし描画ソフトウェアもないし慣れない環境だし言語だし文化だし、疲れ切っているだろう香世ちゃんなのに——。

 輝くばかりの笑顔で。


『鷹岡さんなら、絶対にできます。——ほら、聞こえませんか?』


 彼女に言われて、気がついた。

 すぐそこに扉がある。ホークヒルの表につながる扉が。

 扉を通じて声が聞こえてきたのだ。


 ——まだかよー。

 ——もう1時間は待ってる。

 ——俺なんて昨日から来てるんだぞ。

 ——まあ、待てよ。もう正午になる。


 扉を開く。

 真冬だけれど晴れた今日。

 分厚い外套に身を包んだお客たちが——数百という数のお客たちが、フードコートに押し寄せている。


『鷹岡さんはもう、新しい「文化」を造り始めているじゃないですか』

『でも……それは、日本にあったものを持ち込んでるだけで……』

『この世界に合わせて作り替えたものは、もはやほとんど新しい発想ですよ』

『香世ちゃんがすごいんだ。俺はファミレスふうのものでいいと思ってた。この世界に合わせて作り替えたのは、香世ちゃんだよ』

『いえ、わたしならフードコートを始めるなんて発想すらありませんでしたよ。それに——もし今の鷹岡さんが「日本にあったものを持ち込んでいるだけ」だとしても、鷹岡さんなら絶対に……絶対に、日本にもなかった、地球になかった、この世界になかった、まったく新しい「文化」を創造できるってわたしは信じています』


 そのとき、両開きのドアが、ぎぃぃと音を立てて開いた。

 観客たちが一瞬どよめいたが、中から出てきたルーカスが両手を挙げるとしんと静まり返る。


「ご来場の皆様、支配人である『神なる鷹の丘商会』のルーカスでございます。当ホークヒルフードコートは、リューンフォートの名店を集めた場所。お腹を空かせてどうぞ——いらっしゃいませ!」


 短い言葉だった。ほんとうはもっと長い言葉を用意していたはずだ。

 だけどルーカスは満足げな表情で言い切った。それ以上、言う必要はなかったんだ。

 ここは、ルーカスが自信を持って選んだ店が並ぶ場所。

 お客はただ、腹を空かせてやってくればいい——。


 仕込んでおいた花火が打ち上がる。

 お客たちが空を見上げて「おー」と歓声を上げる。

 その間にルーカスとロウィートは左右に分かれ、フードコートに入っていくお客に「いらっしゃいませ」と声をかける。

 入っていったお客たちが口々に驚きの声を上げる。

 それは、今まで経験したことがなかった新しい体験。

 体験が続き、体験が広がっていけば、やがて「文化」になる——。




 よかった。

 身体の中心から疲れがにじみ出てくるようだった。

 なんだかんだ強がり言ったけど、俺も心のどこかでかなり気にしていたみたいだ。


 だけど休憩をしている余裕なんてなかった。


 あっという間に満席になった。ルーカスとともにかつてテラス席として機能していたテーブルを運び込んで増設した。

 客数の見込みが甘かった店舗で在庫切れが発生し、店員が大急ぎで食材の買い出しにリューンフォートへ向かうところへ「キ○ラの翼」を渡した。

 酒は禁止にしておいたのに、勝手に持ち込んで酒盛りを始めた冒険者がいたので、「ヒルズ・レストラン」へ飛んでいって怪力腹ぺこソフィに支援を頼んだ。


 ああ……大成功だけど失敗も多い。

 これは次に活かさなきゃ……。


 ま、「次がある」ということは幸せなことなんだけどな。

その場の思いつき、勢いだけで言ってしまったけど、それが真実を突いているってことは往々にしてあると思うんです。

ユウもこの世界でなすべきことが見えてきたようです。


リオネル「誰も経験したことがなかったような新しい……」

レイザード「しゃれこうべサッカーだ!! くっ、なぜ俺様の首は着脱できねえんだっ!」

アルス「(こいつらは病気)」

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