第81話 進撃のしゃれこうべ
『今日は記念すべき日だ……俺様の名前が、このすばらしき「しゃれこうべサッカー」の歴史に刻まれるのだからな。さあ、骨ども、グラウンドをステージにし、思う存分踊るがいい! そして、破壊せよ――ッ!!』
破壊は止めてよ、うん。
そんなツッコミをしたいところだったが、とりあえずレイザードの演説は終わった。
しゃれこうべサッカー特設会場は、地球にあった競技場を参考に造った。
階段状の座席からグラウンドを見下ろすことができる。
ただ、400メートルの陸上トラックなんかは必要ないので、グラウンドの端から観客席の壁までは1メートルほど。かなり間近でプレイを見ることができる。
雰囲気的にはNBAなんかのバスケットボールコートに近いかもしれない。一応室内だしな。
「ようやく始まるのか?」
「そうみたいだけど……すっげえな。あれ全部スケルトンモンスターだろ?」
「全部レイザードさんの配下らしいぞ」
「そうなのか? 俺はレイザードさんが買ってきた奴隷だって聞いたけど」
グラウンドには誇らしげに胸を張った骨たちがおよそ200名ほど。
ハチマキの色によってチームが分かれている。
反対に観客席はと言えば――。
「少ない……ですね」
「そうだな」
ルーカスが周囲を見回してつぶやいたのに、俺は応えた。
観客席はおよそ3000人を収容できる造りだけど、今いるのは300人がいいところだ。もっと少ないかもな。
アルスたち冒険者は、「スケルトンが万が一反乱を起こしても制圧できますよ」というアピールのために、中央の貴賓席――俺から見たら「見世物台」に並んでいる。
そりゃそうだよな。
一般市民から見たらモンスターはモンスターだ。怖くて近寄らないだろう。
いくらホークヒルに慣れたリューンフォート市民とはいえ、最初は様子見するのがふつうだ。
「まあ、これから増えるだろう」
俺にだって多少の勝算はある。
まず、ここで行われている模様はすべて、水晶球を通じてホークヒル正面壁面に映し出されている。
あとはリューンフォートの入口に近い転移塔にもスクリーンを設置した。
この仕組みを造るのは結構厄介だった。
まず、ふつうのカメラを俺は造ることができなかった。カメラのことをよく知らないっていうのもあるんだけど、単純に電化製品をファンタジー理論で造れないということかもしれない。レンズや光の屈折、絞りの概念はわかっていても、それを解像する撮像素子の構成もわからなければ、どうやったらデータを転送するデバイスを造れるのかもわからなかった。
だから、単純にした。
光を取り込んで吐き出す――レンズの操作はできるのだから。
これを、鏡の反射で遠くに持っていった。
分岐や増幅は、詳しい理論がわからなくとも製造精霊でなんとかなった。
なので、最終的に映し出したのは、テレビやモニターではなく、スクリーン……つまり白い布だ。
プロジェクターと同じ方法である。
努力と工夫の結晶である。音声を飛ばせないのが残念だけどね。
映像は、水晶球で撮っていくことになるが、水晶球は固定でグラウンド脇に12箇所あり、迷宮司令室で切り替えやズーム、左右の首振りをスケルトンたちが行っている。
やり過ぎた感がすごい……。
ほんと……俺はどこへ行こうとしているんだ……。
暗くないとはっきり見えないから、サッカーの試合は夕方以降、夜の19時から行われる。
観客のお帰りは、1回だけ使える使い捨ての「キ○ラの翼」を用意して、飛び先をリューンフォートの街内部に設定しておいた。
「始まりますね」
「おー」
とはいえ、肝心のサッカーがつまらなければしょうがないんだが……。
一応この世界にも「サッカー」があって、それは地球のサッカーとほとんど変わりなかった。
プレイ人数が9人だったり、ヘディングがダメだったり、前半後半ともに30分ずつだったりするという違いはあるけど。
そこにアレンジを加えたのが「しゃれこうべサッカー」だ。
《それでは第1試合、「リューンフォートシビリアンズ」vs「クリムゾン・クラフトメン」の試合を開始します!》
ピー。
ホイッスルが響く。
《実況はレイザードパーティーの斥候、オリヴィアが務めさせていただきます。解説には本リーグの主催者であるレイザード、そして》
《はいはーい! アイドル魔導師ヒラリンでーす!》
ああ、レイザードのところのシーフっぽいお姉さんはオリヴィアっていうのか。とんがり帽子はヒラリン、と。
このしゃれこうべサッカー、俺も詳しくは知らないから、実況と解説が必要だと思ったんだよな。だから拡声器を貸して、話させている。貴賓席で。
え? リオネルが解説するんじゃないのかって?
リオネルならグラウンドにいるよ?
「ふごぁっ!」
しゃれこうべとなって骨たちに蹴られまくっているリオネルが声を上げる。
そう、しゃれこうべサッカーは誰かのしゃれこうべをボール代わりに使う。
リオネルは「リューンフォートシビリアンズ」のキャプテンらしく、コイントスで勝って、「先にしゃれこうべになる権利」を手に入れた。
もうこれワケわかんねえな。
《「クラフトメン」果敢に攻めて行きますね。対する「シビリアンズ」はどっしり構えているようです》
《ふん……今は「しゃれこうべ」がリオネルだからな。「シビリアンズ」は確実に最初の1点を獲りに行くことだろう》
なんかレイザードが痛々しい専門用語を使っている!
オリヴィアの目が点になっているぞ!
《えーっと……あの、どういうこと?》
《あのねー。しゃれこうべを提供すると蹴られまくるからめっちゃ痛いし、身体は頭なしで動かなくちゃいけないから大変なんだけどー、でも自分の意志で飛んでいく軌道を変えたりできるメリットがあるの! 熟練したプレイヤーがしゃれこうべになっているときにはものすごくチャンスなんだよ!》
《なるほど、解説ありがとうヒラリン。いつ覚えたの、そんなの……》
ほんとだよ。
《ふん……おしゃべりしていていいのか? 決まるぞ》
おわっ。
いつの間にか「シビリアンズ」が押している。「クラフトメン」の足に収まる瞬間、リオネルが軌道を曲げてかわしているんだ。
あいつ……! なに無駄なスキル磨いてんだよ……!
そして「シビリアンズ」のメンバーがボレーシュートでゴールを奪う。
《ファースト・ブラッド!!》
わああ、という歓声が上がる。ヒラリンとレイザードだけだけど。観客席も、俺もルーカスも、ぽかーんだわ。
「シビリアンズ」も喜んでいるのかカタカタカタと歯を鳴らしている――と思うと、
「んなっ!?」
骨がいきなり赤くなった! うわあ、血でも浴びたみたいだぞ!?
なにこれ、なんなん!?
《発動したねー、ファースト・ブラッド》
《なんなのアレ!? ヒラリン、あのスケルトン大丈夫なの!?》
オリヴィアがめっちゃ取り乱している。彼女だけじゃなくて観客たちもどよどよしている。そりゃそうだ、めっちゃ禍々しいもん。
《もともとサッカーは、狩りに出かける前に、古代民族が神へ奉納する舞として行ってきたとされてるんだよね。しゃれこうべサッカーは、それをスケルトンたちがアレンジしたもの。最初の1点を獲得したほうが、10分間のパワーアップの恩恵を受けるんだよ》
知らなかった! なんだその凝った設定は!
《ふん……リオネルめ、第1試合だというのに飛ばしているな。これで勝負を決めるつもりか》
《よくわかっていない観客の皆さんに説明しますと、5点差がついたところで試合は強制終了となるそうです。あとしゃれこうべの提供は10分おきにチームごと交代となります》
それに応えるかのように、リオネルは――しゃれこうべがない唯一の骨は、右手の人差し指を天へと突き出した。
勝つ、と。
そう宣言しているかのように――。
「お、おおぉ……」
「おおおおおおおおおおっ」
「骨なのになんかカッコイイ!」
観客が沸き立つ。
そしてリオネルは宣言通り、最初の10分で5点を獲得し「リューンフォートシビリアンズ」の勝利となった。
チーム数は12、1日2試合で毎日行われる。
「スポーツ観戦」の文化がどこまで根付くかわからなかったけど、滑り出しとしては上々のように感じた。2試合目が終わるころには、観客がどちらかのチームを応援するような流れになってたしな。
「……なんか、2試合目に出てたひとりが、死んだじいちゃんの仕草によく似たことをしてたんだよな……」
「そうそう。1試合目の負けたチームにも、近所で殺された職人のオッサンに似てて……」
そんな話まで囁かれていた。
うーん、地元密着の弊害。「知り合いが試合に参加している」という。
俺だって、やる以上は、この「しゃれこうべサッカー」事業をやりっ放しにする気はなかった。
映像による試合中継はもちろん、「リューンフォートタイムズ」の広告欄を削って1週間分の試合結果を載せた。その試合結果は、同時期に開始した「トトカルチョ」と合わせて読みたがる読者が増え、「しゃれこうべサッカー」コラムをレイザードが執筆することにまでなる――レイザードってヒマなのかな?
トトカルチョの販売窓口はスケルトンが務めたけども、サッカーをしているのも骨だから、購入者は特に気にする様子もなかった。賭博関係は裏社会の横やりが面倒なので、試合会場に足を運んだ人だけが買えるようにした。案の定、チンピラが会場をうろうろしたりしたがレイザードがにらみを利かせ、係員もスケルトンともなれば、突っかかるマヌケも出てこない。こんなときは迷宮主でよかったなと思うわ。
……やっぱり人間に戻らないほうがいいかな。
人間か、ダンジョンマスターか、それが問題だ。
まだ答えは出ていない。
しゃれこうべサッカーの映像を「お店で流す方法がある」というふうに新聞記事で触れてもらったところ、問い合わせがいくつかあった。試験的に3軒の居酒屋に提供することとなる。その1つが「赤ら顔」だ。老舗の大衆居酒屋なんだけど、話を聞いてみたところ、オーナーは意外にも若い。「新しいことをやりたい。先代が残したものを受け継いだだけじゃなくて……」と常日頃から思っていたそうだ。
地面を掘って光の通り道を作る。壁の一部を取っ払ってプロジェクターの光が出る場所を作った。
店内はそこまで明るくないので問題なく動作した。
ただしやっぱり問題になったのは、音声がないことだった。
「解説不在」だと「なにがすごいのかよくわからない」んだもの。
この問題を解決するために俺は「実況・解説」ができる人間を募集した。冬の間はヒマだからだろう、応募者は30人を超えた。面接し、いくつか原稿を読ませる試験をした。10人を採用して2人5組を作る。
彼らはローテーションで、居酒屋を回ってその日その日の試合を盛り上げる。それそのものが見世物になったようで、居酒屋からも観客からも好評だ。
しゃれこうべサッカーファンが増えると観客席が半分ほど埋まるようになったので、会場での飲食販売も開始した。
選手の中にもスター性のある骨が出始めて(なにを言ってるかわからないかもしれないが俺にもよくわからん)、個別のファンができ始めた。香世ちゃんがチームごとのエンブレムをせっせとデザインすると、そのデザインワッペンがそこそこ売れた。
こんなふうにしゃれこうべサッカーのためにかけずり回っていると1カ月がまたもあっという間に過ぎた。
ホークヒル(130日目)
現在所持金:金貨851枚、銀貨41枚、銅貨8枚
初級踏破者:24名(第1)、5名(第2・金貨69枚)、N/A(第3)
中級踏破者:0名(未実装)
上級踏破者:0名(未実装)
「ねえ、ユウ」
「どうしたん、リンダ?」
「ユウって……貧乏なの? 借金とかあるの?」
「……はい!? なんで!?」
「いつもあくせく働いてるから」
「確かに」
俺、日本にいるときよりもずっとオーバーワーク気味であることに気がついた。
明日はフードコートのオープン日だというのに。
「だ、大丈夫、明日のフードコート公開が終われば、大型の案件は一通り終わるから……」
「そう?」
「……いや、運営の人手が足りないんだよな。やっぱり前々から温めていた『青田買い』プランを実行するべきか……それとも大々的にリクルート活動をやるか……」
「…………」
「ハッ、また仕事が増えている!?」
「ユウ……」
「残念そうな目で見ないでぇっ!」
「わたしは別にいいのだけど」
「うう、放っておかれるのもつらい……」
「ただ」
「ただ?」
「明日のフードコート? そのオープンに合わせて、ファナも来たいって」
「ああ、リンダの友だちのエルフだよね? もちろん大歓迎だよ」
「ファナのお兄さんも来る」
「オーケーオーケー。今さら1人2人増えたところで……って、あれ? ファナさんのお兄さんって――」
「うん、貴族」
止めてぇぇぇ! 厄介事の予感がするぅ!




