第80話 進化するの? ほんとうに? いいの?
戻ってきたアルスたちから「なんで聖女がいるのか」「なんで聖女を誘拐したのか」「なんで聖女がウェイトレスなのか」といった質問をあれこれ受け、それについてはそれなりに誠実に「連れ出して欲しいと言われたから」「元々友人なんだよ。友人が監禁されていたら助けたくなるだろ」「それは本人に聞いて」と返答したところ、
「いやぁ……君といっしょにいると退屈しないね」
なんて呆れ顔で言われた。
代わりにアルスからは勇者に関する情報を教えてもらう――や、まさかアルスが勇者のところに呼ばれるとは思わなかったものだから驚いたけども。
勇者はしばらく枢機卿が目を離さないだろうし、聖女についてはこのまま見つからなければ「療養中」として公表されるだろうとのことだった。もちろん、追っ手は継続するから気をつけたほうがいいだろうけど。
とはいえ聖女の顔はほとんど公になっていなかったから、その点ではラッキーかもしれない。髪の色がプリンになってしまっているからそこはバンダナとかで隠すしかないけどさ。
「さて……そんなわけで、進化します」
迷宮司令室にいるのは俺、リオネル、ミリア、リンダ、香世ちゃんの5人だ。香世ちゃんはリンダにちゃんと会うのは初めてだったのでちらりちらりと彼女の様子をうかがっている。どうだ、女神はきれいだろう?
「いよいよボスもスケルトンに進化ですか」
「しねーし。できねーし。退化だしそれ」
「なっ!? スケルトンになればしゃれこうべサッカーができるのですよ!?」
「そこはもう好き勝手進めていいから、お願いだから俺を巻き込まないで」
しゃれこうべサッカーは、星級冒険者のレイザードがだいぶ入れ込んでいるからな。ヘタに口を出すのは止めよう。
事業責任者をパーリナーダ(パー子)、運営責任者をリオネル、アドバイザーとしてアルスたちを入れておく。会場工事についても空間精製できるアイテムをスケルトンに渡してあるから大丈夫だろう。素材が必要なときは俺も手助けするけど。
そう。しゃれこうべサッカーは好き勝手やらせる。
その上で、俺もルーカスも儲ける気満々だ。
やるぜ、トトカルチョ!
賭博だ!
胴元の取り分を低めにして還元率を85%程度にする予定だ。人件費は全部スケルトンでまかなうから、たっぷり還元しても利益はかなり見込める。
ちなみに日本だと、サッカーくじであるtotoの還元率が50%前後、競馬や競艇、競輪は75%前後らしい。競馬なんて知り合いが「負けた……」「あそこでバテるなんて運が悪いとしか言えない」「騎手が悪い」「俺は馬を見るだけで満足だから勝ち負けは関係ない」などと常日頃から言っているから、還元率低いのかと思っていたが一度調べてびっくりした。
今のところホークヒルは順調に金を稼いでいるが、収益の柱を増しておきたい。
それに……リューンフォート市民をテストケースにして、上手くいくなら他都市にも展開するつもりだ。これについては簡単にビジネス展開ができそうなんだよ……ぐふふふ。
「ユウ……完全に悪人の顔になってんだけど」
「…………」
「なっ、なんだよ、おいらをにらむなよ!」
ミリアか。
こいつもなんかの責任者にできないかな?
正直、骨手はあっても人手が足りない。いろいろ自立的に考えて任せられる人間が足りないんだよな。
……いや、ミリアには無理か。金を渡したらすぐにフライドポテトに使われそうだぜ。
「なんか今、すげー失礼なことを思われたような気がする」
「気にするな。事実だ」
「事実かよ!?」
「それで、ユウ。進化ってなに」
女神にたずねられ、俺は迷宮主の進化について説明した。
ちょっと気絶すること。新たな迷宮魔法を覚えること。
「? 見た目は? 見た目は変わらないの?」
まるで変わって欲しそうな言い方、っていうか、好奇心と期待に満ちた顔をしておる。
「い、いや……たぶんこのままかな。でも進化ってしたときにどうなるか、よくわからないから、一応言っておこうと思って」
「そう……」
露骨につまらなさそうな顔しないで! 見た目変わって欲しかったんですかァ!
「鷹岡サン、あの……えっと」
『今度香世ちゃんにはまた説明するから』
がんばってこっちの世界の言葉で話そうとする香世ちゃんに、俺は日本語でそう言う。
「では進化についてはいいかな?」
カヨちゃん――って、こっちの声も「カヨちゃん」なんだよな、そう言えば。どうしてカヨちゃんの声なんだろうか?
ま、いいや。
カヨちゃん、俺の進化先を教えて。
《今進化できるのは、「静寂と反響の迷宮主」「氷と幻影の迷宮主」「薫風の迷宮主」「駆動する迷宮主」「美食王迷宮主」「上級迷宮主」「人間」です》
よしよし。
そうなんだよな、5感を中心にした迷宮主への道がまず開いて、「美食王」とかなんやねんって……。
「にににににに人間んんんんんんんんんんんんんん!?!!!!???!?!?!?!!?」
絶叫して立ち上がった俺に、全員がびくりとする。
「ボス、どうしました。この場には聖女様しか人間はいませんよ」
「そ、そうだな、ここじゃあ人間のほうがレアだったな――」
じゃなくてェ!
カヨちゃん、人間ってなに!?
《人間とは、知能レベルの高い動物であり、言語や道具を扱うことで文明を築いています。他種族に対して排他的であることが多く、迷宮主にとっての天敵と言える――》
そうじゃない! 辞書的な意味じゃなくて!
ま、待て。俺よ落ち着け。みんながいぶかしげな目で俺を見ている。落ち着け、落ち着け、ふー……。
カヨちゃん、俺、人間への進化の道が開けたことなんて知らなかったんだけど。
《告知はしましたが、気絶をしていたと思われます》
気絶……? 俺が気絶してるってわかってるなら告知しないでよぉ!
それで、いつ俺は進化先を手に入れたの?
《腕を斬られ、大量の血液が失われ、その後魔法により超自然的な回復をした際です》
死にそうになったことが人間になれるきっかけだったの?
《わかりません》
聖女の魔法?
《わかりません》
ぬあー! 肝心なとこわかんない! ……だ、だけどまあ、いいか。俺以外に役に立たない知識だし、これ。
問題があるとしたら、上級迷宮主になったときにも人間の選択肢が残っているかどうか、なんだよな。
カヨちゃんは進化後のことはわからない。
「あの……やっぱり進化止めます」
俺はとりあえずそう宣言した。
人間に戻るべきか、戻らざるべきか、それが問題だ。
人間に戻れば、ダンジョンから出られる。おそらくだけど、アルスみたいにいろんな魔法も使えるようになるだろう。
あとは――もし仮に、香世ちゃんが地球に戻る方法を発見したとして……俺が日本で暮らすなら人間に戻っておいたほうがなにかと便利だ。
「……いや、なに考えてるんだろうな、俺」
窓のない、自分の部屋でひとり考える。
日本に帰るなんて不可能だと思ってた。どうやって来たのかさえわからないんだから。でも香世ちゃんがその可能性を信じているから、俺も信じたくなっちゃったんだ。
人間になることのデメリットはなんだろう?
迷宮魔法を失うこと……これだよな。
俺のこの世界での金策はすべて迷宮魔法に頼っている。もちろん他のことでだって働くことはできるだろう。でも大金を稼げるかと言われれば、無理だし危険だ。
この世界、人間の命が軽い。
あとは……まあ、リオネルたちも消えるんだよな。
俺のことおちょくる腹立たしいヤツだけど……それでも、俺の話し相手になってくれたヤツだ。
もし俺が「人間に戻りたい」って言っても、リオネルなら「それじゃあまた墓の下で寝ますよ。いやー、ボスには働かされまくりましたからね。あ、でも最後にしゃれこうべサッカー1戦いいですか?」と軽い口調で言いそうだけどな。
「…………」
はぁ。
息を吐く。
「……進化はしばらく、封印だな」
俺は中級迷宮主のまましばらく活動することにしようと決めた。
「…………そんで、ミリア、なに?」
部屋のドアの向こうにいる気配はミリアのものだった。あいつの部屋はめっちゃ離れたところにあるから、ここにいるということはなにか俺に用事があるのだろう。
びくっ、とドアの向こうで身じろぎする気配。隠れてるつもりかもしれないが、俺は迷宮内のこと全部わかるからな?
「…………」
そろそろとドアが開いて、ばつが悪そうな顔でミリアが入ってくる。
「どうした?」
「……いや、あの……洗濯物! そう、洗濯するから服出して」
「? 服はルーカスのホテルでまとめて洗ってもらってるけど」
「そ、それをおいらが回収してるんだよ。だから出して」
「そうなのか……?」
知らなかったな。とりあえず俺は、部屋の隅に置いておいたカゴを持ってくる。何枚か服が入っている。
ミリアはそれを受け取りながら、
「……あ、あのさ、ユウは――」
「?」
言いかけて、口をつぐむ。
なんだ? ミリアにしては珍しく歯切れが悪いな。いつもは「ちょっとは考えろ」と言いたくなるくらい思考がそのまま言葉になって流れ出しているのに。
「なんだよ、ミリア。俺は、なに?」
「ユウは……その、この迷宮を続けるんだよな?」
ミリアは、たまに鋭いこと言うんだよな。コイツの質問はまさに、俺が今考えていたことどんぴしゃだった。
俺にしてはうまく表情を変えずに済んだと思う。
「ああ、それしかないからな」
それしかない――そのとおりだ。
俺にできることは迷宮しかないんだ。
そして、1カ月が経って――俺はついにリューンフォートの貴族門を持ち前の魔力で超えられるようになった。
まあ、だからと言ってなにかが変わるわけではないんだけど。
聖女はアルスの予想通り「療養中」という発表が教会からあり、枢機卿とかいう役職の人の、権力が大幅に下がったらしい。俺にはあんまり関係ない話だな。
ホークヒルと「神なる鷹の丘商会」とリューンフォートタイムズの売上は好調だけど、搾取する気もないので利益自体はぼちぼちだった。
今の状況はこんな感じだ。
ホークヒル(100日目)
現在所持金:金貨612枚、銀貨29枚、銅貨98枚
初級踏破者:19名(第1)、5名(第2・金貨39枚)、N/A(第3)
中級踏破者:0名(未実装)
上級踏破者:0名(未実装)
香世ちゃんはこっちの世界の言葉を勉強していて、つっかえつっかえながらも話せるようになってきた。ほんとに努力家だよ。頭が下がる。魔法一発で話せるようになった俺はかなり罪悪感を覚えてしまう。
ロージーはヴィヴィアンの補佐として新聞社で活躍している。週に1回の報告はもう必要なかったんだけど「それは契約ですから絶対にその時間は確保してください。ユウさんと私のふたりきりの時間です」と強く言い切られたので、いつものカフェでお茶と世間話がてら報告をしてもらっている。ロージーは契約とか仕事にまじめだよな。感心する。
ヴィヴィアンはロージーと、思っていたほどケンカもせずに新聞社の経営を進めている。リューンフォートタイムズは好調で、今は6200部を刷るまでになっている。ただこれ以上部数を伸ばすのは難しそうだなというところ。新しいチャレンジを考えなくちゃ。
リンダは初級第3コースに入り浸っている。一昨日、3等級宝物であるエメラルド原石を発見していた。初級第3コースは——香世ちゃんのデザインの手が加わって、だいぶ様変わりしている。壁や扉に絵が描かれるようになったからな。にしても、ダンジョンにもすぐに飽きるかと思ったけど、意外にそうでもないようで、毎日楽しんでいるみたいだ。ダンジョンチャレンジで採算が黒字だもんで、俺の周りではいちばん楽しそうに毎日生きているように見える。女神2であるファナもたまにやってきてリンダに会っているみたいだ。俺が通りがかると、害虫でも見るような冷たい視線を感じるが……。
ルーカスはいつも通りしっかり働いている。ほんとコイツは有能過ぎる。新たに雇い入れた中二はルーカスをサポートしているようだ。できる秘書然としている……服装はゴシックパンクだが。ルーカス&中二が進めているフードコート事業もようやくオープンのめどがついてきた。俺と香世ちゃんが会場設計で1週間は走り回ったけど、なかなかいいものができた気がする。
もやしっ子は印刷工房の経営に当たっているが、今のところ可もなく不可もなしというところ。やる気はあるんだけど、空回りしているというか。何十年も同じ仕事で回している印刷工房だから、社員たちは今さら新しい風なんて吹かして欲しくないのだ。がんばれ、もやしっ子。赤字にならなきゃなにしてもいいから。
で、問題のしゃれこうべサッカー事業だ。
レイザードとリオネルが悪のりして会場のプランニングをして、アルスが適当にそれをまとめ、パー子が事業として進めていく。うれしい誤算はパー子が実務家タイプだったことだ。ああいう女の子は「あたくしは気に入った仕事しかしませんの」というスタイルかと思ったら、書類仕事や調整業務に能力を発揮してくれた。いや、単にアルスとレイザードを前にしていいとこを見せようとがんばっているだけかもしれないが、それならそれで構わん。
いよいよ明日、しゃれこうべサッカー「レイザードリーグ」が開幕する——。
レイザード「諸君……俺様の指揮の下、よくここまでがんばってくれた。諸君ならば、厳しいリーグも戦い抜き、新たなしゃれこうべサッカーの歴史を刻むことができる!」
リオネル「レイザードさんッッッ!」
骨たち「カチカチカチッ」
レイザード「さあ、開幕だ!」
次回より「しゃれこうべサッカー」編がスタートします(大嘘)