第8話 大改造、その前に
進化してから1日が経過した。
「ふう……」
俺が真っ先にしたことがなにか、わかるか? ナニじゃないぞ。いくら「ふう……」とか言ったからって。
服を作った? 違う。カヨちゃんは「素材さえあればできる」と言った。素材が土中にあるわけないでしょう?
まだまだフェゴールジイさんのボロ布……ローブは活躍しそうである。
で、なにしたかってーと。
真っ直ぐ掘り進めたんだ。
空間精製で。
この魔法は念じて設定すれば、1メートル立方ずつじゃなく、もっと大きく取ることも可能だった。そうすると魔力の消費効率は悪くなるみたいだけど、俺のMPはMAX53万だからな。今さら1とか2増えたところでたいしたことはない。
さらには平面整地も使って足下、天井、壁面をしっかりと仕上げる。崩落防止だ。
俺は掘り進めた。
途中水脈に当たってぶしゃあああされてずぶ濡れになったりもしたけど、私は元気です。
掘り進めた結果――1キロメートルくらい進んだところで、出た。
反対側に。
いきなりだったよ。ぼこっ、てさ。急に明るくなったから驚いた。ウソだ。土の層に変わってたから「そろそろかな?」とは思ってたわ。
冷たい風が吹き込んできて、ボロ布をまとっただけの俺はぶるった。
迷宮の中ってそういう機能なのかよくわからんが、すごく快適なんだよな。でも外気はさすがに違う。
で、眼下は急な崖。目の前は急峻な山。どうもかなり深い山に俺の迷宮はあるみたいだ。
女神がいる方面は色濃い森だったのに、こっちは荒れ地って感じでさ。ギィー、ギィーとか言いながら怪鳥が飛んでてまたぶるった。ああいうのにとっては、俺なんて格好の捕食対象なんだろうな。
目の前の山はこっちより低くて、その先にはちらりと草原が見えてた。
で……これが重要なんだが。
町だ。
町田じゃない。神奈川県町田市とか言われる町田じゃない。東京都だぞ。いい加減にしろ。
草原の先に、町があったんだよ!
街道が続いていてな、この山を迂回するように続いている。もちろん俺がいるような崖を通るわけもない。
翌日、俺はとりあえず崖に空いてしまった穴を塞いだ。一応空気穴だけちょこっと空けておいた。で、戻ってから階段状に掘り進んでいった。崖の、さらに下を通って反対側の山中を掘るためだな。
反対側の山を掘り進んでいく。そして――ついに草原側へ出たんだ。
ここに来るまでにまる2日かかっている。女神が一度お越しになったことを感じたけれども、不敬を承知で戻らなかった。っていうか戻る途中に絶対にお帰りになることがわかっていたのだ。
なんで2日もかかったのか? いやさ、地中を掘ってると今どこにいるのかわからなくなるんだよな。適当に崖下まで行ったつもりが、崖の途中で穴を空けたことは何度もあった。
「おおおお……」
俺は目の前に広がる光景に思わず声を漏らした。
大草原だ。風が吹くと草がなびくのがはっきりとわかる。
100メートルほど向こうには、ちょうど街道が通っている。まあ俺の腰くらいまで草が生えているから、俺がいることは向こうからは見えづらいだろうけども。
どうやら俺が出た場所は、ちょうど断層が現れているところで、街道は断層を利用した切り通しとして山に分け入っていくらしい。
この高さだと町は見えないな。どうだろう、1日歩けばさすがにたどり着くかな? でもどんな町なんだろう。どんな人間がいるんだろう。人間がいるのか? 行ってみたい……。
「行けねえんだよなあああああ~~~~~~~!! 迷宮主だもんなあああ~~~~!!」
俺は頭を抱えてごろごろしていた。ごろごろしたところで迷宮から出られない。すぐそこに草が生えているけど、草を抜くこともできない。
「おっ……?」
砂埃が見えた。馬車だ……馬車が走ってる。
うわー、馬だわ。馬っていうとアレな、競馬でおなじみのサラブレッド的なものを想像しちゃうけど、ここにいるのは同じ競馬でも「ばんえい競馬」とかのヤツ。ずんぐりむっくりしてる、ロバみたいな馬。
御者の男が見える。シャツにベストをひっかけただけのシンプルな装いだ。後ろには……幌がついていて見えないけど、何人か乗ってるみたいだ。乗合馬車か? 移動用の?
声かけたいなあ……でもなあ、俺、めっちゃ不審人物だよなあ……。
いや、待てよ? その前にフェゴールのジイさんは俺が迷宮主だってすぐにわかったよな? ってことは迷宮主ってわりとポピュラーな生き物なのか? ダンジョンを造って、人間を誘い込んで殺す……とか思われてたら俺も討伐対象にやっぱなるよな……。
「…………」
俺は、のぞき穴だけを残して一応壁を塞いだ。
なんか寂しくなってきた。話し相手はカヨちゃんだけ。しかもカヨちゃんは決められたことしか答えてくれない。壁当てみたいなもんだ。
「話し相手……欲しいな」
《召喚で知性を持つモンスターを召喚すれば、話し相手になることができます》
カヨちゃんにしては気の利いたようなことを言ってきた。まあ、それしかないんだよな。
よし……召喚してみるか。
コウモリ以来の召喚実験だ!
で、俺はコウモリホールに戻ってきた。戻るだけで半日かかるんだが? 街道のほうに本拠地を移してもいいんだけど、女神のことを考えるとな……これは信仰の問題である。
知性を持っているし迷宮主の言うことには絶対服従だとカヨちゃんは言ったけど、イマイチ信用できないので俺は万全を期した。
大量に亜空間に格納した鉱石のうち、鉄を抽出して檻を造ったんだ。
意外と鉄の量は少なかったから、2メートル立方くらいの檻ができたところで鉄分終了。ほんとうなら鉄になにか別の金属を混ぜればいいのかもな。でもな、俺、化学的な知識まったくねーから。文系も文系、文系ど真ん中だからな。檻と言ったら鉄だろ? 鉄と言ったらFeだろ? あれ、でも鉄ってアイアンって言うのになんでFeなの? その程度の知識。
「……強度的にどうなんだろうな」
鉄の量が少なくてあんまり太くは造れなかった。リレーのバトンくらい太ければよかったけど、その半分くらいだ、これじゃ。
だがまあ、悩んでも仕方ない。いざとなれば緊急避難でバックれる気満々である。
「そんじゃま……行ってみますか」
ドキドキしてきた。過去にコウモリに襲われた経験がフラッシュバックする……。
「召喚知性スケルトン!!」
叫ぶ必要ないんだけど、なんとなくな。
檻の中の空間が、ぐんにゃりと歪む。来た、来たぞ……。
かちゃり。
白い足――骨だけの足が、檻の中に降り立った。
「お、おお……」
かちゃかちゃかちゃかちゃとアゴが動いて歯が鳴っている。
そこには正真正銘、骨男――男? スケルトンがいた。
凝視する。
向こうもこっちを見てる。
なんだ。
なにを言う?
よし、俺から――。
「あ、どもー。スケルトンのリオネルっす。召喚主さんですよね?」
うおっ、そっちからかよ。軽いよ。
「あ、はい。召喚しました」
俺もなにマヌケに返事してんだよ。ここはびしっと行きたかったところだが……主従的な意味で。
「いや、召喚主さんがいい人っぽくて安心しましたよ。……ところでこの檻は?」
「……暴れられたりしたら怖いな、って」
「暴れたりなんてしませんよー。だってほら、私らは完全服従ですし? それに召喚主さんの力があれば私なんてバッキバキでしょ。あ、それが面倒だってことですかね? 骨折り損のくたびれもうけ! スケルトンだけに! あははははは」
「…………」
こういうキャラいたよな。ワ●ピースに。
「あはははははは……あれ、怒ってます?」
「いや、ちょっと物思いにふけってただけ。そのー、そういう性格なんですかね、おちゃらけというか」
「結構無理してますね」
無理してんのかよ。そりゃ骨を折らせてしまったな。スケルトンだけに。……ちっとも面白くねえ。
「ふつうでいいです」
「あ、そっすか……じゃあ」
かちゃん。
と音がして骨がその場に散らばった。
「うおあ!?」
「あれ? さすがに楽にしすぎました?」
横を向いたまま地面に落ちたしゃれこうべが話しかけてくる。
「ま、まあ、いいですけど……それで、リオネルさんが楽なら」
「いや、実は立ってるほうが楽なんです。ウケるかなーって思って」
やっぱワ●ピースのブル●クじゃねーか!
「面白くないんで戻ってもらえます?」
「あ、はい……その、召喚主さんも、あんまり他人行儀じゃなくていいですよ。私らは召喚されてなんぼみたいなところありますし」
「そうなんですか?」
「あれ、召喚の仕組み、おわかりじゃない?」
ブルッk……じゃなかった、リオネルが言うにはこうだ。
召喚は俺が魔力を捧げることで行われる。リオネルはすでに死んだ肉体であり、埋葬され白骨化した状態であった。それを召喚したと。
ただどんな白骨死体でもいいわけではなくて、現世に未練があるヤツだけを召喚できるのだとか。
「未練あるの? ていうか、なんでそんなこと知ってるの?」
リオネルに敬語使うのも面倒になってきたのでふつうに聞くことにした。リオネルは敬語がデフォルトらしいので敬語のまま。
「召喚されたの6回目ですからね。3回目の召喚が死霊術師によるものだったので、いろいろ教えてくれました」
「召喚プロじゃん」
「被召喚プロですね。でもまあ召喚されるたびに冒険者にぶっ壊されて強制逆戻りばっかりでしたけども!」
カタカタ笑ってんじゃねーよ。魔力使って召喚したの俺だぞ。これがほんとの骨折り損のくたびれもうけ! ってさっきこいつが言ったわ。つーかこっちの世界の人間、ジイさんもそうだったけどテンション高すぎない? 肉食なの? アメリカンなの? HAHAHAチェリーBOY! 誰が童貞やねん。
「これがほんとの骨折り……」
「それはもういい。で、現世への未練のほうは?」
「あー、なんかそれは忘れちゃうみたいですよ」
「え?」
「なんかこう……もやもやしたものが頭の隅にあるんですけど……まあ頭の中はカラッポですけど……」
スケルトンジョークはもういいっつの。
「思い出そうとすると消えちゃうんですよね。たぶん、そういう魔法なんでしょう。だって、私があれこれやりたいこと言い出したら、召喚主にとっては都合悪いでしょ?」
「…………」
「あ、責任感じなくて大丈夫です。もともと死んでましたしね。起こされただけでもめっけもんですよ」
「ポジティブだなー」
「あははは、もともとの性格だったんですかねえ。そのくせ死んでも未練があるなんて、じめじめしてるんですけども。――それで、召喚主はなにをしている方なんですか?」
「ん、俺は迷宮主らしいよ」
「おおっ! 迷宮主に召喚されたのは初めてです!」
生前の未練は覚えてなくて、召喚後のことは覚えてんのな。難儀だな。
「それで、主はなにをしようとなさっているのですか?」
「わくわくした顔を近づけないでくれ。あと、この檻外すわ」
人畜無害っぽいからな。
俺は空間精製で檻を消す。「おおっ、これが迷宮魔法!」とか言って喜ぶ骨。どうやら迷宮魔法って言葉はこの世界だとポピュラーなのか? 骨基準だとわからないな。
ていうか骨だけなのに表情がわかるのが不思議だ。眼窩の奥は暗いんだけど、ぼんやり光が点ってるんだ。これが強く輝くと感情が強く反応している……みたい。
「……あれ? っていうかここ真っ暗なのに見えるのか?」
「あ、はい。むしろ明るすぎるとまぶしすぎてダメですよ。死霊が暗闇で行動できなくなったら笑えるでしょ?」
特に笑えませんけども。
「ふうん……でも仲間を増やすなら明かりがあったほうがいいのかな」
「仲間はどんどん増やしていく感じですか? 私ひとり召喚するのも結構大変でしょう」
「確かに。今のままじゃ50体しか召喚できない」
「……え?」
「え?」
「今なんと?」
「……す、すまん、50体しか召喚できない。いや、でもあれだよ? 魔力回復したらもっと行けるよ?」
「ノオー! すごいすごいすごすぎる! 50体もいきなり召喚できるなんて!」
え、なにかすごいのか? 興奮しすぎだろう、骨なのに。
「50体も召喚したらすごいことですよ!」
「な、なにがすごいんだ?」
「よろしい……教えましょう。それは――」
「それは……?」
ゴクリ。
「骨だけの乱交パーティーがゲブシッ」
思いっきりぶん殴ったらしゃれこうべが10メートルくらい吹っ飛んでいった。
「いやーびっくりしましたよ、いきなり殴られるなんて! あごが外れたかと思った……」
身体のほうの骨が走って行って頭をくっつけたあと、そんなことを言ってからちらっ、ちらっとこっちを見てくる。あごじゃなくて外れたのは首だろ、とか言って欲しそうなのがムカつくのでスルーして、聞きたいことを聞く。
「で、50体くらい召喚できるのはどの程度のMP?」
「えむぴぃ?」
「魔力量のことだ」
一応俺の中では知性スケルトン1体で10,000ということになってる。
「そうですね、稀代の魔導師と言われる存在ならば100体くらいは行けるんじゃないですかね」
「なんだ……たいしてすごくないじゃん。50くらいじゃ」
「一般の死霊術師は1体召喚したら息も絶え絶えですよ。知性のないやつはいけますけど」
「え、そんな? なんですごいヤツを最初に言って俺をガッカリさせたの?」
「殴られましたし」
「乱交とか言うからだろ、骨が」
「骨にだって恋愛する権利はありますよ!」
「乱交のどこに恋愛要素があるんだよ」
「ううっ……私の現世への未練がそういうことだったかもしれないじゃないですか……乱交から始まる恋もある」
ねえよ。
つまり迷宮主はMPが増えやすい生き物なのかもな。俺が特別! チートやで! っていうんではないと思う。だって迷宮創るんだぜ。いっぱいMPないとヤバイっしょ。あ、今の俺の考えアホっぽい。
「それじゃあ仲間増やすか……いや、それはそれで面倒か。お前みたいなのがまた出てきたらさすがの俺も精神病みそうだ」
「最初の丁寧口調だった主はもうどこにもいないのですね」
「自業自得って言葉知ってる?」
「そう言えば! 主のお名前を聞いていませんでしたね!」
「……なんだろう、すごく、言いたくない」
「私の聞き方が悪かったでしょうか。ご尊名を拝聴してもよろしいでしょうか?」
殴らずにこらえた俺の忍耐力を誰か褒めて。
「まあ、ヌシヌシ言われるのもちょっとあれだしな。鷹岡悠だ」
「タカオ=カユウ殿」
「なんか切り方おかしいだろ。あー、っと……こっちは名前を名乗るとき、名字が先なのか?」
「名字……家名ですか? 家名は後ろですね」
「じゃあ、ユウ=タカオカだな」
「家名があるのですか?」
「意外か?」
貴族しか名乗っちゃいけないとかそういうやつなのかな。
「いえ……迷宮主に家族がいたなんて……家族も迷宮持ってるならくっついて大迷宮だなって……」
そっちかよ。この世界にはいねーよ。説明するのが面倒だからもういいや。
「ユウでいいよ」
「ユウ様」
「様、ってのもなんかな……」
「ユウちゃん」
「一気になれなれしいんだよ」
「やっぱり主のほうがいいですかね」
「うーん」
「じゃあ、ボス?」
物々しいな。
「まーでも、それがいちばん当たり障りないかな」
「ボス! いいですね、一度言ってみたかったんですよ! ボス!」
なんかそういうふうに呼ばれると、意外といい気分だな。
えらくなったっていうか。
元の世界で、へこへこしてることが多かったからかなあ。
「ボス!」
「わははは! もっと呼べ!」
「ボス!」
「なんだ、リオネル!」
「今日はどこにカチ込みますか?」
もうやだ、こいつの悪のり。外行けねえのわかってて言ってるんだぜ?