第78話 みんな働くの好きすぎじゃない……? マジかよ
3人が3人とも、働いてくれることになった。さすがにこれは予想外だった。
パーリナーダ――パー子はともかく、もやしっ子――ギンガネは「……印刷工房の経営をやらせてはもらえませんか」と言った。もともとギンガネは大手の運送商会の3男坊で、彼自身が実家の経営を継ぐことはほぼあり得なかったらしい。でも本人は上の2人より自分のほうが優れていると考えていたし、経営に対する少なからぬ憧れがあったのだ。
「青雲鳩印刷工房」はこれまでの業務もあるだろうから大ゴケすることもなかろうと俺はギンガネの要望を叶えてやることにした。もちろん、俺とルーカスのふたりで経営監視しないとだけど。
ロウィート、すなわち中二は特にこちらに質問することもなにもなく「働く」とだけ言った。なんなんだろうこの子……。
ルーカスに聞いても、
「私にもよくわからないんですよね」
というさっぱりな感じだった。
でもルーカスにわからなくて俺にわかることもあった。
中二は、ルーカスをちらちら見ているのだ。どこで働きたいかという希望を聞いても「……なんでもいいけど、印刷工房と、新規事業と、飲食店はイヤ」と言った。それって消去法でルーカスのサポートしかねーじゃねーかという。
つまりはアレか。
好きなのね、ルーカスが。
「ロウィートはルーカスの仕事を半分受け持ってくれ。ルーカス、彼女と仕事を進められるか?」
「え? はい、問題ないと思いますが……『フードコート』事業を進めるのはどうしますか」
「ふたりでやったら?」
「わかりました」
俺がそう仕事を割り振ると、よーく観察しないとわからないけど、中二の唇の端がニッとなっていた。頬もすこしだけ赤くなってるし。うんうん、どうせ仕事するんならモチベーション高くやらなきゃだよな。でも眼帯は外して欲しい。意味ないし、片目つぶってることで転んだりされると面倒だし。
ホークヒルに戻ると、広告の効果測定だ。すなわち広告に付属していたクーポンの利用状況の確認である。
新聞の刷り部数が5,500部で、実売は4,800部らしい。発売3日でこの数字だから最終的な着地点は5,000部くらいだろうか。上々だろう。どの売店でもほとんど売れ残りがないような状況がいちばん望ましい。「完売」という文字は魅力的に見えるが、裏を返すと「欲しかったのに買えなかった」という客がいることを意味するからな。
で、広告の効果だ。
クーポンには1~5の通し番号があって、基本的には1のクーポンから使われるよう、紙面の外側に位置するようになっている。
広告費は1のクーポン使用数1枚につき、銅貨10枚を支払う決まりだ。
ただし最低保証金額で、銀貨50枚を支払う。1のクーポンが500枚使われなかった場合――つまり、銀貨50枚に満たない場合は、銀貨50枚を支払う。
『Web広告の「クリック保証」や「表示回数保証」に似てますね』
説明すると、香世ちゃんはそう言った。
バナー広告なんかは「1万回クリックで10万円。1万回クリックされるまで掲載します」という「クリック保証」や、逆に「100万回表示して10万円。何回クリックされるかは知らない」という「表示回数保証」なんかがある。メジャーな媒体は表示回数のほうが基本だけどな。だって、クリック回数を保証してしまうと、バナーを作る側ががんばらなくてよくなる。どんなレベルの低いバナーを出しても、クリックが終わるまでは出してもらえるんだから。
『そうだね。こっちは払う側だから、どっちかと言えば「アフィリエイト」だけど』
「アフィリエイト」はバナークリック後の「会員登録」や「資料請求」、「商品購入」をひとつの「成果」とする広告形態だ。「アフィ厨氏ね」のあのアフィリエイトだ。
成果が発生すればお金が支払われるので、お金を払う広告主も、確実に成果を見込めるというメリットがある。
今回リューンフォートタイムズに持ち込んだのはこの概念だ。
ただしさっきのとおり、広告のレベルが低かった場合でも一定額を支払うとしておかないと、新聞社が損をするので、最低保証金額を決めてある。
『さて、それじゃあクーポンの使用実績は、と……』
俺はリオネルから上がってきたレポートを確認する。
…………。
もう一度確認する。
…………。
『鷹岡さん?』
『あ、いや……ちょっとびっくりしただけ』
使用数1,144枚だと……!?
ミニマム想定の倍じゃねーか! マジかよ。クーポンシステムなんて今までなかったはずなのにもうお前ら使いこなしてるの? 異世界人の適応力ハンパねー。
これはうれしい。ホークヒルの来場者数、絶対増えてるな。デュフフ、今日のダンジョンの売上も期待できますぞ。
あとでルーカスにも教えてやろう。
『あの……鷹岡さん。ダンジョンの中って見せてもらったりできますか?』
ニヤニヤしている俺に、香世ちゃんが言った。
それはどこか思い詰めたような顔だった。
『え? もちろん構わないけど、どうして?』
『わたしにできることってほとんどないんですけど……デザイン面でなにか協力できないかな、って……あ、あの、すみません。鷹岡さんのデザインを否定したいわけじゃないんです。生意気だってわかってるんですが』
『おお! ありがたいよ! 是非お願いしたいな』
『いいんですかっ』
『もちろん。俺なんてデザイン実務まったくやったことなかったからさ、だいぶ適当なんだよ。ダンジョン外壁に造ったロゴとかも手入れして欲しい』
『えっ、あ、あのっ、そんなにしちゃってもいいんですか……?』
『うん。むしろ俺の知ってるデザインとこっちの世界のデザインって違うからさ。なんとかしてすりあわせるというか、ちゃんとしたものを提供したかったんだ。香世ちゃんがやってくれるならありがたいよ』
『は、はいっ。わたしがんばります!』
身を乗り出した香世ちゃんに逆に俺がちょっと怯んだ。お、おう……ぼちぼちやればいいんだけど、そんなこと言える雰囲気じゃないなこれ……。そもそも俺が適当にやったデザインより香世ちゃんが手を動かしたほうがいいに決まってるじゃんね。
でも香世ちゃんは両手をぎゅって握りしめて『うん、がんばろう、わたし!』って自分に言い聞かせてるからやりたいようにやってもらおう。
さっきまでの思い詰めたような表情はもうなかった。
ひょっとしたら——この世界でどう働いていいかわからなくて自分で自分を追い込んじゃってたのかな。日本にいたころいかにして早期引退をするかばっかり考えて「ふーん、無人島って1千万くらいで買えるんだなあ」とかネットで検索していた俺とはワケが違った。や、でもロマンあるじゃん。自分だけの無人島で余生を過ごすなんて。
それから俺は、営業時間終了後のダンジョン内を案内した。第1から第3まで。香世ちゃんはスケルトンたちが働いているのを見てぎょっとした顔をしていたけれども。
迷宮司令室に戻ってあれこれ検討する。
『第1は現代アトラクション、第2はふつうのダンジョンっぽさですよね。でもどうして第3は急に日本のお城なんでしょうか?』
『意味はない、かな』
キメ顔で言ってみた。
『そ、そうですか……鷹岡さんらしからぬ行き当たりばったり感ありますね……あっ、否定しているワケじゃないんですよ!?』
めっちゃ否定された。ていうか行き当たりばったりで造ったのでぐうの音も出ない。
『い、いや、大丈夫。その通りだし。ただデザイン的な統一についてはあまりしなくてもいいのかなって思ってるよ』
『そうでしょうか? 統一感があったほうがブランドイメージとしてインパクトがあると思いますけど……』
『ブランディングとしては香世ちゃんの言っていることは正しい側面もあるんだけど、前提としてホークヒルはダンジョンであり、なにが出るかわからないびっくり箱であり、俺プレゼンツの遊園地でもあるんだ。USJなんかはいろんなIPがごたまぜになってるけどそれでいいワケじゃない?』
まあダンジョン内のアトラクションデザインを固定すると、新たな価値を生み出すときにハードルになりかねないというリスクもあるんだけども。
それ以上に、ダンジョンは「なんでもアリ」なんだよな、この世界。
『「そういうものだ」っていう前提があるからですか?』
『うん。ホークヒル……というよりダンジョンそのものが、この世界では「そういうもの」として片づけやすい属性を持っているように俺は感じている』
そこで俺は、別のダンジョンマスターがフランス人ではなかったかという予想を伝えた。
この情報は香世ちゃんに、喜びと悲しみをもたらした。
喜びは、他にも地球人がいる可能性。
悲しみは、結局そのダンジョンマスターはこの世界で死んだ——つまり地球に戻ることはできなかった。
『……香世ちゃん、帰る方法を探すのはもちろん手伝うけど』
『はい。すみません……一喜一憂していられないですよね』
ほんとにこの子は聞き分けがいい。利口すぎて俺がバカなんじゃないかと思うことすらあるな。うん。誰だよ、「お前はバカだから思い違いじゃない」とか言ったヤツ?
『つまりダンジョンでは統一感のなさがあってもいい。もちろん、統一感があってもいいんだけど、ないほうが後々の拡張を考えるとやりやすいかなって思ってる』
『中級コースや上級コースですよね』
『うん。それと、他国での運用』
『えっ、別の街にも造るんですか!?』
『夢は世界制覇。……なんてね。でも、ルーカスは俺が世界中に名の知れたダンジョンマスターになるって信じて働いてるし、その第一号スポンサーになるんだって張り切ってるんだ。いちばんは無理だろうけど、俺も応えられる範囲で応えてやりたい』
そう言うと、香世ちゃんが黙りこくった。
あ、あれ? やっぱ恥ずかしいこと言った? 俺もなーそう思ってたんだよなー。だってルーカスがおだてちゃうから。先生とか言ってきちゃうから。俺もちょっと大きなこと言っちゃっただけだから。
『……わたしもそのお手伝いをします』
え?
香世ちゃん?
『デザイナーとしてはまだまだまだまだ、ぜんっぜん未熟ですけど、わたしも鷹岡さんのお手伝いをします! いえ、させてください! もちろん日本に帰る手段も調べますけど、こっちの世界で鷹岡さんが世界一になるお手伝いもしたいって今思いました!』
『ちょっと待って落ち着いて』
全然目指してない。俺、世界一のダンジョンマスターなんて目指してない。大体どうやったらいちばんなのかもわからんし、名前が世界中で知られれば広告費がっぽがっぽじゃん? くらいにしか考えてなかった発言だから。
『落ち着いています。冷静です』
いやいや、とてもそうは見えない興奮ぶりですよ……。
『鷹岡さんが会社で教えてくれたこと、こっちの世界でも活かしていきたいです! わたしにもっと教えてください!』
なんか俺がすごい持ち上げられていることだけはよくわかった。
どうしてだ。
「…………」
そのとき、こっちを見つめているミリアの視線に俺は気づかなかった——ワケはなくって、めっちゃ気づいてた。アイツ、壁の陰からじーってこっち見てるんだもんよ。だけどまあ香世ちゃんの興奮を落ち着かせることのほうが大事だったのでとりあえず放っておく。ミリアは放置。これですべて収まる。