第74話 貴職七称号の秘密
レビューをいただいていたようです。ありがとうございます。ちょっと展開が早いので短いですがちょくちょく更新していきたいと思います。
「お疲れですか?」
「そりゃあな……ちょっと横になるよ」
「はい」
俺はソファの上で横になる。気持ち悪いし頭がずきずきする。腕一本なくなるってきついよな……って当たり前だ。
わぁっという歓声が外から聞こえてくる。
勇壮な音楽が流れ、パレードは再開したようだ。
「そういや……勇者が攻撃してから、どうなったんだ?」
「聖女が勇者を止めていました。すでに勇者は魔法を解除していましたけれどね……私を斬ったはずが、私がぴんぴんしていたので驚いたのでしょう。それから聖女が周囲の制止を振り切ってホテルに突入し、それにつられるように勇者もやってきたというところでしょうか」
「……この壊れたテラスとかどうするんだ?」
俺に弁償しろとか言ってきたらバックれるぞ。バックれに関しては自信があるからな。
あー……。
勇者に攻撃された瞬間、俺は逃げるべきだったんだよな。
腕斬られたショックでパニクってしまった。でもって気絶とかダサすぎる。
あれじゃあ逃げられるものも逃げられなくなる。まあ、今回はおかげで香世ちゃんに治してもらえたけど。
「もちろん勇者に請求しますよ。最終的には彼を囲っている教会が払うことになると思いますが」
「そんなことできるのか? 教会って偉いんじゃないの?」
「このホテルも歴史がありますからね。それに今回は『勇者が専用魔法のデモンストレーションでミスをした』という体で行くと付き人たちがこそこそ話していましたから、こちらに弁償することもプランの一環になるでしょう」
「そうか」
勇者側が負担するならそれでいいや。
「……ディタール」
「なんでしょう?」
「お前、聞かないんだな。俺と香世ちゃ……聖女との関係とか」
するとディタールは恭しく礼をした。
「人と人との出会いは得てして奇なるものです。いちいちたずねて回ることほどヤボなことはありません」
さすが貴職七称号、深縁の言葉。重みがあるね。
ホークヒルに戻ると、迷宮司令室にルーカスがいた。先に戻ったミリアからあらましを聞いていたようで泣きながらむしゃぶりついてきた。
「先生ぃぃぃ!」
「おいおいおいおい、可愛い女の子ならまだしもルーカスに泣きつかれてもなあ」
「とか言いながら、ボス、うれしそうですよ」
うっせえ骨。
自分の身を心配してもらえたんだからうれしいよ。ちょっとはうれしいよ。ちょっとだけ。ちょっとだけだぞ。
それからディタールのことなどを含めて説明した。
香世ちゃんが前の世界——日本での俺の同僚だと聞くとみんな驚いていた。
「も、もしや聖女様も、先生のようにすばらしい知識をお持ちなのですか……!?」
「…………」
香世ちゃんはデザイナーだからなあ。マーケティングの知識とかはないと思うが。
「……ないんじゃないかなあ」
「そうですか……やはり先生ほどの知識はそちらの世界でもすばらしいものなのでしょうね……」
いえ、ネットが使えれば誰でも手に入れられます。
と言いたかったけど、言ったところで「ご謙遜を!」となることは火を見るより明らかなので言わない。
「ちょっとひとりになりたいから、部屋で休む」
説明義務も果たしたので俺はルーカスたちと別れて、始まりの洞穴へとやってきた。
考えなければならないことがあった。
——わたし、ずっと監禁されているようなものなんです。わたしを、さらってくれませんか……?
そう言った、香世ちゃん。
俺にできることならなんとかしてあげたい。
あの場で彼女に転移トラップを当てて移動させることはできた。
でも俺がそれを実行する前に彼女はこう続けたんだ。
——3日後、街を出ます。ヴィナハルト、グランフィルミス、レズリアという順序で経由して、教会に戻ります。
そのどこかで「さらって」欲しいということだろう。
香世ちゃんは俺にそんなことができると思っているのだろうか? ……いや、ふつうに考えたらおかしいよな? 彼女は聖女として扱われている。きっとめっちゃ警護されているはず。一般人がどうこうできるワケがない。
でも俺なら「なんとかできる」と思っているふうだ。
そうか。
俺が頼れるセンパイだからッ……!
「……なワケねえよな」
するとなんだ?
うーん……香世ちゃんは俺がなんらかの力を持っていると思った? 推測した? 彼女が聖女だから俺がなんか称号持ちだと? そんな当てずっぽうはないよな。
ん……待てよ。
あの勇者も俺を見てすぐにモンスターだと見破った……。
「相手が何者か看破できる力」を持っているのか? スカウターみたいな。あるいは鑑定魔法とか。
聖女と勇者は持っている……貴職七称号なら持っている……。
「……ってことはディタールも持ってるのか?」
これは確認しておく必要がある。
俺は「ホテル・リューンフォート・クラシック」へと飛んだ。ディタールはまだ働いていた。
「ディタール」
「どうしました、オーナー」
宿泊客の荷物を運び終わるのを待ってから声をかけるとディタールはすぐにこちらにやってくる。
いやしかし、こいつボーイとしても堂に入ってるな。なんなんだ。
「忙しいところすまん。1つだけ教えてくれ。お前は——相手が何者なのか、わかるのか? そういう魔法というかスキルみたいなものを持っているのか?」
ディタールは一瞬目を見開いた。
が、すぐに平静を取り戻すと。
「……お察しの通りです。よく気づきましたね?」
「そうだと思わなけりゃつじつまが合わなかったんだよ」
こいつだって最初からなんか知ってるふうなとこあったしな。
「貴職七称号の全員が持っていると考えていいんだよな?」
「はい」
「で……そいつはどの程度のことがわかるんだ?」
「えぇと、念じながら相手を見つめると、名前や種族、どれくらいの魔力を持っていてどれくらい強いのかが情報として頭の中に浮かぶ感じですね。使い込むと相手の特徴的な魔法などもわかるようですよ。」
なかなかすごいな。
「わかった。ありがとう」
「オーナー、このことは……」
「ああ、誰かに言うつもりもないよ。ただ、お前がうまく隠していても他の貴職七称号からバレることもあるだろうから気をつけろよ」
「ええ。教会でも中枢の人間は知っていることですので、そこまで秘密というわけでもないのですが……知られると気味悪がられることも多いので。——オーナーは態度が変わりませんね?」
「まあな。そんなスキルがあろうとあるまいと、お前は気味が悪いくらいさわやかな男だ」
「ふふ」
なんかうれしそうなんだが。気味が悪いと言ったんだが。
「ま、まあ、今日は世話になった、ありがとう」
ディタールは深々と頭を下げた。
さて、香世ちゃんが俺を迷宮主だとわかっている前提で考えよう。
彼女としては、あの場で俺が行動したらまずいと判断したんだろう。俺が犯人だってモロバレだ。教会から追われかねない。
だからどこか移動途中で誘拐することをほのめかした。
……問題は勇者だよな。
勇者がいたら俺が香世ちゃんをさらった瞬間に犯人だとバレそう。ホークヒル出張所も斬られたくらいだから遠目でもモンスター的ななにかを察知したのかもしれない。
あーそうだ。崩れた塔も直さなきゃ。くそぅ。
「ルーカス」
「先生! どうなさいました!?」
ルーカスは迷宮司令室を出て仕事に戻っていた。
「ヒルズ・イン」の1室で書類を扱っていた。そこはルーカス用のオフィスになっている。
「勇者についてなんだけど、どこまで詳しい?」
「……難しいですね。一通りの知識はありますが、一通りの知識以外はないです」
「そうか……」
「申し訳ありません! 先生を失望させてしまい——」
「だ、大丈夫大丈夫。むしろ俺なんてまったく知識がないから知識があるだけですごいって!」
あわててフォローしつつ俺はルーカスにたずねる。
「勇者は聖女のボディーガードなのか?」
「いえ、そういうことはありません。勇者様は教会が認定しますが、基本的には国の要請によってモンスター討伐のために動きます。聖女様は教会のお仕事に就かれることが多いようです」
「でも今回は勇者と聖女がいっしょだったよな」
「特別らしいですよ。聖女様が外遊したいと望み、勇者様が叶えたのだとか」
よく知ってるな、と思ったが、そういやルーカスは勇者サイドに袖の下を渡せるくらいには情報通だ。
「一通りの知識」とはよく言ったものだぜ。こいつはやっぱりすごい。
にしても、外遊したい……か。
香世ちゃんが監禁状態っていうのはほんとうみたいだな。
「じゃあ勇者が聖女から離れることもありうる、と……」
勇者が離れるまで待つか? でもそうすると香世ちゃんは中央教会に入ってしまう。
中央教会、占領できるかな……無理くせーな……絶対アホみたいなMPを要求されるに決まってる。貴族街ですらまだ無理だっつうのに。
迷宮同盟で入るという手もあるけど、そうすると俺、なんの迷宮魔法も使えないただの人になっちゃう。
「そうですね。勇者はここからロアン王国に向かいますし、リューンフォートでお別れでしょう」
「……へ?」
え、なになに? もうすぐに勇者もどっか行くの?
なんだよ、考えて損したわ!
そりゃそうだわ。それくらいの見込みがなきゃ香世ちゃんだって帰り道で誘拐しろみたいなこと言わないよな。
俺の憂いはすっかり晴れた。
途中の街のグランフィルミスだったらすでにスケルトンロードも通ってる。
宿に侵入して、泊まってる香世ちゃんを救出しよう。作戦すらいらんわ。超余裕だわ。
……これが終わってからだな、進化は。早く上級になりたい。
ルンゴ「いやあ、しかし驚いたね。腕って生えるんだね」
アイシャ「生えないよ……ルンゴ、生えないよ……」