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第73話 再会は短くて、そして、どこかきなくさくて

「——起きてください。鷹岡さん、買ってきましたよ? いつものヤツ」

「ふぇっ……」


 目が覚めた俺は、くしゃりというコンビニ袋の音を耳にする。


「う……背中がバッキバキだ」

「大丈夫ですか? 鷹岡さんもずいぶん残業してますもんね」

「いやいや、何年か前はこのくらいの残業余裕だったんだけど」


 オフィスチェアでのびをした俺は、コンビニ袋からあんぱんを取り出す。そして彼女の手からコーヒーを受け取る。

 そうそう、最近のコンビニコーヒーは美味いんだよな。

 ブラックのままコーヒーをずずずとすすると……なんでだろう? やたら懐かしい味がする。


「代理店から連絡きました?」

「ん……まだだな。メールも来てない」

「もう完全に泊まりですね……」

「うーむ。ごめんね、カヨちゃん」


 俺の斜め後ろの席に腰を下ろした女性。

 俺の後輩。

 俺がお金を渡してコンビニに買い出しに行ってもらった。

 そうそう。俺たちは映画「ラビリンス」のWebサイトデザインのために残業してるんだ。

 そうそう。彼女の名前は。


「カヨちゃん」

「? なんです?」


 そう、カヨちゃん。

 あれ? なんかちょっと「意味合い」が違う気が……。


「どうしました? 鷹岡さん、ちょっと寝ぼけてるみたい」

「いや、うん、そうかな?」

「しっかりしてくださいよぉ。代理店から電話かかってきてもわたしじゃ対応できないですよ?」


 小柄で色白のカヨちゃん。

 ボブショートでまとめた髪。

 くりっとした愛らしい目と、庇護欲をそそるその態度。

 社内のアイドル。

 ああ、うん、いつものカヨちゃんだ……。


「鷹岡さん、ちゃんと起きてください」


 いつもの、カヨちゃん——カヨちゃん?


「起きてください」


 カヨちゃんって、香世ちゃんだよな?


「起きてください……」




 起きてください!!


 意識が、泥沼から引っ張り上げられる。


「——ひぅっ」


 途端に俺の口腔に空気が流れ込んでくる。

 視界がとらえる光とともに意識が覚醒していく。

 ああ、そうだ。

 俺は勇者に腕を斬られた。

 そして倒れた。

 今、俺を起こすのは、


「え……?」


 目を疑った。

 疑うよな。

 だって、そこには、


『香世ちゃん……?』

『鷹岡さん……鷹岡さぁぁん!!』


 半身を起こしたところで、思いっきり抱きつかれた。

 香世ちゃん。香世ちゃんだ。香世ちゃんに間違いない。


「? ?? ????」


 全然わからん。

 あれ? ここどこだっけ? ホテル……だよな。「ホテル・リューンフォート・クラシック」のスイートルームだよな。

 視線を巡らす。


「ユウゥゥ! 目が覚めたか!?」

「ユウ様!!」

「ユウさん!」

「すごい、聖女」


 ミリア、ヴィヴィアン、ロージー、リンダの姿がある。


「おおお、気づいたか!?」

「すっげーの見たわすっげーの」

「やるじゃねぇか」

「うっそぉ……マジで?」


 ルンゴ、モーズ、ヤッコ、アイシャの4人もいる。

 でも、見慣れない人たちもいる。

 兵士だ。

 兵士たちが俺と香世ちゃんを取り囲むようにぐるりといて、ミリアたちが近づけない。

 そしてその向こうに——いる、勇者が。


「——ッ!?」


 背筋がぞわりとする。

 でも、妙な感覚に気がつく。

 右手がスースーする……。


「え?」


 右手が、ある……?

 だけど服はない。右腕の根元からすっぱり断ち切られていて、血まみれだ。


『……鷹岡さんの腕は、わたしが治しました』


 涙目の香世ちゃんが、俺から身体を離しながら言う。


『わたしの、聖女としての治癒の力で』


 この日、何度目となるかわからない「え?」を俺は言った。

 もうわけがわからない。




 ルンゴたちには一度帰ってもらい、ヴィヴィアンとロージーにも席を外してもらった。厄介なニオイがぷんぷんする事案だ。彼女たちを巻き添えにしたくない。

 同様にミリアとリンダもホークヒルに帰す。ミリアは……正直なに言うかわからなかったし、リンダはファナとの関係もあるから面倒事があると困るだろうと配慮してのことだ。

 めっちゃ嫌がられたけど、全員から。

 でも、勇者がいて、いきなり斬り掛かってくる可能性もあるから「必ず事情は後で説明する」として強引に説得した。


「さて……とりあえず、なにから話す?」


 スイートルームには、俺と香世ちゃんが対面になって座っていた。

 香世ちゃんの横には勇者が座った。この上ないほどに苦々しい顔だ。本気で俺、嫌われてる。実を言えば俺もこいつが大嫌いだ。いきなりぶっぱなしてきたんだもん、そりゃそうだ。

 ディタールはお茶を煎れてくれる。


『あ、あの……鷹岡さん、わたし、こっちの世界の言葉ほとんど話せないんです』

『そうなんだ?』

『どうして鷹岡さんはそんなに流暢に?』

『たまたま教えてくれたジイさんがいてさ』

『……ずるいです。わたし、英語だってからっきしだったんですよ』


 唇を尖らせる香世ちゃん、可愛い。

 なんだか日本語の会話もものすごく懐かしく感じる。

 香世ちゃんは、茶髪だったけどこっちにきて美容院に通うこともできるわけがなく、根元は黒くなって髪の色は2色に分かれている。いわゆる「プリン」だ。

 着ている服は、白を基調とした金色の刺繍が入っていて、清楚ながらもきらびやか。


『なんか……雰囲気全然違うね』

『そ、そうですか? 鷹岡さんも……なんていうか、若いですよ』

『やっぱり? なんかそう言われるんだよな。俺、今なら香世ちゃんと同い年くらいに見えるかな』

『見えます!』

『それで……どうして香世ちゃんもこの世界に?』

『あの日、覚えていますか? テロリストの攻撃でオフィスが吹っ飛んで』

『うん。でも香世ちゃんはお使い行ってたよね?』

『それが実はカードキーを忘れてて、あわててデスクに戻る途中だったんですよ』

『え……じゃあ、香世ちゃん、あのとき俺のすぐ近くにいたんだ』

『はい。鷹岡さんが外を見て黄昏れてる後ろ姿を見ていました』

『ちょっ、黄昏れてるって』

『ふふふ』


 にっこりと笑った香世ちゃんだったが、横から不快げに勇者がごほんと咳払いした。


「聖女様となにを楽しそうに話している、モンスター風情が」


 あぁ、そうだよな。こいつは日本語話せないんだよな。

 なに、話したいの? 教えないよ? 俺の腕を斬り落としたんだから。

 俺が心の中で「ザマァ」と言っていると、香世ちゃんまで、


『この人ちょっと怖いんです……わたしのことじっと見つめてきたりして……』


 と言い出した。

 いやほんと嫌われてんじゃん。ザマァ。


「聖女様。もう行きましょう。パレードも途中です。これ以上ここにはいられません」

「……はい」


 数少ない、こちらの言語で答える香世ちゃん。

 俺ももっと話したいけど、今はその機会じゃないだろう。


『鷹岡さん、お願いがあります』


 立ち上がりながら彼女は言った。


『わたし、ずっと監禁されているようなものなんです。わたしを、さらってくれませんか……?』




 勇者のパレードが再開されたけど、それを見物するような気分にはなれなかった。

 香世ちゃんの言葉を思い出すと、な。

 それに血まみれだしな。

 切断された俺の腕はどこかに片づけられていた。


「オーナー、これを」


 置かれたのは温かなお茶だった。ありがたい。今、酒を飲んだら血の巡りがよくなって逆にヤバイ気がする。いや、まあ、香世ちゃんが治してくれたんだけど。

 っていうかアレか。腕を生やしたってことだよな?

 じっと手を見る。

 ……小学校のころに埋め込まれたシャーペンの芯がなくなっている。

 生まれ変わっている。


「オーナー、数日は激しい運動をなさらないほうがいいと思います。聖女の回復魔法は効果てきめんですが、人によってはしばらく本調子に戻らないのだとか」


 だからか……なんか身体がけだるいんだよな。血と肉を無理矢理生やしたんだから、体内のカロリーやタンパク質がごっそり抜けてるんだろう。

 お茶をすする。

 身体が温まる……。


「ハッ。なんかすっかり和んでたけど、ディタール! お前なんか変だよな!? さっき俺を守ろうとしただろ!? お前も勇者に斬られたと思ったのに!」

「はい。おっしゃりたいことはわかります」

「無事か!?」

「私は実は——え?」

「無事なのか!? お前は、傷は!?」

「あ、はい。大丈夫です」

「……よかった」


 立ち上がって近寄ろうと思ったけど、身体がうまく動かなかった。

 俺はそのままソファに座り込んだ。ほんとだ。身体が本調子じゃない。帰ってゆっくりしよう。


「あ、あの、オーナー……聞かないんですか?」

「え、なにを?」

「私が何者なのか……とか」

「ああ……お前が無事だとわかってほっとしたら、疑問が抜けてたわ」

「……オーナー、あなたはほんとうに」


 はにかむような笑顔を見せた。


「あなたは人(たら)しです」

「ん……? なんだって?」

「いえ、なんでもありません。お話ししましょう」


 ディタールは目を閉じ、小さく息を吐く。それから俺を見据えた。


「オーナーに話しましたよね? 勇者や聖女が中央教会の神託によって観測されることを」

「あー、うん。でもそれだけなんだっけ? なにかしろとか、そういうことは言われない」


 つっても香世ちゃんは監禁されてるっぽいけど。


「はい、そのとおりです。なので自由にあちこちうろうろしても構わないわけです。そう、たとえば高級レストランでウェイターをやったり、ホテルのボーイをやってもいいわけです」

「ふむふむ……ん?」


 おいおい、それって。


「私は、貴職七称号のひとり『深縁』なのです。その力は、類い希なる縁を結ぶこと。望むと、望まざるとに関わらず。そしてもうひとつ特徴があるとするなら……貴職七称号同士は、絶対にお互いを傷つけることができないのです。ゆえに勇者の専用魔法『すべてを切り裂く光剣ブレード・オブ・ライト』があったとしても、私を傷つけることはできないのです」

「…………」

「驚きましたか?」


 いや、なんつーか。


「……お前に関してはなんか腑に落ちたわ」

「あれ、そうですか?」


 そうですよ。

72話ぶりの香世ちゃんの登場です。

最初から出すつもりだったんですけど、まさかこんなにかかるとは……。

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