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第72話 遭遇する勇者と迷宮主

痛々しい表現があります。

「な、なんだよ……彼女ってワケじゃないのか」

「わかってくれたか、ルンゴよ」


 説明すること5分、結構簡単に誤解は解けた。


「彼女じゃありません、弟子です!」


 とヴィヴィアンが宣言したことが大きい。


「……か、彼女になるのは、近いうちに……」


 なんてもじもじ言い出したが俺が大声で「というわけで!」とかき消したために事なきを得た。

 ほんとこの子危ない。いきなりなに言い出すの。年齢的にいろいろヤバイでしょ。あとちょっとヴィヴィアンは心が不安定な感じがするのが怖いです。ヤンデレ怖いです。あと新聞社ももれなくついてくるのでそういう重いのも背負えないです。ごめんなさい。でも胸の谷間はすごく気持ちよかったです(こなみかん)。


「それじゃあ、なんか変な集まりだけども……」


 全員がグラスを持ったのを見て、俺は言う。


「乾杯!」


 チン、チンチン、とグラスが触れ合う音がする。卑猥なアレじゃない。

 ソファテーブルにはオードブルが出されている、チーズ、ハムといったものからサラダもあれば冷製の煮こごりみたいなヤツもある。

 こういう場所なら最初はスパークリングワインがいいよなあ。

 相変わらずアイシャはジュースだけど、ヴィヴィアンがふつうに酒を飲んでいるのを見てモーズがぎょっとする。


「え、ヴィヴィアンちゃんって……」

「はい。あたしはリューンフォートタイムズ新聞社の社主であり、ユウ様のパートナーですから」

「え!? 新聞社の!?」

「すごい」

「マジか」

「ほんと? あたしより若そうなのに……」


 モーズたちの純粋な称賛を受けて満面の笑みを浮かべるヴィヴィアン。うんうん、たまにはこういうふうにヨイショしてもらわないとね。あとパートナー云々は余計だからね。


「おっ、パレード始まったぞ!」


 ヴィヴィアンがなにを言い出すのか冷や冷やしながら飲んでいると、窓辺にいたミリアが声を上げる。テラスへ続く扉をディタールが開いてくれる。鼓笛隊の音が聞こえ、ワァッという歓声が室内へと入り込んできた。


「おっ、勇者いる?」

「しばらくは来ないんじゃねーの?」


 ヴィヴィアンからちょっと離れておこうという気持ちもあって、俺はテラスへと向かう。

 アーケードの屋根が雪を防いでくれているけど、その切れ目が近くて、テラスはかなりひんやりとしている。

 まあ我慢できないほどじゃない。


「謎のアーケードのおかげで、こんな冬場でもテラスに出られると喜ばれるお客様も多いようです」


 ディタールが教えてくれる。


「そうなんだ」

「はい。いったいどなたがアーケードを設置してくださったんでしょう?」

「……それは領主様じゃないのかな?」

「領主様ではない、という話ですよ。私が伝え聞いたところですが」

「へー、そ、そうなんだ」

「はい。いったいどなたが設置なさったんでしょうね?」


 にこにこ。

 ディタールがこっちを見ている。


「さあ……俺にはわからないな」

「そうですか。もしおわかりになったら教えてくださいね?」

「は、はい」


 これってアレか。もうバレてる? ディタールには俺が迷宮主だってバレてる?

 ……バレてるかもなー。だって入口から入ってないのにレストランの奥の個室にいつの間にか現れてチリンチリンとベルを鳴らすんだもんな。

 ただディタールの性格的に俺から言わない限りは聞いてこない、ってことだろう。教えてくれるのを待ってます、的な。


「おいおい、あれっ! すごいよ!」


 ルンゴが興奮して指差した——というかいつの間にかルンゴ含めて全員テラスにやってきていた。

 全員出てきても余裕なんだから、ここのテラス広いな。

 で、その乗り物は俺もさすがにびっくりした。

 2階建てくらいの高さはある。

 櫓というか小さな砦というか、そんなものが動いている。

 牽いている馬は屈強なもので、10頭以上いる。

 櫓に車輪がくっついて、ごろごろごろ……と動いているのだ。


 黄色い歓声が上がる。拍手もすごい。その乗り物のてっぺんにいるのが、勇者なのだろう。

 きらびやかな金色の刺繍が入った、白の服を着ている。

 マントは赤だ。

 手を振る彼は、短く刈り込んだブロンドの髪、にこりともしないブルーアイをあちこちに向けている。


「へー……あれが勇者。初めて見る」

「私もです。冒険者ギルドでその名前は何度も聞いたことがありましたが……」


 隣にいたロージーが同意する。


「そんなに有名なんだ、やっぱり」

「はい。勇者様にしか使えない特殊な魔法がありまして、裏を返すとその魔法を使える者が勇者様ということになります」

「教会が神託を下すんだっけ?」

「先天的に持っているものではなく、後天的に手に入れるそうですよ、その魔法は。与えられるタイミングで教会は察知できる……のだとか」

「へえー。ちなみにどんな魔法なの?」

「どのようなものかはわかりませんが、名前はすべてを切り裂く光剣ブレード・オブ・ライトと言うそうです」


 来た。カッコイイやつ。見たことないけど絶対すごい魔法だこれ。

 勇者というからには魔王と戦うのかな、とか、こんなパレードやらんでモンスター倒す旅に出ればいいのに、とかそんなことを思っていた。

 すると俺は、勇者の後ろに、キンキラの傘があるのに気づいた。

 傘は巨大で、上から吊っている。

 傘にはヴェールがかかっており、中に誰かがいるようだ。ちらりちらりと勇者も振り返ってそちらを見ている。


「ロージー、あれはなんだ?」

「……なんでしょう? 勇者様のパレードですから勇者様だけがいるのかと私も思っていましたが……」

「勇者に並ぶ人物ってこと?」

「うーん……」


 ロージーが首をひねったときだった。


「聖女。たぶん」


 後ろにやってきたリンダが言う。


「聖女? どうして聖女がいるの?」

「さあ。わたしもファナからそう聞いただけ」

「あー……」


 それだけ言うと満足したのか、リンダは室内に戻っていく。

 パレードの見物……今がクライマックスだと思うんだが見なくていいの……?

 まあいいか。無表情っぽい中にもちょっとだけ楽しそうな雰囲気を感じる。個人主義だけどにぎやかなのも嫌いじゃない、みたいな。女神がお喜びになることこそ信者の喜びでございます。


「勇者と聖女ねえ……」


 俺はパレードに視線を戻した


「……ん?」


 ぴくり、勇者の眉が動いた。

 あちこちに向けられていた彼の視線が固定される。

 彼が見たのは——外壁の外。

 塔のような建物。

 そこに表示されている文字「ダンジョン初級第2 褒賞:金貨7枚」——。


「え?」


 という言葉は、俺が口にしたものだ。だけど、俺だけじゃなかったと思う、同じ声を上げたのは。


 勇者の手に、強烈な光がほとばしったんだ。


 その光は——塔を、ホークヒルの広告塔にして転移トラップ出張所でもある塔を、斜めに切った。

 塔は、斜めにずるりと落ちるや雪を散らしながら崩れていった。


「…………」


 沈黙がおりたった。

 群衆は言葉を、拍手を忘れ、鼓笛隊ですら演奏を止めた。


「え……え」


 俺の口から声が漏れる。


「ええええええええええええええ!?」


 俺の塔が!? ホークヒルの出張所が!? なんで、なんで、なんで!? アイエエエエナンデ!?

 混乱する。混乱するよそりゃ。いきなりぶった切られたら。


「モンスターは斬る。それが勇者の務めだ」


 よく通る声が聞こえ、彼の視線がこちらを向いた。

 ヤバイ、と思った。

 彼の目は何も写していない。人形みたいな目だと思った。だからこそ一切の躊躇がない。


「お前」


 彼の口が動く。


「モンスターだな?」


 ヤバイ——。


 次の瞬間、光が、まばゆすぎる光が、視界を白く染め上げる。

 俺の右腕がとんでもない熱さに包まれる。


 え……?


 ずるりと——塔が切れたように、俺の右腕が……根元からテラスに落ちたんだ。

 熱い。

 熱い。

 熱い熱い熱い痛い痛い痛い寒い痛い熱い熱い寒い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいいいいいいいいいい!!


「っぐああああああああ!?」


 俺の口から知らず知らず声が漏れる。

 どこかから悲鳴が上がる。


「チッ、外したか」


 勇者がもう一度手に光をまとわせる。

 ヤツの後ろのヴェールから、誰かが飛びだしてくるのが見えた。

 だけど——間に合わない。


 死ぬ。


 ここで、こんなふうに、まさか、勇者に殺されるなんて……?


 そのときだ——。

 俺の前に身体を滑り込ませたホテルのボーイの制服。

 ディタールだ、と気づいたとき、勇者からほとばしった光が彼の身体を覆う——なんだ……?

 光が、屈折して飛んでいく……?


「なっ、なんだ、何者だお前は!?」


 当惑した勇者の声と、


『止めてください!』


 どこかで聞いたことのある、女性の声。

 俺はそれについて考えることができなかった。

 なぜなら、その間にも俺の身体から血がどんどん失われていたからだ。

 立っていられない。膝をつく。すぐそこに落ちている——俺の右腕。テラスが赤く染まっている。

 ロージーか、ヴィヴィアンか、ルンゴか……誰のものかわからない声が聞こえてくる。

 後ろから身体をつかまれて、部屋へと引き込まれる。


 なんでこんなことに……。

 貴族からの呼び出しもギリギリセーフでかわせたっていうのに……。

 なんの警戒もしていないところで、こんな……。


 俺の意識が暗闇に沈んでいく。

 身体がひどく寒かった。

 意識が途切れる直前、俺は気がついた。


 さっきの「止めてください」——この世界の言葉じゃ、ない。

 日本語だった。


次回は特にシリアスな展開にはなりませんのでご安心を。

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