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第71話 スイートルームは「甘い部屋」じゃなく「続き部屋」って意味だからね、いいね?

――――――――――

*貴職七称号・勇者*

――――――――――




 勇者が到着すると、本来であれば領主の屋敷に宿泊する予定だった。しかし勇者の「たっての希望」で、彼はリューンフォート聖堂——つまり教会に宿泊することになった。

 その理由を知っている者は少数ながらいて、それは、「聖女が教会に宿泊するから」ということだった。

 勇者のお目付役は、せっかく領主の屋敷で美味いものが食えると思っていたのに、教会とは……と意気消沈していたが、それでも聖女がいるからかそこそこの料理が出てきたことにほっとしていた。


「……明日のパレードには出なければならないのか?」


 お目付役がパンをちぎってスープにつけて食べていると、テーブルの離れた上席に座る勇者が不意に言った。


「はい。勇者の誕生を祝い、各地の住民にお披露目することで、モンスターに怯える住民感情を慰撫する。これは非常に重要なことです」

「俺にはそんなことは必要だとは思えない」

「いえ、いえ、必要なことですよ。強大な力を持つ勇者様だからこそ、直接姿を見せることが——」

「だったらモンスターを倒したほうがいい。聖女様もそれをお望みだ」


 やれやれ、とお目付役は内心でため息をついた。この勇者はすぐこうだ。二言目には「聖女様」だ。どれだけご執心なのだ。

 リューンフォート領主がどれほど譲歩して教会への宿泊を認めたのか。聖女受け入れだけですら負担なのに勇者までついてきた教会の心労がいかほどか。そういうことをまったく理解しない。

 田舎者め——。


「お披露目のパレードがすべて終われば、討伐に赴いていただけます。それではご不満ですか?」

「1日でも早いほうがいいと言っている。この1週間、ただ移動していただけだろうが」

「明日のパレードが終わってからも、次の都市へとまた移動となります」

「ふざけるな!」


 ドンッ、とテーブルを叩く勇者。

 給仕の教会女性たちがびくりと身体を震わせる。

 同じテーブルで食事をしているのはお目付役だけだ。いつものことだ。彼は驚かない。


「ではこうしましょう。明日のパレードには聖女様にも来ていただく」

「……なに?」

「勇者様のお披露目ではありますが、聖女様がそこにも参加されるというのは同じ貴職七称号として不自然ではありません」

「そんなことできるはずがない」

「可能性はありますよ? 枢機卿はこのお披露目には同行しておられませんし——」


 聖女を表に出したがらない——つまり自分の手駒にしたい枢機卿は宗教国家セウェルゲートの首都「聖都」にいる。枢機卿ともなれば気軽に他国の地方都市へ出向くなどできないのだ。

 今回のパレード同行……つまり地方行脚についていくのは聖女「たっての希望」ということだったが、もちろん枢機卿の手の者が何人も彼女につけられている。お目付役もそのひとりだ。

 なぜ聖女はパレードに同行したがったのか? お目付役が邪推するに、聖女も、息が詰まるのだろう。聖都の教会に閉じ込められたカゴの鳥。大空に憧れるのも致し方ない。


「ほんとか?」


 勇者の目がうれしそうになる。

 単純なヤツだ、とお目付役は思う。


「後ほど聖女様にお仕えする者に聞いてみましょう。ですが聖女様が表に出るということは、勇者様が守るということになりますよ?」

「もちろんだ! 腕が鳴る!」


 途端に上機嫌になって勇者は夕飯を再開した。




 夕飯後、お目付役は聖女のいる部屋へと向かった。

 直接の面識はこれまでなかったのだが、旅の途中で何度か彼女の姿を見ている。


(聖女などと言っても、所詮は小娘だ……確かにあの見た目には驚いたが)


 驚いた見た目。それは、髪の色だ。

 ふつうなら1色の髪。だが彼女は髪の色が2色に分かれていた。

 とはいえ別にそれが聖女の証というわけではないらしい。


「やあ」

「これは、勇者のお目付役様ではありませんか」


 聖女についている司祭は、神学校時代に同期だった男だ。「様」づけなんて軽口を叩いてくれる。

 聖女の部屋の手前、お付きの者たちの部屋に司祭はいた。

 この司祭は親もまた教会のお偉いさんなのでお目付役より明らかに出世コースにいる。


「冗談は止してください。それより勇者様のご希望なのですが——」


 先ほどの話を司祭に告げる。

 司祭はその申し出に眉をひそめた。


「なるほど。勇者様のご機嫌取りに聖女様を差し出しましたか」

「言い方が悪いですよ」

「ははは。事実でしょう——しかし困りましたね」

「……? 困った、とは?」


 司祭はため息をついた。


「実は聖女様からも同じ希望が出ているのです。パレードに自らも参加し、街を直接目で見たいと」


 今度はお目付役が眉をひそめる番だった。




――――――――――

*俺*

――――――――――




 勇者のパレード当日——どうにも街は騒がしい。

 それもそうだ。冬の間はイベントがないらしい。年末年始に「年変わり」でお祭りがあるくらい。

 まあ逆に言えば秋の収穫祭が1年のうちでもいちばんのビッグイベントで、冬は閉じこもって消費を抑制するということなんだろう。

 そんな人々の心をこじ開ける。それが「勇者」のパレード。

 いやー、勇者ってそこまでパワーあるんだな。

 まあ、あるか。

 RPGで言ったら主人公だもんな。


「うし、そんじゃー行ってくる。今日はホークヒルに来るお客さんも少ないと思うよ」

「行ってらっしゃいませ、ボス」


 恭しく見送ってくれるリオネル。

 先日、ミリアがメイド姿をしていたことにリオネルが入れ知恵していたのは間違いなく、俺はあのあと問い詰めたのだが、「ミリアさんががんばろうとしている後押しをしただけです」と真面目くさった顔で言い切られたので俺からはなにも言えなくなってしまった。

 くう、開き直りやがって。


「ユウ、ユウ! おいらも準備できたぞ!」


 これが犬だったら尻尾でもぶんぶん振ってるんだろうな、って感じの勢いでミリアが出てくる。

 俺がいつものタイなしのジャケット姿——つまりは日本にいたころと変わらない感じの姿である一方、ミリアは襟のあるシャツにタイトなパンツという姿。どうもルーカスに聞いて俺の服に合わせたらしいが、残念だったな! それをして似合うのは有能なクールオフィスガールなのだよ! 頭のデキが全然足りていないお前は——。


「?」


 お。おほぅ……パンツがタイトなのと、シャツもボディフォルムを強調するようなつくりのせいで、おこちゃまな中身とは裏腹の若々しいボディがあらわになっている。


「う、うむ、そうか……」

「ん? どしたの、ユウ——ははーん? さてはおいらのビシッと決めた姿に見とれてたな?」

「はあーっ!? ちげーし! お前なんてガキンチョに見とれるワケねーし!?」

「はあ!? おいらガキじゃねーし!?」

「ガキだし!?」

「じゃねーし!?」

「……なんの騒ぎ?」


 とそこへ女神がやってきた。

 ああ……女神は今日も女神だ。

 深緑に染め上げた布を、複雑な縫い方で留めている。

 動物の角を削って作ったらしいボタンが服を飾っている。

 民族衣装っぽい感じも素敵。


「これから街へ行くんだ。リンダは……またダンジョン?」


 ここに引っ越してきて以来、リンダはホークヒルから出ていない。

 どうやらダンジョンを気に入ったらしい。


「街に、仕事?」

「いや、今日は勇者のパレードだから、それを見物しつつ宴会……かな?」


 フーッと威嚇する猫みたいにこっちをねめつけているミリアを見ていると、宴会が不穏なものに感じられてきた。い、いや、大丈夫、大丈夫! なんせ歴史ある老舗ホテルのスイートだぜ! なにか起きるわけがないよな!

 人、それをフラグと言う。


「宴会」

「うん」

「宴会」

「う、うん」

「宴会」


 な、なんかリンダの目が輝いている気がする。うっすら。うっすらな。もともとなにを考えているのかわからないような雰囲気があるリンダは——まあそういうところも可愛いんだけど言わせんな恥ずかしい——瞳の奥に針の先端ほどの輝きを見せたのだ。


「えっと、リンダも行く?」

「行く」


 行きたかったらしい。誘って欲しかったらしい。浮かれてちょっとスキップしている。も、もう! そんなにうれしいんだったら毎日が宴会なんだからねっ!


「……なんか、ムカつく。ユウの態度がおいらに対するのとリンダに対するのとで違う……」


 当たり前である。なにせ相手は女神。これは信仰の問題だ。




 街にやってくるといつもと違う空気が漂っていた。

 屋台では串焼き屋の親父が叫ぶ。まんじゅうを売ってるおばさんが蒸籠のフタを開けるとむわっと蒸気が立ちこめる。パレードルートは兵士によって守られ、飛び出ようとする子どもをすくいあげている。観覧席のように、道路脇にテーブルやらイスやらが出てきていて、ツマミをかじりながら酒を飲むヤツまでいる。


「うおっ……ここがホテルかよ」


 おれの横でミリアがあんぐりと口を開けている。

 ふふふ。どうだ、「ホテル・リューンフォート・クラシック」はすごいだろう。

 なんせ入口には5段の石段があって赤の絨毯が敷かれているからな。

 左右に獅子のような銅像が立ってるし、窓の飾りも豪奢だ。

 昨日の時点でここは占領しておいた。必要MPは129万と、少なめ。アルェ……? と首をかしげたものだけど俺の仮説では「マジックアイテムが少ない建物は消費MPが少ない」なので、おそらくなんか魔法的なアレやこれやが少ないんだろう。うむ。占領できたのだ、気にするな、俺。


「ユウ=タカオカだけど」

「お待ちしておりました。こちらへ」


 入るなりやってきたパリッとしたボーイに伝えると、チェックインとかそんなものもなしに連れて行かれる。

 3階のスイートルームまで歩いて行かなきゃいけないのが残念だよな。階段は緩やかになっているし途中に絵画も掛けられてあって退屈しない造りにはなっているんだけど。

 エレベーターの実装が望まれる。いやはや、だいぶかかるか。


「おっ、もう来てたんだ?」

「ユウ様!」

「ユウさん——驚きましたよ。ほんとうに予約していたんですね」


 俺たちより先にやってきていたのはヴィヴィアンとロージーだ。


 広々としたスイートルーム。

 低めのテーブルがあり、囲むようにソファが配置されている。

 奥には寝室があるみたいだけど今日は使わない。


「新聞の仕事は協力してやっていけそう?」


 リンダがきょろきょろしながら部屋を見回しつつ歩いている。その後ろをおっかなびっくり追いかけるようにしているのがミリアだ。

 お茶を飲んでいたらしいロージーたちはすでに一通り部屋は確認したんだろうな。


「えっと……まあ、がんばっています」


 ロージーが言うと、ヴィヴィアンは苦い顔をしながらも否定はしなかった。

 おや……途端に苦情が出るもんかと思ったけど、


「意外にうまくいってるみたいだね。よかった」

「はい。あたしとロージーは、協力関係にあり、一方でライバルですからね!」


 ヴィヴィアンが胸を張った。


「ちょっと、ヴィヴィアンさん!?」

「ん、ライバル? なんの?」

「それはもちろんユウ様の——もががが」

「言わなくて、言わなくていいことでしょう!?」


 横から飛びついたロージーがヴィヴィアンの口を塞ぐ。

 ユウ様の……なに!? なんなの!? 超気になるんだけど!?


 ハッ。

 まさか——恋のライバル!?


「へっ」


 あるわけねえのはわかってる……。ちょっと言ってみたかっただけだ……。


「オーナー、ようこそお越しくださいました。どうぞこちらへ。まずはお茶の準備をしましょうか? それともオードブルを運びますか?」


 ディタールがやってきて俺をソファ席に促す。……うん、どこからどう見てもホテルのボーイ姿のディタールである。お前ほんとどこにでも溶け込むな?


「あたしここ!」


 俺が座ると右となりにヴィヴィアンがやってきた。

 うほう……なんか果物の甘いにおいがする……香水はヤバイ。なんかぼくくらくらしちゃう。


「ヴィヴィアンさん、そこは——」

「ロージーは向かいに座る?」

「…………」


 ぴきぴきと顔が固まるロージーは、俺の左隣にすとんと腰を下ろした。

 ちょっ、ロージーさん!? そこに来るってことは俺を盾にしてヴィヴィアンとやり合うつもり!? 止めて! 盾にするには戦闘力が低いのよ、ダンジョンマスターは!


「よ、よかった、ロージーとヴィヴィアンが仲良くしてくれているみたいで」

「仲良く!?」


 ギンッ、とロージーが俺をにらむ。

 ひぃぃ!


「あ、あのさ、だってロージーっていつも控えめだろ? なのにヴィヴィアン相手だと結構自分を出すっていうか、そういう素の部分のロージーが見られていいな、って……」

「よくなんてありません……こんなあたふたしてる私なんて見せたくなかったです」

「いいじゃないか。そういう可愛いところがあって」

「か、可愛い!?」


 びっくりしたようにロージーはのけぞると、顔がかぁっと赤くなっていく。

 あれ、まずいこと言ったか!? なんか変なことを!?


「ユウ様!」

「びゅるんっ!?」


 顔をつかまれて振り向かされたせいで俺の首がぐきってなりましたよヴィヴィアンンンンンン!


「あたしは!? あたしは可愛いですか!?」


 痛いよバカ! と言う前に、俺は気づいてしまった。

 目の前のヴィヴィアン。

 彼女が着ているふんわりとしたセーターは、胸元がぱっくりと開いている。

 そう、すぐそこに生乳による生谷間が存在しているのだ。


「は、はい。とても可愛いです」

「やったー!」

「びゅもむっ!?」


 両手でバンザイしたヴィヴィアンが俺の顔をかき抱くようにした——結果、吸い込まれる俺の顔、イントゥ谷間。


「おー! こんな部屋を予約したのかよ!?」

「すっげーな、ユウは。いくらかかるんだ?」

「やるじゃねえか」

「ちょっとヤッコったら、強がっちゃって。あ、ユウ、もう来てる——って」


 そのときやってきたルンゴたち4人。

 俺はどう見てもヴィヴィアンの胸に顔を埋めていた。


「……ユウ」

「……見損なった」

「……やるじゃねえか」

「……ユウって、意外と大胆なのね……」


 この誤解を解くことが、今日の宴会のスタート地点だった。


ラッキースケベ(対価:むち打ち症)

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