第62話 気まずすぎる再会です。
あ……そういうことか。
俺のなかでひとつの仮説が固まりつつあった。
女神2、ファナは、俺と約束した。あの洞穴のことを誰にも言わない、と。だけど俺が襲撃したことについてはローバッハに言ったのだ。
同じエルフだもんな〜〜〜〜〜……気づけよ、俺! 俺のバカ! バカバカバカ!
「……のぞき魔、とはどういうことだ?」
俺が恨みがましい目をファナに向けようとしたときだ。
スチャッ、と音がして、俺の首を左右から挟み込むように冷たい刃が当てられた。
「ひっ!?」
騎士2名がいつの間にか俺のそばに立って抜剣していた。
俺の前にゆっくりとやってくるローバッハ。
「……言葉をそのまま受け取ると、君が、うちの妹をのぞいていたというふうに聞こえるのだが……?」
「ご、誤解です、ローバッハ様……」
「……のぞいたのか?」
「誤解です!」
「……私ですらもう裸どころか下着姿すら見せてくれないのだぞォォオオオオ!!」
知らねえよ! シスコンか、シスコンなのか!?
「お兄ちゃん、こいつ迷宮主だよ!? なんでここにいるのよ!」
ぎゃあああ! 黙れ! 黙れ女神!
言わないって約束したでしょーが!
「な、なによ……アンタとの約束はあの洞穴を言わないってことだけでしょ」
「それ言ってるよね?」
「あっ」
あっ、じゃねーよ! こいつだわ、こいつ絶対べらべらしゃべってるわ。じゃなきゃ俺とホークヒルを結びつけるのなんてふつうできねーわ。こいつが諸悪の根源だわ。
「ちょ、ちょっと待ってよ。あたし、リンダ以外とアンタのことなんて話してないわよ? アンタがこんなところまで押しかけてくるのが悪い」
こんにゃろう……俺に責任転嫁しやがって!
……ん? 俺のことは他には話してない? マジで?
「お兄ちゃん、探知魔法の名手だから、アンタを見つけたんでしょ」
そうなの!? そんなにすごいの、探知魔法!?
もう名探偵とか要らないじゃん。謎はすべて解けてるじゃん。
「ちょっと待て、ファナ……ユウとはどれほどの仲なのだ? あと一応言っておくが、ユウは迷宮主ではない」
「はあ〜〜?」
「先ほど調べた」
「そんなのおかしいわよ! ——あ、もしかしてさっきまで来てたゼヌス子爵って、こいつの魔力とゴーレムの欠片を確認するため?」
「ま、まあ、そうだ……」
急にローバッハの歯切れが悪くなる。
「……お兄ちゃん」
「は、はい」
「人間の貴族になに借りを作ってんのよぉおおおお!!」
ファナの怒声に、ローバッハがびくっとなる。
すげえ迫力。
なんか、洞穴に来たときにはいつもと同じ狩人っぽい装備だったけど、今は貴族のお嬢様然としてる。
それがすげえ迫力で怒鳴るものだから、俺の後ろにいる騎士もびくってなった。
剣の刃が俺の首に当たってるからね? びくびくしないでくれる? 頸動脈切れてブシャーで死ぬよ俺?
「どーせアレでしょ!?『我が魔法を使うまでもない』とか『素性も知れぬ輩に見せるわけにはいかない』とかカッコつけただけでしょ!?」
「ち、違うんだ、ファナ。いや、確かにそう思ったが」
思ったんかい。
「精霊の機嫌がここのところ悪くて、使役を避けたのだ」
「なにがどうあれ、こいつは迷宮主よ!」
「違う。ゼヌス子爵がウソをつくことはあっても、それなら『ユウが犯人だ』と言うはずだ。私に恩を売りたいのなら、犯人を見つける方向でウソをつくであろう。それに彼と『神なる鷹商会』との関係は皆無。ユウの利益になるウソをつく理由もない。よって、ユウは白だ」
お、おおお。
ローバッハがまともな思考の持ち主で助かった。
「違うわよ! こいつは迷宮主なの! だって——」
「ファナ」
そこへ、新たな人物が部屋へとやってきた。
「リンダ……」
め……女神だ……女神が降臨された……。
びらびらを抑えたドレスは空色で、肩には暖かそうな毛皮を羽織っている。
髪の毛にもクシが入っていてつややかだ。
ああ……なんと神々しい。美しさに磨きがかかっておられる。
いつぶりだろう。
もう何年もその姿を見ていない気がする。俺がこっちの世界に来てまだ3カ月も経ってないのに。
「ははーっ」
俺は思わずひれ伏していた。
騎士もついてこられないほどのスピードで。
「あ、アンタ、なにしてんのよ!? ほら見てよお兄ちゃん、こいつはめっちゃキモイ——」
「ファナ」
女神が優しくたしなめると、ファナは口を閉ざした。
柔らかな絨毯を踏む足音が近づいてくる。
ひれ伏した俺には絨毯しか見えないが、すぐそこに——彼女がやってくる気配があった。
「ユウ……さん」
名前を呼ばれただけで俺の心臓が跳ねる。
うれしい。ただ、うれしい。
俺はひれ伏したままだ。これは、彼女の顔を見られないから、という意味合いもある。だってあんなふうに洞穴で会って、あんなふうな告白をした後で、どんな顔をして会えばいいかなんてわかるか?
……そう、俺は怖いんだ。
キモがられてるだろうか。
嫌われただろうか。
キモがられてるし嫌われてるに決まってるよな? 自分のあられもない姿をのぞかれてたと知ったら、どんなイケメンだってキモがられて嫌われる。いや、イケメンならどうにかできるのか? いずれにせよ俺には関係のないことだ。
「……もう、私の顔を見てはくれないの」
「!」
俺は思わず顔を上げていた。
そして——驚いた。
俺の近くにいるだろうとは思っていたけど、彼女はしゃがんで、俺と同じくらいの視線の高さだったのだ。
きれいだ、とまたも思った。
洞穴で見たときには宝石の原石のような美しさがあって、今は磨かれた宝石そのものだ。
「あの、その……いろいろと申し訳ありませんでした」
俺は再度頭を下げる——。
「もう、謝罪は受けとったので、顔を上げて」
「……でも」
「ね」
すると頭を下げた俺をさらにのぞき込むように女神の顔が現れる。
髪が絨毯に触れてしまう。
俺はあわてて身体を起こした。
「……私、あんなふうに人から言われたの、初めてだった」
「す、すみません」
「もう謝らない」
「すみません……」
自分がナチュラルに謝っていることにも気づかなかった俺に、女神がくすりと笑った。
なんと神々しい笑顔だ……。明日は晴れる。間違いない。雪雲も消える。
「私は、あなたのことをよく知らない」
「……はい」
「なにをしている人なの」
「えっと、ダンジョンで商売を」
俺が言うと、「ほら迷宮主!」とファナが言い、「だから違うのだ」とローバッハが言うのが聞こえた。
ちょっと黙っててエルフ兄妹。今女神と交信しているんだから。
「……私もあなたのことを知りたいと思う」
「えっ?」
「あなたは一方的に私を知っている。それは不公平」
のぞきのことですか? のぞきのことですよね?
女神の真意がわからずに俺にはうなずくことしかできない。
「…………はい」
女神もまた小さくうなずく。
でもって、俺——だけでなくファナやローバッハの度肝を抜くようなことを言ったのだ。
「じゃあ、あなたにしばらくついていく」
それから「なに言ってるの!?」とファナが声を上げ、「ファナ、お前はダメだぞ、ダメだぞぉ!」とローバッハが半狂乱になり、俺としてもこのエルフ兄妹には近づきたくないので丁重にお断りすると「あ? うちの妹を遠ざける? いい度胸だな?」と逆ギレされてほんとめんどくさい。
それから女神とファナとローバッハが部屋の隅で何事かを話していたようだったが、
「ん、やっぱり行くから。よろしく」
と女神の意志は変わらなかったようだ。
俺も混乱している。ついていくってどういうことなのか、とかな。
でも俺には女神の申し出を断ることはできない。あまりにも畏れ多い。俺がこの世界に来てからの数少ない心のよりどころだったから。
それから女神は一度部屋を出ると、狩人スタイルになって戻ってきた。この服装は見慣れていて安心感があるし、服装が高貴でなくとも女神はあふれ出る神気によって神々しくいらっしゃる。
「遅かったですね先生——」
奥の部屋の扉から出てきた俺に気がついて、ルーカスが立ち上がる。
だけどその先の言葉が続かなかったのは、俺がひとりの女性を連れていたからだろう。
「ルーカス、こちらはローバッハ男爵の関係者で、ウッドエルフのリンダ様だ。しばらく俺と行動をともにする」
「————」
しばらく呆けたような顔をしたルーカスは、
「はい。さすが先生です」
と、なにも知らないくせに訳知り顔でうなずいた。
「あのな、ルーカス。印刷工房の件だけどお取りつぶしはなくなった」
「はい。もちろん、そうなると思っておりました」
ルーカスの無限の信頼が重い。
「しかし先生、社長の身柄はどうなりましたか?」
「罪に応じた罰が与えられるんだって。それについては俺たちがどうこうできることはない」
「そうですね。では次期社長はどういう扱いになるのでしょうか?」
「うん」
俺はルーカスの肩に手を載せた。
「印刷工房は俺にくださるそうだ。俺はルーカス、お前に経営を任せる」
「なるほど。——え?」
「では行こう」
「せ、先生! 先生!?」
驚いたルーカスの顔を見られて俺は満足だ。ルーカスならきっとなんとかしてくれる。俺には無理だ。どう考えても経営なんて無理無理無理。
それに、俺がどうにかしなければならないのは印刷工房じゃない。
「?」
こっちをきょとんとした顔で見ている女神だ。
来たときと同じように屋敷の屋根の下に停められていた馬車へと乗り込む。ドアが閉じられたところで、
「それじゃ行ってくる」
ぱかりと床を開けた。
女神はもちろん俺が迷宮主だとわかっているので驚きはしない。
ルーカスはちょっと眉根を寄せただけで、女神が俺のことを知っているとかの事情を察したらしい——ま、まあ、洞穴で起きたいろいろのことはさすがに察せられないだろうけどな!
「はあ……」
来るときに掘った地下道を歩きながらため息が出る。
今日の数時間でいろいろなことがありすぎた。
第1目標は「生きて帰る」、第2目標は「印刷工房のお取りつぶしを止める」で、この両方を叶えたんだから俺は相当がんばったよな。
ファナもおそらくローバッハに俺のことは説明しないはずだ。俺を説明しようとしたら必ず洞穴の話になる。一応、洞穴の秘密を守るつもりはあるようだったし、ローバッハだって俺の正体をそこまで知りたいとも思っていないだろう。
……妹と俺がどういう関係か、だけは知りたそうだったが。
それだって、まあ、ファナは俺を毛嫌いしているから、それさえわかれば大丈夫だろう。
「先生、お帰りなさい」
貴族街の門へと至ったところで俺は馬車に戻った。
最小限の穴だけ残して、あとは全部埋めてきた。余計な証拠は残さないに限る。
女神が不思議そうにたずねてきた。
「……なんで地中に隠れてたの?」
「いろいろとある迷宮主の制限ですよ」
「そうなの?」
「はい。見た目は人間ですけど、いろいろと制約があります」
「…………」
「リンダ様、どうされました?」
すると女神は不服そうな顔をした。
「……言葉使い」
「は?」
「他人行儀すぎる。本来のあなたは、彼に話しかけるような砕けた言葉を使うでしょう?」
女神がちらりとルーカスへと視線を投げた。
ルーカスは女神をどうして扱っていいかわからないでいるようだ。それもそうだろう。俺だってわからん。
「しかしリンダ様——」
「様づけとか、止めて。気持ち悪い」
「リンダさん……」
「別に呼び捨てで構わない」
いやいや、ねえ? いきなり女神のことを「おいリンダ」なんて呼べないでしょ。キリスト教徒が「おいキリスト」って呼ぶようなもんだよ。おかしいよ。
「? なんなの、その目は。私を崇拝するような目」
「……いえ、そういうわけでは」
心を見透かされたようでびびる。女神はやはりすべてお見通しなのか。
「お願いだから、ふつうに接して。私は貴族でもなんでもない、ただのウッドエルフだから」
「……わかりまし、わかった」
「ん」
女神——じゃない、リンダがうなずいた。
違和感がすごいけど、女神——じゃない、リンダがお望みなのだから仕方がない。
「先生、そろそろ」
「あ、そうだった」
俺はルーカスに言われて思い出す。
門を通過したら、今度は元のダンジョンを俺の支配下に戻す必要がある。迷宮占領を発動すると、占領に必要なMPは2,009万だった。
そう言えば以前、ミリアの部屋が俺のダンジョンから外れたときに再占領しようとしたらMPが100必要だったっけ。再占領の場合はコストが下がるっぽいが、それにしても2,009万か。俺のダンジョンもでかくなったものだ。
とりあえず、占領、と。
意識が拡張していく——俺のダンジョンがこの手に戻ってくる感じがする。
「ふぅ……」
馬車がアーケードに入っていく。
ようやく、こっちの世界に戻ってくることができた。
リンダは女神(確信)。
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