第61話 突きつけられた「証拠」
なにを言われたのか一瞬わからず、しかもそれが真実を突いていたからこそ頭が真っ白になったんだ。
冒険者ギルドの襲撃——ゴーレムを暴走させたこと。
それは間違いなく、俺の仕業。
なぜこのタイミングでそれを言ってきたのか。
どうやってこの人物がその真相をつかんだのか。
気がつけば護衛だと思っていた3人の騎士が移動していた。
ひとりは俺の後ろにある出口前へと移動し、もうひとりは俺の背後に移動し、もうひとりはローバッハにさらに寄り添うようにしている。
完全に警戒され、逃走を許さないという意志を感じる。
俺が犯人だと信じ切っている動きだ。
ああ——この部屋に窓がないのも、そういう理由か。逃走経路をつぶす、という。
「図星かね?」
重ねられた問いに、俺はようやく声を発する。
「急なことで、なにをおっしゃっているのかまったくわかりませんでした。なにか疑われているようですが……」
「疑いではない。確信しているよ」
「私はしがない商人ですよ?」
「証拠ならある」
え……ええええ!? 証拠、証拠あるの?
あるワケないでしょ? 俺の指紋でも取ったの? ——ハッ、た、確かに指紋はべたべた冒険者ギルド内に残ってる可能性はあるけど、その前にこの世界に指紋という概念があるのか……?
ワケがわからないでいると、ローバッハは応接テーブルの上に小さな石を置いた。
「これは襲撃したゴーレムの破片だ。このゴーレムに残された魔力と君の魔力は一致しているように感じられる」
ぎくううっ。
指紋よりヤバイヤツじゃん!
「この革袋に見覚えはあるか? あるだろうな」
隣に置かれたのは小さい巾着袋だ。
……? なんの変哲もない革袋に見えるんだが。
「先日、とある孤児院に金貨10枚を寄付した者が現れた。あまりに大金であったために教会を通じて領主様に報告もあった。冒険者ギルド襲撃のほとんどすぐあとのことだ。そして、金貨を入れていた袋がこれであり、この袋は『神なる鷹商会』が販売しているものである」
俺だァー! なにこの人、そんなことまで突き止めてるの!? 心の平静を買うためにした寄付が俺の首を絞めるとはァ!
ま、待て、考えろ、考えろよ、俺……言われっぱなしじゃ「はい、ぼく犯人」と言ってるようなもんだぞ……。
「お言葉ですがローバッハ様。なにをおっしゃっているのか私には理解できません。寄付と襲撃には関係があるのですか? この革袋は、汎用品のようですが、どこででも仕入れられるのではありませんか?」
「ほう、白を切るか」
この証拠が弱いことはローバッハも理解していたのだろう、強気では押してこない。
そりゃそうだ。寄付と襲撃にはなんの接点もない。俺の中では因果関係があるけど。
「ユウよ、私が考えるに今回の冒険者ギルド襲撃犯は、迷宮主だ。でなければあれほど簡単にゴーレムを送り込むこともできない。なんらかの方法でギルドの建物を乗っ取ったと見ている。また同様に孤児院でもゴーレムと同じ魔力を感じ取った」
ぎくぅっ!
「そして『神なる鷹商会』はダンジョンで経営を行っている。ユウ、君は『神なる鷹商会』に名前を連ねてはいないが、商会に対して支配的な立場であると調べがついている」
ぎくぅぅっ!
そう考えてみると俺って真っ黒じゃん!? そりゃ疑われるわ!
「先日『樫と椚の晩餐』で君を見たときに、私は魔力を感じ取ったのだ——ゴーレムと同じものをね」
「…………」
「さて、それでは君の言い分を聞こうか?」
「……な、な、なんのことだか……さっぱりわかりません」
俺に言えるのはそれだけだった。
これだけの状況証拠を突きつけられれば、そう言うしかできない。問題は状況証拠しかないということだ。現代日本なら状況証拠だけでは有罪にならない。でもここは異世界。相手は貴族。
「そうか」
ローバッハはつまらなさそうな顔をした。
「では、直接魔力を調べればよい。——頼みます」
え、直接魔力を調べる?
ローバッハが視線を向けたのは、彼の隣にいる男、びらびらの服を着た男だった。
領主だと思っていたのに、違うのか?
ていうかお前が調べないの?
「わかりました。ローバッハ卿に貸しが作れると思えば、たやすいこと」
男は甲高い声で続ける。
「『集中せよ……集中せよ……集中せよ……』」
それは詠唱とはとうてい呼べないような代物だった。
こういう魔法もあるということはリオネルにちらりと聞いたことがある。そう、ミリアのように、魔族が一子相伝で教えるオリジナルの魔法だ。
ってことはこいつは——魔力の感知に特化した魔法使いってことか?
俺とゴーレムの魔力が同じであるかどうかを確認できる、とローバッハは信用したのだ。
ヤバイ。ヤバイヤバイヤバイ!
「ローバッハ男爵、なにをなさるのですか!?」
俺が立ち上がろうとすると背後の騎士が寄ってきて肩を押さえつけてくる。
「ユウよ、動くな。『さっぱりわからぬ』のであろう? であれば一瞬で済む」
え、え、え?
一瞬で済むってなにが?
一瞬のあとに殺されるってこと!?
「ややや止めてください! 俺はなんの特徴もない一般市民だ! こんなこと——」
「『集中じゃぁあああああ』!!」
瞬間、男の右手から白色の光が飛びだし、ゴーレムの欠片に入り込んだ。
その光はゴーレムからまたも出てくると俺の胸元へと突っ込んできて——ぴたりと止まった。
「…………」
俺が半泣きでそれを見ていると、光はふよふよと周囲を漂ってから——まるで行き先がわからなくなったドローンのように滞空しているだけだった。
「……これは、どういった状況ですか?」
「ローバッハ卿、残念ですな。この者は、ゴーレムの魔力の持ち主ではありません」
「なに!?」
驚いたローバッハは腰を浮かせた。
俺も驚いた。いや、俺だよ? そのゴーレム使って冒険者ギルド壊したの、俺だよ?
あ——そうだ。
わかった。
迷宮同盟だ。
この魔法のおかげで、俺はまったく魔法が使えない状態になった——と思ったけど、厳密にはそうではないのかもしれない。
まったく魔力がない状態になったのかもしれない。
「そんな……そうか、わかりました。手間を掛けさせましたな」
「いえいえ。私はこれで失礼しよう」
「ええ、ありがとうございました……」
男は、奥の扉から外へと出ていった。
それを見送ったローバッハが額に手を当てて「ふー」と息を吐く。
「ローバッハ様」
俺はせいぜい不機嫌なフリをして、にらみつける。
噴き出していた汗をハンカチでぬぐう。
「すまぬ、人違いのようだ。だが君も悪い。明らかに挙動不審になり、目が泳いでいた。自ら犯人だと告白しているようなものであった」
「い、いえ、あれは、言いがかりをつけて殺されるのではないかと心配して……」
「このローバッハがそのような姑息な手を使うと思ったのか!」
逆ギレ!?
「そ、そうでは、もちろんありませんが、ただ場合によってはあり得るではありませんか。傲慢な貴族も多いと聞いております」
「……まあ、それはそうだな」
深くソファに沈み込んだローバッハは、
「それで……君はなんのために来たのだったか?」
さすがに俺も頭にくるようなことを言いやがった。
それから俺は先日のフルフラール告発の話を繰り返し、最後に、印刷工房がお取りつぶしにならないようにお願いをする。
「ああ、それだったか。構わん。というか、ここまで問題を起こした工房などどうでもいい。君にくれてやる」
「……は?」
「捕縛した経営者は処罰を受けさせる。工房の処分は任せると言ったのだ」
「え、ええと、一筆いただいてもよろしいですか?」
「わかった」
工房をくれる? 印刷会社を手に入れたってこと?
いや、要らないんだが……とはいえここで要らないなんて言おうものなら「ではつぶせばよかろう」ってなるよな。
……うん、ルーカスに丸投げしよう。
考えていると執事が入ってきて羽ペンと羊皮紙をローバッハに渡した。ローバッハがさらさらさらりんとなにかを書きつけた。
……うん、印刷工房が悪いことをしたからユウにくれてやる、って書いてある。これで効力あるのかな? あるんだろうな? なかったら怒るよ?
ローバッハは俺が羊皮紙に目を通したのを確認してから、
「他に話はないか?」
「ありません」
「わかった。では帰ってよろしい」
まるでもう二度と顔を見たくないとでも言いたげに手を振っただけだった。
あーはいはい。貴族ね。貴族様ね。やっぱり傲慢ね。
こっちも強く出られないもんな。「謝罪を要求する!」とか言えないしな、立場的に。
ま、いいや。これでこの話はおしまい。あとはルーカスが苦労すればいい。
やれやれ、やっと帰れる。
「では失礼します——」
と言って立ち上がったところだった。
「お兄ちゃん、来客終わった?」
奥のドアががちゃりと開いて——そこから女性が入ってきたのだった。
「こら、まだ終わっていない……が、まあ、もう終わるところだ。失礼したな、ユウよ。去るがよい」
ローバッハは入ってきた女性を見てうれしそうな顔をした。
だけど俺は——それどころではない。
まったくない。
「あ、ああ、あ……」
入ってきた女性が俺を見て指差し、わなわなと口を振るわせる。
「なんでアンタがここにいるのよぉーっ!! こののぞき魔がっ!!」
女神2、ファナの叫び声が部屋に響いたのだった。
間一髪で切り抜けたと思ったら……。
一難去ってまた一難という感じでしょうか。
新連載のほうも応援いただけると幸いです。
異世界釣行記 ~ 最新ルアーを持ったおれ、「釣ったヤツが偉い」世界に転移する
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