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第60話 潜入! 貴族街

「うん? なんだ、やたら長い馬車だな」

「はい。本日ローバッハ男爵に贈り物をお持ちしましたので」

「検品が必要なのはわかっているのか」

「もちろんでございます。そのぶんの時間を余分に取っておりますので、念入りにご確認いただいて構いません」

「ふん……では中へ入れておけ」

「はい」


 馬車の窓から顔をのぞかせているのはルーカスだ。

 彼が門番に答えると貴族街へと続く門が開かれる。

 10メートルというやたら長い馬車が門へと入っていく。


「こちらで検分されますか?」

「いや、完全に中まで入れてしまって構わない」

「よろしいので?」

「ああ、ローバッハ男爵の予定はこちらでも把握している——行け」

「はい」


 ゆるゆると馬車が入っていく——その、車内。


「先生、そろそろです」

「いつでもいい」


 俺の足下、馬車の床がぱっかりと開いている。

 大通りは踏み固められた土だったが、ここ数日の雪でだいぶぬかるんでいた。

 それが門へと入ると白いタイルに切り替わる。轍の泥が跳ねた様子もない。清潔魔法とかあんのかな。


「あと3メートル…………2メートル…………1メートル」


 足下のタイルが、切り替わった。


「あとでな、ルーカス」

「いってらっしゃいませ」


 俺は足下に空間精製(リムーブ)を発動しながら馬車から飛び降りた。即座に3メートル掘って、空気孔だけ開けつつ空間復元(リロード)で元に戻す。

 この一連の動作についてもかなり練習したからな。

 地下に潜り込むと、馬車が遠ざかっていく音が聞こえた。


「……狭いな」


 ダンジョンが切り離されたのを感じた。今俺がいる地下は、この世界に降り立ったときの洞穴よりも狭い。

「ダンジョン」だなんてとても呼べない、こぢんまりとした地下壕だ。

 途端に心細く感じた。

 広さ、逃げ場がなくなったせいじゃない。

 リオネルや骨たち、それにミリア——ルーカスにロージー、おそらくヴィヴィアンも含めて、「仲間」が遠ざかったように感じられたからだ。

 俺はいつの間にかこっちの世界でいろんなものを背負っていたようだ。


「……時間がないんだった」


 俺は空間精製(リムーブ)平面整地(ローラー)を使って歩き出す。

 この世界に来たときにダンジョンを拡張していたことを思い出す。MPが少ないことも知らずにいきなりぶっ倒れたんだっけ。


「カヨちゃん。最近話しかけてなかったけど、元気だった?」


《…………》


 相変わらずだ。相変わらずダンジョンマスターの機能について以外は返事してくれない。


「俺が今進化できるのはなにがある?」


静寂と反響の迷宮主ダンジョンマスター・オブ・エコーに進化可能です》


 増えてない。それもそうか、特に増やす努力もしてないしな。

 この新聞社騒動が終わったら、真剣に進化先を探してみよう。それが中級ダンジョン、ひいては上級ダンジョンを創る手がかりになる。


 俺はルーカスが作成した貴族街の地図を元に、慎重に進んでいく。ローバッハ男爵邸まであと600メートルだ。


 無事に貴族街に入り込んだ安心感もあるが、この貴族街から出られなくなったらどうしようとか思うとなかなか心細いものがある。

 それもあって貴族街を囲むリューンフォート内壁についても別途検証作業を行っていた。


 たとえば、進入するのに必要なMPはどの箇所でも同額なのか?

 たとえば、地下深くまでいけば内壁の影響が弱まっていないのか?


 結論から言えば、どこまで行っても同額だった。横も、深くも。

 411億9,223万である。

 あと40日くらい最大MPを伸ばし続ければ入れるようになるのだけど、それにしてもとんでもない数字だよな。


「このあたり——ん、これか」


 ローバッハ男爵邸らしき場所に着いた。

 こういう屋敷には必ず地下室がある。その外壁に手を触れると、迷宮占領(オキュペーション)に必要なMPが表示される。


 8億5,799万……。


 やっぱり貴族だから、すごい建物に住んでるってことだろうな。


 俺は地上ギリギリまで掘り進めて、そこから潜望鏡を地上に出す。潜水艦のスコープみたいなものだ。

 周囲を確認……芝生、門、木……なるほど、全然わからん。たぶんここでいいはずなんだが。

 ん? 馬車が入ってくる。あれ、ルーカスの馬車じゃん。やっぱりここがローバッハの屋敷だ。


 ていうか急がないと。

 検品ってもっと時間かかるのかと思ったけどもう追いつかれてるじゃねーか。


「よし……それでは、迷宮同盟(アライアンス)


 俺は心に念じて迷宮魔法を発動する。

 地下の外壁は、俺を拒絶する手応えがなくなり、単なる外壁へと変わった——うん、成功だ。


 俺はルーカスの馬車が屋敷の前に着いたのを確認する。

 屋敷の入口前はホテルの車止めのように屋根がせり出している。屋根がなければこの馬車から簡易屋根がせり出すはずだったが、使わずに済むようだ。

 馬車の底は開いている。俺が登ろうとするのをルーカスが手助けしてくれた。


「先生、ご無事でしたか」

「密入国者の気分は十分味わえたよ」


 服についた泥をぬぐっていると、屋敷から人が出てきた。


「我が主、ローバッハ男爵がお待ちです」

「わかりました」


 俺は贈り物については使用人に預けてルーカスとともに馬車から出る。

 この軒下は俺のダンジョン管轄になるのか。あるいは屋敷のものなのか。区別が難しいな。

 そんなことを思いながら開け放たれた扉から、邸宅へと踏み込む。


「…………」


 寒い、と思った。

 暖房設備はあるようだが、局地的な温かさしかもたらしていない。

 ここが俺のダンジョンでないことを思い知らされる。


 そして——迷宮魔法が一切利用できないことの恐怖に、襲われる。


 迷宮同盟(アライアンス)の実証試験を行っていたときにわかっていたことだ、今さらなにを恐れる、覚悟はしてきただろ、と自分に言い聞かせる。

 この迷宮魔法の消費MPは一律で100。

 相手方のダンジョンマスターから承認が下りれば自由にそのダンジョンに入ることができる。

 ダンジョンマスターのいない単なる建造物である場合は、自動承認となる。

 ただし自身のダンジョンにあったあらゆる機能が使えず、もちろん迷宮魔法も適用されない。


「先生……」


 俺の顔色が変わったのに気づいたのだろう、ルーカスがたずねてくる。


「大丈夫だ」


 今の俺は、ただの人だ。

 六本木で働いていたときのしがないWebディレクターに戻っただけだ。

 落ち着け。元に戻っただけじゃないか。そもそもこれからの交渉に迷宮魔法は必要ないのだ。


「こちらへどうぞ」


 丁寧ながらも、商人——一般市民を軽んじた態度で、使用人が俺たちを案内する。

 広い屋敷だ。

 1階の奥に応接室があるようだ。


 古い洋館や伝統あるホテルでしか見ないような、クラシックな内装だった。まあ俺から見るとクラシックなんだが、こっちの世界では一般的なのだろう。

 革張りのソファに、暖炉では火が燃えている。

 俺とルーカスがソファに座ろうとすると、


「ユウ様はどちらですか」

「私です」

「旦那様が会われますので、こちらへ」

「……ルーカスを同行させても?」

「私が言いつかっておりますのは、ユウ様をお通しするということだけです」


 げっ、マジかよ。俺ひとりだけ?

 救いを求めてルーカスに視線を送るが、ルーカスは渋い顔で首を横に振った。


 あらかじめ貴族に対する振る舞いについてはレクチャーを受けていた。


 貴族は傲慢でこちらの都合を斟酌しない。

 貴族は傲慢で無礼な振る舞いがあると無理難題を言いつけてくる。

 貴族は傲慢でこちらは徹頭徹尾平身低頭するしかない。


 俺だけが呼ばれているのにルーカスを連れて行けばどんな怒りを買うかわからない。

 いや、怒られても俺としてはルーカスを連れて行きたいんだが……ダメ? はい、ダメですね。そうですね。


「わかりました」


 俺は観念して、腹をくくり、懐には遺言書を忍ばせて——まではいかないけど、それくらいのつもりで向かった。背水の陣である。清水の舞台から飛び降りるんである。

 使用人に導かれて、隣の部屋へと移る。

 そこは、窓のない部屋だった。先ほどの部屋と同じくらいの広さだが十分に暖かい。出口は俺が入ってきたドアと、もうひとつ奥にある。


「よく来てくれた」


 ローバッハが座ったまま、俺を出迎えてくれた。

 前からここで待っていたのだろうか。だから、暖かいのか?

 ローバッハの横には壮年の男性が座っている。身分の高そうな服……なのか? わからん。光沢があるから高そうに見えるだけかもしれない。

 そのふたりの背後には3人の騎士がいる。怖い。めっちゃにらんでくる。俺みたいな身元の知れない一般市民と会うときには護衛が必要だとかそういうことだろうか。

 俺はふつふつと湧き上がる恐怖心を押し殺しつつ、丁寧に頭を下げる。


「雪の降り始めたリューンフォートもまた美しいものではございますが、大いなる自然が刃となりてこの地に降らぬよう天空の大神に叩頭しお祈り申し上げます。本日はお招きいただき、ありがとうございます。また先日はローバッハ様のお手をわずらわせてしまいましたこと、ここに深くお詫びし、また感謝の念を……」

「堅苦しい挨拶は要らない。まずはそこにかけたまえ」

「……はい」


 鷹揚に手を振られた。

 俺はすでに腋の下にびっしょりと汗をかいていた。5対1とか聞いてないっすよ。圧迫面接よりひどいっすよ。


 だけどこのときの俺は——それでもまあ、がんばれば印刷工房は存続できるだろうと思っていた。

 貴族にとって印刷工房はたいした価値もないだろうからだ。


 そう、この予測は当たっていた。貴族にとって印刷工房はなんの価値もなかった。

 だからこそ俺は考えるべきだったのだ。


 なぜ、ローバッハはなんの価値もない印刷工房などを取り上げて、俺をわざわざここに呼び寄せたのかを。


「ではまず私から聞きたいことがある」


 にっこりと微笑んだローバッハだったが、目はまったく笑っていなかった。


「君には冒険者ギルド襲撃の疑いがかけられている。心当たりはあるかね」


 ……は?


 俺の頭は一瞬、真っ白になった。

次回、圧迫面接(ただししくじれば死ぬ)。


いつもお読みいただきありがとうございます。

新連載も進めていますのでもしよければご一読いただければ。

私の大好きな釣りの話です。


異世界釣行記 ~ 最新ルアーを持ったおれ、「釣ったヤツが偉い」世界に転移する

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