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第53話 降って湧いた修羅場

 いつもの待ち合わせのカフェに向かうと、浮かない顔をしたロージーが店から出てくるところだった。危うく俺の出現を見られるところだったが、それはともかく、


「ロージーさん」


 間に合った。ぎりぎりだけど。


「あ、あれ? ユウさん……」

「遅れて申し訳ない。このあと、ひょっとしてなにかご予定がありますか?」

「いえ、予定はありません——というか、あの、顔色がとても悪いようですが……」


 さっきまで二日酔いで吐いてたからな。口をすすいで服を着替えて出てきただけだ。

 きつい……ヴィヴィアンと軽く飲んでからのルンゴたちと浴びるほど痛飲……。

 正直今すぐ帰って寝たい。

 でも——ロージーの表情。

 今帰ろうとしていたロージーを見てしまったら、「ではそれじゃ」とは帰れない。


「お気になさらず。恐縮ですが、もう一度店内にお戻りいただいても?」

「——はい」


 ほっ、としたように見えた。

 たぶんだけど、ロージーは不安だったんだ。俺が前回、死んだダンジョンで急に追い返したことで。


 彼女にとって俺は調査を依頼してくるクライアントだけど、俺がどんな思惑で依頼しているかまではわかっていない。

 冒険者ギルドをクビになったばかりで将来が不安なロージー。

 収入の手立ては今のところ俺だけ。

 いきなりダンジョンから「帰れ」って言われたら「なにか気分を害したのでは?」って思うよな……。


「早速ですが、ロージーさん。先日はすみませんでした。急にダンジョン探索を切り上げてしまって——どうしても片づけなければいけないことがありまして、急いでしまいました。それでダンジョンでの報酬ですが」

「あ、そ、それはいただけません。私は自分の興味でついていくと申し上げたはずです」

「なにか発見があった場合はそれに応じた支払いもすると、そういう約束でしたが」

「それはそうですが……なにも発見なんて」

「ええ、発見はほとんどありませんでしたね」

「はい……」


 ロージーはうなだれる。


「でも、ひとつありましたね?」


 彼女の発見はひとつだけ。「皇帝の庭」で石像を発見したこと。


「あの石像のことですか? あれは……そうですね、あれくらいですか。正直、もうちょっと発見できるものがあるのかと思っていましたが難しいですね。冒険者の方々はああいう洞窟からでも様々なものを見つけるのでしょう。デスクワークとフィールドワークの違いを思い知りました」

「石像の発見についての報酬を差し上げますね」


 俺は硬貨を1枚取り出した。

 金貨だ。


「え……えええっ!? そそそんないいいただけません!」

「俺としては金貨10枚以上の価値があったんです」

「いただけません!」

「わかってます。だから1枚です。これ以上は下げません」

「そんな、あの石像になんの価値が……?」


 価値があるんだよ。

 ナポレオンの石像があるってことは、俺以外にも転生者がいるってこと。

 この情報は俺にとってすさまじい価値がある。


「受け取ってください。これは口止め料としての意味合いもあります」


 ごくり、とロージーが息を呑んだ。あの石像にそれほどの意味があったのかという驚きだろう。


「あ、あの……差し支えなければあの石像がなんなのか教えてくださいませんか?」

「その質問にも残念ながらお答えできません。わかりました。では金貨を2枚に……」

「いいい要りません! はい、これをいただいて口を閉ざします!」


 ぱっと金貨を受け取って抱きすくめるようにするロージー。

 うむ……ぷるんと震えた胸がすばらしい……。


 俺の思惑通りになってよかった。

 とりあえずロージーにひもじい思いはさせたくない。俺のせいで仕事をクビになったんだし。

 金貨1枚は正当な価値判断だと思う。

 かといってこのままの状態でいいってわけでもないんだよな。俺の調査を続けてもらうにも、彼女ひとりで調べられる範囲の情報には限度がある。


 彼女が定職を得る方法……。

 簡単なのはルーカスに頼んでホークヒルで働いてもらうことだけど、ロージーのキャリアからするとこれはよろしくない。

 デスクワークとフィールドワークか。

 情報を扱うような仕事……いや、待てよ?


「あの、ロージーさん、次にお願いする仕事なんですが」

「あ、はいっ。なんでも調べます」


 俺にはひとつ、思いついたことがあった。


「……とある企業を内部から調べるということはできますか?」

「企業を……ですか?」

「はい。企業というか、新聞社です。リューンフォートタイムズで働いて欲しいんです」




 ヴィヴィアンは言っていた。「筆頭役員が引き抜きにあった」と。

 でもたぶん役員だけじゃない。記者もだろうと俺は推測していた。

 でなければマルコが——いかに優れた嗅覚を持った子だとはいえ、10歳前後のマルコが大きな紙面を任されているというのは考えられない。

 調査員として優秀なロージーは、記事の裏付けやデータを取るのに役に立つはずだ。


 これってナイスアイディアじゃない? っていうかグレートアイディアじゃない!?


 善は急げとばかりに俺はロージーを連れてリューンフォートタイムズ新聞社にやってきていた——もちろんいっしょに移動はできないので、「1時間後に!」という感じでダンジョン内を移動したけども。




「あ、あの、私に記者なんて務まるのでしょうか……?」

「どちらかというと企業の内部調査的な意味合いが強いですから、データ部分の補強や不正がないかを見てもらえればオーケーです」

「はいぃ……」


 自信なさそうにうつむくロージー。

 ……だ、大丈夫かな? うぅ〜ん、とりあえずやるだけやってみよう。

 俺たちがいるのは応接室。マルコと会った打ち合わせスペースとは違う。ちょっと圧迫感あるかもしれないな。

 応接室に通されてからしばらくして、ぱたぱたと軽い足音が聞こえてきた。


「ユウ様! お待たせしました!」


 現れたのはヴィヴィアンだったが——俺はあっけにとられた。

 着ている服が、全然違うのだ。

 ベージュカラーのニットのセーターに、ロングスカート。化粧もまったくしていない。

 ただ服の仕立てがいいのはわかるので良家のお嬢様、という感じなのだ。

 おお、これは……いい、いいね。セーターの上からでもわかる押し上げられた胸。すばらしい。実にいい。


「昨日はほんとうに美味しいお食事——」


 喜びにあふれていた彼女の瞳は、俺の横にいたロージーに当てられてぴたりと止まる。


「ヴィヴィアンさん。こちらはロージー=ハーツさん。今日は彼女を」


 とまで俺が言いかけたところで、ヴィヴィアンが部屋を飛びだしていった。


「ご紹介に——って、あ、あれ!?」


 なんで出て行ったの?


「あの、ユウさん、私なにか失礼なことを……」

「い、いやいや、しているわけないじゃないですか。こんな一瞬で失礼なことなんて」


 そんなことできるのはどこぞの骨男か魔族女だ。っかー、参ったなー、どっちもホークヒルにいるんだよなー。

 ……笑えねぇ。


 とか思っているとまたもばたばたばたばたと足音が聞こえてきた。

 飛び込んで来たのは——ヴィヴィアンだ。


「待たせたわね」


 うん、ヴィヴィアンだ。

 俺が打ち合わせスペースで会ったときと同じ、リクルートスーツモドキを着ていて、髪は後ろで縛っていて、手にはパイプを持っていて、なおかつ肩で息をしているけども、ヴィヴィアンだ。


「そ、それで? そっちの女は誰——げほっごはっ!?」


 走ってきたせいかぷるぷるしている手でパイプに火を点けて、息を吸い込んではむせかえっている。


「あ、えーと、彼女はロージー=ハーツさん。ロージーさんならきっとヴィヴィアンさんの力になれるかと……」

「どういう?」

「……え?」

「どういう仲なの?」


 え、なに? なにを気にしてるの?


「ロージーさんとはちょっと契約を結んでいるので——ねえ?」

「あ、は、はい。ユウさんには依頼を受けてお仕事をさせていただいています」

「あー……そうなんだ?」


 するとヴィヴィアンは露骨に安心したような顔で身体をイスにもたせた。パイプは用済みなのか灰皿に乗せたまんまで。


「それじゃあユウ様とディナーに行ったこともないのね?」


 ヴィヴィアンがいきなり変なことを言い出した。


「……はい?」

「ディナー、とても美味しかったわ。『樫と椚の晩餐』でのディナー。まるで夢のようで」

「は、はあ、ありませんが……」

「あら、そう。ふふっ。そうなの?」


 ヴィヴィアンがなぜか勝ち誇ったように笑う。


「それじゃあ、ユウ様が使っている人間ってことね?」


 む。

 ちょっとその言い方はないだろ。ロージーにはロージーの事情があるし俺だってロージーに助けてもらっている部分があるんだ。


 ——といったことを言いたかったんだが。


「そうですね、おっしゃるとおりかと」


 俺より先にロージーが口を開いた。

 そして俺がびくりとしたことには、彼女の声音がやたら冷たくなっているということだ。


「私はユウさんと毎週お茶をする程度の関係です」

「ま、毎週!?」


 これには驚いたのか、ヴィヴィアンが素っ頓狂な声を上げる。


「ユウさんの味の好みもだんだんわかってきたくらいですねえ」

「へ、へぇー? まぁ、あたしなんかはユウ様とそれはそれは美味しいディナーを……」

「何回行かれたのです?」

「……1回」

「1回? なるほど、1回ですか」

「1回は1回でも中身の濃い時間だったわ!」

「そうでしょうとも。ユウさんといっしょに過ごす時間はとても有意義です。私は『何度も』ご一緒できて幸せです」

「…………」

「…………」


 なに、なんなの?

 ふたりの視線が火花を散らしてるんだけど?

 こ、ここは俺が間に入らないと……。


「えーっと……それでですね、ヴィヴィアンさん。ロージーさんにはリューンフォートタイムズで活躍できる素質があるので、是非新聞作りに加入させてほしいのですが……」

「断固拒否します。いくらユウ様の依頼でも」

「私だってイヤです」


 瞬殺だった。俺の申し出。俺のグレートアイディアが。


「はあ? 歴史あるリューンフォートタイムズで働けるのよ? なにアンタから拒否ってるワケ?」

「新聞なんて正確性を無視して読者の関心を煽ることしかしていないでしょう。私が重視しているのは情報の正確性です。相容れません」

「アンタの目は節穴ね。リューンフォートタイムズは『情報の正確性』と『提案型記事』が売りなのよ!」

「そうですか? 最新号では地名が2箇所間違っていましたけど」

「あら、言いがかりをつけるのは得意のようね!」

「そちらこそ、間違いを認めず開き直る姿はふてぶてしいですね」

「…………」

「…………」

「あ、あの、ふたりとも落ち着いて、ねっ?」


 俺氏、なけなしの勇気を振り絞ってなぜか勃発した女の戦争の仲介に乗り出す。


「落ち着いてますけど?」

「私は落ち着いています。興奮しているのはこちらの女性でしょう」

「は? なに言ってるの? ユウ様があたしとディナーに行ってジェラってるのはそっちでしょ?」

「嫉妬するようなことはありませんよ? 私は毎週ユウさんと会っていますし。そうそう先日もいっしょにダンジョン探索をしました」


 なお仲介は失敗した模様。


「くっ——ユウ様はあたしみたいな若い子が好きなのよ!」


 すると。


「…………」


 な、なんか、ロージーから青白い炎が立ち上っている!?

 彼女がつかんだ応接テーブルがミシミシいってるんだが!?

 しかも顔は笑ってる——ダメなのか、年齢の話題は、ダメなのか!?


 これにはさすがのヴィヴィアンも青い顔をする。

 っていうか、これって俺になんか責任があるってこと? 待て待て、わからんよ! ヴィヴィアンも救いを求めるように俺を見るなよ!


 だけど——救いの手は意外なところから現れた。


「お、お客様、困ります! 社主は今面会中で——」


 廊下から受け付け嬢のそんな声が聞こえてくる。やがて足音はこの部屋の前で止まる。

 開かれた扉の向こう、入ってきたのは、


「先生、ひどいですよ!? ビジネスに関する極秘の知識を伝授するというではありませんか! どうしてこのルーカスをお誘いくださらなかったんですか!?」


 ルーカスだった。

 しかも半泣きで飛び込んでくると、俺の膝にすがりつく。


「…………」

「…………」


 これには毒気を抜かれたヴィヴィアンとロージーだったが、


「ユウ、おいらとの約束を忘れて先に行くたぁどういう了見だよ!」


 続いて飛び込んで来た魔族女によって風向きが変わった。

 俺がビジネスを教えに来たと勘違いしているらしいミリアが、そこに立っていた。

 ……約束、約束? ああ……確かにミリアが一方的に「講義を受ける」とか言っていたような。


「次置いてったらお前の寝室においらのベッドも置くからな」

「え、いやいや、ヤだよ。どうしてそうなるんだよ」

「だってよ、お前は信用ならな——え?」


 ミリアがそこで言葉を切った。


「寝室……?」

「ベッド……?」


 青白い炎が……ヴィヴィアンとロージーの両名から立ち上っている……。


「え……?」


 ふたりからにらみつけられたミリアが涙目で俺を見てきた。

 俺はいつでも高速移動(ファストムーブ)で逃げられる準備をした。

リオネル「ああ、ミリアさん。ボスならあわてて街に行きましたよ」

ミリア「くそ、出し抜かれた! おいらを置いてく気だな! こうなったらルーカスをけしかけてやる。猟犬ルーカス! 出番だぜ!」

ルーカス「わんわん!」


いろんな意味で犬っぽい男、ルーカス。


アルス「さーて、そろそろ初級第2クリアしよっかな〜(チラッ、チラッ)。ユウくんはいないのかな〜(チラッ)。……あれ、いなくない?」


いません。

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