第52話 動き出す冒険者と吐き出す俺と
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*アルス*
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特級冒険者アルスは、その日、朝から冒険者ギルドにいた。ギルドのロビーはふだんいない特級冒険者がいることで一種異様な緊張感に包まれていた。
「おい、アルスさんがこんなところに」
「ホークヒルに入り浸ってるって話だが」
「なにか今日、あったか?」
ほとんどの冒険者は彼を遠巻きにしているだけだったが、中には、
「おお、これはこれは、特級冒険者のアルスさんじゃぁありませんかい? いや、おかしいな? アルスさんは確か……最近できたダンジョンを攻略できずに足踏みしていたはずだったが」
アルスにちょっかいを出す冒険者もいた。
それは上級冒険者だ。
アルスのように特級冒険者になるには、目立った功績がなければならない。
その、「目立った功績」というのがくせ者だ。単に上級冒険者向けのギルド依頼をこなすだけではダメなのだ。もちろん、それで特級になる冒険者もいないではないが、非常に時間がかかるし、なにより冒険者は派手な功績を望む。
アルスは一度、ある地方の領主の命を救うという功績を成した。その甲斐あって特級となっている。
今、アルスに声をかけた上級冒険者は、そういった幸運に恵まれなかった。
だからだろう、アルスを見る目には侮蔑が浮かんでいる。
彼はこう思っている——「俺だって運が向けば、特級にだってすぐになれるんだ」と。
彼の背後には同じ上級冒険者であるパーティーメンバーがいる。
「……ん?」
背もたれに身体をもたせたアルス。ギッ、と音が鳴る。
「てめぇ、運良く特級になったからってスカしてんじゃぁねえぞ? たったひとりで行動する特級冒険者なんざ、上級パーティーから見れば雑魚も同然よ」
「ああ——」
ゆらり、とアルスが立ち上がる。
その姿に、上級冒険者たちは身体に緊張を走らせる。
こうも簡単に挑発に乗ってくるとは——。
「やあ、待ちくたびれたよ」
しかしアルスは、彼らの横を素通りした。
「え?」
面食らったのは上級冒険者たちだ。
振り返った彼らが見たのは、
「まだこんな田舎にいやがったのか」
「あー、ほんとにアルスくんだー」
「久しいな、アルス」
目を——疑った。
上級冒険者たちだって知っている。
知っている、ということはつまり——有名人。
アルスに声をかけた3人は、3人ともが、
「と、とと、特級冒険者……!?」
各地方で名を馳せた特級冒険者だったのだ。
だが驚きはそれだけではなかった。
「……アルス、お前がわざわざ呼んだんだ。よほど面白れぇ案件なんだろうな?」
燃え上がるような赤い髪を持った男。
「一つ星の炎熱のレイザードぉぉぉ!? せせせ星級冒険者!?」
ギルド内が蜂の巣をつついたような騒ぎになる。
それもそのはず。
冒険者は下級、中級、上級、特級というランクがある。
だが、この上に存在するのが星級だ。
特級ですらなんらかの功績を立てなければなることができない。では、星級は?
これに関しては、とんでもないレベルの功績が必要となる。いわゆる名誉称号とも言える。だが、この称号を獲得した者は国境を越えて広く知れ渡る存在となる。
星級への昇格条件は、2つ。
1つ目は、2箇所以上からの冒険者ギルド長の推薦を受けること。
2つ目は、国王からの推薦を受けること。
このうち2つ目の「国王からの推薦」が難しい。はっきり言えば、「国難を救う」か「国王が個人的に感謝するようなことを成し遂げる」ことが必要となるのだ。
ちなみに「一つ星」というのは、星級昇格になった冒険者が名乗る階級で、複数の国王から推薦を受けると二つ星、三つ星と星が増えていく。過去に三つ星までの冒険者がいる。
「ああ、よく来てくれたね、レイザード」
アルスがにっこりと微笑むと、レイザードは凶暴な顔を不快げにゆがめて、
「てめぇには借りがあるからな……これで返す」
「あれ? どうせ勇者か聖女の護衛で来たんだろ? こんなことで返せると思ったの?」
「チッ。だからてめぇはきれぇなんだよ。護衛じゃねぇ、先遣隊だ」
この町に勇者がお披露目としてやってくるのは決定事項だ。その、安全確認のため、特級以上の冒険者が送り込まれるのは慣例だった。
彼らがリューンフォートに来たのは必然なのだ。
「まぁ、ここは安全だよ。調査の必要なんてない」
「そのようだな……ここのギルド長が街のあちこちに安全のための魔導具を設置してるとか言っていた」
「そうなの? それは僕は知らなかったな」
「用件を言え。さっさと済ませるぞ」
「わかっている。行こう——面白いダンジョンがあるんだ」
面白いダンジョン、という言葉に星級冒険者レイザード、特級冒険者3名の目が輝いた。
そう。
アルスは彼らとともに、初級第2ダンジョンを突破する気だった。
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*俺*
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ビジネスを教えるっつってもどうしたらいいんだよ……ああ、もうわかんねぇ。どうしようどうしようどうしよう。
こんなことなら管理職の連中が会社から受けさせられていた「動画でわかる基本講座〜管理職編〜」の内容を聞いておくべきだった。ちなみにこれには「基本経営編」「セクハラ・パワハラ編」「評価と目標編」「部下とのコミュニケーションとは編」など全部で16種類あった。
動画の効果はあったかって?
導入して1カ月後に、とある部署の課長がセクハラで訴えられて会社辞めてったよ?
俺はヴィヴィアンと約束してしまったことをつらつら悩んでいた。いっそのこと適当なことを教えてしまえばいいのかもしれないけど、俺の年齢の半分の女の子だ。そんな子に、適当に接していいのか? なにより彼女は死んだ父親のことを引きずってるし……。
重い!
俺には荷が重い!
「はいよ、エールお待ちィ!」
俺の足は、気づけば酒場へと向いていた。「赤ら顔」——庶民的な店だ。ざわざわしているところで酒を飲みたい気持ちになっていた。
「お……? おお! ユウじゃん!」
俺の姿に気づいたモーズが手を挙げる。いつもどおりのヘラッとした顔だ。
彼の横にはこれまたいつもどおりルンゴとヤッコがいて——あれ? 合コンのときにいた女の子、アイシャがいる。
「こないだ声かけたのに来ないから、もう来ないのかと思ってた」
ルンゴに言われて、思い出した。そう言えばホークヒルで会ったんだよな。行くとか行かないとか言った。
あのときは、ベインブの店をどうするとか、アルスに絡まれたりとかいろいろあったんだよな。そのあとはヴィヴィアンだしな……。
「ごめん」
「あ、ううん、別に責めてるわけじゃないよ。また会えてうれしい」
純朴そうなルンゴの笑顔に救われる。
「この間はどうも。なんか、変な感じになって終わっちゃって、あたしも気にしてたの」
「あ、ああ……アイシャさん。こういうお店にも来るんですね」
「? なんか、ユウって雰囲気変わった?」
「えーっと、そうですかね?」
「うん。前はもっとチャラい感じだった。モーズみたいに」
「おーい! 俺かよー! 俺はチャラくないよー!」
ああ、あのときは「異世界合コンだー」って張り切ってたからな……。
俺の服装も今はスーツっぽいなにかだし。
張り切って空回りする合コンとか黒歴史ですよ?
「おい、ユウ。今日は飲むぞ。とことん、飲むぞ!」
するとヤッコが俺のぶんの酒も注文してくれた。
「俺たちは拳をぶつけ合った仲だ。お前につらいことがあって、俺じゃあ力になれることもないかもしれねえが、いっしょに酒は飲める。な?」
「ああ……」
なんだかヤッコの優しさが身に染みる。鼻の奥がツンとした。
でも拳をぶつけ合ったっていうか、一方的に殴られただけなんだが。
「よっしゃ飲も飲もー!」
「うん、飲もうか」
「あたしのことちゃんと送れる程度にしてよね、ルンゴ?」
他の3人も——アイシャはジュースだけど——乾杯してくれる。
俺は最初の一杯をぐぅーっと飲み干した。
「で? 街は結構金回りがいいんだ? モーズのところも関係あるのか?」
「いや、うちはちょびっとだな。金回りがいいっつっても勇者お披露目の特需だから、関係しているのは宿とか交通とか観光関係ばっかりさ。うちは馬車とか作る関係でちょっと注文増えてるかな? でも街はお祭り騒だよな」
「お祭り……なんかするんだっけか」
「勇者のお披露目で街中をパレードするからね。って、知らないの?」
「あーうんはいはいそうだったそうだった」
知らん。まったく知らん。
「そんなことよりさ! ねね、ユウってほんとにあそこのダンジョンで商売やってるの?」
「まあ。俺としてはモーズたちがいたのに驚いたけど」
「あれはルンゴが行ってみたいって言ったから」
「へえ……ルンゴが? ちょっと意外だな」
「そ、そう? 俺だってダンジョンちょっと行ってみたいなって……」
「そうなの! ルンゴったらひどいの! あたしだって連れてってくれたらいいのに!」
「ダンジョンに女連れで行けるかよ」
「それが時代後れの考え方だって言ってるのー!」
「ルンゴ、お前の考えは時代後れだ。俺の——あそこのホークヒルは、女というか子どもだって楽しめるコースがある。行ってみてわかったろ?」
「だなあ……あれなら安全……って気もするけど、どうだろうな? たとえば1等級宝物を見つけちゃったりしたら、帰り道とかに襲われそうで」
雑談の中で、ルンゴからヒントを得る。
確かにな。俺は「○等級宝物を発見」ってアナウンスが流れたほうが、競争に拍車がかかると思ったんだけど、そう思わない人もいるんだよな。
アナウンスの直後にゴーレムを使って外に出れば、誰がその宝物を見つけたのかわかるしな。
よしよし。5等級以上の宝物発見は、アナウンスが出ないようにしよう。で、「前日の宝物発見数」みたいな感じで数字だけ出そう。
俺は酔っ払ったせいでのたくった字を、メモ帳に書きつけた。
「……それでユウは、あそこでどんな仕事してるんだ? レストランの給仕か? ゴミ掃除か? 皿洗いか? コック——は、ねぇよな」
ヤッコが言う。下働き限定らしい。
「一応経営者なんだけど……」
ダンジョンの、とは言わない。
「えーっ!? 経営者!? それってすごいんじゃないの? あたしの知ってる経営者ってバスローブ着て猫を膝に乗せてるイメージよ」
「え、え? こっちの世界でもそういうのなの?」
「……『こっちの世界』?」
「あ、う、うん。それはどうでもいい。まあ一応ね。一応だけどね」
「……ほんとかなあ?」
「あれ、アイシャ疑ってる?」
「疑ってる……っていうか、まあ、そう言われるとこないだの食事会もあんな立派なところだったからなんとなく理解はできるんだけど、でもあんまり経営者っぽくないっていうか」
な、なんだと! これでも新聞社の社主にビジネスを教えてくれと言われるほどなんだぞ——あ、ヴィヴィアンのこと考えると鬱になってくる……。
「それなら俺の財力を見せつけてやるぅー!」
なんせ俺は金貨500枚以上持ってるからな! うはははは!
鬱は吹き飛ばすに限る——酒と浪費で!
「え、えぇー……それは別にいいよ」
「うるさい、付き合え! えーっと、勇者が来るときにパレードがあるんだよな!? そのときにホテルの一室を借り切ってパーティーをしよう!」
「はあ!?」
「ちょ、ちょっと待てよ、ユウ。あの時期はいちばん高いよ。ていうか今からじゃホテルの部屋なんて取れないって」
「ルンゴ。俺が否定されたのだ。証拠を見せるのだ!」
なにか、面白いことでも考えてないと気分が乗らない。勢いでビジネス講座を乗り切ってやる。
勇者にはルーカスが賄賂を回してダンジョンの危機は回避できることになってるから安心だし、俺としても勇者とやらがどんなヤツなのか見てみたい。
異世界だろ? 勇者だろ? 見たいじゃん!
「えぇー……ホテルの一室なんて気分が乗らないよ……」
「そうかあ? ルンゴは気が小さいからな。俺は楽しみだよ。ヤッコはどう?」
「ぐー」
「あ、もう寝てる」
その日、俺はしこたま飲んでヴィヴィアンのことを忘れて楽しんだ。
「うぐ……う、うえぇ……」
翌日、当然のごとく二日酔い。
酒を飲んでも問題を先送りするだけなのだ……しかも酒は反撃してくる……。
「ボス、起きてます?」
「な、なんだよ……俺の寝室に来るなよ……」
「ああ、起きてますね。水とか飲みますか?」
「……はい、ください」
寝室までやってきたリオネルだけど、リオネルにしては気が利いている。水差しからコップに水を注いでくれ、俺は一気に飲み干した。
「うー……っぷ。ちょっとはすっきりした」
「それはよかった。時にボス、今、お昼前の11時なんですが」
「ああ……もうそんな時間か」
それでも酒が抜けないのか。ああ、年は取りたくないな……。
「……ん、リオネル。他になにか用が?」
「いや、私はないんですけど」
「お前にはないけど、なに?」
「今日ってロージーさんとの約束の日では?」
「…………」
おぉぉぉああああああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ!
俺、叫び声をあげて立ち上がった。忘れてた! 週に1度のロージーとの面会日!
俺は抱え込み過ぎなんだ、そろそろいろいろ手放さないともうダメだ。ああ、ロージーになにか頼むことあったっけ? ていうか死んだダンジョンで俺以外の転生者(おそらくフランス人)を見つけて以来かよ、あのとき焦って帰したっきりだ。どうしよう。なんて言い訳しよ——。
着替えようとしてすっころび、気持ち悪くなって吐いた。
はっ、はは、はははは……吐いても全部吸収してくれるからダンジョンってほんと便利おぅうぇぇ。
アルスさん、動き出します。
ホークヒル(77日目)
現在所持金:金貨575枚、銀貨16枚、銅貨61枚
初級踏破者:11名(第1)、0名(第2・報酬金貨55枚)、N/A(第3)
中級踏破者:0名(未実装)
上級踏破者:0名(未実装)