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第47話 勇者の称号を持つ者は勘違いヤローでなくてはならない、というお約束もある

――――――――――

*貴職七称号・勇者*

――――――――――




 中央教会から派遣された勇者のお目付役は、彼の表情が変わったことに気がついた。

 彼——勇者は、つい今し方、聖女に面会をしていたのだ。

 中央教会ナンバー2である枢機卿と聖女、そして勇者の3人でのみ行われた面会でなにが話されたのか。

 お目付役にはわからない。だが勇者の表情が変わったことは事実だった。


「なにか面白いことがあったようですね」


 探りを入れるべく、話しかけた。


「そうだな」


 不遜な態度で勇者は答えた。

 お目付役は内心舌打ちしたくなる。勇者を迎えに、彼が神託に従って勇者の元へ赴いたとき——この勇者は辺境の街で日雇いの労働者だった。工事がなければこの冬さえ越せなかったのではないか?


 それが、今や。


 上級貴族が着るようなきらびやかな服を身に纏い、腰には飾り剣を吊っている。飾りであるのは、勇者がそもそも剣の腕がイマイチであることと、すべてを切り裂く光剣ブレード・オブ・ライトを使えるからである。お目付役も見たことがなかったが、この勇者の特別な魔法は、剣の腕なんて関係ないほどすさまじい威力を発揮するのだとか。

 こうして上等な服さえ着せられてしまうと、短く刈り込んだブロンドの髪も、ろくなものを食ってこなかったせいでひょろりとした身体も、若いのに他人をあまり信用していないブルーアイも、それなりに見えてしまう。


「……なあ、聖女様はどんな方だ?」


 歩き出した勇者がお目付役にたずねる。

 真紅の絨毯を敷き詰めた廊下に、陽射しが差し込んでいる。

 中央教会でも最奥に位置するこの区画はあらゆる箇所に意匠が凝らされている。教会トップの教皇や枢機卿、聖女もいるのだから当然と言えば当然だ。

 お目付役だってこの地位に来るまで、血反吐を吐くような苦労をしてきた。勉学だけでこの地位にはたどり着けない。コネクション、金、幸運、それに献身——献身と言えば聞こえがよいが、言うなれば男色の上役に身体を売ることだ。

 それが、こんなポッと出の機嫌を伺うようにこの廊下を歩いているのだ。


「私も何度かお目に掛かっただけですが……確かにあのお方は聖女と言うにふさわしい方かと存じます」


 内心のムカつきを隠しながら、お目付役はにこやかに答える。


「ほう? 詳しく教えてくれ」

「あの方は唯一、神託が出る前に中央教会が発見したのです。市井で、無料で難病治療を行う方がいるという評判が先に立ち、それがどうやら光系統の回復魔法ではないかという話になりました。神殿調査官が派遣され、その日のうちに聖女様の身柄を保護しました。翌日に特例で教皇が神託を受けると、確かに聖女様が降臨されているということでした」

「保護だなんて、笑わせんな。俺だって聞いていたぞ、聖都の聖女のウワサは。無料で治療をするから治療院に閑古鳥が啼き、そこからの突き上げで教会が動いたんだろ?」


 そのとおりだ。

 だがもちろん、認めるワケにはいかない。


「ほう、市民の間ではそのような話になっているのですか? 光系統の魔法を特定するのは非常に難しく、特定方法の議論がなかなか終わりませんでな……」

「保護と言うが、スラムで治療を行っていた彼女をあがめる者はいても、害をなす人間は皆無だったって話じゃないか。スラムのボスや裏社会の人間たちも彼女の前ではケンカをしないって話だ」

「…………」

「教会なぞ、権威を笠に着たクズの集まりだ」


 このクソが、お前なぞ、まれに見る幸運で勇者になっただけの男ではないか、神託がなければお前自身勇者になったという自覚もなかっただろう——言葉をぐっとこらえる。


「聖女様の力はもっと広く人間社会のために役立てるべきである、というのが教皇様の見解ですから」

「金を持っている貴族の治療で、さんざんボッたくる気だろ?」

「…………」

「まあ、そんな顔をすんなよ。俺は別に、アンタらを批判したいわけじゃない」


 へえ? 批判じゃなければ今の言葉はなんだというのだ?


「——聖女様は、たった一言だけ俺に言った」


 不意に勇者は真剣な顔をした。


「『平和がいい』と。つぶやくような、ささやくような、たどたどしいような言葉でな。これがどういう意味か、わかるかよ?」

「……それはそのままでは? 誰もが傷つけ合わない世の中がいいと……」

「バカだな。だからアンタは俺のお目付役程度の役職に収まってんだ」


 この日いちばんのブチ切れをぐっとこらえるお目付役。


「で、では勇者様、差し支えなければ教えていただけますか。聖女様のお言葉がどのような意味か」

「簡単だ。人間と敵対する者をすべて殺せということだ。モンスターだよ。俺にはその力がある。もしも俺が世界中のモンスターを殺せば、人間同士の戦争は、人間同士の話し合いで終わらせることができる。俺が最高の武力を持つことによって、戦争は起きなくなる」


 なに言ってんだこいつは、という顔になるお目付役。

 そんな妄想が現実になるのならこれほど単純なことはない。

 今でさえ人間よりモンスターの数のほうが多いと言われている。大体、ダンジョンからは無限にモンスターが湧いてくるのだ。

 ため息をつきかけたが、ハッとする。


「勇者様、教皇様からは指示が出ていませんが、もしやリューンフォートでもダンジョンを制圧する気ですか?」

「当たり前だろ。今俺はそう言ったんだ」

「お止めください」


 焦る。リューンフォートは、ダンジョンで商売を行っている者から献金が届いていたのだ。金貨で10枚。もし無事に勇者が帰ればさらに10枚上乗せすると言っている。

 久々の大口献金だ。しかも直接、自分宛で来ている。濡れ手に粟の金貨20枚を見逃すわけにはいかない。


「なぜだ?」

「リューンフォートでは予定が詰まっております。ダンジョンまでも距離があり、しかもこれから冬になり余計に時間がかかります。行って帰ってでは、様々な予定が滞ります」

「…………」

「聖女様との打ち合わせもそう多く取れません。それらの時間をフイにしてもよいというのでしたらダンジョンに行っていただいて構いませんが」

「……ふん。それなら、街からは出ない」


 ほっとした。言質は取った。

 頼まれているのは今回のお披露目の際に勇者を差し向けないこと。その後、勇者がどうしようとお目付役の知ったことではない。

 いや、待てよ——時期を置いて、再度勇者をけしかけてやり、献金を何度もしてもらうというのも悪くないな?


 ひとり、思いついた悪い妄想にお目付役が喜んでいた。

 だからだろう、彼は勇者の漏らした一言を聞き逃した。


「俺は聖女様のために剣を振るんだ……」




――――――――――

*俺*

――――――――――




 ナポレオンの石像——確実、絶対、とは言えなかったけど、これはナポレオンだと俺は直感した。ロージーとカデッサを死んだダンジョンから追い出し、リューンフォートへ帰らせる。ミリアも自分の部屋へと帰らせた。

 強引だったけど、俺には余裕がなかった。

 ひとりで考える時間が必要だった。

 ひとりで調べる時間が必要だった。


「……俺以外にも、いるんだ。転移者が」


 違う生き物になっている時点で転生と言うべきかもしれないけど、それはまあいい。

 俺はひとりじゃない。

 そう思うと——なんだか奇妙な感覚に襲われた。


 同じ境遇の人間がいることへの安堵。

 見られてないと思って好き勝手やっていたのを親に見られたような羞恥。

 同郷の人間がいた場合、どういう行動に出るのか——危害を加えられるかもしれない——わからないことへの恐怖。


「仮説としては、転移者は迷宮主になる、ということか」


 俺と、もうひとりのフランス(たぶん)人が迷宮主とかいう特殊な生物になっているんだからその線はあるかもしれない。

 他に、フランス人の残したなにかはないだろうか?


 俺はひとり、ダンジョンの残りを探索してみた。

 結果から言うと——隠し部屋のような場所を見つけた。俺はダンジョン全体を把握できるけど、俺のダンジョンはもはや相当デカイ。だから、そこに隠し部屋があることに今まで気づかなかった。

 細い空気孔だけでつながっている小さな部屋。迷宮主しか入れない部屋だ。

 寝床だろうか、古着を積み重ねた場所……この古着はおそらく、冒険者から奪ったものだろう。何人も殺したのだ、ここのフランス人は。

 小さなテーブルらしき場所に紙が散らばっている。


「文字だ……どれどれ」


 俺はこのとき久しぶりに、「文字が読めない」感覚を味わった。

 フェゴールのジイさんが授けてくれた言語のおかげで誰と話すにも苦労がない今、まったく読めない文字があるということは、つまり——この世界の言葉では、おそらくない。


「フランス語だ」


 読めねぇよ……俺の大学のころの第2外国語は中国語だぞ。

 それすら超適当にこなしていたおかげでまったくもって身についていない。


「……そういや、香世ちゃんが勉強してたっけ」


 Webデザイナーの香世ちゃん。

 将来的にフランスのルーブル美術館を見に行きたいと言っていた。1カ月くらいパリに滞在して毎日通いたいと。そのためにお金を貯めているとも言っていた。


「今ごろお金は貯まったかな……ってまだ俺がこっち来て2カ月くらいだもんな。さすがにそれはねーか」


 2カ月でそんなに金が貯まる会社だったらもっとハッピーに仕事してたわ。

「管理職」という名ばかりの、残業を払わなくていいシステムが完備しているような会社だったわ。管理職多すぎたわ。オレサマオマエカンリショクだわ。


「んなことはどうでもいい。——でもこれで、このフランス人が転移者っていうのは間違いなさそうだな」


 読めない文字、フェゴールも知らない文字。

 つうかアルファベットによく似てるからな。フランス語だわ、これ。先入観入ってるけどフランス語ですわ。きっとボンジュールって書いてありますわ。メルシー。


 その後も調べてみたけど、それ以上のものは発見できなかった。




「なあ、ルーカス」

「なんでしょう、先生」

「俺は別の世界から転移してきたんだ、って言ったら信じるか?」

「はい、信じます」

「……信じるの?」

「はい、先生の言うことは無条件で信じます」


 怖いっつうの。

 まあ、いいか。

 転移者であることを明かしても、ルーカスは特に反応がない。

 思えばこの手の告白って、初めてしたよな。誰にも言えなかった……言いたくなかったのかな。言っても理解されないと思っていた、異質だと思われ嫌われたくなかった……そのどっちもが正解か。


「そりゃそうだよな……俺が何者であってもお前に関係ないもんな」

「先生は先生です」


 ルーカスがにっこりした。

 俺の胸のつかえはだいぶ下りたような気がする。

 俺より他に転移者がいても、そのときはそのときだ。冒険者ギルドの資料にも書いてなかったんだから、迷宮主について詳しい人間はほとんどいないんだろう。


「ちなみに俺以外にこういう境遇のヤツ、聞いたことある?」

「存じません」

「他の迷宮主も転移者だという話を聞いたことがある?」

「存じません」

「教会にいくら賄賂渡したの?」

「言えません」


 勢いで聞こうとしたが、ダメだ、こいつの口は固い。

 ホークヒルが狙われないように教会に賄賂を渡したと言うから、俺がその金は出そうと思っていたんだ。でも、うまくはぐらかされていた。


「ホークヒルがなくなって困るのは、私も同様ですよ、先生。これはビジネス上の必要経費です」

「経費っつっても帳簿に『賄賂』なんて項目はないだろ」

「ありますよ」


 あるのかよ。異世界すげーな。

 いや、当然か? 日本だって「接待費」「交際費」とかあったもんな。「かなりぎりぎりのキャバクラだったけど経費で落とせた」と営業が吠えていた気がする。ぎりぎりのキャバクラっていうのは風営法ぎりぎりって意味だからな。女の子がおっぱいぷるんしてダンスしてるようなところだからな。クソ、一度くらい行ってみたかったァ!


 ま、まあ、賄賂が当然の手段として存在しているのなら、それを経費にすることも可能と言うことか。

 ああ、でも経費っつっても利益から控除されて税金が安くなるわけではない。この世界の税務は、商売の規模に課税される。

 商店の広さと、扱ってる物品だ。

 日本でも結構前に話題になった「外形標準課税」に近い。アレは、銀行とかめっちゃデカイから、デカイところは行政のサービスをめいっぱい享受してんだろ、税金払え、って概念だよな。事業が赤字でも払えよって感じで。

 こっちの世界のは、どちらかというと「税務とか難しいし、とりあえず所場代払ってよ」って感じに近い。リューンフォートは8万人の人口なのに、税務官がいる部署は10人程度で運用しているらしい。無理だろ。絶対回るワケない。だからこそ、かなり単純化した徴税が行われている、と。


「ホークヒルは街の外ですからね、税金は格安ですし、しばらくは目もつけられませんからとりあえず資金には余裕がありますよ」

「わかった。ならばなにも言うまい」

「ありがとうございます」


 ふと俺は気になった。ルーカスがもしも……賄賂に金貨100枚とか出していたら?

 俺が払ってやるっつっても、その前に俺、そんなに金持ってるっけ?

 金を数えるのが面倒で、最近はちゃんと確認してなかったんだよな。




「リオネル、ちょっと骨何人か貸して」


 迷宮司令室に戻ってリオネルに言うと、


「……構いませんが、なにをする気ですか? リーグが今、佳境なんですよ」


 リーグとは、しゃれこうべサッカーリーグのことだ。

 こいつらと来たら、寝ない、疲れない、ヒマ、というコンボで1日中試合を組んでる。頭おかしい。いやすでに頭の中カラッポだったわ。つーか仕事しろよ。


「そんな疑うような顔すんな。新しい任務を考えただけだ」

「ほう、新しい任務」

「金庫番だ」


 俺がその意義を力説した。

 このホークヒルを動かしているのは金だ。そして成長させるのも金だ。その金は、基本的に迷宮奥深くに眠っているが、どれくらい毎日増えているのか確認する必要がある——。


「つまりボスが毎日いくら増えたのか知りたいってことですね? 他に楽しみもないですし」

「……通帳の数字が増えるのを見るのが唯一の趣味みたいな言い方すんなよ」

「承知」

「お前あえて俺の言葉聞いてないだろ?」


 金庫へのルートは、今まで俺が高速移動(ファストムーブ)で移動すればオーケーって感じで空気孔以外はなにも通っていない部屋だったけど、転移トラップを設置した。

 万が一、侵入者が勝手に入って来ないように、行き着くには難しいようにしておく。転移トラップを踏むと次の転移トラップがある部屋に行く。そこは選択式になっていて、これを5回ほど繰り返すと金庫にたどり着くという設計だ。1度でも間違えると迷宮の外に排出されるし、ここの転移トラップが発動した瞬間、俺にアラートが届くようにする。


「さて、久々の金庫——うおっ!?」


 金庫に来た俺はぎょっとした。

 金庫は、日本の俺の住んでたアパートくらいの広さだ。

 その中央に、山のように積もった銀貨。


「……数えるの、めんどくせえな」


 カタカタ、と金庫番に任命された骨2名もうなずいた。


「でも、それがお前たちの仕事だ! ……うらめしい顔をしてもダメだ!」

「ボス、うらめしい顔は元々です」


 骨たちは銀貨を数えた。そして報告にやってくる。


「……520枚? いやいや、もっとあるだろ」

「ボス、それは金貨にして、です」

「え——」


 俺の資産、いつの間にか金貨500枚を突破していた。

 俺レートの日本円換算で、2500万だ。


「な、なな、ななななんでこここんんな」

「ボス、落ち着いてください。この数日、やたら初級第3への来客が多いようですよ」

「報告! 報告して、そういうの!」

「ボスが死んだダンジョン探索だ、ロージーとデートだって浮かれてるから……」

「言ってないよね!? 後半のヤツ!」


 おい、金庫番の骨2名、頬に手を当てて「キャー」とかやってんじゃねーよ!


 ともかく冷静になれ、俺。

 ルーカスの話を注意深く聞いていく。

 そして俺は——あるアイディアにたどり着いたんだ。




 ホークヒル(72日目)

  現在所持金:金貨520枚、銀貨12枚、銅貨33枚

  初級踏破者:11名(第1)、0名(第2・金貨49枚)、N/A(第3)

  中級踏破者:0名(未実装)

  上級踏破者:0名(未実装)


経過した日にちは一度ちゃんと数え直したほうがいいかもしれない……(自信なし)。


あとぎりぎりキャバクラについてですがあくまでフィクションですよ、フィクション!

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