第46話 勇者問題と聖都問題
夕飯の時間になり、ダンジョン内の一室で休む。カデッサの宣言通り5階層までやってきた。ここは、もともと休憩スペースがあったらしい。
休憩スペースを設置するとかそれってむしろダンジョンをクリアさせたがってるよね? どうなの? って気もするけど、ダンジョンに休憩スペースがあるのはそう珍しいことでもないようで、当然のような顔でカデッサが宿営準備を始めていた。
「俺、ちょっと席を外すわ——」
と言って立ち去ろうとしたところで、がしっ、と腕をつかまれた。
ミリアに。
(ちょっとユウ! お前、おいらを放っておいてフライドポテト食べに行く気だろ!)
(……は? なんでそんなことになるんだよ。つーかお前の頭の中、フライドポテトしかないのかよ)
(おいらを放置していくなよ!)
ミリアが少々かわいそうな気もした。
まあ、確かに俺もホークヒルに戻ってルーカスのレストランで軽く飯でも食おうかと思ってた。
(……わかった。そしたらテイクアウトでフライドポテトを買ってきてやるから、ちょっと待ってろ)
(ほんとか!? ほんとだな!?)
るんるんで戻っていったミリア。小学生かよ。いや、見た目は大人、頭脳は子どもだったな。
俺はロージーたちから見えないところまで行くと、高速移動でヒルズ・レストランへと移動した。ちりりんとベルを鳴らすと、気の利く給仕であるディタールが人なつこい笑みを浮かべてやってくる。
「オーナー、いかがなさいました?」
「ルーカスはいるか?」
「はい。お呼びしてきますね」
「ちょっと待って。……あのさ、勇者が来るって話、聞いたことある?」
「ええ、勇者来ますよね。みんな知ってますよ」
なぬ!? みんな知ってるくらいなの!?
もう確実じゃん! 絶対来るじゃん!
「えーっと……もしかしてオーナーは、ホークヒルの迷宮主が討伐されてしまうことを懸念しているんですか?」
俺が頭を抱えてノオオオオとうなっていると、ディタールが聞いてきた。
「え!? あ、えーっと」
「ご心配はもっともです。確かに、このレストランもホークヒルあってのものですもんね」
「あ! う、うん! そうだよ、そうなんだよ〜……これで勇者に破壊されたら商売あがったりでさ……」
そうだ、俺はホークヒルに寄生して商売してるって体じゃないか。なに焦ってんだ。
俺自身に余裕がなくなってる。
「ここは大丈夫だと思いますよ」
「そ、そう? その根拠は?」
「そもそも勇者を始めとする貴職七称号ってどういうものかご存じですか?」
「出現すると中央教会が神託を受けるってことしか知らないけど」
「変な話、それだけなんですよ」
「ん?」
「中央教会は古来からの神との通信を行うことができます。貴職七称号を持つ者が現れると、神託を受けます。でも、そこから先はなにもないんです。モンスターを倒せと言われることもなければ、世界を平和にしろとも言われない」
「……でも勇者は近隣のダンジョンを滅ぼすんだろ?」
「はい」
じゃあダメじゃん! ぬか喜びさせないでよお!
「ですがオーナー、それは勇者の意志ではないんですよ。あくまでも、中央教会の要請の元に行われるんです」
「どういうこと?」
「中央教会は人間同士の連帯をうたっていますからね。モンスターという外敵を設定することで人間が連帯することを目的としています」
「ほう……」
「中央教会にとって無害だと思わせられればよいわけです。まして中央教会は人間が運営するものですからね。人間には人間からの訴えが通じる……ということです」
ははーん。俺、わかっちゃった。
「賄賂か」
「まあ、そういうことです。おそらくルーカス店長はもう動いてると思いますよ」
直球の俺の言葉に、ディタールが苦笑する。
笑うとえくぼができるんだよな。年上お姉さんとかころっといっちゃいそうだ。
イケメン滅ぶべしという信念の俺ではあるが、ディタールは許す。
「他にも貴職七称号には特有の理由があって、おそらく勇者はここへ——」
「先生!」
そこへ、ばあんと扉が開かれてルーカスがやってきた。
「ああ、店長。では僕は下がりますのでなにかあればご連絡ください」
来たときと同じように嫌みのない笑みを浮かべてディタールは去って行った。
「ルーカス、お前中央教会に賄賂送ったの?」
「ええ。それがなにか?」
あらやだ。もう対処済みでしたわ。ルーカスが有能すぎてヤバイ。
するっと勇者問題が片付いてしまった。
焦ってここに来た俺、恥ずかしい!
「それより先生、レッペハッカ料理を試しに出したんですが——」
おー、もうレストランには出ているのか。俺とルーカスで買い出しに行った、あのレッペハッカ……っていうか胡椒な。
「反応はどう?」
「だい…………」
「だい?」
「大ヒットですよ! すさまじく売れてます! もう在庫がなくなりそうです!」
「マジかよ」
ルーカスに言わせると、ぴりぴり辛いレッペハッカ料理は、刺激が大好きな冒険者にウケているらしい。レストランで提供しているのかと思ったが、やはり料理の方向性が合わないので小さいテナントのひとつを開放して露店のようにして売っていると。
在庫については日持ちがするものだから、前回の2倍買い付けることとなった。俺はサクッとルーカスのために転移トラップを、この部屋の隅に用意してやる。
「好きに買い出しに行っていいから」
「ありがとうございます! 私のためにここまで……」
なんかうっとりとした視線を感じるが、止めろ、俺にそのケはない!
ルーカスには、買い付けの際にはちゃんと変装して身バレすんなよと注意したが、まあ釈迦に説法だろうな。俺よりコイツ頭いいし。
あとボロ屋でいいから空き家もひとつ購入できればしておくように伝えておいた。転移基地だ。
「それと先生、フードコート構想ですが……」
「ああ、いい料理人はいそうかな?」
「探してはいますが、なかなかこれといった人物はいませんね」
郷土料理を作れる人間は多い。だけど、「目玉」になるようなものを知っていて、なおかつリューンフォートでは珍しく、さらにルーカスのメガネに適うほどの腕を持った人間は数少ない。
「……ふむ。グランフィルミスでも探してみたらどうだ?」
「なるほど。確かにリューンフォートにこだわる必要はありませんね」
「聖都への開通はもう少し先になるが……」
宗教国家セウェルゲートの首都は「聖都」と呼ばれ、レッペハッカもめちゃくちゃ安価に購入できる。
世界各地から人が集まるから料理人だって大量にいるはずだ。ああ、中央教会があるのもここだな。
スケルトントンネル。略してスケルトンネルは順調に拡大を続けている。
そうそう、このトンネルにはなかなか面白い副産物があって、盗賊が埋めたまま放置した戦利品を見つけたり、自然の鍾乳洞を発見したりしている。
これらは初級第3ダンジョンの景品に還元されている。
「聖都まで行かれるおつもりですか!?」
「え? うん。なんか変?」
「え、ええと……いえ、大丈夫です。そうでした、先生には我々の常識は通用しないのでした」
なんかすごい言われようなんだが。
俺の怪訝な顔に気づいたのか、
「あの……一応先生はモンスターというくくりなので。先生が聖都の地下に潜伏するというのはなかなかリスキーですよね」
ほんまや!
確かに、聖都手前くらいで止めたほうがいいな。この世界には謎の魔法が一杯ある。いまだにリューンフォートの貴族街にだって入れてないんだし。地下のモンスターを発見する魔法くらいはありそうだよな。
危なかった〜。ルーカスに話しておいてよかった。
俺はルーカスと食事をしつつ、いろいろなことを話した。すげーよな。店を経営するって。こんなこぢんまりとしたダンジョン前のエリアだけでも、決めたり話したり悩んだりすることが山ほどあるんだ。これが、もっともっとでかくなったらどうなるんだ? 想像つかないわ。
デカイ広告代理店の子会社でちまちま働いていたけど、俺にはそれくらいが合ってたんだな……と今さら思った。
ちゃんとフライドポテトは忘れずに持って帰った。ミリアもにっこり。
死んだダンジョン探索2日目。
勇者問題が片付いてほっとしていた俺とは別に、ロージーの表情が曇っていた。どうやら、「発見した内容次第で報酬を払う」という約束が重荷になっているみたいだ。……今のところなにも発見してないしな。
「……ほんとうに、なにもないですね」
「そうですねえ。なんもないダンジョンですね」
少々残っていたモンスターはリオネル配下の武闘派骨軍団が討伐済みである。
マジでなんもない。
俺にとっての発見は……ここの迷宮主が暗黒迷宮主だったかもしれない、ってことと、几帳面な性格だったんだろうなってことくらいか。並べられたタイルの様子を見る限りだけど。
昼の休憩に寄ったホールは、地下8階にあった。
「ここは……地図上では『皇帝の庭』と呼ばれている場所ですね。入口に看板があったそうですよ」
「へえ、妙な名前をつけたもんですねえ」
地下空洞、とは言えないよな。丸く巨大なホールだ。
石造りの建物がいくつかある。破壊を免れているものも多かったけど、「元はそこそこ立派だったのかなあ」という程度の感想しか浮かんでこない。
「ユウさん、これはなんでしょうか?」
ホールを散策していると、ロージーの声が聞こえてきた。
彼女はガレキの山の前にいた。破壊された石像のものだ。ダンジョン内に石像とか趣味悪すぎんよ〜とか思った俺は始まりの洞穴にあった女神像を女神に見られたことを思い出して死にたい気分になった。
「……なんの石像だったんでしょうね?」
「さ、さあ」
「? どうしました、ユウさん?」
「……ダンジョン内に石像というのは趣味が悪いんですかね?」
「さあ。割とあると思いますが」
割とあるんだ。よかった……。
「あら、この石像は顔がありますね。なんでしょう……帽子をかぶっているのかな」
「ほう」
俺はそちらを見に行って——硬直した。
帽子、そうだ。この帽子……名前はわからんけど、餃子みたいな形。それを横にしてかぶっている。
そして男の顔。
西洋人の顔。
これは——見たことがある。
「『皇帝の庭』……」
俺はうめいた。
この石像は、ナポレオン……フランス皇帝ナポレオン・ボナパルトだ。
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組織がでかくなると部下が増えるので、基本的には部下に丸投げしていく感じになるんでしょうね。
ワンマンと呼ばれるところは全部社長がやろうとして、周囲にはイエスマンが集まってしまいますが。