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第43話 沈んだ心を浮かせるためには仕事がいちばん、とかワーカホリックの症状出てない?

 終わった。これは終わりましたわ。俺の片想い……片想いなのか? 一方崇拝? いや、だったらロージーへの感情はなんなんだ……ただの同情? わからん、もうわからん。わかっているのは終わったってことだけだ……。

 ないよな……。

 キモイ粘土像を作られていて、おそらく休憩しているところものぞかれていて、その相手から遠回しに好きだと言われて……。


「ぬおおおおおおああああああああ!! 死にたい! 死にたいよう!」

「おや、ボスもスケルトンになりますか?」


 とぼけた顔で聞いてくるリオネルに、なにかを返す元気もなかった。

 あれから3日経ってる。

 女神たちは洞穴を去って以降、降臨なさっていない。もう二度と来ないのかな……来ないよな……。俺がこの世界の迷宮主となって以来、心の支えだった神が隠れた。


「光は、射さなくなったのだ……!」

「そりゃまあ、ダンジョンですし。それよりボス、通信が入っていますよ」

「ん? なんじゃそれ」


 通信? と思ったけど、俺がそう呼ぶようにリオネルに言っていたのだった。

 巨大パネルの一角がぴかぴか光っている。「受信中」の文字がある。


「ああ……ルーカスが帰ってきたのか……」


 今のところこれを光らせられるのは世界でルーカスただひとりというどうしようもないホットラインだ。


「ルーカス殿と言えば、表のお店を経営している方ですね」

「俺の依頼で街の外に出してたんだよな……すっかり忘れてた」

「……ボス」


 非難めいた目でリオネルがこっちを見てくる。表情はないが落ちくぼんだ眼窩は口ほどに物を言う。


「わかってる、わかってるよ……ちゃんと謝ってくる」




 放置したまんまだったんだもんな。さすがの俺ですら悪いと思う。

 ヒルズレストラン内にある俺専用個室に、ルーカスはいた。緊急時、というか、なにか用があったら押せと言っておいた「通信」ボタンはこの部屋にある。迷宮司令室に、先ほどのように連絡を入れられるのだ。

「通信」とか「受信」とか言っても別に通話できるわけじゃないから結局俺がここまで来なきゃいけないんだけども。


「ああ、よかった、先生! 先生に見捨てられたのかと思いました……!」


 旅先から戻ったばかりらしいルーカスは、ホコリまみれで顔には涙さえ浮かべていた。


「見捨てるなんてことないよ」

「ありがとうございます! 私ごときが先生の考えを推し量るなどおこがましいことですが、先生にもきっと、のっぴきならない事情がおありだったのだろうと推察されました。見捨てられたのでなければほんとうによかったです。調査内容も生きてくるでしょう」


 いや、なんか、ほんともうゴメン。

 あとルーカスへの俺への思いが重すぎる。他人からここまで期待されるとほんとキツイ。俺はそれほどたいした人間じゃないんだ……休憩している女の子をのぞいて粘土の像を作ってしまうようなクソヤローなんだ……。


「店長、お茶を煎れました」

「ああ。こっちに」


 俺とルーカスが話していると、例の気の利く給仕——20歳くらいの青年がお茶を持ってきた。

 ……お、香りがいつもと違うな。一口すすってみると、香ばしさが増して、口の中がぴりぴりする。


「……レッペハッカ?」

「ええ。大量に入手していただいたので、ベインブさんから教わったレシピで煎れました。お気に召しましたか?」

「面白いけど、俺はふつうのお茶のほうがいいや」


 俺が言うと、気を悪くした様子もなくにこにことしたまま彼は「承知しました」と言って、去って行った。

 でも、香りのおかげでだいぶ気分が上向きになった気がする。食事は重要だよな。っていうか女神の一件があってから、俺ずっと空腹無視(カロリーゲイン)で誤魔化してたもんな。


「彼は有能そうだよな。ルーカスの実家で見つけてきたの?」

「ディタールのことですか? いえ、アレは……なんというか、偶然、ですね」

「偶然?」

「はい。偶然採用できました」


 ふーん。まあ、そういうこともあるのかな。ルーカスがホークヒルに来たのだって偶然だもんな。


「店についてはディタールに任せるとか、そういうことも考えてたりする?」

「先生はお見通しですね。しばらくしたらそうすることも考えています。事務処理能力が高いというのもありますが、妙な知識を知っていたり、とっさの判断能力にも優れていますから」

「べた褒めだね。ルーカスにしては珍しい」

「私は過大評価も過小評価もせず、適正に能力評価をしているだけですよ」


 俺については明らかな過大評価なんですがそれは。


「採用した料理人のベインブも早速腕を振るっている、と」

「ええ、それなんですが——」


 ルーカスは言う。リューンフォート料理と、レッペハッカ料理は明らかに違った内容になる。店構えが今のままだと統一感がなくなるのではないか——。

 まあな。

 マイルドなテイストの洋風料理「煮込みハンバーグ」と、香辛料たっぷりの四川料理「麻婆豆腐」の両方を楽しめます、って言われても「……え? えっ、え?」ってなるだけだわ。


「レストランを増設したほうがいいかな?」


 幸い俺の、建造物をいじる能力は誇れるレベルだからな。

 増築改築なら任せろー(バリバリ)。


「それも考えたのですが、つまらなくなるなと。専門店が並んでいるだけならばリューンフォート市内にもありますから」


 そりゃそうだ。


「ですので……入口はひとつ、なのに中に入れば2種類の料理店がある……そういうことを思いついたワケです」

「…………」

「……や、やはりおかしいですかね?」

「違う、逆だよ」

「逆?」


 俺は舌を巻いていた。


「お前の発想はフードコートだ」

「フードコートとは……?」


 だけどあのフードコートは、現代であったからこそできるわざだ。

 客の趣味は多様であり、その趣味に対応する必要がある。

 子どもはハンバーガーが食べたいけどママはパスタがいいし、パパはラーメンを食いたいんだよな。1店舗でもまかなえるのがファミレスだが、ハンバーガーもパスタもラーメンも専門店レベルを食べたいときにはファミレスでは物足りない。客はワガママなのだ。


 それを解決するのが、デパートだ。

 デカイ箱であるデパートがあって、客足は一定以上期待ができる。

 料理店側は客足が担保されている前提でテナント出店ができる。自前で店舗を構えるより安上がりだし、広告費をかけなくていいぶん損益分岐点が下がる。

 デパートからすると客へのサービスが充足するし、テナント料金まで徴収できる。その店舗があるだけで客をデパートに呼べるような名店誘致なら、テナント料金を取るどころから金を出すこともあるかもしれない。いずれにせよ、win-winだ。


 対してこの世界は。

 一軒一軒を手作業で建てて、店を構える。デパート的な建物は今のところ見ていない。


「巨大な商業施設があって、多種多様な客足があるような施設であればフードコートは成立する」

「そう、ホークヒルです!」


 この世界にデパートはない。

 にもかかわらずルーカスは、フードコートに至った。本能的にホークヒルがデパート的な要素を持っていると考えて、だ。

 やっぱすげーなこいつ。絶対敵に回したくないわ。


「なるほど……先生はすでに発想をお持ちでしたか。さすがです。私の、異常とも言える発想についてすでにお考えの上、実現可能な形に落とし込んでおられる」


 いやほんと止めて。俺、たまたま知ってるだけだから。休日にAE●Nに行ったことがあるだけだから。


「えーと、まあ、ともかくだ。今後、採用する料理人を多様化していくならその方式はアリだと思う。飲食エリアを統一のデザインにして、1店舗である体裁を保つ。代わって、料理を提供するエリアに特徴を持たせる。料理人はそれぞれのテナントにおいて一国一城の主という仕組みだから、切磋琢磨も期待できる」

「先生! これは飲食業界の革命ですよ!」

「それはさすがに大げさ……まあ、屋台村みたいなもんだよ。リューンフォートの市場にも屋台が密集しているところがあるだろ?」


 フードコートに近い発想は、あるはあるんだよな。まあ、いろいろ違うからフードコートはそれひとつで発明と言えるんだけど。

 するとルーカスは首を横に振った。


「いえ、違います。ヒルズレストランは『一定以上のレベルのものしか出さない』としているのですから、どんな料理人でも出店できる屋台村とは違います。ヒルズレストランのフードコートに出店できることが料理人にとってのステータスになればいいんです!」

「おお……ブランディング」

「ようやく私も少しずつわかってきました。ブランディングとは、『顧客に対する価値の保証』である、と」

「……まあ、今のところは2店舗しかないけどな」

「はい。せめて5……4店舗はないと、フードコートとして成立しないでしょうね」


 だけど発想としてはいいと思う。

 俺の仕事がどんどんレストランオーナー化しているなとは思いながらも、先にフードコートのエリア構築をしとこうかな。


「にしてもルーカス、お前ちょっとオーバーワークじゃないか? レストラン経営だけじゃないだろ。他の店舗の経営、財務状況も全部見てるんだよな?」


 一応気遣ってみると、ルーカスは苦笑する。


「今までぶらぶらしているぶんのツケが今来ているというだけでしょうね……。こんなにも毎日、熱くなれて、全力疾走できるんです。商売人としての幸せなんて考えたこともなかったんですが、私は今、幸せです」


 そう言いながらルーカスは一枚の紙を取り出した。

「リューンフォート商人ギルド認定商会立ち上げ許可証」と書かれたそれは、ルーカスが商会を立ち上げたことを証明するものだった。


「おっ! ついに——」


 言いかけた俺は、その商会名に視線が行った。


「……お前なんだこの『神なる鷹の丘商会』とかいう名前はああああああ!?」

「尊崇する先生のお名前をちょうだいしました」


 しくじった! 以前、「ホークヒルとはどういう意味なのですか?」と聞かれたときに答えたことがあったのだ。俺の本名、鷹岡悠をもじったんだよ〜くらいだったんだが。

 それをそのまま使われるとは!

 がっくりきてイスにもたれる俺。ああ……せっかく女神ショックから抜け出して、お仕事がんばろっかな〜ってなったところにこれだよ。ルーカスショックだよ。


「商会を拡大するにしてもとりあえず人材が足りないので、私の知り合いにも声をかけていくつもりです。知り合い、と言っても結局商人仲間なので、ホークヒルでのビジネスが軌道に乗らないと声をかけにくかったというのもあるのですが——」


 なんかルーカスが言っていたが俺は上の空だった。自分の名前が冠されるってこんなに恥ずかしいことだったんだな。彗星とか新星の第一発見者は自分の名前をつけたりするけど、それとは違うもんな。自己申告だもんな、商会名なんて。キツイわ。


「——そうそう、それとロージーさんが調査結果をまとめるので明後日には先生に会いたいと」

「なぬっ」

「わ!?」


 聞き捨てならない言葉が聞こえて俺は跳ね起きた。

 そういう大事なことは先に言えよ、ルーカス。

 急に元気になった俺は明後日のロージーとの打ち合わせまで、フードコートのアイディア出しをいろいろしておくことにした。

 よーし、お仕事がんばるぞ〜。

結局仕事してんじゃん(ワーカホリック大歓喜)


現場の仕事をしているとふんぞり返っているだけの管理職がうらやましくなり、管理職をやっていると現場の仕事がうらやましくなる。

隣の芝生はいつだって青い。

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