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第41話 死んだら等しくスケルトン

 宿と言うのもはばかられるような小さな家だった。藁を敷いただけの寝台があり、掛布団などは存在しない。すきま風の吹いてくるこんな部屋で冬はどうやって過ごしているのかと思ってしまうほど。これから本格的な冬がやってくる。雪だって降るだろうに。

 とはいえ、粗末な部屋だというのに、ルーカスはまったく気にした様子もなかった。


「先生!」


 迷宮占領(オキュペーション)を実行して部屋に現れた俺を見て、ルーカスは歓迎の笑顔である。ルーカスが俺を好きすぎて困る。

 今日は、ロージーにルーカスをつけて移動した初日の夜である。


「今日は1日どうだった?」

「ま、特になにもなくですね」

「そのー……ロージーとはどうだった?」

「調査員としては優秀かもしれませんが、ビジネスパートナーには向いていないでしょう。あの人は他人を疑うことをもう少し学んだ方がよいかと思います」


 ロージーがビジネスパートナーになることはない。だけど、ルーカスのそんな評価を聞いて安心する。これならふたりが恋に落ちるなんてことはないだろうし。

 はあ……つくづく俺は小さい人間だな。ルーカスとロージーがくっつくなら祝福するべきなのに。


「あ、しかしですね、先生。面白いことを言っていましたよ、彼女は。先生を評して『得体の知れない人物』だと」


 ブホッ。

 ダメじゃん! ロージーの俺への評価ダメダメじゃん! ルーカスに嫉妬している場合じゃないじゃん!


「そ、そそ、そうか、それは面白い、な……」

「いやはや、まさに私が先生に初めてお目に掛かったときと同じことを感じていたのだなと」


 え、そうなの? お前、俺のこと得体の知れないヤツとか思ってたワケ?

 いやまあ、それもそうか。なんたって俺は迷宮主だったしな。しかも「ごめーん、迷宮の報酬の銀がないんだ。許してちょ」とか言いながら現れたんだし。

 ……いやいや、待て待て。だとしたらなおさら変だろ。どうしてルーカスとロージーが同じ評価なんだよ。


「先生の底知れぬ知性! これはまさに未知なる深淵をのぞき込んだ戦慄!『得体の知れない人物』とはまさに言い得て妙です!」

「……それ褒めてんの?」

「もちろんです!!」


 ほ、褒めてるのか……それならまあ、いいか。

 いいか?

 深淵をのぞき込むとき深淵もまたお前を見ているぞ、ってヤツの深淵側だろ、俺? 褒められた気がしないんだが?


「ですが先生、任務としてはつまりませんね。死んだダンジョンの調査だなんて。しかも場所を把握すれば終わりでしょう?」

「そうは言ってくれるな。俺だってベンチマーク先が必要なんだよ」


 こっちの世界のダンジョンな。

 いわゆる剣と魔法の世界のダンジョンを勝手に想像してたけど、ひょっとしたら違うかもしれない。

 もちろんいろんな冒険者に話を聞けばそこそこ情報は集まると思うんだけど、直接見てみるのがいちばんだし。


「『ベンチマーク』とはなんでしょう!?」


 耳慣れぬ単語に目を輝かせるルーカスがウザイ。

 だけどまあ、面倒事を押しつけてるのは俺だしな……。


「あのな、ベンチマークってのは、もともと基準値とかって意味だ」


 パソコンとかスマホのCPUがどれだけ速く動くかを調べるのもベンチマークアプリとかって言うだろ? 基準のアプリがあって、スコアを競う。

 こんな説明はルーカスには言えないけどな。


 俺が言っているのは、そこから広がった意味で、模範とし基準とするもの、って感じかな。ポータルWebサイトを作るならヤ○ーを参考にするし、気象Webサイトを作るならウェ○ーニュースを参考にするワケだ。

 ユーザーがそのサイトを見てまずなにを感じるか、とか、どこに視線を向けるか、とかな。バイトをいっぱい雇って基準値を取るんだよ。でもって、自社のサイトのサンプルを見せて同じような挙動になるか、とか調べる。やろうと思えばいくらでも基準を作れるから、絞り込むのが一般的なんだけどな。

 といった内容を、こっちの世界の事情に照らし合わせてルーカスに説明した。


 ダンジョンでベンチマークするなら冒険者をいっぱい雇って攻略させる、ってことになるのかな。まあ、そこまでやらずとも、とりあえずは本物のダンジョンを——迷宮主が死んでいるとはいえ——見てみたいっていうのがある。


「ほほう……想定顧客を用意し、試験的に商品を試してもらうということですか」

「まあ、そんなとこ」


 サンプルを制作する段階で想定顧客——ペルソナをあらかじめ作り込んでおくんだけどな。こういう話をするとまた長くなるので止めておく。


「だから実際にダンジョンを見つけたら、まっさらな気持ちで中を確認して欲しいんだ。あとでルーカスの感想も聞きたい。ああ、ただし、奥まで行くなよ? 危険があるだろうし」

「わかりました!」

「絶対奥まで行くなよ? これフリとかじゃなくて、マジで危険だからな?」


 お前じゃなくて、ロージーが。


「問題ありません!」


 ほんとうにわかってるのか、コイツ? って思うくらい目をギラギラさせていた。ベンチマークの手先になれることがうれしいらしい。




 翌日もロージーたちは移動だ。移動中になにを話しているのか聞けないので気になるのだが(また得体の知れないとか言われているかもしれないんだぜ……)、とりあえず俺は先回りして次の宿泊地へとやってきた。地下トンネルはすでにスケルトンたちによって開通済みだ。マジ有能スケルトン。

 件の死んだダンジョンは、それなりに有名だったらしく最寄りの集落にはそこそこ大きな宿があった。ただし今や訪れる者もなく、部屋のほとんどは使われていない。

 集落は麦の収穫が終わり、穏やかな空気が漂っていた。俺は占領した宿の3階でぼんやりと集落を見下ろしていた。


 正確なダンジョンの位置とか……どこかに書いてあれば楽なのに。


 ダンジョンのあった過去など忘れたいのか、ダンジョンによって栄えていた痕跡をわざわざ消そうとしているかのようになにも残っていない。道具屋や武器修理屋なんかもあったはずだが、全然ない。看板も残っていない。建物だけは壊すのももったいないからか、デカイ宿が残ってるけどな。


 迷宮ってのは……一大産業みたいなもんなのかもな。

 雇用を創出して、金が流れる。

 その点で俺はかなりコンパクトに経済をまとめてしまった。全部ルーカスに任せたし。


 ホークヒルの周辺に集落があったら、そこの集落は賑わったのかな。

 まあそうなると、俺がいろいろ面倒になってダンジョン運営を止めてしまったり、あるいは……まあ、死んだり、したときに、集落は寂れる。

 永久に栄えるものなんてない。盛者必衰の理である。そう考えると、「ホークヒルを世界に轟かせる!」なんていうのもむなしくなってくるから琵琶法師は罪。


「おっ、来た来た」


 向こうからゴトゴトと揺れながら馬車がやってくる。ロージーとルーカスを乗せた馬車だ。この集落を訪れる馬車は珍しいのか、あるいは同乗の行商人を目当てにしているのか、集落の住民たちがまばらに家から出てきて馬車を出迎える。

 なぜか御者台に座っているルーカスが俺に気づいた。

 大きく手を振っている。いやほんとバレるから止めて。アイツ、実はバカなんじゃないのか?


 とりあえず俺は住民に見つかる前にまた姿を隠して——。


「……おや?」


 そのとき俺はある気配に気がついた。

 女神である。

 我が始まりの地、洞穴。女神の降臨も久しぶりな気がする。女神はどこへお隠れであったのか。

 お、しかも女神2まで! まさに殺人級(フェゴールのジイさんの死因的な意味で)のバディをお持ちの女神2まで降臨されるとは!


「い、行きたい……ご尊顔を拝みに……」


 でも……今回はちょっと無理だなあ。

 ルーカスたちの様子を監視するという重要な任務があるしな。


「……え?」


 俺はそのとき、自分の迷宮内の感覚が狂ったのかと思った。

 女神たちは——いつもは、洞穴で休憩するだけだった。狩の途中の憩いの場として洞穴を使っていただいていたはずだ。

 それが。


「なんで!?」


 洞穴の最奥、ダンジョン奥へと続く内壁——カムフラージュ用の壁を、なんらかの手段で破壊したのだ。


「いかん、いかんいかんいかん、いかんぞ!?」


 女神たちは一瞬、立ち尽くしていた。きっと彼女たちは見たのだ、奥へと続く通路を。

 足を踏み出してまた、立ち止まる。


 そう。


 あの内壁の裏にあるのは——。


「うごおおおおおお女神像を見られたあああああああああああ!?」


 俺は血の涙を流しながら薄汚れた宿の床にのたうち回った。

 これは確実だ。確実に見られた。初級整形(クレイマジック)で造った女神像を!!

 だって。

 だって!

 ふたりが立ち止まってるもの! 女神像のある前で!

 確実に女神の休息をのぞいていたことがバレたあああああああ!!


 意識を集中すればふたりの会話を聞くことができるのだけど、俺には耳を澄ませることなんてできなかった。聞いたらきっと俺はもう立ち直れない。「童貞が許されるのは前世までだよねー」「キモーい」「キャハハハハ」って言葉だよな絶対これ!! マジ無理!!


 ちょっと……待てよ?

 女神像の下にはフェゴールのジイさんが遺した手紙や、ばあさんの遺髪なんかがあるはずだ。


「ってことは……このまま行ったら女神像を造ったのがフェゴールのジイさんってことにならないか!?」


 いやっほーい! そうじゃん! グッドアイディアじゃん!!

 俺、立ち上がりガッツポーズを決める。

 さすがジイさん。死ぬ前には俺に言語をくださって、死ぬときには俺にMPをくださって、死んでも役に立つという。

 これが大魔法使いというやつか。すごすぎる。


「…………」


 俺、我に返る。

 あそこには……ジイさんの遺したエロ本もあるんだよな。

 なんたら言うエルフの薄い胸ばかりの薄い本と、巨乳だが超絶下手くそな薄い本。ジイさんの手垢がいっぱいこびりついていたのは巨乳のほうだ。


 このまま行くときっと、女神たちはエロ本まで目にすることになる。

 フェゴールという名前と、エロ本とが結びつく。


 ジイさんが、俺に鋭い視線を向けている気がした。


 わかってる、わかってるよ。

 ダメだよな。

 死んだ人間の性癖を暴くなんてあっちゃならんことだ。

 俺にだって痛いほどわかる。オフィスで死んだ俺が年甲斐もなく、ちょっぴり、ほんのちょっぴり、一回りくらい年下の香世ちゃんに好意を寄せていたとかバレてたりしたら死んでも死にきれない。


 女神ふたりが動き出す。

 もう迷っている時間はない。


「死んだら等しくスケルトン!!」


 俺は叫ぶ。


「頼む俺のハードディスクも誰にも中身を確認されないまま燃えないゴミで処理されていますように!!」


 俺は——始まりの地へと高速移動(ファストムーブ)した。

いざご対面。

女の子によく見られることよりも、ジイさんのメンツを優先させてしまいます。だからモテないn(ry


そう、そう。前作にレビューをいただいていたようです。ありがとうございます。あちらは更新できないのでこちらで御礼申し上げます。

未読の方は是非どうぞ! 完結済みです!


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