第4話 一癖も二癖もある召喚魔法
それから、名前も知らない赤髪の女神は何度かこのダンジョンにやってきた。
俺はダンジョンの奥で拡張工事をしていることもあったけど、何者かが侵入するとピンとくるのだ。俺はそのたびに入口に戻って女神をあがめた。
初回のような出血サービス……聖水サービスはなかったけれど、女神は手を洗い、顔を洗い、水を飲んで休憩していた。
狩りの途中に休んでいるというふうだ。
狩ったらしい兎や摘んだらしい薬草や果実を持っていることも多かったしな。その気になれば女神の持っていた獲物を吸収することもできるのだが、洞穴部分は吸収しないようにしておいた。置いておいた獲物が消えたら怪しすぎるだろ?
女神に休んでいただく。それだけで結構なことです。
女神は一度、疲れたのか入口付近で壁に持たれて居眠りをしたことがあった。
射し込んだ夕焼けが女神の横顔に当たって、頬の産毛が金色に輝いていた。天使かよ。いや、女神だった。
俺はその顔を見ながら初級整形の魔法を使って粘土で女神の塑像を作った。神棚を作って安置しようと思ったのだけど、等身大になってしまった。どうすんだ、これ。
ポーズは水浴びをしていたときのもの。服は着ていない。まさしく女神である。
……でもスッポンポンはさすがにまずい、というかスッポンポンは俺だけで十分なので、腰回りと胸周りに粘土の布きれを出して巻きつけておいた。
そう。初級整形は粘土を使った塑像ができる魔法だった。
粘土は土を掘ればぼちぼち出てくる。空間精製で指定した1立方メートルの質量を亜空間に飛ばし、空間分解で粘土だけ抽出する。この空間分解という魔法は、亜空間に飛んだ物から、任意の成分を抽出できるみたいなんだよな。粘土、って言ってもたぶんいろんな原子が混じってるはずなんだけど、俺が思い描いたモノが出てくる。かなり便利な魔法だ。
……まあ、洋服が出てくるわけじゃないから、俺はまだ裸だけど。
で、分解されて抽出された粘土を空間抽斗でこっちに戻せばオーケー。空間抽斗は、亜空間に飛んだ質量のうち、俺が指定したものを戻せる。
空間抽斗と空間復元の違いは、前者が好き勝手に亜空間から引っ張れることに対して、後者は元あった場所にキレイに戻すだけだ。空間分解して中身を抽出した空間はもう戻せないけどな。
「……**?」
暗くなると女神は帰り道が大変だろう。
俺は小さな石を投げて入口のほうに音を立てる。
女神がそっと目を覚ます。「うわ、もうこんな時間じゃん! いっけな~い!」みたいな感じであわてて去っていく。微笑ましい。
……あ。
手ぬぐい、忘れてるぞ女神様。
「…………」
俺は手ぬぐいを失敬することにした。
女神像へと戻る。
像、っていうかコピーだな。
うむ……俺、一応なんかアートっぽい会社に所属しているわりに、自分で手を動かすことはできないからな。ここまで精巧なものができるというのはある意味びっくりだ。
「WEBディレクター」とかいう謎の肩書きで、営業とWEBデザイナーの間に挟まって胃を痛めるのが仕事みたいなものだ。胃痛をブロック! ガ○ターテン!
とはいえいろんな制作物を見てきたから、アートを見る目はある。……ある、と思ってないとディレクターなんてやってらんねえ。
それで、俺の前にある塑像は――うーむ、やっぱりただのコピーって感じな。
3Dプリンターで芸術作品を作れるかって言われたら、たぶん無理だろ?
そんな感じ。
わかる?
わからんって?
大丈夫だ。俺もわからん。
さて、今日試したいのは召喚系の魔法だ――とキメ顔で俺はつぶやく。素っ裸のくせにな。ところがどっこい、手ぬぐいを腰に巻いたので素っ裸ではないのである!
実は召喚以外の魔法はひととおり試したんだ。
平面整地は整地するだけの魔法だった。壁や天井にも使える。グラウンドをならすためのでっけーローラーあるじゃん。アレを走らせたような感じ。1平方メートルごとに魔力を1消費してた。
ダンジョンの崩落を防ぐためには使えるので、奥の方は床・天井・壁と一通りローラーをかけておくつもりだ。
生体吸収は空間精製によって亜空間に飛んだ質量に、微生物や植物、小さな昆虫が含まれている場合――っていうか必ず含まれてるんだけど、そいつらを抹殺する魔法。で、俺の魔力として吸収する。
……ただ、吸収してもたまに「1」増えるくらい。奥に行けば行くほど生命反応が少なくなるんだろうな。なんか殺しまくるのも心が病んでくるし使ってない。女神の聖水による魔力の伸びが異常だったんやで……。
で、今、俺が使える魔法はあと「召喚系の魔法」ってわけだ。
なんで使わなかったのか……と言うと、「召喚バット」も「召喚スライム」も新しく覚えた「召喚スネーク」も、俺の話し相手になりそうにない気がしてな……。
バットってコウモリだろ。俺、コウモリ苦手なんだよね……。
っていうのも、中学時代に部活が終わるころ、夕陽が沈みかかって暗くなると、近所の森からわさわさわさーってコウモリの群れが飛んできてさ。怖すぎんよ。
まあ、そんな話をしてる時点で、俺がどんな田舎に住んでたかってわかろうというものだが。
いや、一応神奈川県ではあったんだが……。
そんな話はいい。どうでもいい。
スライムは「ぼくスラリン」とか言い出す可能性はあったけど、ただの粘体だったらそれはそれで不気味なのでこちらもやってなかった。あんなかわいいスライムはとあるRPGにしかいないからな? ドラゴンをクエストしちゃうヤツだけだからな?
で、だ。召喚系の魔法は「侵入者撃退用」だと思うんだ。
今の俺、攻撃力なんて皆無だからな。そこら掘りまくって見つけた石か、洞穴に転がってた棍棒に使えるかも? っていう木の枝くらいなもんだ。
初級整形は粘土にしか使えないからなあ。
防御力は聞くなよ。腰に巻いた手ぬぐい以外はダイニッポン・スッポンポンだからな。あーここ異世界だったわーニッポンじゃなかったわー。
これ、鉄板の異世界ジョークな。バカウケ。俺にだけ。
ということは、侵入者がいて、カムフラージュの壁をぶっ壊された場合、俺は死ぬ。エターナルフォースブリザードだ。棍棒で勝てればいいけど無理ゲーくさい。格闘技の心得なんてもちろんないし。
なので、手下が欲しいのだ。
俺は高さ2メートル、広さは10メートル×10メートルで100平米ほどのホールにやってきた。
床は岩盤が浮かび上がり、壁には斜めに地層が入っている。
土なんてあっという間になくなって、岩ばっかりなんだわ。予想してたけどさ。まあ、マ●ンクラフトやってればそれくらいわかるよな。ちなみにダイヤモンド鉱石はまだ見ていない。
つまり地下にいるってこと。
光が入ってこないから本来は真っ暗なんだけど、やっぱり俺には見えている。たぶん、自分のダンジョン内だからだろう。
ちなみにこの岩盤削りまくって鉄とか銅とか抽出しようとしたが、ほとんど出てこなかった。出てきても初級整形は粘土しか操れないから武器も防具も作れないんだけど。
俺の考えは、こうだ。
この空間をコウモリやスライムで埋め尽くす。
で、侵入者を撃退する。
相手は死ぬかもしれないが、そこはしょうがない。俺だって死にたくない。でもって自分の手は汚したくない。
自己中過ぎる? いやー、実際そうでしょ。正当防衛でも人を殺すなんて無理。できればそっと追い払いたいけど、それは相手次第だから、一応最悪の事態を想定しておかなきゃ。いきなり深夜のオフィスにRPGをぶち込まれることだってあるんだぜ? 次また異世界転生できるかなんてわからないんだぜ?
さて、それでは召喚してみるか……。
「召喚バット」
声に出す必要はないんだけど、一応言ってみた。
すると目の前の空間がぐんにゃり歪んだと思うと――。
「おおっ!?」
コウモリきたー! 飛んでる。飛んでるぞ。ばっさばっさしてる。
っていうか思ったより大きいな……雀くらいのサイズだと思っていたら、鳩サイズだった。
ますます苦手意識が首をもたげるが、贅沢は言っていられない。
「よし、それじゃあお前はここを飛び回って侵入者を撃退――痛い!?」
俺の肩をいきなり噛んできた。俺の、防御力ゼロの身体に、いきなりだ。
「痛い、痛い痛い! 痛いって!? なんでだよ、なんで俺を攻撃してくんだよこのコウモリ!!」
《「召喚バット」は召喚されたバットに対して知性を付与することができません》
「先に言えよカヨちゃん!?」
俺は身体をぶんぶんひねってばしばし叩いてなんとかコウモリを引きはがす。
痛い、痛いよ……血が出てるよ……しかもコウモリまだ生きてるっつうの。あー、これは頭に来た。来ましたわ。
俺、放り出していた棍棒を取りに走る。コウモリが後ろから追っかけてくる。
ホームランくれてやりましたわ。コウモリのヤツに。
三振を5回くらい繰り返したけどな……。
もちろん、召喚スライムの魔法は使わなかった。永久封印だわこんなもん。