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ダンジョンのUX、改善します!  作者: 三上康明


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第38話 ロージーの旅立ちと嫉妬の炎(めらめら)

「あれ……ロージー?」

「こんにちは」


 かつ、かつ、かつ、と木板を踏んで歩くロージーの足音。戸惑ったギルドの受け付け嬢が、身じろぎするのさえ、俺には聞こえていた。

 俺は進化の条件を満たしたらしい。静寂と反響の迷宮主ダンジョンマスター・オブ・エコーというどこからどう見ても音に特化したダンジョンマスターの。

 だけど、とりあえずそれについて考えるのは後だ。

 なにせ俺が進化を始めたら何時間かは気絶するのだ。今すぐ進化するわけにはいかない。


「近隣のダンジョンについて調べたいから、資料を見たいの」

「え、ダンジョンについて……? どうしたの、ロージー。今はなんの仕事をしてるの?」

「調査の仕事よ」

「……あいにくだけど、ロージーだって知ってるでしょ? ギルドの資料は冒険者に開示することはできるけど、その、なんの関係もなくなったあなたには見せられない」

「わかってる。だから、冒険者登録をするわ」

「…………は? 正気? あなたが冒険者に?」

「冒険者ギルド規約第6条の1『人種を問わず本規約を理解できる者は冒険者登録をすることができる』」

「それは、そうだけど……」


 口ごもる受け付け嬢。

 ホール内もカウンターでのやりとりに気づいたようで、ささやきがかわされている。「なんだ、問題か?」「あの子可愛いな。冒険者になるのかな」「まさか」——。

 受け付け嬢の隣に、別の人物がやってきた。


「冒険者登録は、ギルドの発注するクエストを受注してもらう前提で行うことであって、資料を閲覧するためではないわ」

「主任」


 受け付け主任らしい。

 声の感じからすると、30は過ぎてそうだが。


「ロージー……あなたはもう冒険者ギルドの関係者ではないの。簡単に資料を見せられないことくらいわかるでしょう?」

「主任、市民のために蓄積した資料を開示するのは冒険者ギルドの務めだと思いますけれど。冒険者ギルドの設立総則にもこうあります。『冒険者ギルドは広く一般市民のために資する活動を第一とし』——」

「ロージー、わかって。もうここはあなたの居場所じゃない」

「……そうやって追い返すのですか? 私がモンスター被害に遭い、討伐依頼をしたいと思ったとしても、あなたは追い返すのですか?」

「へりくつをこねないで。これはあなたのためを思って言っているの。あなたはもうギルドの調査員ではないのに、調査員のまねごとをしようとしているのではなくて? 止めなさい。あなたは新しい人生を送るべきよ」


 ……は?


 聞いていて俺は耳を疑った。


 いや、ワケわかんねーよ。

 ロージーがギルドを辞めさせられたのは、ギルドが体面を気にしたからだろ? そんなことくらい、わかってんだろ?

 にもかかわらず「新しい人生を送れ」?「調査員じゃない」? そんなのお前が決めることじゃねーだろ。


 っかー。

 頭に来た。

 これが冒険者ギルドかよ。確かにうさんくさいところはあると思ったけど、それでも世のため人のために草の根活動していくのが冒険者ギルドなんじゃないのかよ。


 ばちんっ。


 俺の手が謎の結界によって弾かれる。

 こうやれば俺の干渉を防げると思ったか?

 ははははは。

 迷宮主を甘く見んなよ。

 お前らが自分たちの都合を最優先にするなら、それにふさわしい報いをくれてやる。


 俺はギルドの3階を頭に強く想像して、ある迷宮魔法を実行する——。


「私が……新しい人生を送ろうとしたら主任は歓迎してくれますか?」

「ええ、もちろんよ。わかってくれてうれしいわ、ロージー」

「では1つだけ教えてください。この周囲で『死んだダンジョン』はありますか?」

「死んだダンジョン……そんなの聞いてどうするの?」

「聞ければ、それで退散します。新しい人生に必要なんです」

「ふうん……。確か南に歩いて2日ほど行ったところに——」


 ドゴンッ、という衝撃音とともに冒険者ギルドの建物が大きく揺れた。


「な、なに!?」


 腰を浮かせる冒険者たち。

 悲鳴が上階から聞こえてくる。

 ジリリリリリリという緊急警戒のベルが鳴り響くと転げるように上から逃げてきた職員が叫ぶ。


「3階にゴーレムが出た!! 上級以上の冒険者がいれば討伐に力を貸してくれ! その他の冒険者とギルド職員は避難!! 急げ!!」


 ざわっ、と冒険者たちが動き出す。真っ先に飛びだしたのは上級冒険者だ。呆然として見送っただけの下級冒険者たちは、


「うわあああ!?」

「ギルド内にモンスター!?」

「逃げろ!! ゴーレム相手じゃ俺たち死ぬぞ!」


 一斉に外へと逃げ出した。


「逃げなさい、ロージー!」

「あ、でも、死んだダンジョンの——」

「あなたまで死ぬことになるわよ!?」


 主任に引っ張られるようにしてロージーも外へと連れ出されていく。




「——という感じで、急に魔導モンスターであるゴーレムがギルドの3階を襲撃したんです。私も、とにかく避難を優先しましたが……」

「ああ、そうだったんですね。ロージーさんが無事でなによりです」


 カフェに戻ってきたロージーは少し乱れた髪を整える。


「はあ……」


 ロージーがため息をついた。


「でも……おかしいんです」


 どきりとした。

 あのゴーレムがホークヒルのモンスターだってバレたか?


「私、ギルドの建物の外で他の人たちと様子をうかがっていたんですが、顔なじみのギルド職員がこんなことを言っていました」


 ——先日、盗賊の侵入があったって資料課の課長が騒いでさ。それで結界を導入したばっかりなんだぜ。なのに襲撃なんてできるのか?


 ああ、あの結界はそれか。

 ……俺が侵入してファイルを漁ったことがバレてたってことだよな? うーん、どうやったんだろ。一応ファイルはちゃんと戻したはずなんだけど。指紋確認とかの技術はないと思うし。

 魔法か。やはり魔法なのか。


「……ユウさん?」

「あ、はい。なんですか?」

「驚かないんですね」

「——えっ!?」

「街中にモンスターが出たんですよ?」


 俺もモンスターですから。むしろ俺が召喚しましたから。

 なんて言える状況じゃない。俺が疑われたら元も子もない。

 ゴーレムを召喚して、「人間には絶対に傷つけるな。施設を破壊しろ」とだけ命令した。それから痕跡を残さないように地面を空間復元(リロード)で元に戻して冒険者ギルドを占領範囲から解除した。

 後で凄腕の魔法調査官みたいなのが来て、「ここはダンジョンになっている」だなんて言われたら真っ先に疑われるのは迷宮主だもんな。


 えーと、えーと、なんとかロージーの疑いを逸らさないと。俺が驚いていない理由、理由——。


「いや、驚いたというか……ですね、あなたのことが心配で」

「え!?」


 今度はロージーが声を上げた。


「先に心配が立ってしまって……驚きよりも。それくらいロージーさんが俺にとって重要なんですよ」

「そ、そそ、そんな」


 よし、なんとか切り抜けたか?

 なんかあわあわして固まってるが、これは疑ってるっていう感じじゃないもんな?

 セーフセーフ。


「わ、私なんか別に……そう! ゴーレムは人間には目もくれずに什器や建物を破壊していただけですから、私は安全でしたし!」

「いや、本当に良かったです。『死んだダンジョン』についてはあきらめますので、他の調査内容をまとめ——」

「いえいえ! リューンフォートの南に徒歩2日、というところまでわかっていますから! 調べます!」

「え……できるんですか? 冒険者ギルドはしばらく使えないですよね?」

「南方にいくつか集落があります。そこに向かえば話くらいは聞けるでしょう。やらせてください。私……あの、実は、冒険者ギルドで同僚に言われたんです。私はもう冒険者ギルドの職員じゃないって。わかっているつもりでした。でも、心のどこかで、同僚だったのだから融通をきかせてくれるはずだ、って思っていたのかもしれません。冒険者ギルドは治安の一翼を担う組織だから、融通なんて全然きかないところなのに」


 ほんとだよな。

 ロージーの主張は理屈的に正しいのに、慣例で蹴散らすとか、おかしいわあの組織。破壊してほんとよかった。


《迷宮魔法「進化」の条件を満たしました。暗黒迷宮主ダンジョンマスター・オブ・ダークネスへと進化ができます》


 うん、そう、進化の条件……。

 えええええええええ!?

 なに、なんなのカヨちゃん!? また!? また進化来たの!?


「……ユウさん?」

「あ、い、いや、大丈夫です」


 俺はなんとか平静を取り繕う。進化の話はあと! いいね、カヨちゃん!?


《…………》


 来た。この、久々のカヨちゃんの沈黙。なにも話さないんじゃなくて、あえて黙っててやる、みたいな沈黙。

 そんな俺の動揺をよそにロージーが話を進める。


「死んだダンジョンの調査については、現地での聞き取り調査もありますから、1週間では難しいと思います。2週間後にまたお会いしましょう」

「ロージーさん、でも」

「ユウさん。私、これからはもう冒険者ギルドとは無関係で生きていかなきゃいけない、ってはっきりわかったんです。これは私の決意表明でもあります。どうか行かせてください」

「う、うぅん……」


 ロージーの目は真剣だ。

 俺は依頼主だから、却下するのは簡単だ。でも……そうしたら、彼女との接点が切れてしまう気がする。う、うん、アレだぞ、優秀な調査員を逃したくないって気持ちだからな? 個人的な好意とかじゃないからな?

 ウソだ。めっちゃ好意ある。好意はありまぁす!


 でも、なぁ……。

 ひとりで行かせるのがすごく心配なんだよな……。

 冒険者ギルドで護衛を雇うこともできないもんな。クエスト依頼主として行ったとしてもロージーがなにを言われるかわかったもんじゃないし、そもそも今はゴーレムに破壊されて混乱の真っ最中だ。ギルドの機能が元に戻るまで多少は時間がかかるだろう。

 かといって俺が調査についていくことはできないんだよな〜〜〜〜! 依頼主だからって言うより、外歩けないし、俺。あー、もう、この身体不便すぎんだろ!!


「……私は、ワガママを言っていますか?」


 俺が悩んでいるのを見て不安そうにロージーが聞いてくる。

 くう。そんな悲しそうな顔をしないで。


「ち、違います、そうじゃなくて……」


 クソぉ……使いたくなかったが、あの手段を使うか……。


「ロージーさん。ひとりで行かせるのが非常に不安なんです。街の外は危険ですから」


 山賊とかいるんだぞ。マジで。


「わかっています。自分の身くらいは守れますから」

「……ギルドの宿直室で襲われてたじゃないですか」

「あっ……あうぅ」


 あうぅじゃねーよ。可愛すぎるだろ。真っ赤になって頬を押さえるなよ。可愛すぎるだろ。そりゃ襲われるわ。


「ロージーさんをみすみす危険にさらすわけにはいかないので、私のパートナーを連れて行ってください」

「パートナー……?」


 俺はため息をついた。これしか思いつかないのだから仕方がない。


「ルーカスをつけます。ヤツといっしょに行動してください」




 出発は4日後になった。

 その間に俺はルーカスの連れてきたベインブと面接し、ルーカスを連れてグランフィルミスへ行き、レッペハッカを買い付けた。


 レストランを1週間ちょい空けることについては、すでにルーカスがいなくても回るところまで来ているらしい。例の気の利く給仕を始め、人材が少しずつ環境に慣れてきているようだ。

 いくつか不安はあるが、そこは俺が毎日確認することで解決する。スケルトンをレストランに派遣するわけにはいかないし、ミリアも魔族だ。魔族に忌避感を覚える人間はいまだに多い。


 ホークヒルリューンフォート支部のパネルで、初級第2の報酬が37を表示しているその日、ルーカスとロージーが南門で落ち合った。それを俺は離れた空き家から眺めていた。外に出られないしな……。

 ロージーはルーカスのことを知っている。緊張しているようだが、ルーカスが愛想良く話しかけるとぺこぺこと頭を下げてふたり連れ立って馬車を借りに行く。南門付近はバスロータリーのように広くスペースが取られてあり、チャーターできる馬車が10台以上駐まっている。御者と直接交渉して、借り受けるのだ。

 ふたりは交渉が終わると1台の馬車に乗り込んだ。交易も行う行商人と同道するようだ。ふたりの他に、行商人らしき男も乗り込んでいる。御者が手綱を引いて馬車は動き出した。


 不安だ……。

 ルーカスとロージーがくっついちゃったりしたら、俺は嫉妬の炎に身を焼かれない自信がない。

 山賊の心配?

 ルーカスには大量にキ○ラの翼を渡してるから大丈夫。なにかあったらホークヒルへバビュンだぜ。


 すでに南部方面の集落へはダンジョンの開通は終わっているので、俺は迷宮司令室に戻った。宿に着いたらルーカスに報告を受ける予定だ。

 俺は俺で考えなきゃいけないことがある。進化のこととか進化のこととか進化のこととか。

 ……いや、進化のことはどうでもいい。

 はぁ……不安だ。




――――――――――

*ファナ*

――――――――――




 街に出てみたら面白いことがあるのかと思ったけど、特になにもなかったな〜〜。あーあ、これなら森の奥で狩りをしてたほうがよほど楽しかったかも。

 うちの古老たちが「エルフは街に出るもんじゃない」なんてぶつぶつ言ってたけど、これって「面白いことなんてない」って意味だとは思わなかった。古老もやるじゃん。

 無理を言って連れ出したリンダもつまんなさそうな顔してるんだよね。ま、ね。知識として街のことは知ってたし、遠目には見てた。それがそのままそのとおりの街だなんて思わないじゃない? なにかあるのかな〜って思うじゃない?

 美味しいケーキを出しているカフェはよかったけどね。


「明日、森に帰る」


 リンダが言った。

 あたしたちが滞在しているのは大きなお屋敷だ。そのうちの1室を与えられていた。

 きっと豪華なんだろう調度品も、寝台についた天蓋も、分厚い絨毯も、森のきらめくような美しさに比べれば物足りないんだよね。やっぱりエルフは森の生き物なんだなって思うよ。


「んー、ようやく帰れるね」

「……? ファナは、もっとここにいたいって、言うのかと思った」

「ううん。思ってたほどじゃなかった。あたしこそ無理に連れ出してごめんね、リンダ」


 ふるふるとリンダは首を横に振る。


「ウッドエルフなのに、差別しなかった当主は偉い」

「そりゃあそうよ。リンダを差別したりしたら『大嫌い』って言ってやるわ」


 当主、このお屋敷の持ち主はあたしの兄だ。あたしたちの集落に住むエルフが、10年ごと持ち回りでこの屋敷を維持している。


「……ウワサをすれば影ね」


 ばあんと部屋のドアが開いた。


「ファナ! 会いたかったぞ!」


 エルフなのに人間の貴族が着るようなびらびらして光沢のある服を着た兄、ローバッハが入ってきた。貴族が着るような、って言っても、実際は貴族と同じ扱いなんだけどね。このお屋敷があるのはリューンフォートの貴族街だし。

 兄の気むずかしそうな顔は昔からだけど、それは顔だけ。特になにも考えてない。

 金色の長髪をなびかせてあたしたちのところへとやってくる。


「お兄ちゃん、あたしたち明日帰るから」

「あしっ、たっ……!?」


 世界の終わりを告げられたような絶望をにじませる。お兄ちゃんがあたしのことを好きすぎて困る。困るっていうかウザイ。


「ということは、すなわち、今日一日しかいっしょにいられないということではないか……!?」

「すなわちとか言わなくてもすぐわかるでしょ。そうよ」

「イヤである!」


 目を見開いてものすごく威厳たっぷりに言うんだけど、言ってる内容は子どものようなワガママでしかない。


「イヤじゃないわよ……お兄ちゃん100歳超えてるんだからちょっとは落ち着いてよ」

「私はこれから領主の命で街に出なければならないのだぞ!? ファナといられる時間がどんどん削られるではないか!」

「……領主の命?」


 聞き慣れない言葉だった。

 あたしたちがここにやってきてから、兄の予定と言えば他の貴族とのお茶会や夜会に参加するだけだったのだ。

 それもそのはず、エルフの代表として屋敷を持っている兄に期待されているのは、種族間の調停だけ。調停って言っても問題なんてここ半世紀起きてないのだから、名目上いるに過ぎない。

「ことが起きたときにだけリューンフォートに来ればよいではないか!」と兄は言っていたけど、あたしもそう思う。まあ、兄の希望はあたしといっしょにいたいっていうだけでほんとウザイんだけど、それはともかく。人間からすると、それでも誰かが貴族街のお屋敷にいて、貴族然としていないと建前上いけないらしい。面倒な種族だよね。


 そんな兄に、領主が命令をした?


「エルフと揉めたの?」

「いや、違う。探知魔法が堪能である我らにしかできないことを頼まれた」


 ほほう。探知魔法ねえ。

 確かにエルフは得意だよね。森の中で獲物を追うのに使うからものすごく発達している。この探知魔法は極めると、犯罪捜査や身辺警護、トラップ解除やダンジョン踏破にすごく有利になる。だからエルフは護衛騎士としても冒険者としてもものすごく優秀なのだ。

 まあ、森で遊ぶほうが楽しいから、人間とつるみたがるエルフなんてごく少数なんだけど。


「それはなにかトラブル?」

「……ファナ」


 リンダが呆れたようにあたしを見ている。うん。トラブルって聞くとわくわくしちゃうよね? しょうがないよね?


「冒険者ギルドの3階に突然ゴーレムが現れ、破壊の限りを尽くしたという。召喚した犯人の痕跡を発見できず、私に調査を頼めないかということだ」

「行く!」

「……む?」

「あたしも行く! ね、リンダも行くよね?」


 はー、とリンダはため息をつきながら、


「どうせファナが決めたのなら、決まりなんでしょ」


 と言って立ち上がった。

 あたしがついていくと聞いた兄は大喜びで許可してくれた。所詮、人間の街でのトラブルだ。兄としては解決しようがするまいがどうでもよくて、あたしといっしょの時間を優先したいようだ。ほんと面倒な兄だけどこういうときは便利だ。

 はてさて、姿の見えない召喚術師か。あたしたちの追跡から逃れられるかな?

ようやくリンダとファナとがつながってきました。

100歳超えても妹はかわいいんだからしょうがないじゃんね。

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