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第37話 この街は木材の街

 レストランはレストランで進めつつ、ダンジョン拡張はダンジョン拡張で進めつつ、俺は1週間に1回のロージーとの会合へやってきた。いつもは俺のほうが先に来ているのだけれど、ロージーは今日は予定より30分ほど早くやってきた。

 なんでそんなことがわかるのかと言えば、待ち合わせのカフェは俺のダンジョンの一部だからだ。ロージーが入ってきたらわかる。彼女が身に纏っているふんわりとした優しい感覚は、他の人間とは違う。まあ、意識していないとすぐにはわからないけどな。いちいちダンジョン化した家屋を全部気にしていたら俺だって疲れてしまう。


「やあ」

「こんにちは、ユウさん」


 俺は今回は入口付近からやってくるようにした。待合室にちょうど人がいなくなったタイミングで待合室に現れる方法だ。ずっと順番待ち状態だったら常に人がいてマズイ方法なのだが、この方法が使用できるようにロージーとの待ち合わせは客の少ない午前にしてある。

 いつまでもトイレから登場する俺ではないのである。


「待たせました?」


 俺はたずねながら彼女の正面に座る。

 彼女のつややかな黒髪が差し込んだ柔らかな陽射しで、光沢を放っている。最近、寒い日が続いているからだろう、厚手の布を使った紺色のワンピースだ。身体の真ん中でボタンで留めるタイプで、彼女の破壊力たっぷりのボディラインにあわせて作っているのだろう、ボタンがはち切れる心配は今のところない。残念。じゃなかった。さすがにそんなラッキースケベを考えるほど俺も幼くはない。むしろちゃんと採寸しているところを見るに、洋服を作るときに女子店員が「お客様はうらやましいです……」と自らのナイチチを嘆き、それを聞いたロージーが「そ、そ、そんなことないです」と顔を真っ赤にして照れる、というシチュエーションを想像して萌える、という高度な……、


「こちらが今回調べた結果です」


 んなアホ妄想をしてる場合じゃなかった。

 コホン、と咳払いをして調査結果を受け取る。


 まずはリューンフォートの人口について。

 5年前までは横ばいだったが、5年前からは右肩上がりになっている。まあ、毎年2〜5%程度だが。それでも右肩上がりなのはすごいな。


「人口の変化については調べることができたんですね?」

「はい。かなり詳細に記録をつけている教会委員がいらっしゃって、教えてくださいました」

「結構簡単に教えてくれるんですねえ」


 教会とか閉鎖的なところかと思ってた。そう言えば教会を迷宮占領(オキュペーション)したらどうなるんだろう? 今度やってみようかな。


「教会が管理しているものはすべて市民のためになるものですから。むしろ私がたずねていくと歓迎されます」

「……その教会委員って人は男性? 女性?」

「? 男性ですが?」


 なるほど。ロージーがたずねていけばそりゃあ大歓迎だよな。俺だってロージーがホークヒルに来たら歓迎するっていう話ですよ。

 ロージーに、調査員としての適性があることがよくわかった。


「このリューンフォートでなにか大きな事件はありましたか?」

「事件、ですか……?」

「ええ、特に5年以上10年未満以前で。事件、というより、変化ですね」

「変化と言えば8年前に領主様が変わりました」

「変わった……」

「はい。詳しくは知りませんが、本来世襲であるはずの領主様が、まったく違う、王都から派遣された貴族に変わったんです。……それがなにか?」

「だいぶその貴族が優れているんでしょうね。人口が増加に転じています」


 あるいは、その前の領主様が無能だったか。

 ありそうだな〜。世襲を覆して失脚させるってよっぽどだもんな。


「た、確かに、今の領主様は冒険者ギルドの内部規約も変更されました。細かいところなので私は気にしなかったのですが……」


 ハッとしたようにロージーは言う。


「変更はどのようなところですか? ……あ、いえ、言いづらいなら結構ですよ」


 冒険者ギルドの内情だからだろう、ロージーは言いたくなさそうな顔をした。たぶん、俺はまだ信頼に足りないのだ。


「すみません、ユウさん」

「いえいえ。お金を払えばなんでも教えてくれる、だなんて思っていませんよ」

「……ほんとうに、大丈夫なんですか?」

「ええ、もちろん。そうしないと気持ちよく仕事できないでしょう」


 俺の答えに、ロージーが胸に手を当ててほぅと息をつく。彼女的に気になるところだったのかもしれない。

 俺としては当てた手が胸に乗っかってほぼ地面に水平になっているところのほうが気になるんだが。胸の反発力、すごひ。


「でも、ユウさん。領主様が変わるだけでそんなに変わるものでしょうか?」

「告知されないだけで細かなところが変わっていると思いますね。特に治療院や交易、公共事業に関わるところだと推測します」


 人口の増減に直結するのがそこだ。治療院は病院のようなもので、公的な機関だ。交易は文字通り他の都市との商売に関すること。人口を増やすのに手っ取り早いのはよそから人を入れることだからな。交易がしやすい、儲けている都市、となればどんどん人がやってくるだろう。


「そう言えば、冒険者ギルドにいたとき、冒険者たちが治療院についてウワサしていたのを聞いたことがあります。『他の街に比べてリューンフォートは手厚く看護してくれる』と……」


 死亡率が減れば人口は増える。当然だよな。

 人が増えれば経済が回り、税収も上がる。


 ……こないだの合コンでいきなり殴られたもんなあ。アレを思えば、この世界はかなりバイオレンスだ。なのに、市民の命を大事に扱おうとしている領主はなかなか見所がある。


「ユウさん、次に各ギルドの状況ですが——」


 ロージーは説明をした。俺が要求していた「この町にある22のギルドで、どこが賑わってる?」というものだ。

 簡単に結果だけ示すと、こうだ。


 1位 木工業ギルド(木工協会、家具協会、建具協会等)

 2位 建築ギルド

 3位 農産ギルド

 4位 畜産ギルド

 5位 料理ギルド


 こんな感じで22位まで続く。

 儲かってそうな商人ギルドが18位で、「あれ?」となったが、どうやら商人ギルドは商売の許可を出すだけなので、金はあるが賑わっているとは言いがたいようだ。

 冒険者ギルドは9位だ。


「リューンフォートは北部に大森林があり、ここでは良質な木材が採れます」

「あ〜。はいはい」


 材木問屋の娘、ゾラちゃんの肉付きのよさを思い出す。


「こうして見ると、肥沃な大地の恩恵を受けている街という感じですね、リューンフォートは」

「ユウさんのおっしゃるとおりです。北部の大森林、西部のロ・グラ・ド大河によってもたらされる恵み——」


 骨どもが穴開けた河のことだろうな。


「木工業ギルドはひっきりなしに人の出入りがあってギルドの中でもいちばん大きな庁舎を持っています」

「……木造の?」

「はい」


 ロージーがにっこりした。


 ふむ。この町は思っていた以上に金回りはよさそうだな。この国の食料庫や資材庫といったところかな。よそから商人もやってくるし、ホークヒルをリューンフォート近辺に構えられたのはラッキーだったみたいだ。

 逆に、ランキングの下位には「宝飾ギルド」や「美術ギルド」がある。芸術からは遠い街だ。これなら芸術に寄せたアイテムを初級第3ダンジョンの宝物としてばらまくのは止めたほうがいいかな? 望まれてなさそうだ。……いや、逆にこの町にはないから高値がつくとか?


「ユウさん、この後の調査はどうしますか? まだ街の調査を続けますか?」

「いえ……だいぶ調べていただいたようですから、問題ありませんよ」


 俺は紙の束を見て唸る。

 各ギルドのギルド長の名前や、組織図なんかまでそろえてある。ギルドの数、22もあるんだぞ? それをよく1週間で集めたよな……。


「次は、ダンジョンについて調べたいです」

「……ダンジョン、ですか?」




 実はこの会合に臨むまでに、俺にとって重要な2つの出来事があった。

 1つ目は、冒険者ギルドだ。

 モンスター情報を調べるために深夜に侵入したのが直近の侵入だったけども、昨晩、もう一度侵入しようとした。

 だけど、弾かれたんだ。

 一応、まだダンジョンの支配権は及んでいる。それなのに入れない。貴族街の外壁に触れたときのような拒絶だった。

 転移トラップや高速移動(ファストムーブ)でも入ることができなかった。事実上、俺は冒険者ギルドに入る手段を失ったことになる。

 なぜこんなことになったのか?

 わからん。

 ともかくも、俺が冒険者ギルドの資料で調べたいことがあれば、ロージーや別の人に依頼するしかない。


 2つ目は、ホークヒルの新機能だ。


「ダンジョン……」


 途端にイヤそうな顔をしたロージー。


「ロージーさん、ホークヒルのことを思い出しましたか?」

「思い出すというより、アレを忘れることのほうが難しいでしょう」


 アレ、とロージーが指差したのは窓の外だ。

 うん。ここからでも見えている。「ダンジョン初級第2 褒賞:金貨33枚」という文字。

 ホークヒル、リューンフォート支部(ただの転移トラップがある塔)の上部にパネルを設置したのだ。屋外広告のようなものだ。

 そこには、日々増えていく初級第2ダンジョンの報酬について書かれていた。さすがにでかすぎるというほどではないけれども、目を凝らせば読める。

 こいつがすごいのは夜で、ライトが当てられるので遠目からでもめっちゃ目立つ。

 おかげさまで埋没しがちな初級第2ダンジョンの存在が広まり、毎日の売上が銀貨100枚を割らなくなった。さっさと誰かがこの大金を手に入れてくれれば、さらに話題になるだろう。


「あんなふうに存在を主張してくるなんて……非常識なダンジョンです。どんな迷宮主がいるんでしょうね」


 頬に手を当てて、はぁ、とため息をつくロージー。すみません俺です。


「それで次の調査のことなんですが、ダンジョンがらみなんです」

「なんでしょう」


 多少警戒心を持ってロージーが聞いてくる。ホークヒルに潜入しろと言われたら嫌がるかな? 嫌がられたらちょっと悲しいが……。安心だよ? 安全だよ? ぼくはわるいダンジョンマスターじゃないよう、ぷるぷる。


「このあたりに、迷宮主が討伐されたダンジョンがあるかどうか、確認して欲しいんです」

「迷宮主が討伐されたダンジョン……ですか? 死んだダンジョンということでしょうか?」


 目を瞬かせるロージー。

 死んだダンジョン、って言うのか。なんかイヤだな。


「えっと、俺は冒険者じゃないんで、言い方はわからないんですが……冒険者ギルドに行けば調べられますよね」

「……はい、そうですね」

「あっ。ごめんなさい——つらいですよね、冒険者ギルドに行くのは」


 ヤバ。自分がクビになった冒険者ギルドに行ってこい、なんて言われていい気持ちになるはずがないじゃんか。

 俺デリカシーなさすぎた。


「ロージーさん、ごめんなさい。この案件は別の人間に頼みます」

「いえ、私のほうこそ大丈夫です。調査員たるもの、自分の過去で動揺なんてしてはならないのに……ですから他の人に仕事を回さず、私にください」


 う、うああ、さらに墓穴掘った。

 これってアレだよな、俺が「お前ができないならよそにやるから」って脅迫した感じになってるよな!?

 違う、違うんだ! 俺がバカだっただけなんだ!


「ユウさん、そんな顔なさらず。ほんとうに問題ありませんよ。そのくらいの調査ならすぐにできるので、今から行ってきてもいいですよ」

「あ、いや!? そんなこと、気にしないで、っていうか、あの、急いでないっていうか、えーとその」

「……依頼主に気を遣わせてしまって、申し訳ありません。問題ないことを証明するために、すぐにダンジョンの調べをつけてきます。大変恐縮ですが30分ほどお待ちください」

「え、ええっ!?」


 俺が止める間もなくロージーは立ち上がって行ってしまった。

 あ、あああ……どうしよう。俺はなんてことを……傷口に塩を塗って脅したようなもんじゃねーか……。


「ハッ」


 待て、待て俺。こんなふうに凹んでる場合じゃない。せめて彼女の様子を確認しにいこう。


 俺はウェイターを呼んで、お金だけ先に払ってテーブルをそのままにしておいてもらう。

 トイレに入って地下へと入り込む。ロージーに先んじて冒険者ギルド(地下)へと向かう。

 ギルドで働いていたときからあのカフェにはよくいっていたのかもしれない。歩いて5分程度の距離だ。


「いつぅっ」


 ばちんっ、とやはり弾かれて、中には入れない。だけどダンジョン占領下にある状態は継続している。

 占領下にあるのであれば他の機能も使えるはずだ。俺は冒険者ギルドに意識を集中する。中にいる人間の気配を感じ取る。声もかすかに聞き取れるが……そこそこ人がいる。うーん、どこまで聞き分けられるかな。

 声、声、声……あっ、ロージーが入ってきた。

 俺は全身の神経を声に集中した。こんなに音に神経を集中させたことなんて、会社で義務づけられている健康診断の聴力検査以来だ。「ぴー」っていう音が聞こえてる間はボタンを押してるヤツ。我に返ると「俺はこんな狭いところに閉じ込められてなにやってんだ?」とか思ってしまうヤツ。


 そのとき——奇妙な感覚を得た。

 冒険者ギルド内の音が一気に耳の中に流れ込んできたのだ。

 と同時に、久しく聞いていなかったカヨちゃんの声が耳元で聞こえる。


《迷宮魔法「進化」の条件を満たしました。静寂と反響の迷宮主ダンジョンマスター・オブ・エコーへと進化ができます》


 ちょっとカヨちゃん、今はそんなことやってる場合じゃ——うええええっ、進化!? ここで来た!?

明日もなんとか更新したいところ……!

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