第36話 うなれ、俺の右腕……! レストラン改革だッ
なんだかやる気になったルーカスが鼻息荒くぶつぶつと事業プランを垂れ流している。正直なところ、ホークヒルが世界的に有名になる……なんてのは「そうだったらいーなー」くらいの覚悟である俺としてはついていけない。全然ついていけない。
「な、なあルーカス」
「なんでしょう、先生!」
呼びかけると脊髄反射のごとき速さで反応される。
「商会の立ち上げってどうやるの?」
「それはですね——」
とルーカスは教えてくれた。
商人ギルドに金貨10枚を支払えばいいらしい。金さえあれば商業の許可を出す。あとは勝手にやれ、という守銭奴スタイル。すげーな。許可出すだけで金貨10枚かよ。「購入」に許可は必要なく「販売」に許可が必要なのだそうだ。買い付けにあちこち行くぶんには構わない、と。ふむ。
「このホークヒルで商売やってるけど、それは?」
「街の外ですからね。商人ギルドの管轄外ですよ。商人ギルドのない農村なんかを回る行商人の許可証もありますが、ここは農村ですらありませんしね」
「なるほど——もしかして商人ギルドって街ごとに許可を出すのか?」
「そうです」
「1回許可を得ても他の街で商売をやるなら許可がまた必要?」
「そうです」
うへえ。チェーン店殺しだな。
ルーカスは、ホークヒルの「宝物買取店」で得た商品を街でも販売することを考えているらしい。大半は俺がまた買い取って初級第3ダンジョンに再設置してるんだけどな。
「まあ、俺が商人ギルドに登録しなきゃいけないとかじゃなくてよかったよ」
「先生が、ですか? 先生は登録出来ませんよ」
「え? なんで?」
「登録は人間や亜人種だけですから。種族判定のマジックアイテムで弾かれると思います」
おおぅ、なんたるモンスター差別。
「燃えてきましたよ、先生。私も店をもっと盛り上げます! 先生の教えを活かして!」
「ほ、ほどほどにな。でも正直、ちょっと限界はあるよな……ルーカスのところが繁盛するには俺がもっといいダンジョンを造らなきゃいけないし……」
「それは……そうですが。私のところだけでがんばろうにも、エビはダメなんですよね?」
ああ、そんな話をしたよな。
俺が定期的に魚介なんかを仕入れてレストランを繁盛させる手段。
でもそれをやってしまうと、俺はレストランオーナーになることになる。ダンジョンマスターではない。
「うん、確かにそうなんだが……方向性としては間違ってないんだよな……。ダンジョンが繁栄するのは当然として、レストランの質も上げていきたい……」
「たとえば料理人をヘッドハントする、とかですかね? 手っ取り早くレストランをレベルアップさせるには」
おっ、それはいいな。
俺が毎日食うレストランの質が上がるとか俺得すぎる。
「心当たりある?」
「探してみることはできます。気は進みませんが、親のツテで。……ただ今の売上だと厳しいかもしれませんね。腕の良い料理人は当然給料も高いですから」
「だよな。腕がよくて給料の低い料理人なんているワケがないし——」
するとルーカスがパチンと指を鳴らした。
「います!」
「いるの!?」
「あ……でも、難しいかもしれません。腕はいいけれども給料が低い、という料理人は確かにいるんです。ですが彼らは、遠い場所で修行を積んだ料理人で、なにがしかのワケがあってリューンフォートに滞在している、という状態です」
「ああ。その味にニーズがないから給料は安い、と?」
「そうではないのです。彼らの腕を活かせる食材を仕入れられないために、ぞんぶんに腕を振るえないのです。先生にお頼みすれば新鮮な食材を遠隔地から仕入れられるでしょうし、遠国の料理を楽しめるということでレストランの目玉になると思いますが……それでは結局、先生がレストランオーナーになるのと同じですよね」
「…………」
「先生?」
ルーカスの言うとおりだ。俺はレストランオーナーを目指しているワケじゃない。仕事の大半を食材の仕入れに費やすことはできない。
たとえば転移トラップの場所だけ教えて勝手に仕入れさせるのはどうだ?
ダメだな。遠国の食材を頻繁に仕入れていたら目立つ。尾行されて転移トラップの場所を知られたら終わりだ。
でも……。
なにか方法があるような気がするんだよな……。
俺は考える。
俺にとってなじみのない料理……タイ料理とか? 知ってはいるけどほとんど食べたことがないな。パクチーがそもそもそんなに好きじゃないし。でもトムヤムクンの酸っぱ辛い味は美味いと思う。安く食える店が近くにあれば、たまには食いに行く。高ければ行かないだろう。高い金を払って仕入れて高く売ったら、それでは既存店と競争できない。
「……そうか」
俺は、気がついた。
これなら行ける。食材の仕入れは俺がやらなければいけないが、その作業時間は最低限に抑えることができる。
「先生、どうしました? まさかなにかいい方法が」
期待に満ちた顔のルーカスに、俺は言った。
「トムヤムクンだ」
俺はルーカスに料理人を探すように伝えてから、ひたすらダンジョン拡張を進めた。転移トラップを作るにしても俺のダンジョン内に作らなければいけないので、俺が歩いてまずはダンジョンを拡張しなければならない。非常に面倒である。
なんかないかな。たとえば、向こう100メートルを一気に空間精製できる、とか……。
「……空間に満ちたる魔力よ、我が呼び声に応え、空間を消したまえ……空間精製ッ!!」
しーん。
うん、知ってた。前にもやったことあるけど、特に魔法効率は変わらなかったし。
「今のが迷宮魔法の呪文なのか?」
「いや、そうじゃなくてただの雰囲気——のわっ!?」
めっちゃびっくりした。後ろにミリアがいたのだ。
ぐほああああ! 聞かれた! 俺の中2ワード!
「違うのか……ちょっとかっこよかったのに……」
カッコいいのかよ。やっぱりお子様だな、お前は。
「で、ユウはなにやってんだ?」
「見ればわかるだろ、迷宮拡張だよ。お前は?」
「散歩……」
太ったと言われたことを気にしてるんですね、わかります。
「ちょうど歩きやすそうな道だったから、来てみた」
「お前には恐怖心とかないのかよ。真っ暗な真っ直ぐな道でしかないぞ」
「むしろ真っ暗で真っ直ぐなだけだから怖くねーよ。で、どこまで続くの? この道」
「そうだなあ、あと20日くらいかかるかな」
隣国、セウェルゲートの都市グランフィルミスがある。だがいかんせん遠い。
「前から思ってたんだけどさー。なんでユウは自分で掘るんだよ?」
「そりゃスケルトンに掘らせるより早いからだ」
「人数増やしても?」
「アイツらはそこまで剛力じゃないからなあ……まあ俺が寝ている間にやってもらうとかはいいかもしれないけど」
「じゃあトラップは?」
「ん? なんでこの流れでトラップが出てくるんだ?」
「いや、穴掘るトラップとかあるんじゃねーの?」
……え?
「おいら、ユウが作るようなトラップ、今まで見たことも聞いたこともないもんばっかりだ。だったら穴掘るトラップがあんのかな、って思ったんだけど」
「それだあ!!」
「うお!?」
「よくぞ言ったミリア! 最高、えらい、愛してる!」
「え、え、えええ!?」
俺が肩をつかんでゆさぶるとミリアの身体が揺れて、豊かな胸もゆっさゆっさとするのだが、中身はミリアだ。俺はそんなことで理性を失うことはない。ちょっとだけ視界の隅に納めて満足するだけだ。
しかし、だ。穴を掘るトラップとは考えたことがなかった。
だけどできるだろうな。
「あ、あ、愛してる、って、お前、バカ、急にそんなこと」
「ミリア、俺迷宮司令室に戻るから。じゃな!」
「え……おいユウ!? 帰りのトラップ置いてけ——」
後で、めっちゃ歩かされただろ、とミリアに怒られたがなにをそんなに怒っているのかわからない。だって歩きたいんだろ? カロリー消費したいんだろ?
それはともかく自動で穴を掘り進めるトラップはできた。空間精製をトラップに書き出すのはちょっと骨が折れたがそもそも俺の魔法だしな。やってやれないことはない。
これをスケルトンに持たせ、掘る担当、平面整地で固める担当、転移トラップを持ち運ぶ担当、と分かれて作業させる。分担して四方八方に地下通路を延ばすこともできる。うわー、俺のダンジョン勝手に広がりまくりんぐ。
「ボス。仕事が増えすぎでサッカーができないと苦情があがっております」
きりっとした顔でリオネルが言ってきたが、お前が遊びたいだけだろ。むしろ俺が働き過ぎなんだよ。ていうかどんだけしゃれこうべサッカーにはまってんだよ。
ともあれ、俺の迷宮拡張事業は急速に進むこととなる。途中、深い川底に当たって骨が流され迷宮通路が水浸しになるという惨事が起きたけどな。骨は貴い犠牲になったのだ。まあ、魔力を入れ込んだらすぐに復活したけど。
「先生!」
ルーカスが飛び込んできたのはあと少しでグランフィルミスに到達しようかというころだった。
「料理人を見つけました!」
「おおっ」
俺はいつものとおり、レストランの一番奥、個室で食事をしていた。
たまにホールで飯を食ったりするけど、あんまり頻繁にそこにいると「こいつ毎日ここにいんの?」と思われそうじゃん? 賢い迷宮主は危険の塊である冒険者には近づかないのである。
「こちら先に下げますね」
「サンキュ——ルーカス、こっちへ」
いつもの給仕が俺の食器を下げていく。よく見かける男の給仕だけど、名前は知らない。ルーカスが信用してそうな雰囲気で、気が利く給仕だ。
給仕が去っていくとルーカスに連れられてずんぐりむっくりのビア樽みたいな男が現れる。まもなく冬だというのに腕まくりしていて、腕毛が濃い。
「……このひょろひょろしたヤツがオーナー?」
うん。口は悪いみたいだ。
「せ、先生に向かってお前!」
「落ち着けよルーカス。俺がひょろひょろしているのは事実だ。——えーと、それでオーナーに対してあなたは自己紹介もしないんですか?」
オーナーじゃないけどな。面倒だからいいや。
「……いや、すまねえな。思ってることがすぐに出ちまうんだ。俺はベインブ。ランディン出身でレッペハッカ料理が得意だ。ここならレッペハッカを使わせてくれるかもと聞いたから来た」
なるほど。全然わからん。
名前がベインブってことだけはわかった。
俺はちらりとルーカスに視線を向ける。俺に一般常識がないことはすでにルーカスに伝わっている。
「レッペハッカはリューンフォートでは非常に高価な香辛料です。小指の先ほどの黒い粒で、砕いて使います。口の中でカァッと熱くなるような辛さがあり、香りも豊かですね」
胡椒ですね、わかります。
「えーと……リューンフォートで買うといくらくらい?」
「同じ重量の金で取引されているほどですね」
やっぱ胡椒じゃねーか。
「ですが、宗教国家セウェルゲートには世界各地から香辛料が集まります。神は美食でありますからね。そのためリューンフォートで買うよりは相当安く仕入れられます」
一方で、各地での需要を見込んだ商人が押し寄せており、距離が離れるにつれてどんどん価格が上がっていくということだ。運賃以上の価値がその香辛料にあるのならそれも仕方ないのだろう。
「こっちじゃ平民が食えるような値段じゃなくてよお……俺も最初はびびったぜ」
ベインブがもさりとした眉根を寄せる。
口は悪いが性格が悪いわけではなさそうだ。まあ、正直な田舎者といったところか。
「ベインブさん、あなたは遠いところからリューンフォートに来ているんでしょう? レッペハッカなんて日常的に手に入れられた土地から? どんな事情があったんですか」
「……恥ずかしい話だが、売られたんだ」
「売られた?」
「料理の腕はまぁそこそこあったからな。料理人として売られた。俺には借金がたんまりあったからよ」
「借金はどこから?」
「そりゃあオメー、決まってんだろ! 馬だ! 馬! 馬に突っ込んだ!」
競馬キ○ガイだったようだ。
「でもよお、この国じゃ競馬はねえんだよ……」
「ベインブは奴隷身分だったんだから、そもそもダメでしょうが」
ルーカスがため息をつく。奴隷は馬券を買えない。どうでもいい知識を得た。
「奴隷だった彼をルーカスが買ったのか?」
「奴隷ではすでになく、街の料理屋で働いています。雇い主とはソリが合わないんだとか。私の実家の商会がその料理屋に出入りしていたので私もベインブのことを耳にしました」
なるほど。ある程度実績もあるならいいな。
「なあ、アンタら勝手に話進めてるけどよ。俺はここで働くとは一言も言ってねーぞ? レッペハッカがあるって聞いたから来たんだ。でもここのレストランは、ふつうのリューンフォート系のメニューしかないだろう。どこにあるんだよ」
「レッペハッカがあれば働くんですか?」
俺の問いに、
「そうだ。まあ、レッペハッカがある、なんて期待はしてなかったが……。お前みたいなひょろっとした若い男がオーナーじゃ、俺とは合わん。それじゃあな」
「いやいや、待ってください」
立ち去ろうとするベインブに俺は声をかける。
「1週間後からルーカスのレストランで働いてください。レッペハッカを用意しておきます」
俺はにっこりと笑った。
そう、俺がやろうとしているのは、香辛料を仕入れること。
香辛料が料理の幅を変える。もちろん食材も大事だが、それ以上に重要なのが香辛料だ。
香辛料ならば大量に購入しても劣化が遅いから長く使える。1度の仕入れでしばらくもつ。
これが、仕入れの時間を減らし、同業他社に怪しまれることも少なくできる手段だ。
ヒルズレストランの最初の目玉はレッペハッカ料理にしようか。
ベインブとの面会から2日後。
グランフィルミスへのルートは開通した。
「先生、私も考えました」
転移トラップでグランフィルミスへやってきたルーカスは、たっぷり1分は呆然と立ち尽くしてから、ある提案をしてくれた。
その提案は大変魅力的で、既存の運送業を脅かすこともなく、さらには俺の作業時間も削ってくれるすばらしいものだった。
やっぱりルーカスと出会えたのは俺にとってラッキーなことだったなと再確認できた。
新キャラを出せるタイミングだというのに、なぜ俺は男を出してしまったのかッ……!
転移を使った運送改革は簡単なんですが既存の経済に影響が大きすぎますよね。迷宮主は天敵だらけなのでなるべく目立たないようにビジネスを伸ばしていく必要があります。
ルーカスもその助けをしようとがんばってくれています。ミリアはたまに助けて、たいていは邪魔です。
次回はいやしのロージーちゃんです。




