第35話 ケツ意はある日突然に
ダンジョンの1日の営業が終わると、俺は夜の仕事に出る。夜の仕事と言っても「お兄さん、どう!? うちはいい子いっぱいいるよ!」みたいなお仕事ではもちろんなく、ダンジョンの補修である。ちなみにいい子がいっぱいいると言われてほいほいついていっていい子がいた試しがない。スケルトンみたいな圧倒的に俺より年上の女子(自称)がやってきたのは最悪の思い出。ていうか俺はスケルトンに縁がありすぎるのでは……?
ダンジョンの補修だけど、特に初級第3ダンジョンがひどい。初級第1や第2は魔法を使われても壊れるのが外壁や床で、これらはダンジョンの基本機能としてすぐに修復される。第2についてはゴーレムの復活だけで済むので、ある程度MPを使うだけで済むというのもある。
初級第3はダンジョンの基本機能だけでなく、調度品を導入している。調度品は中級整形や製造精霊で作っている。壊れたものをチェックするのはスケルトンたちの仕事で、俺が初級第3ダンジョンに入っていくと、壊れたもののある場所に彼らが立っている。それらをストックと入れ替える。冒険者は乱暴なので机を蹴り倒すわ棚をぶっ壊すわで大変なのだ。
「壊しても中に宝物はありませんよ」とアナウンスが都度都度入るのだけど、「そう思わせておいてあるかもしれない」と考えるのが冒険者だ。それに、初めてやってきたばかりの来場者にはそもそも意味がない。
調度品の入れ替えが済むと、宝物の補充だ。これらはスケルトンたちが運び、隠してくれる。スケルトンにはそれぞれ、隠し扉や隠し棚を作るトラップ製造機を与えていて——これもトラップなのでトラップがトラップを作るというパラドックス的展開が起きているのだが——彼らが思い思いの場所に隠している。俺ですらどこに宝物があるのかは正確にはわからない。
5等級以上の希少な宝物は俺が直接隠しているが、それらはなかなか見つかるものではないので数日に1回、補充や移動がある。
ちなみに、場所はバレているのにまだ取られていない宝物もある。最上階にある3等級宝物だ。部屋の真ん中に明らかに怪しい箱が置かれている。寄せ木細工を参考にしていて、これをいじくり回して開けられれば中に入っている宝物を入手できる。開場と同時に参加者たちが最上階へダッシュする光景もいつものことだ。この怪しい箱は30分ごとに同じ部屋のどこかに転移するので、1人に独占されることもない。最上階はいつもすし詰め状態だ。
ミリアがサクラとして手に入れたのはこの最上階の宝物だ。箱を解いて手に入れたエメラルド。目撃者も多数。
「うーん……スケルトンが足りない、か?」
「そうですねえ。破損箇所が日に日に増えてますから」
破損してもいいように大量の調度品ストックを用意していたのに、このままではすぐになくなり、作り直しになりそうだ。
リオネルの緊張感のない骨顔にちょっとイラッとくる。
「ていうか面倒なんだよな。スケルトンたちが破損箇所を直せればそれが効率的なんだけど」
「さすがのボスもこれ以上のスケルトン量産は難しいでしょう」
「なに言ってんだよ……いくらでも増やせるわ」
「またまた」
「またまたじゃねーよ」
俺のMPが今いくらあると思ってんだ。3,200万だぞ。リオネル3,200体召喚可能なんだぞ。しないけどな、絶対。俺の精神面への影響を考えて。
「……もしかしてボス、ほんとうにもっと増やせるんですか?」
「もしかして、ってなんだよ。増やせるよ。……もしかしてリオネル、お前なにか妙案があるのか?」
「もしかして、ってなんですか! ありますよ。スケルトンを召喚するときに、街の墓地のそばでやればいいんです。ある程度死体の集まっている場所だと、その傾向が反映されて召喚されるらしいですよ。街でやれば元職人のスケルトンも多くやってくるでしょう」
「おお、それはいいな! でかしたぞリオネ……」
言いかけて俺ははたと気がつく。
墓地でスケルトン召喚とか、はたから見れば悪役ネクロマンサーだよな? まあ、俺は外に出られないから誰かから見られる心配はないんだけど。
いや、待てよ……地表ギリギリを掘っていったら確実に死体にぶつかる。イヤすぎる。なるべく下の方を掘ろう。
街の地下にてスケルトン50体を召喚したところ、元職人を始め、元料理人、元浮浪者、元農民、元兵士などバラエティあふれるスケルトンたちがやってきた。
「元職人だけ残して、あとは土に還すか」
「なにを言うんですか、ボス!」
俺の発言にリオネルが目の色を変え(目なんてないけど)、新たに召喚されたばかりのスケルトンたちもざわついた。カタカタって。
「なんだよ、なんか変なこと言ったか?」
「どうしてそのような差別をするのです。死ねば等しく平等。みんな同じスケルトンです」
リオネルの言葉に、みんなうんうんうなずく。
みんな同じスケルトン。なんかいいこと言ったふうだけど、まったく意味不明だ。
「はあ……まあいいよ。スケルトンなんて何体いてもいっしょだしな。元職人が50体集まるまで召喚を続けよう」
最終的に300体のスケルトンを召喚したところで元職人が50体集まった。これだけいても日々の消費MPは30万だからな。知性なしスケルトンは1体あたり1,000のMPで済むのだ。たいしたことはない。
リオネルが役割分担をして翌日から俺の破損修理時間は今までの1/4程度で収まった。リオネルの提案はなかなかナイスだったと言える。
……よくよく観察していると、スケルトンが増えたためにそれぞれの仕事時間が減り、空いている時間を見つけてはダンジョン内の大広間を使ってしゃれこうべサッカーをやっていた。チーム古参、チーム元職人、チーム元商人、チーム元兵士などに分かれているらしい。
こいつら、ダンジョン生活をエンジョイしすぎじゃないか?
作業時間圧縮は成功したので、今後もスケルトンを活用する方向でダンジョンを拡張しようと思う。
さしあたっては、中級ダンジョンなんだよな……。
それに既存ダンジョンも改良したほうがいいことがわかってる。
「初級第3が活性化したことで、第1と第2の来場者数が減ったんだ。特に第1が著しくて、初めてやってきた一般市民がお試しでやったりする程度なんだよ」
俺はルーカスのレストランにやってきていた。奥にある個室で、お茶を飲みながらルーカスと話をしている。
「初級第1にも、初級第2のように報酬が積み上がるようなシステムを導入しますか? あのシステムはすばらしいですね、先生」
ルーカスはリオネルよりもよほど相談相手になる。ただ、俺より頭がいいので、いつ俺の化けの皮が剥がれるかと思うと精神衛生上はよろしくない。
「キャリーオーバーのシステムか? うーん、それをやるには厳しそうだな。なぜキャリーオーバーが成立するかわかるか?」
今のところ初級第2の報酬は金貨29枚までふくれあがっている。これをほしさに挑戦する冒険者はそこそこいるが、そこそこ止まりなのが問題だった。
「それ以上の売上があるから……でしょうか」
「そのとおり。だが今、初級第2で毎日金貨1枚以上の売上はない」
「えっ」
あると思っていたのかもしれない。ルーカスは驚いたようだ。
初級第2は今のところ毎日の売上は銀貨80枚程度。わずかに届いていない。
数日前までは100枚を超えていたが、1パーティーがあきらめるとがくんと減った。
初級第2の問題は、コアユーザーが集中しているために止められるとすぐに売上に影響が出ることだろう。
これはあまり流行っていないソーシャルゲームによく似ている。
「定量的に稼いでくれる初級第1、赤字運営の初級第2、薄く広く稼げる初級第3という状態だな」
「赤字の事業からは撤退すればいいのではありませんか? 支払う金額は毎日増加していくのですから、赤字の幅も日々増大していくことになります。先生は、初級第2をクリアした冒険者に、ごまかしをせず必ず支払うつもりなのでしょう? そこで裏切ったら顧客の信用を失います。それはこのホークヒルの運営上望ましいことではありません」
商売人らしい意見だった。
「ルーカスの言うとおり。ブランディング上、必ず支払う」
安心、安全、一攫千金。
この夢を見させられなければホークヒルは成立しない。
健全なカジノ、という発想かもしれない。
「であれば先生、支払い上限を定めるか、初級第2ダンジョンをしばらく休業するとか……」
「それもしない」
「どうしてです?」
まだまだブランディングの考え方はルーカスに染みついていないようだ。
「毎日金貨1枚の増加、これは最初からの約束だからだ。これを裏切った時点で顧客はホークヒルを疑うようになる。ダンジョンなんてうさんくさいところで、せっかく、疑いの芽を1つずつ摘んでいるところなのに、自ら疑いの種をまくようなことはできない」
「しかし……」
「俺が相談したかったのは初級第2をいかにして盛り上げられるか、というところなんだ。正直なところを言えばさっさと金貨を支払いたい」
支払えればそれが宣伝効果になる。
だけど今は誰もクリアできず
「初級第2はトントンの収支でいい。初級第1、第2、第3の、どれか1つだけある、ではダメなんだ。俺はホークヒルのダンジョンを多角化していく。もっとコースは増やすつもりだが、厳選し、完成度を上げていく。1つずつに客がつけばいい。おそらくは最新のダンジョンが利益を出して、それまでのダンジョンは収支トントンか、わずかに赤字、ということになるだろう。でも今はまだダンジョンの数が少ないから、盛り上がりが足りない。ここで第2に脱落してもらうワケにはいかない」
WEBサービスの多角化を考えたときに、大手は、一芸に秀でたベンチャーサービスを買収して、傘下にくわえることで多角化を進めていく。
ホークヒルを大手と呼ぶにはほど遠いのが現状なんだよな。
「ですが先生、これだけのサービスを無料で運営するというのは……私の考え方にはないですね」
「無料、とは?」
「銀貨1枚を支払っていますが、先生の収支がトントンである以上、客はリターンを手に入れるワケでしょう? であれば全体で先生は無料でサービスしている、ということになります」
なるほど、そのとおりだ。MPだけ持ち出し、って感じだけど。
客が集まればもっといろいろできるんだよな……。
ポータルサービスは顧客の「多さ」が強みだ。そこに載せる広告で稼いでいる。
俺もゆくゆくは広告ビジネスを始めたいとうっすら考えている。あるいは、広告以外の金稼ぎが思いつけばそっちをやるけど。
「『そのサービスが無料であったときには、ユーザー自身が商品になっている』」
「……先生?」
「俺は広告を取り入れたいと思う。ホークヒルの表、壁面がつるりとしているのはそのためなんだ。広告スペースなんだよ」
「なんと!?」
ちなみに最初の言葉は、某リンゴ企業が暗に某ググレカス企業を批判しつつ述べた言葉だ。
俺も初めて読んだときは「どういう意味だ?」って思ったけど、答えは簡単なんだよな。「うちは無料なんですよ〜」とうたっているサービスは、訪れた顧客の属性を分析し、広告を配信して利益を得ている。ユーザーが商品で、広告を出す企業から金を取っている。某リンゴ企業は「うちは金を取ります。でも、あなた方を売ったりしません」と言っている。でもまあ、料金高いけどな。
「広告、ですか……」
この世界にも一応広告はあるのだろう。だが、そこまで浸透していないはずだ。街中を見ても、新聞を見ても、ほんのちょびっと出ているだけだからな。
「たぶんまだまだ理解されないよ。ホークヒルが大きくなり、世界に名前が知れ渡ったときに——世界中で活躍したいと考えている商売人に、話を持っていく」
世界のあちこちで「面白いダンジョンがあるぞ」と話題になる。そのときに「ホークヒルという場所で、○○という名前もいっしょに彫られている」となれば、商品名か、商会の名前かが、ホークヒルとセットで語られるようになるのだ。
この広告効果を理解できる人間で、なおかつその広告に適したサービスを行っている商会でなければ、金を払うことに価値を見いださないだろう。
という内容をルーカスに説明した。
世界、なんて大げさだけどな。ちょっとカッコいいだろ?
「……先生!」
説明をした後、いきなり大声を上げたルーカスに、俺はびくりとする。
「感服しました!」
イスから飛び降りて土下座する。
……え、なに? なんなの? 大丈夫なの、この子?
「先生がそこまで先を見据えているとは……私の考えが追いつかず、申し訳ありません!!」
「い、いや、別に……あの、そこまでしなくても、い、いいんだよ?」
むしろドン引きしてる俺です。
「私が最初のひとりになります」
……ん?
え?
最初のひとり……って、え? 俺の最初の相手ってこと!? 童貞を奪うとかそういうことだったらイヤだよ!?
逃げようとした俺の手にルーカスがすがりつく。
「ひっ」
「私が、最初のひとりになります!」
「お、おお落ち着けルーカス! なに言ってんだ! 俺たちは男だぞ!?」
「そのとおり、男です!」
しまった!
こいつは男でも行けるクチだったのか!?
「男として、覚悟が決まっていませんでした。男として、生きる道——親の商会を継ぐでもなく、のうのうと生きてきただけの私は、単に覚悟がなかったのです。私は、自らの商会を立ち上げます! そしてホークヒルの最初のスポンサーになるのです!!」
「……あ、そ、そう」
そういう意味か……最初の広告を出す人ってことね……びびらせんなよ、もう!!
ようやく経営っぽい話が入ってきました。
この手の話がもう少し続きます。
主人公にとっていちばん難しいのは、この世界の常識を知らないことでしょうね。
日本の製品が優れているからといって必ず海外で成功するわけではないのと同じように。
(某リンゴ企業のは世界中で売れていますが)