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第34話 天岩戸はかく開かれり

 ひどい目に遭った。びっくりしてしばらく立ち上がれたなかったもん。親父にも殴られたことないのに! じゃないけど、殴られた経験ってふつうなくね? げんこつとかはあっても、頬をグーでパンチで吹っ飛ぶとか、日本じゃあり得なかった。そんなバイオレンスの遭遇確率よりよっぽど交通事故のほうがリアリティあったし。

 あんまり頬が痛いし腫れてくるしで、リオネルに回復魔法の有無を聞いてみると、


「聖女、なんて呼ばれる人は使えるらしいですけどね〜」


 という返答だった。聖女にはできても遺骨には無理のようだ。迷宮主ももちろんできない。

 冒険者ギルドで調べたとおり、迷宮主はホントに弱い。たぶん、俺がTokyo社蓄時代にプロテインがぶ飲みで筋肉むきむきになっていたとしても、迷宮主になった時点で補正がかかっている気がする。殴られたときヤッコに仕返しするとか一切思いつかなかったもの。純粋に「あ、このまま殴られたら俺死ぬ」ってなったもんな。


 合コンはあのまま解散。ぷりぷりして出て行ったゾラも、ヤバイマジヤバイと言いながら帰っていったメイ&ジェイも、やれやれだぜとため息をつきながら出て行ったJOJOモーズも、ヤッコの暴力については特に反応がなかった。アレだ。飲むとケンカ。これは異世界常識なんだろうな。イヤすぎる。

 っていうかさ? 殴られて転がってる人がいたら助けようよ? ね?


「いや〜たぶんボスがうさんくさがられてたってことじゃないですか? なんの見返りもなく7人分の食事をごちそうしてくれるなんて気持ち悪いでしょう」


 部下による上司の気持ち悪い認定。

 しかし、リオネルに言われてみると、それはそうかもしれないという気になる。俺としてはしっかり下心があって、そのこともルンゴたちに伝えた気になっていた。「ホーク・イン」の1室を予約していたほどには下心があった。だけれどうまく伝わらなかったのだ。俺の常識と彼らの常識は違いすぎる。


「うがー! 俺のキャラじゃないのに『合コン幹事役』をしっかり演じたのにー!」


 きつかったんだよ! 明らかに向いてないのに場を盛り上げようと無茶するのが!

 それなのに……俺が得たのはグーパン1発とか……。


「報われなさすぎる……」


 ぐったりしている俺の肩に、ぽん、と骨だけの手が乗る。


「ボス」

「リオネル……」


 こういうときに、慰めてくれるヤツが近くにいると、ほっとするよな……。


「合コンってなんなんです?」


 違った。ただ興味があるだけだった。




 俺がリオネルに「こういうときはそっと主のがんばりを認めて、褒めるのが臣下の務めなのだ」と説教すると「私、臣下じゃないですよ? ただの下僕ですよ?」と反論してきたので「もっと悪い。もっとがんばれよお前」と再度説教したところへ、


「…………」


 ふと気配を感じてそちらを見ると、げっそりとした顔の魔族女性が立っていた。

 実は彼女が来る前から、来るだろうな、とは思っていた。転移トラップが使われたからな。

 ここ数日風呂にも入っていなかったのか、髪の毛がぼさぼさしている。


「よう、ミリア、どうした」

「……どうしたも、こうしたも、ねえよ!」


 いきなり吠えられた。


「なんだよ!? おいらを傷つけたと思ったらユウが謝りに来るもんだろ!?『あれは誤解なんだ』っていう定番のセリフにおいらが『言葉だけじゃ信用できない』って返して『じゃあどうしたらミリアの信用を得られるのだ? 百万の富か、星屑のような宝石か?』とユウがすがりつくものだから、おいらがしょうがないな〜って感じで『一生フライドポテトを食べさせてくれればいいよ』って許すまでが流れじゃないのかよ!?」


 ツッコミどころがありすぎてめまいがしてきたんだが?

 ていうかすらすらそれだけ言葉が出てくるってことはミリアはそこそこ教養があるのかな。一人称おいらの時点でミリアの教養の可能性なんて考えもしなかった。


「とりあえず落ち着けよ、ミリア。お前この数日どうやって過ごしてたんだよ。部屋から出てこねーし。飯だって食ってなかったんじゃないのか?」

「……部屋に置いてた備蓄でしのいだ」


 備蓄とか初耳すぎる。

 こいつ、俺にせびって手に入れた銀貨で他にもいろいろ買い込んでいるに違いない。


「でも備蓄だって昨日で尽きたんだよ! 腹も減るし、ユウは来ねーし」

「最初の1日2日で気づけよ。行かねーよ」

「おいらみたいな美女を放置してんじゃねーよ!」


 つかつかと近寄ってきてぎゅうと襟をつかまれた。


「……ミリア」


 俺は冷静に、彼女の手をほどき、突っ返す。


「えっ」


 その拒絶のような仕草に、ミリアの瞳におびえが走る。


「……臭い。まず風呂に入れよ」

「————風呂に入れなかったのは誰のせいだと思ってんだよ!? めっちゃ怒ってんのかと思っただろ、なんだよ今の態度!?」

「いやほんとマジ臭い。お前、ジャンクフードばっか食ってるからだぞ。汗とか垢がひどいニオイ。もっと野菜食えよ」

「うるせーよ!」


 ダンジョンから切り離してしまった彼女の部屋は、あらゆるダンジョン機能が停止していたはずだ。部屋につけた風呂はもちろん……あ、そう言えば、


「お前、まさか……ウンコも垂れ流しにしていたのか!?」

「レディーに向かってウンコとか言うんじゃねーよ! ちゃんと外に出したっつーの!」


 ミリアの部屋は外に面して窓が大きく取られていたっけ。

 とりあえず俺はミリアを部屋に戻し、彼女の部屋が再度ダンジョンの一部になるように迷宮占領(オキュペーション)で取り戻した。消費MPはなんと100。すくなっ。もともと俺が造った部屋だからかもしれない。

 ダンジョンの一部に戻ると同時に、部屋に立ちこめていたなんだかすえたようなニオイはかなり減った。ダンジョンが吸収したらしい。うぇっ、やだなあ、ミリアの垢とか吸収するのは……。




 ミリアがシャワーを浴びているうちに、飯を買いに俺はダンジョンの表へとやってきた。表、って言っても外には出られないから、ルーカスのやっている店に顔を出す程度なんだけど。


「先生!」


 ルーカスが俺に気がついて小走りにやってくる。


「大丈夫ですか、お怪我は」

「あー、うん、ちょっと殴られただけだから」

「あいつら……私にもっと腕力があれば、タダじゃおかないのですが……」


 ぎゅうと拳を握りしめて震えるルーカス。

 あのね? なんでも暴力に訴えるのはよくないと思うよ?


「今日はどうだった?」

「順調です。先生の見立て通りかと——」


 酔った冒険者が通りがかり、口を閉ざす。

 俺たちがいるのは草原に面した軒下だ。レストランからはがやがやした声が聞こえてくる。鑑定所や両替所はもう夜なのでやっていない。基本的にそちらはダンジョンの稼働時間と同じ営業時間だ。

 新たにオープンした居酒屋も順調なようで、レストランと比べるとずっと下卑た声が聞こえてくる。


「『ホーク・イン』もおかげさまで満室です。ダンジョン訪問数も増えているのではありませんか?」

「……うん」


 うなずきながらも、俺は目下悩んでいる問題に思いを巡らせる。


 確かに、リューンフォートと直結させたことで訪問者数は増えた。しかし初級第3は「1度お金を払えば心ゆくまで籠もっていられる」ので、売上は伸びていない。むしろ初級第3公開以降、わずかずつ減っている。

 WEBふうに言うとページビューとユニークユーザーの考え方だな。

 ページビューは、お客さんがWEBサイトのページを何回読んでくれる指標だ。ユニークユーザーはWEBサイトにやってきた純粋人数だ。

 今のところユニークユーザーは増えて、ページビューの伸びが止まったってところ。

 大型サイト(リューンフォート)にバナー(転移トラップ)を置いて、じゃんじゃん人が流れてくる。だけどWEBサイト(ホークヒル)はコンテンツ(ダンジョン)を追加したものの、追加したコンテンツがかなり良心的な課金設計になっているってところだ。


 WEBの考え方で行けば「ユニークユーザーさえ増えればページビューなんていくらでも増やせる」なんだけどな。でもこいつはWEBじゃない。入場料を搾り取ろうとしても、一般市民には仕事もあるし、自由になる金も少ない。明日も知れぬ身である冒険者が手に入れた金をどんどん使うのとはワケが違う。

 入場料設定はこれ以上上げられないだろう。上げたら一気に客足が遠のく予感。そのあたりはちょっと、考えが足りなかった。「人は増えたが売上が増えぬ」というのはいただけない。


 とはいえ、別に俺が自腹を切って投資しているわけでもなく、単純に金が増えている現状でなにをかいわんやという気もしないではないが。


「なにをお考えですか、先生」

「新しい売上をどう立てるか、だな」

「……やはり、私の売上の一部をお出ししたほうがいいでしょうか? ここの場所代も払っていませんし……」

「それはいいよ。もちろん、よその商会に金を出させてテナント貸しするなら一部もらわないとだけど」


 俺としてはここで料理も作ってもらえるし、商品も売ってもらえるし、大助かりなんだよな。

 今のところルーカスとはwin-winだ。


 俺は草原にいまだあるテントを見る。

 テントの数はめっきり減って、残っているのはたった1つ。アルスのものだ。

 アルスだけは宿を借りることもしない。リューンフォートへのワープも1度使ったきりで、それ以降は使っていないようだ。

 ダンジョン内ならなんとか彼の会話も盗聴できるのだが、草原に出られるとお手上げだ。地下から近づいたことがあったけど、ダンジョン外の音は聞き取りづらかったんだ。


「先生はご厚意でそうおっしゃってくださいますが、さすがに優遇されすぎという気もしています。無償で援助いただいているような気持ちです。商人は無償というものをあまり好まないんです」


 ルーカスはいまだ、場所代のことを口にしている。


「だからいいって。テーブルにイスに皿とかの什器はすべてルーカスかルーカスの実家の持ち出しなんだし」

「ですが……」

「あのさルーカス。俺が頼んで作ってもらったアヒージョあるじゃん?」

「え? はい。お口に合いませんでしたか?」

「あの料理、どうだった?」

「美味しかったです!」


 えらく元気よくルーカスは言った。

 そもそも魚介類も食べた経験がほとんどなかったようだ。実家が食品問屋でこれなのだから、リューンフォートの一般市民はほとんど食べたことがないだろう。


 ちなみにあのエビは俺が直接買ってきた。エメラルドを掘った鉱山のそばが海であり、漁村で直接買い付けたのだ。ほんと、競りが屋内で行われててよかった。屋外だったら参加できなかったわ。

 転移トラップを設置したのでもう簡単に行き来できる。

 ……ん、ひょっとして俺、交易商として生きていけるんじゃね?

 というのは思いつきでしかなかったけど、意外といけそうな気がする。ただ、まあ、すでに交易で稼いでいる商人に殺されるかもしれないリスクを考えると、そういうアイディアは却下だな。


「あのエビ料理を目玉にしたら、レストランとしても強いかな? 定期的に仕入れられる前提で」


 交易はダメでも自分で使うぶんには構わない。


「それは、もちろんそうですが……ならばこのホークヒルでお店を開かなくともリューンフォートで開けばよろしいのではと思います。あれだけ高価な食材を惜しげもなく使った料理だと、顧客対象は富豪以上となりますから」

「ああ、そっか。それじゃあダメだな」


 あっさりと却下した俺にルーカスが「ダメなのですか?」と目を剥いている。ルーカスとしては採算も取れて十分儲かるだろう、と踏んだビジネスだったらしい。

 ダンジョンマスターがレストラン経営してどうすんねんって話だよな。俺の強みは迷宮なんだから、迷宮が金を生む方法を考えたほうがいい。


「メニューを増やす、というのはいいと思いますが、そこまで先生にお世話になるのもちょっと」

「いや、メニューは増やそう。レストランの魅力が高まることは悪いことじゃないし。総合的にホークヒルの魅力が高まることをするべきだ。レストランに特化するのではなく」


 俺は日本でのWEB事業者を思う。

 一芸に特化したサービスのWEBが多かった。高級宿の予約、中古車の検索、個人取引……それらは最終的に。ページビューを集められるからとポータルをやっている会社に買収されていくことが多かった。

 ホークヒルはすでにポータル化しつつある。これがレストランも両替所もなく、単にダンジョンだけだったら違う可能性もあった……か? どこかのポータル——つまり大都市に組み込まれる、とか?

 ないか。

 迷宮が大都市に組み込まれる、というのはあまり現実的じゃないよな。

 やはり、ホークヒルを多角化していくしかない。


「ふむ……」


 そのために必要なことを俺は考える。

 レストランのメニューを増やすためにできること。これはルーカスが主体になって、俺はサポートだな。いくつかできることを俺は思いつく。


 あとは俺にしかできないこと……。

 そろそろホークヒル中級コースをリリースするべきだろう。


「考えがまとまったら、また来るよ」

「はい、お待ちしております」


 ルーカスが、「何か新しいことを教えてもらえそう」と目を輝かせる。変に期待されると困る。

 それにしても、中級ダンジョンどうしようかな。

 思いついても実装するまでが大変なんだけどな……。いろんなトラップの試作品を作らないといけないし。


「そうだ、先生。お耳に入れておきたいことがあります。なんでも北方リンディール王国で『勇者』が観測されたそうです」


 ……はい?

 なんか耳慣れない言葉がでてきた。


「なに、勇者って。聖女の仲間?」

「そうです」


 適当に言ったら当たった。


「……俺、詳しくないんだけど教えてくれる?」

「勇者は貴職七称号のうちのひとつで、聖女、剣聖、聖魔、深縁、拳深、深賢と並んでいます。出現すると中央教会が神託を得ると言われています」

「はあ」


 どうしよう、すげーファンタジーワードが並んでるんだけどピンとこない。


「隣国含めリューンフォート近辺に貴職はいなかったのですが、先日勇者が現れた、ということで……」

「あのさ、ひょっとしてだけど——俺が勇者に会ったら討伐されそうで、ルーカスが心配してるってこと?」

「ええと、まあ、それだけではありませんが」


 そういうことらしい。


「その点については大丈夫だ、ルーカス」


 俺は自信を持って言った。

 俺の能力だと下級冒険者を相手にしても殺される自信がある。勇者だろうと関係ない。


「左様ですか。失礼しました」

「いや、教えてくれてありがとう」

「私も先生に教えられることがあるのですね。……それで先生、合コンとはなんですか?」


 それは知らなくていいっつの。

 俺は迷宮司令室に戻った。

 なんでご飯を買ってこなかったのか、とミリアに怒られてもう一度ルーカスのところに行くハメになった。

気づいたら6,000ポイント超えていました。ありがとうございます。今後もがんばります……が、忘年会シーズンでちょこちょこ更新が滞るかもしれません。感謝してそれかよというツッコミはひらにご容赦。


これからホークヒルの「地力」を上げるための活動をして行きます。結局働いてるじゃん。

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