第32話 合コンメンバーを集めるために必要なビールの量を求めよ
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*ルンゴ*
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リューンフォートの家具職人として今年ようやく一人前として認められたルンゴは、18歳だった。がっしりとした体躯だが表情はあどけない。それでも、10歳から生家を出て親方のところへ住み込みでやってきたのだから、過酷な労働環境に耐えてきた疲れはあちこちに見られる。あどけなさと生活の疲れ。そんなアンバランスな容姿はルンゴに限らず、リューンフォートの——いや、この世界の一般市民にとっては当たり前のことだった。
仕事が終わるとルンゴは、同じ家具工房の仲間と飲みに出かける。行きつけはリューンフォート南部繁華街最大の酒場「赤ら顔」。その名の通り、店内に一歩入るとむっとした熱気、叫び声にも近いざわめきとともに、大量の赤ら顔によって出迎えられる。
「いらっしゃい、ルンゴ」
入口にいる店員は、用心棒も兼任しているため、パッと見は冒険者でもやっていそうなヤクザ者だ。
「今日はいい。前回の木札が余ってるから」
この男に銀貨を1枚渡すと、5枚の木札と交換してくれる。木札1枚でビール1杯。ビール、とは言っても泡はほとんど立たず、アルコール度数も2%程度、色も琥珀色で薄濁りという代物だ。リューンフォートでは最もポピュラーな酒と言える。
仲間とともに丸テーブルに落ち着く。今日はやたら混んでおり、空いているテーブルは他に2つ3つ、カウンターはそこそこという状態だ。
「じゃ、まずは一杯やるか〜」
「おっつかれ〜」
「おうおう、乾杯だ!」
ルンゴとあとふたり、同い年の3人組。同じ家具工房でもいちばん仲のいい3人である。ぐびぐびと温いビールを飲む。口当たりはさわやかで甘く、後味がほろ苦い。いくらでも飲めてしまう。
運ばれてきたツマミはブタや羊の内臓を香辛料で炒めたものだ。1皿木札2枚。安上がりでいい。
「なあ、聞いたか。ウワサなんだが——」
と話し出すのはいつも話題を提供するモーズ。同じ仕事をして同じ家で暮らしているのにどこから聞いてくるのかウワサを聴き込んでくる。へらっとした彼を前にすると、みんな口が軽くなるのかもしれない。
「なんだ? また木工協会のおっさんの不倫話か?」
茶化すのはヤッコ。ガラガラの声と18歳には見えない老け込んだ顔で、3人の中では兄貴分的な振る舞いをすることもある。
「ちげーって。まだなんも話してないだろ。——あのさ、街の東部に新しくダンジョンができたんだってよ」
「……ダンジョン? だからなんだ? よくある話だろ」
「それが違うんだ。冒険者だけじゃなくて、なんでも市民が入ってもいいみたいで」
ルンゴとヤッコは視線をかわす。モーズが何を言いたいのかよくわからない。うまく伝わってないことを悟ったモーズは、「あ〜」と言いながら頭をわしゃわしゃやる。
「止めろ、フケが飛ぶ」
ルンゴが皿を守るように手前へ寄せる。
「新聞! 新聞でも特集されてるんだよ」
「お前……字、読めねぇだろ」
「そういうふうに木工協会のおっさんが言ってた」
「不倫おっさんは信用に欠けるが……」
なあ? という顔でヤッコがルンゴを見る。うん、とルンゴもうなずいた。
「不倫とダンジョンは関係ないっつの。で、ダンジョンなんだけど、東門の外に転移トラップがあるんだって。そこからすぐに行けるんだって」
「はあ? お前が言ってることがよくわからん。支離滅裂だぞ」
「だーかーら!」
ビールをぐびりと飲みながらモーズが説明をする。ちなみに、4回くらい説明されてようやくルンゴとヤッコも理解した。
「市民も入れる安全なダンジョン、ねえ」
「なあ、俺たちも行ってみない?」
「参加料が銀貨1枚だろ? ちょっと高いような……ビール5杯だもんな」
「そのぶん稼げばいい。なんだなんだ? ヤッコさんともあろう方がダンジョンにびびってんのか?」
「……あ?」
「いやほんとギロッてにらむのとかズルイから止めろようん」
それからダンジョンの話はうやむやになって、結局木工協会のおっさんは不倫したのかどうかという話になり、いつになったら俺たちの給金は上がるのかという話になり、だんだん酔いが回ってきていつもなら「そろそろ帰るか」という頃合いになった。
「——ここ、いいですかね?」
いきなり、話しかけられた。
とろんとした目でルンゴが見上げると、割と身なりのいい服装の男が立っていた。黒髪に黒目。珍しい、とルンゴは思う。年齢は20代だろうか……ぼやぼやしているせいか意外と若いかもしれない。
「あん? いいか、っつっても……アンタ誰?」
「いやいや、この町に来たばっかりで飲み友だちもいないもので」
男はちゃっかりと空いているイスに座る。
「おいおい——」
「皆さんに1杯ずつごちそうしますし、ね、なにかの縁でしょう?」
強引だな、と思いながらもいい感じに酔っ払っていたので「しょうがねえか」「しょうがない」「ビール頼もう」と三者三様で受け入れた。
「えーと……お姉さん、ビール4つください」
おっかなびっくり頼む姿に、「ぶほっ」とヤッコが笑いだす。
「なんだお前、そのしなびたニンジンみたいな言い方は。こうやるんだよ——ビール4つ! すぐもってこい!」
威勢良くヤッコは言ったが、「何様だよアンタは」と給仕のおばちゃんにひじ鉄を食らってふらついている。だがビールが4つ、届いた。
「えーと……おいくらですか?」
男は銀貨を出そうとしている。いやいやいや、銀貨4枚も要らないから、とルンゴが銀貨を1枚だけ引っ張り出して、
「1杯分はいいや。この人のおごりなんで」
とおばちゃんに銀貨を1枚渡しておいた。木札でなくてもお釣りさえ求めなければ支払いは問題ないのだ。しかしそれにしても——とルンゴは疑問に思う。入口の用心棒に、初回の客はルールを叩き込まれるはずだ。それは親方に連れられてやってきたルンゴですらそうだった。こんなふうにふらっとやってきた彼がルールを知らないはずはない——。
「じゃ、かんぱーい」
おかしいと思いつつも、すでにいい感じに酔っ払っているのでもうどうでもいいやという感じでルンゴはコップをぶつけた。
男は名前を、ユウと言うらしい。
「へー、銀貨1枚でビール5杯……それはすばらしいな!」
いきなり一気飲みで飲み干したユウは、追加で銀貨1枚を払ってビールを5杯持ってこさせていた。
「お前やるら!」
ろれつが回っていないヤッコは対抗するようにビールを一気飲みする。ユウが買った5杯のうち1杯を勝手に受け取って飲み始める。
「で、ユウはどこの職人なの?」
ウワサ収集人のモーズが切り込んでいく。
「あ、俺は商人なんだ。この町の商人と組んで新しく事業を始めようかなって。『黄金の風』商会。知ってる?」
ルンゴも聞き覚えがあった。何度か家具を卸している。
「そっちはなんの職人なの?」
「俺ァ家具職人だ。この街いちばんの腕利きよ」
酔って目が据わっているヤッコが言うと、「そうなの!? 街いちばんとかすげー!」と無邪気にユウが喜んでいる。ヤッコも喜んでいる。いやいや、この年齢でいちばんなワケないでしょ……とルンゴが呆れる。
「それで、その商人さんがなんの目的で俺たちに1杯おごったんです?」
ルンゴが酔っているわりに冷静に聞くと、
「え!? 目的なんてないよ。友だちがいなくて、増やそうかなと」
「でも……商人と職人じゃ友だちなんてなれないよ」
「そう? なったら不都合あるの?」
「いや、不都合っていうか……意味がなくないか? 話も合わないし」
「話なら合うでしょー。合うって」
なんだろう、この自信。
不信を通り越して逆に興味が出てきたルンゴである。
「この年齢の男が集まったら話すことなんてひとつでしょ。女の子について!」
ルンゴが疑問符とともに首をかしげ、モーズが目を輝かせて腰を浮かせ、ヤッコがさらに次のコップへと手を伸ばした。
3人はこの後、散々ビールを飲まされ、彼らの知っている女の子4人を集めて——「合コン」なる謎の会合を設定させられることとなった。
俺が2人集めるから、ヤッコとルンゴも1人ずつ女の子連れてくるんだぞ——とモーズが仕切ってしまったのでルンゴも断り切れなくなってしまった。
「合コン、ってなんだよ……?」
備え付けの戸棚に使う板を切りながらルンゴはつぶやく。頭の芯が鈍い痛みを発している。久しぶりの二日酔いだ。ユウのおごりで飲むだけ飲んでしまった以上、彼との約束は破れない。
仕事が終わると、いつもならモーズとヤッコが飲みに誘いに来るのだが、今日はそれがない。親方たちと住んでいる工房裏の自室に戻ることもせず、ルンゴが向かったのは——自分の生家だった。
生家にはふたりの弟が今も住んでいる。弟たちは「通い」で職人見習いになっているのだ。
「あらまあ珍しい。ルンゴが帰ってくるなんて」
「母ちゃん。アイシャはいるかな」
アイシャ、とは隣の家に住んでいるルンゴの幼なじみだ。裁縫の工房で針子として働いている。しばらく会っていないが彼女も通いのはずだ。
合コンとやらに連れて行ける女性として、思いついたのはアイシャだった。というかルンゴに女性の知り合いなどいない。他にいるとしたら親方の奥さんか、親方の娘さんか、「赤ら顔」のおばちゃんか、「赤ら顔」の娘さんか、それくらいだ。木材仕入れの仕事もやっているヤッコならそっち方面の知り合いもいるかもしれないし、問屋との折衝も担当しているモーズならそっち方面の知り合いもいるだろう。だけれどルンゴには、いない。全然いない。
「アイシャちゃん? アンタ……今さらアイシャちゃんの魅力に気づいたのかい? あーあ、残念。アイシャちゃんにはもういい人がいるって話だよ」
「違うよ。そういうんじゃない。で、アイシャはいるのか?」
「違うのかい? そろそろ帰ってくる時間だけど」
ふーん。アイシャに彼氏がいるのか。ふーん。まあね? 18歳ともなれば彼氏のひとりやふたりはいるだろうけどね? ふーん。あの、転んでは泣きながら俺の服の裾をつかんできたアイシャに彼氏がね?
ふーんふーんふーんと思いながらルンゴは家の外に出る。母親の邪推は予想していたが、予想以上にうざかった。アイシャの家にたずねていったらアイシャの親にまで邪推される。しかもアイシャに彼氏がいるのなら哀れまれさえするだろう。「幼なじみの強みなんてもう通用しないよ?」という目で。それだけは絶対にイヤだ。
アイシャが帰ってくるのを外で待っていると、秋が深まっているからだろう、風が冷たくなってきた。太陽が沈もうとしている時間帯。あちこちの家から炊事の煙が上がっている。ふかしたイモにかけるソースのニオイに懐かしさを感じていると、
「……誰? え、あれ、ルンゴ?」
声をかけられた。声を聞いてすぐに、アイシャだとわかった。
「よう、アイシャ。今帰りか——」
と返しつつ、凍りついた。
こ、これがアイシャ……?
ふわりとした髪はつややかで、後ろに流している。紅を引いた唇は大人っぽい。来ている服も流行を押さえたグリーンのひだが入っている。そう言えば昨日のユウもそんな服を着ていた。
背も大きくなった。数センチかもしれない。履いている靴のせいかもしれない。それでもルンゴにはアイシャが巨人になってしまったかのようにさえ感じられた。
垢抜けたのだ。ファッション業界にいるアイシャなのだから当然と言えば当然だ。職人の世界に染まっているルンゴは、垢抜けることなんてない。木材の粉が肘にべったりついているような有様だ。
彼我の差を突きつけられたように感じて言葉を失った。
「どうしたの? 久しぶりだね。1年以上、あれ、ひょっとして2年とか3年会ってないんじゃない? ルンゴったら全然こっちに顔出さないんだもん」
「————」
「ルンゴ、あまり変わってないね。あ、でも筋肉はついた? おー、職人って感じ」
「————」
「……ルンゴ? どうしたの?」
「あ、いや、その」
……誘えるわけがない! 訳のわからない合コンだから、というよりも、こんなに自分と違う世界に行ってしまった——しかも彼氏のいるアイシャに声をかけるなんてできるわけがない!
「すまん! なんでもない! それじゃ!」
「あ、ちょっと!? ルンゴ——」
ルンゴは走り出していた。
きれいになった幼なじみと、何も変わらない自分と。
惨めな気持ちで一杯になっていた。
「おい。おーい。どうした。どうしたのー?」
翌朝、撃沈しているルンゴに話しかけてくるモーズ。
あのあと「赤ら顔」に行ったルンゴはひとりビールを飲みまくった。ツマミをなにも食わずに飲んだものだからひどい二日酔いなのだ。
「……なんでも、ない」
「そう? とりあえず俺、女の子ふたり確保した」
「は!?」
少しだけ酔いが醒めた。がばりと起き上がったルンゴに、モーズはきょとんとする。
「そりゃ約束したし」
「え、い、いや、だけど、ふたり? ふ、ふたり? もう?」
「うん。いつも家具を注文に来る家貸しのとこの女の子と、あとは妹に頼んでひとり紹介してもらった」
妹の紹介。なんだそれは。ずるすぎる。
「よお、お前ら。シケた顔並べてんじゃねえよ」
「おっす、ヤッコ。そのさわやかな顔を見ると……女の子誘えたみたいだね」
なに!? ヤッコまで!? 10歳でこの工房入りしたときにはすでに「顔だけ見たら20オーバー」と言われていたヤッコが!?
「まあ、な。楽勝だよ。俺が声をかければすぐに……」
「だ、誰」
「……なんだよルンゴ」
「誰誘ったの!?」
「聞きたい? 聞きたいか? そうだろうなー。なんと——材木問屋の娘さんだ」
詳しく聞いてみると、材木の買い付けを行っているヤッコが、きわめてシケたツラをしていたところ、納入に来た若い男が事情を聞き「それなら、うちの女の子が喜んで行くと思うよ」と言ったそうだ。直接彼女に会いに行くと、「ヤッコさんだけじゃないんですよね? ヤッコさんと仲のいいいつものふたりも来るんですよね?」と念を押されたものの、大喜びで来ると言ったそうだ。
「まあ、俺くらいの男前になると、食事に誘うだけで大喜びされてしまうんだよな……」
かっこつけているが、ルンゴとモーズはしらけ顔だ。
「ねえ、モーズ……これって、ヤッコじゃなくてモーズ目当てだよね?」
ん? という顔をモーズはしたが、
「ま、とりあえずヤッコはだしにされた、ってのは間違いねえだろうな。でも、ヤッコが楽しそうにしてるんだからいいんじゃね?」
そうか。
だしにされようがなんだろうが、ヤッコもひとり、女の子を誘ったのか。
ルンゴはさらに落ち込む。自分は野暮ったいし、モーズのように明るく話すこともできない。そんな俺がどうやって女の子を誘うんだ……っつーか知り合いがそもそもいねえ……。
その日ルンゴは、材木を間違えて親方に怒鳴られ、採寸を間違えて親方に怒鳴られ、削ってはいけない箇所を削って親方に怒鳴られた。
「俺……もう死にたい」
二日酔いもまだ引かない状態で、「てめえは今日はもう作業するな! いるだけ邪魔だ!」とついに親方に作業場から追い出された。
裏手にイスを出してひとり座っていると、
「ルンゴさん、ルンゴさん」
見習いの小僧がひとりやってきた。
「ルンゴさんはいるか、ってたずねてきている女の人がいるんだけど」
「え、俺?」
なんだ、と思って出て行くと——工房の表にいたのは、アイシャだった。
「あ、アイシャ、どうして……」
どうして、と言いながら彼女の服に目が行く。
ベルトできゅっと締めたブラウスも、裾の長いスカートも、染みひとつない。もちろん高い素材を使っているわけではない。清潔にして、デザインを新しくするだけで垢抜けて見えるのだ。ルンゴには細かいことはわからなかったが、アイシャが美人に成長したことだけは間違いなかった。
「どうして、って……昨日、あんなふうに逃げられたら、あたしなにかしたかな、って思うわよ」
「別になんもないよ」
逃げられた、と言われて思わず強がりを返してしまう。
はー、とアイシャはため息をつく。
「そうやってさ、やせ我慢するときに鼻の頭にシワが寄るの、変わらないよね」
「や、やせ我慢じゃないし」
「わかった、わかったから。わざわざあたしに会いに来たのだってなにか事情があるんでしょ? 聞いてあげるから、話してみなよ」
なにもかもお見通し、という態度のアイシャに腹が立つ。昔は泣き虫だったくせに。だけれど実際そのとおりなのでルンゴは言葉に詰まる。
「……ほんとにどうしたの? 親方に叱られてめげてる、ってワケじゃなさそうね。おばさんからなにか言われた?」
おばさん、とはルンゴの母のことである。この数か月会ってもいない母親はもちろん関係ない。
「あら、それも違う。じゃあ、工房の友だちが問題? ——ふーん、当たらずとも遠からずってところ?」
「ななななんでわかるんだよ!?」
「あたしがルンゴと何年幼なじみやってる……やってたと思ってるのよ」
ほんの少し寂しそうに「やってた」と言い替えたアイシャ。
「……飲みに、誘おうかと思って」
「はあ? なに言ってるの? 飲みに、って……お酒!? バカじゃないの!? あたしをなんだと思ってるのよ!」
「わ、わかってるよ、そういう意味じゃないって」
こう、アイシャが怒るのは無理もない。
女性が酒を飲むという文化はないのだ。基本的に酒を飲むのは男。女性が飲むのは——売春をやっているような女性に限られる。
モーズもヤッコもきっと「食事」に誘ったはずだ。
「アイシャは飲まなくてもいいんだ。だけど、俺たちは酒を飲む」
「俺たち? ルンゴ以外にもいるの?」
「うん。えーっと、『黄金の風』商会って知ってる?」
「聞いたことあるくらい。それがなに」
黄金の風商会はルーカスの親がやっている問屋だが、洋服はまったく扱っていない。
「そこが新しく会員制の食事処を始めるっていうから……招待されたんだ。始める前に意見が聞きたいって。で、男だけじゃなくて女の意見も欲しいから誰か誘ってくれって。無料なんだ。お金はかからない」
「…………」
うさんくさそうな目でアイシャが見てくる。
「あのさ、ルンゴ。会員制の食事処、ってなに?」
「そりゃあお前、選ばれた客しか入れないようなところ……だろ……」
「なんでルンゴなんかがそんなところに招待されるのよ」
そう言われると、苦しい。
正直に言うべきか。飲み屋で知り合った男に呼ばれたのだと。
迷っていると、
「どうせ飲み屋で声をかけられてその気になったんじゃない? ちょっとビールをおごられたら酔っ払ったルンゴなんてちょろいでしょうし」
うぐっ。
どうしてこの幼なじみ——元幼なじみはこんなに鋭いのか。
うめいてしまうルンゴだが、なんとか反撃をする。
「ちょっとじゃない。相当おごってもらった。俺はめいっぱい飲んだ」
「あ、自信があるのはそこなんだ」
「俺たち全員で銀貨10枚以上はおごってもらった」
昨日のユウは確かに太っ腹だった。商人だと言われれば納得できる身ぎれいさでもあったし。
「言いたくないんだけど、ルンゴ……あなた騙されてない?」
その可能性はルンゴも考えなかったわけではない。
だが、
「俺を騙して誰が得するんだよ」
「まあ、そうなんだよね。そこが引っかかるんだけど」
不意にアイシャの目の輝きが変わる。あ、とルンゴは気づく。アイシャは昔からこういう目をすることがあった。身近なところで謎を見つけると、解きたくなるのだ。8歳のころだ。見たことのないような呪術用の首飾りを拾ったときには「絶対に近くで魔法儀式が行われた。現場を探すのよ、ルンゴ」と言って1週間以上は連れ回された。走るたびに転んで泣いていたのはアイシャだ。
なんだ……アイシャも変わってないじゃん。
少しだけ安心するルンゴである。
「これはその会合に出てみるしかないわね」
「……いいのか?」
「いいのか、ってなにが? 元々ルンゴはあたしを誘う気だったんでしょ?」
「いや……ほら、彼氏とか、いるんだろ」
「はあ? 彼氏、って……あ、おばさんに聞いたのね」
「まあ」
はー、となぜかアイシャが深いため息をつく。
「そういうルンゴこそ、あたしでいいの? 他にいい人がいるんじゃないの?」
「……いねえよ。工房にゃ男の職人しかいないし、俺の仕事はよそとの接点がない細かい工作ばっかりだから」
「へえー」
するとアイシャは途端に笑みを深めた。
「それならあたしがつきそってあげる。うんうん、ルンゴみたいな唐変木は放っとくと騙されるかもしれないしね」
「さっき俺なんか騙したってしょうがない、って……」
「それでいつなの?」
はー、と今度はルンゴがため息をつく番だ。アイシャが、面白そうな謎を見つけてしまった。これは会合まで収まらないだろう。
「3日後」
こうしてルンゴもまた「合コン」に連れて行く女性を見つけることに成功した。
ただし工房に戻るやいなや小僧の報告により、アイシャに呼び出されていた——身ぎれいな美人に呼び出されていた——ことが職人全員の知るところになっており、全員からニヤニヤされたのだが。
親方からは「バカ野郎。女のことなんぞで集中力を欠きやがって」と怒鳴られ、さらに理不尽な思いをした。
3日後、ルンゴたちはユウと約束した場所へと向かう。
「やあ、皆さん、ようこそ」
すでに軒下にいたユウが手を振ってルンゴたちを呼び寄せる。
そこは地下へとつながる階段の前だ。
確か、どこぞの商家の倉庫で、ここ数年使われていないはずだが——とルンゴが思いを巡らせていると、
「とりあえず中へどうぞ」
階段を降りきった先、扉は開かれている。ユウが入っていくと、彼は暗がりに溶けるように消えた。
「不気味な入口……ここにも謎があるわね!」
アイシャが目を輝かせ、ルンゴはため息をついた。
一体、どんな会合になるんだろうか。
もちろん地下にお店などありません。あるのは転移トラップで、ヒルズ・レストランにつながっています。
異世界合コンはどんな内容になるのか。