第31話 デレたの? いや、そんなワケないか……。
俺はロージーに調べてもらった基礎データを元に考えている。まあ、データって言えるほどの数字じゃないんだけどさ。
この町が8万人を超える規模だったのは想定外だ。かなりデカイよな。日本で言うと地方都市レベルじゃないのか?
外壁がぐるっと張り巡らせてあって、外壁近辺は貧民街や低所得層の住居が多い。冒険者ギルドがあるのもこの外壁付近だけども、それは冒険者になるような連中は基本的に荒くれ者だからということかもしれない。あるいは、町の外に用があることが多いとか。
町の中央に行くに従って中所得者層の町並みに変わる。市が立つのもこのあたり。そしてさらに中央に向かうと町民の中でも富豪クラスの家がある。高級住宅地だ。
でもってその先は、貴族街だ。貴族街には外壁よりもさらに高い内壁が張り巡らせてあり、一般市民が入っていけることは少ない。うーん、貴族ねえ……あんまりピンと来ないんだが。
ロージーのデータにある人口は、教会から得たと言っていた。貴族の人口がカウントされていない可能性もあるな。
年間予算も……どこまで正確な数値かはロージーをどこまで信頼するかによる。でも8万人という人口で金貨50万枚ならばイイ線いっているのかな? わからんな。
とりあえず俺のダンジョンが相手をするのは、内壁から外壁にいる人々だ。市民であり、お貴族様ではない。この世界で貴族がどんな扱いなのか微妙にわからんし、近づく気もない。
さて、それじゃあ、潜伏でダンジョンに潜って……と。
「日課の占領を始めようかなっと」
リューンフォート占領戦である。まあ、1軒ずつ全部占領していたらいつまで経っても終わらないから、めぼしい建物を中心にやっていく。
あ、店を襲おうとかそういうんじゃないよ? この世界の常識を仕入れるために必要なことだから、うむ。占領するだけして、なにもしない建物がほとんどだし。
まずいくつかの食料品店を押さえた。精肉店、乾物店、青果店、塩屋、タバコ屋、香辛料店……いろいろある。占領していきながら思うのは、商売が細分化されてるよな、ってことだ。日本もかつてはそうだったんだろうか……地方の駅前のシャッター街とか思うと、ちょっと寂しいような気持ちになる。
「ほう……なかなかの業物だね」
「お客さん。わかるのかィ?」
武器屋を発見した俺は、いてもたってもいられず客として乗り込んでしまった。店主が目を背けていた隙に店内に出現してな。
で、武器ですよ。
壁に掛かっている武器。
両手剣、片手剣、ナックル、メイス、ナイフ、槍、斧……。
うおおお、ファンタジーだ!
俺の目が吸い寄せられたのは、麻袋みたいな帽子をかぶった店主の目の前、たったひとつだけあるショーケースに収められた一品。
刀身が反り返り、鍔がついている。刀? 刀だよね? ジャパニーズカタナでしょこれ?
「扱うにはかなりの訓練が必要だと言われている、遠国の武器だ」
「遠国、ってなんて国かわかる?」
「おお、興味があるのかい? そこはな、なんでも……」
にほん? やまと? そんな感じでしょ?
「リヒャルトシュテイン公国という」
「お、おう……」
めっちゃ横文字だったわ。
結局、刀はただの冷やかしで終わった。俺が武器持って戦うことなんてないしな。売値が金貨200枚でドン引きしたわけではない。
「ん……?」
地下を掘り進んでいた俺、不意にバチンと弾かれる。
「……地下室かな?」
気づけば高級住宅地に来ていたらしい。ここいらの家は、地べたにドンと上物を載せているだけで、地下室を持っているようなものはなかった。地震とかないんだろうな。
「ん……はあ!?」
そこに表示された、占領に必要なMPを見て俺は声を漏らす。
2,563万である。
今の俺のマックスMPでそれくらいである。
占領にかかるMPについて、俺はいくつか仮説を立てていた。容積が大きいものはMP消費が高い、というものだ。容積に正比例しているわけではないので、なにか他の因子もあるのだろうとは思っていた。
だがしかし、冒険者ギルド(900万)よりも大きいとは……。
なんだろうな。調度品の高さ? 魔力的ななにか? うーん、後者のほうがありそうだが。資産価値とか魔法とは関係ないもんな……関係ないよね? この世の魔法はすべて金とか、金貨で相手をねじ伏せるファンタジー世界じゃないよね?
「他の家はどうかな」
隣の家、3,877万。
その隣、5,172万。
いやはや、すごいな。
「んっ!?」
今度はバチィィンという感じで思いっきりはねのけられた。
距離から見て、俺は貴族街の内壁にぶつかったらしい。
内壁からの侵入にMPが必要なのか? 外壁は素通りだったぞ?
「うぇ……なんだこの数字」
表示された数字を見て、うめいた。
411億9,223万とかいうとんでもないことになっていたのだ。
貴族街に入るだけでこれ? これで貴族街掌握できる、とかそんな都合のいい条件じゃないよな……。
迷宮司令室に戻って俺は考える。
MPがどんどんインフレしていく。これは一体どういうことなんだろう。
ある程度のところでバランスするのかと思っていた。1日にマックスが10%成長というのは増えすぎだ。だから、どこかで天井にぶつかるのだろう、と。
だけれども俺のMPは今なお成長している。中級迷宮主という肩書きである以上、上級もあるんだろうし。
少なくとも、リオネルのような知性スケルトンをたったMP10,000で召喚できる時点で、安すぎる気がするのだ。それとも迷宮主ってのは、ある程度穴掘ったら死ぬのがほとんどの生物だとか? いや、冒険者に見つかって殺されるにしたって、冒険者が「探索したい」と思えるようなダンジョンでなければ、冒険者だって素通りするよな。迷宮主になったばかりの俺は、ほとんど魔力もなかったし、洞穴にしか見えないところで暮らしていた。
じゃあ、アレか? 大量に迷宮主が生まれて、大量に死んでいくとか? 魚で言うところイワシみたいに? それならありそうな気もするが。
「なあリオネル」
「はい。どうしました?」
「…………」
「ボス?」
どうしましたは俺のセリフだよ。
「なにしてんだよ……」
「なに、って、自分の骨を分解して再構築しているだけですが」
俺の目の前に繰り広げられていたのは、バラバラ殺人の現場みたいな光景だった。ただし骨のみ。
「他にもっとマシな暇つぶしがあるだろうよ」
「いやー、スケルトンがみんな仕事しているもんで、私だけヒマなんですよねえ」
スケルトンは立派だ。
文句を言わない。休憩も必要ない。そしてなにより賃金も要らない。
おやつを食べて部屋で昼寝しているどっかの魔族の娘とは大違いだ。
「まあいいや……リオネル、お前の迷宮主に関する知識をもうちょっと知りたいんだけど」
「ええ? すでにお話しした以外に、もうこれ以上出てきませんよ。なんなら頭の中見てみます?」
「そういうジョークはいいから。頭蓋骨開けるな。見せなくていいから」
日課のスケルトンジョークにウンザリしつつ、
「じゃあお前以外に誰か知ってそうなヤツはいる?」
「うーん……。ここにいるスケルトンたちには聞いて見たことがありますが、私以上に知っている者はいませんでしたねえ。やっぱり、迷宮主はレアなので」
「わざわざ聞いてくれてたのか? いつの間に」
リオネルがすかすかの胸を張った。
「召喚主の弱みを握れるかもしれないんですから、そりゃ聞いておきますよ!」
「お前ほんっと隠し事とかしないのな」
「モンスターに詳しい人なら、そうですね、冒険者ギルドの人はどうです?」
お。それは名案かもしれない。ロージーなら多少は知っているのかも。
「ボスの知り合いの、巨乳美女です」
「ああ、うん。ロージーだろ? 俺もそれを思っ」
ちょっと待て。
「……なんでお前がロージーを知っている……?」
「ボスがうっきうきで出かけていくのを見て、後をつけない私ではありませんよ!」
その後、輝かんばかりの笑顔で親指を立てたリオネルをぼっこぼこにしたのは言うまでもない。
高速移動をケチって転移トラップをこっそり造っておいたのが失敗だったらしい。
ロージーに聞くのもいいが、それは最後の手段にしておこう、と思った。俺と迷宮を結びつける情報はなるべく提示しない方がいい。俺だってロージーを信じ切ったわけじゃないからな。
そういうわけで深夜、冒険者ギルドにやってきた。冒険者ギルドにモンスター図鑑みたいなのがないかな〜という考えだ。ああ、俺はモンスターになっちまったのか……という感慨はすでにない。
「お、これか……」
モンスターに関する情報が閉じられている棚を発見した。名称ごとにファイルされているのかと思えば、なんだかよくわからない分類に従って納められているらしい。うむむ、探すのめんどくせー。
真っ暗であってもダンジョン内なので姿形は把握できる。だけど文字は読めないので、小さいライトを口にくわえてファイルを探していく。気分は企業スパイである。いつでもどこへでも隠れられる魔法がある時点で、緊張感もクソもないんだけど。
迷宮主の項目を見つけた。他のモンスターより薄っぺらい……。冒険者ギルドもそんなには生態を把握していないのか。
俺が気になっているのは、迷宮主が最終的にどうなっていってしまうのか、ということだった。魔力って、身体にため込める量とかあるんじゃないの? 今のところ無尽蔵に増えていってるけどさ。異世界にやってきたことを素直に受け入れて、MP上げまくって汚物は消毒ヒャッハーができるほど、俺は若くないんである。そもそも迷宮魔法でそういうのはできないのだが。
「どれどれ、『迷宮主はダンジョンを創造する生き物であり、厳密にはモンスターとは違う……』」
モンスターが、他の生き物を標的に食らっていく存在である一方、迷宮主は他の生き物を食わずとも生きていける。そこがモンスターとは違うということらしい。食べてないのにお腹がふくれる謎魔法空腹無視のことですねわかります。
ちなみにモンスターと肉食獣の違いは、モンスターは体内に魔力を持っているということだ。
「『ダンジョンのあるところ、迷宮主あり』そりゃそーだわ。んで……おっ、弱点?」
——弱点だが、剣や槍など刃物による攻撃に弱い。またあらゆる属性の魔法にも弱い。
弱すぎィ!
——そのためダンジョン最奥にいて、召喚したモンスターを使役して戦うことがほとんどである。天敵は冒険者であることはもちろんだが、稀にダンジョンイーターが迷宮主を食うことがある。
なんだよダンジョンイーターとかいう不穏な単語は。
ていうか天敵が冒険者なら俺は天敵に囲まれて暮らしてるってワケか。ダンジョンイーターなんていようがいるまいがアカンってことだろ。
「はあ……もういいや」
俺が迷宮司令室に帰還すると、
「あれ? ボス、どこ行ってたんですか? こんな深夜に。——アッ、深夜にひとりで……?」
リオネルがのっけから「ははーん」みたいな顔で迫ってきたのでとりあえず殴っておいた。
「ひどいな〜、もう」
「どっちがひどいんだ。俺は俺で調べ物だよ」
「調べ物?」
転がっていったしゃれこうべを拾い上げてかぽっとはめこむリオネル。
俺は迷宮主のことを調べにギルドへ行っていた話をした。
「ボスは働きますねえ」
「働く、っていうか……自分の身を守るんだからそりゃ当然だろう。情報は生命線なんだよ」
「私からするとそれも働いてるって感じですけども」
「いやいや働くっていうのは——」
言いかけて、ハッとする俺。
こっちに来てからこの方——迷宮を拡張した。スケルトンを組織して防衛ラインを確保した。ホークヒル開業のために迷宮魔法の実験と実践を繰り返した。オープン後は第2、第3ダンジョンへと拡張していった。顧客満足のために、だ。
「俺、働き過ぎじゃね!?」
「だからそう言ってるじゃないですか」
すげー大変だったんだよ。頭を使うトラップの設定だけじゃなくて、第3は、城造ったもんな。1個1個の石垣は手作りだし、1つ造れば複製できるとはいえ、内装も手作りだ。それを並べたのも俺だ。がっつり1週間くらい掛かってる。睡眠と食事以外のすべてをつぎ込んで。
「こんなんじゃない……こんなんじゃ……俺、この世界でこんなに働きたかったわけじゃない!」
ドン、とテーブルに両手を突く。
「ハーレムつくるのが目的ですもんね」
「そうだ。女をはべらせてハーレム……」
リオネルにのせられて口走ったところだった。
「って違うわ!」と言う直前だった。
ひぅっ、と息を呑むような音が聞こえ、そちらを見ると、ポットを載せたトレイを手にしたミリアが凍りついたように立っていた。
「あ、うあ……」
「ちょ待ってミリアこれは誤解」
「やっぱ身体目当てじゃねーかバカぁぁぁ!」
「うぎゃあああ!?」
トレイを投げつけられて、ポットに入っていたあっついお茶が俺に降り注ぐ。
奴隷にさせられそうになったミリアが、ハーレムという単語に拒絶反応を示したことはよく理解できる。そりゃそうだわ。
その隙にミリアは転移トラップで自室に逃げてしまった。相互通行である向こうの転移トラップを外し、つながっていた穴を塞いだのだろう、ミリアの部屋が、俺のダンジョン範囲から消えてしまったことがわかる。
「リオネルぅ!」
「え、私のせいですか?」
「なんなんだよ、ったく……タイミング悪すぎだろ。大体なんでお茶持ってんだよ、アイツ……」
「さっきこの司令室に来て、ボスがいないという話をしていたんですよ。私が仕事じゃないかと伝えたので、『ユウは働き過ぎなんだよ。たまにはお茶でもいれてやるか』って言ってましたよ」
この間の悪い側近1号に跳び蹴りをくれてやると、骨がばらばらに吹っ飛んだ。悪意があるならまだしも、素でこういうことをやってくれるから困る。なあ、わかるだろ、ふつう、お茶入れるって言った相手がいなくなったら少ししたら戻ってくるってことくらい、なあ、そうしたらハーレムの話なんか振ったらまずいだろってことくらい、なあ。
「……だが、まあいい」
ミリアの誤解はそのうち解けるだろう。あいつだって腹が減ったら出てこざるを得ない。
「よくないですよ! 私バラバラなんですよ!?」
「そのままでいろ。反省が必要だ」
「ひぇっ!? ボスが本気で怒っている……!」
当たり前だ。俺だって怒るぞ。
「俺はしばらく働かない。スケルトンをこき使って金を稼ぐ。そしてその金で——恋人を探す!」
決めた。行動だ。毎日土いじりしている場合じゃない。
「最初の一歩は、『合コン』だ!」
風邪ほとんど治りました。1週間使い物にならなかった……。
さて、次は合コン。