第30話 俺たちって……周りからどう見えてるんだろうな?
ミリアがサクラとして「3等級宝物」を発見したのは朝9時のことだった。
「ウワー、まさか見つけられるとは思わなかったぜー」
棒読みで彼女が掲げたのはエメラルドの原石。見る者が見ればわかるという代物だ。
「3等級宝物」がなんなのかを見たい一心のアルスもまたゴーレムに触れて戻ってきていた。ゴーレム帰還の場合は同じ日に再チャレンジ可能だからな。さすがアルス。ルールをしっかり理解している。
このサイズのエメラルドがいくらになるのかわからないのは俺だけじゃなく冒険者たちもそうで、「あの緑っこい石なんだ?」「ありゃあおめー、そりゃあ、な?」「俺は知ってる。翡翠ってんだ」「そいつはいくらするんだ」とか口々に言っていた。
「それはエメラルド!? かなり大きい……金貨5枚じゃきかないですよ!」
と、口走ったのは、通りがかった商人だ。うむ。ルーカスである。ミリアと違って役者だな。
冒険者たちの眼の色が変わる。
「金貨5枚だとよ!」
「第3(2)のオープンはあとどれくらいだ」
「おい、そのエメなんとかはどこで見つけ——あれ?」
すでにミリアは引き上げていて、俺に向かって「もももう二度とあんなことおいらにさせるんじゃねーぞ!」と真っ赤な顔で言っていた。くくく。お前にやらせるかどうか決めるのは、お前じゃない、俺だ。
初級第3ダンジョンは3種類あるが、1度宝物を入手するとその日はもう挑戦できない、という制限について俺は抜け道を用意することにした。
(1)に再挑戦できなくても(2)と(3)はできるようにしたのだ。最多で1日に3回、挑戦できる。ホテルに泊まる冒険者優遇をさらに進めているというワケだ。おかげで「ホーク・イン」は連日満室だ。
1日の売上高が600枚を超えている今、ホテルの拡張が必須だな。
だがしかし、俺にはこの日、やることがあった。
俺がいるのはリューンフォートのカフェである。そう、ロージーに調査依頼を発注してから1週間が経過していた。
相変わらずトイレから現れた俺に、従業員が怪訝な視線を向けた。気にするな。トイレから来ても、客は客だろ。
「お待たせしました」
「いえ、俺も今来たところですから」
席についてお茶をすすっていた俺に気がついて、ロージーがやってくる。ねぇ、これって、恋人同士の待ち合わせの会話みたいじゃない?
「今日は——赤綺茶を飲んでいらっしゃるんですね」
そう。この世界には紅茶がない。この赤綺茶は名前が紅茶のようだったので頼んだだけだ。見た目はストレートティー。中に金粉みたいなのがきらきら舞ってる。口に含むとゲロ甘い。どうなってんのこの世界……。
「ええ、まあ」
「アイスキャンディーはもうよろしいんですか?」
「え、ええ、まあ……」
あのあと腹が下りまくって大変なことになったからな。同じ轍は踏まぬ。
「それで調査結果ですが——」
あ、あれ?
もう世間話お終い? 他愛のない「ね、ねえ、これって私たち……周りからどう見えてるのかな?」「あ? なんのことだよ」「だ、だって、ふたりでこんなカフェにいたら……」きゃー! という展開はないのか。ないよな。知ってたよ。
「? どうしました、ユウさん」
「い、いえ、なんでも……」
ロージーがトートバッグのような麻袋から取り出したのは、植物紙の束だった。植物紙って言ってもわら半紙みたいなもので、黄ばんでいて、薄っぺらい。乾燥した冬にぱりぱり割れてしまいそうなものだ。
「おお……」
調査結果、と題字の書かれた下に、俺が要請した数字が並んでいる。
リューンフォートの人口……8万7,461人
年齢分布……10代がいちばん多く、次に20代、10歳以下
男女比……ほぼ均衡
納税額……不明、しかし推測で、リューンフォート年間予算は星金貨50枚程度
納税額から算出できる所得分布……不明
所得分布の平均値と中央値……不明
「ふむ」
「あ、あのう、申し訳ありません。納税額などの記録は領主様が管理しておられますから、確認する術がありません」
そうだろうな、とは思っていた。
データベースが一般公開されているわけもない。選挙で選ばれる領主様じゃあないんだし。ポリティカルコレクトネス? アカウンタビリティ? は? なにそれ美味しいの? という世界だ。
ちなみに人口動態は教会にデータがあるので確認できるらしい。子どもが生まれると洗礼を受けに連れて行き、その時点で住民登録されるのだとか。
「リューンフォート年間予算の推測についてだけど」
「はい。これについては昨年実施された公共事業から導いています。また、軍費ですね」
「星金貨……」
思わずつぶやいていた。初めて見る単語なんだが? 俺が知ってるのは銅貨、銀貨、金貨だけだぞ。
「領主様を始めとする貴族様しか使いませんからね。現物は私も見たことがありません」
あ、やっぱりレアなんだ。
「白金貨ですら見たことがないのに……」
白金貨? また初めて見る単語なんだが?
いや、そのまま考えれば銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚、金貨100枚で白金貨1枚、白金貨100枚で星金貨1枚か?
「えーと、星金貨50枚とすると、金貨にして……」
「……50万枚ですね」
俺がそれとなく水を向けると、答えてくれた。やっぱりそうか。
一応銀貨1枚500円程度かなと考えていたけど、その基準で行くと、星金貨50枚で250億円か。うーん。
「これって多いのか?」
「さあ……他の都市と比べたことがありませんから。ただ、リューンフォートは栄えている町だとは聞いたことがあります」
なるほど。今はそれで十分だ。
納税からの年間予算となっているのか、あるいは中央からの交付金なんかもあるのか、それは俺にはわからないがロージーに聞くのは止めておこう。一般常識的なところはルーカスに聞くのがいちばんだ。
「では次にお願いしたいのが、過去10年ほどの人口増減についてです。できますか?」
「……考えてみます」
「他に知りたいのは——そうですね、納税額がわからないのであれば……」
俺が考えるようにすると、納税額についてゼロ回答だったことが悔しいのか、ロージーはきゅっと唇を噛む。プロだなあ。
「ギルドがいくつかありますね?」
「冒険者ギルドを始めとして22のギルドがあります」
「それぞれのギルド員人数や、儲かっているかどうかの確認はできますか?」
「……やってみます」
俺がやりたいのはこの町の経済を俯瞰することだった。
当てずっぽうで銀貨1枚をダンジョン入場料としているが、この金額が適切かどうかの検証もできていないし、さらには見込み客がどこにいるかの確認もしたい。
ターゲットとして、まずは冒険者。これは間違いない。
ここから、リューンフォートの住民にどう広げていけるのかが問題なのだ。
「ではこれが今回の報酬です」
俺は革袋を取り出した。銀貨が50枚入っている。
「…………」
「どうしました、ロージーさん」
「あ、あの……えっと、ほんとうにもらえるのだな、って……」
「はは。半信半疑だった?」
「疑っていたわけでは! ないのですけど……」
いやー、そりゃ疑うよな。面識のない男からの依頼なんてさ。
でも俺にはこの手の情報が死活的に重要なのだ。WEB施策をするに当たって最重要だったのが数字だ。この世界では、俺には常識すらない。調べてわかることなら、金を払ってでも調べたい。
ルーカスに頼るという手もあるのだが、この調査に関してはルーカスに頼らないで行きたいと思っている。さもないと、ルーカスが行っている事業が適切かどうか、俺には判別する手段がなくなるからだ。いつまでもルーカスが裏切らないとは限らない。ルーカスは俺が召喚で呼び出したわけじゃないからなあ。
「商売を始めるには、まず下調べ、です。正確な数値が手に入るならお金を払うことに否やはありません」
「! はい」
驚いたように目を瞠ったロージーはこくりとうなずいた。
……うん、彼女がうなずくたびに胸の大きな果実がふわわんと揺れる。見ないようにしているんだが気になるものは気になる。
「では、また1週間後に」
「はい。ありがとうございました、ユウさん。——お帰りにならないんですか?」
大事そうに銀貨の入った革袋を抱えたロージーは、俺が座っているのに気づいて言う。
うん。お会計したらさりげなく潜伏で地下に潜るから、気にしないでね?
「ええ。ここでもうちょっと資料を確認したいので」
「でしたら私も——」
「いえ、いえ。それは結構ですよ。もう十分うかがいました」
「そうですか……」
ロージーは去っていった。
これはアレだな。俺ともっといっしょにいたいってことだよな。
……違うに決まってる?
ですよねー。
――――――――――
*ロージー*
――――――――――
「いったい、何者なんでしょう……あの人は」
疑問に思うと、疑問が解消されるまでもやもやしてしまうたちのロージーは、悪いと思いつつも、カフェの出口が見える路地裏から観察していた。
ユウの申し出はありがたかった。仕事を失って路頭に迷うところを助けてもらったのだ。感謝はしている。でも、その裏になにがあるのかが気になる。この程度の調査で1週間に銀貨50枚は高すぎる。もちろん、「納税額を調べられなかったから銀貨は払わない」と言われれば納得できた。最初から調べられない前提で調査を依頼し、難癖つけて金を払わず、上前だけをはねるやり方だ。
でも、ユウは金を払った。
「裏に意図があるとしか……思えませんけど。たとえば冒険者ギルドの機密情報とか? ……あり得るわ。聞いてくる様子はありませんが、いつか聞いてくるのかもしれない」
調査員であったロージーはそこそこの情報を持っている。だけれどこれを明かす気も売る気も毛頭ない。どんな危険が自分に降り注ぐかわからないからだ。なにせ、冒険者ギルドは荒くれ者たちを扱う場所なのだから。
「他には考えられませんよね……話に聞くのは、たとえば愛妾を囲うのに手なずけるとか……」
と考えて、
「ふふ。私に限ってはそれもないでしょうし」
とことん自己評価の低いロージーは、その可能性を斬って捨てる。
「それにしても……ユウさんは出てきませんね」
待ち続けてそろそろ1時間になろうとしている。
カフェの出口から一向に出てこない。
奇妙に思ってカフェへと近づいていく。忘れ物をしたとか言えば、理由としてはおかしくないだろう。
「あ……まだいる」
窓際の席でユウは、手元の紙と往来を見比べながら何事かをつぶやきつつ、ペン先をインク壺に突っ込み、ロージーの報告書に何事かを書きつけていた。
ユウがしていたのは交通量調査だ。時間を決めて往来の人数をカウントする。人間が何人いたか、魔族はいたか、獣人は、彼らの職業は、男か女か——。
交通量を確認することで町の規模を計ろうという考え方だが、もちろんロージーにはそういった考え方はない。それでもユウのしていることが「報告書の裏付けを取ろうとしている」と直感的に感じたロージーは——震えた。
それは手を抜くことはけっしてできないという恐れであり、一方で、自分の報告書をきっちりと読み込み、数値の確認をしてもらっていることに関する喜びでもあった。
「……がんばろう。私、あの人のことを疑ってる場合じゃない」
決意を新たに、調査へと赴こうとしたロージーは、
「あっ、す、すみません」
「こちらこそ!」
女性二人組とぶつかりそうになった。
お互い頭を下げて通り過ぎる。
ロージーはふと思う。
珍しいな、エルフの二人組なんて、と。
「わー、見て、見てよリンダ。キレイなお店!」
「わかってる」
「入ろうよ。ね? 入っちゃおう」
「……用事が先」
「もうーお堅いんだから。せっかく町に来たんだからさー。あ、ほら! なにあれ、『ホークヒルダンジョン攻略特集』だって。変な新聞!」
「ファナ、早く行く」
なんかタチの悪い風邪のようでいまだに会社も休んでいます