第29話 と、とと盗掘ちゃうし!
ルーカスの見つけた5等級宝物は、「キ○ラの翼」だ。手のひらサイズの翼をモチーフにした金属製。ボタンを押すと、ホークヒルに瞬間移動することができる。1回だけの使い切り。リューンフォートあたりまでが転移範囲だな。それ以上離れると、たぶん翼に仕込んだ転移トラップが発動しない。
この翼は実のところかなり有用ではないかと思う。もちろん意図としては、リューンフォートに滞在していても、日の出から入れる初級第3(1)ダンジョンに行けるように、ということだ。千葉県舞浜にあるネズミの国のファストパスチケットみたいなもんだ。
でもさ、使いようによっては……緊急避難用のアイテムになるんだよな。たとえば襲撃されたとき。たとえば火事に遭ったとき。一瞬で安全な場所に行ける。ホークヒルとか安心安全の塊でしょう?
ルーカスはもちろん翼の価値を理解した上で、「これでいつでも先生に話を聞きに来られますね」とぎらぎらした目で言ってきた。あ、貴族に転売とかはないんですね。ルーカスの俺への愛が深すぎる。どうして美少女じゃないんですか。
これほど使い道のある、しかも売りに出したら結構な金額になりそうなアイテムなのに、造るのに掛かった消費魔力は1,150だ。安い。
ちなみにルーカスが初級第3ダンジョンに挑戦したのは、日没直前の30分だけだった。アルスですら7等級宝物までしか見つけられなかったのに、ルーカスと来たら……ほんとコイツが敵じゃなくてよかった。
ダンジョン外縁のテナントをどうするかについて、ルーカスはまず人を集めてきた。「絶対に人が来る」と言い切った俺の言葉を信じて、とにかくテナントを稼働させることを最優先にし、家族のツテを頼ったらしい。「落ち着いてから追い出すつもりです。どうせ先生の価値を理解できないし」だなんてさわやかな笑顔で言っていたけど、彼の家は大丈夫なんだろうか……。
オープンさせる予定のテナントは、「鑑定所」「宝物買取店」「両替商」「弁当屋」「オープンカフェ兼居酒屋」の5店舗だ。手に入れた宝物を鑑定し、場合によってはそれを買い取りにも出せる。せっかちな冒険者からしたらうれしいサービスだろう。その金を居酒屋で使わせるんですね、わかります。
リューンフォート直通の転移トラップが完成したので物流については問題がなくなっている。あの転移トラップは、荷車程度ならいっしょに飛ばせるからな。たぶん馬車でも行ける。
「ボス、ここも寂しくなりましたね」
初級第3ダンジョンをオープンして、2日目。
そんなことをリオネルが言い出した。
なにせ迷宮司令室には骨がリオネルしかいないからな。
タダ飯(タダ魔力)食らいだった知性なしスケルトンたちは初級第3ダンジョンにいる。
あのダンジョンの制限である「他の冒険者に攻撃した場合は強制排出」について、スケルトンたちの目視で判断しているのだ。
そういった、モーションキャプチャーじゃないけども、人の動きを感知してその意図を判断してトラップを起動させる、なんてことは今のところ俺のトラップではできない。
明かりなどは、前にフェゴールのジイさんがやってくれた光明の魔法を真似たらできた。魔法をトラップに付与することは、迷宮魔法の製造精霊で、できるらしい。
だが、宝物の配置や宝物の隠し場所を変えることもスケルトンたちにやってもらっている。指揮棒のようなものに迷宮魔法を付与してスケルトンたちが天守閣をいじれるようにしたのだ。その指揮棒一本造るのに消費魔力10,000。リオネル1体と同じという燃費の悪さ。
製造精霊は使い勝手が簡単なようで難しい。あらかじめ決まっているトラップ——「ボタンを押せば作動する」とか「パネル全体がトラップ範囲」とか、そういう設定は簡単なのだ。
でもその先は、原理をはっきり理解していないと造れない。
飛行機に似た構造のものを中級整形で造ることはできても、製造精霊と組み合わせて空を飛ぶ乗り物を造り出すことはできないのだ。
つまるところ俺が、飛行機が飛ぶ原理を理解していないから。くっ、文系だったことがこんなところに影響しているとは! すべて文系だったのが悪い。
なので、ランダム性を持たせたり、自動化できないところはスケルトンたちに活躍してもらっている。あ、彼らの身は安全だよ? 壁と壁によって挟まれた通路を造ってあるし、迷宮の壁は破損してもすぐに戻る。
壁を透視できるゴーグル(製作魔力1,290)があるからそれで外の状況だってわかる。
「まあ、寂しがっている場合じゃないぞ、リオネル」
「……なんですか、ボス。その気味の悪い笑顔は」
「気味悪いとかお前平気で言うよな? 一応俺召喚主なんだけど?」
「召喚主なんだけど? とか平気でそういうこと言うんだよなーユウは。そんなんじゃ女にモテねーぞ」
「お子様は黙ってなさい」
ミリアが横からツッコミを入れてくるが、今食っているのは鳥の足だ。
もう一度言う、鳥の足だ。
鳥の足だけをまとめてなんか煮込んでいるヤツらしい。何十本もある鳥の足をしゃぶりながら食ってる。
無理。俺には絶対無理。
「じゃ、リオネルと俺は行ってくるから。ミリアはおとなしく留守番してろよ」
「は? こんな時間からどこ行くんだよ」
こんな時間もなにも……朝7時とか、ふつうに一般市民の活動時間帯なんですが。
「金稼ぎだ」
ミリアがついてくるとうるさいので、一応同行を許したものの、
「あー、もうやだ。歩きたくない。おぶって、ユウ」
「イヤに決まってんだろ……」
おぶったらね。背中にね。柔らかいふたつのなにかが当たっちゃいますしね。
うむ。
ミリアに欲情などしたら末代までの恥だ。
俺たちは長い長いトンネルを歩いている。
ダンジョン内を目的地とするなら簡単に転移トラップを設置できるが、ダンジョン外へと出て行くトラップは造れない。ほんっとーに面倒だ。
ダンジョンを拡張するには俺が必死こいて空間精製し続けるしかない。迷宮の基本は空間精製。はっきりわかんだね。
「だからお前を連れてきたくなかったんだよ」
「は〜? おいらみたいな女の子のために足を用意しておくのが紳士だろ?」
俺は立ち止まり、真剣な顔でミリアを見た。
「ミリア」
「な、なんだよ……」
「最近食って寝てばかりだよな?」
「それが?」
「……お前、太ったぞ」
「!」
ミリアの表情が凍りつく。震える手でお腹に触れる。ぷに……ぷに……。
「ふ……ふぇ……」
「お、おいミリア」
「ふぇぇぇぇんんんん! どうじよぉ〜〜太っちゃったぁ〜〜〜」
わんわん泣き出した。ぺたんと座り込んで。
「あーあ。ボスが泣かした」
おっ、俺のせいかよ!?
こんなことくらいで泣くなよ! っていうか当たり前だろ、あんだけ食ってたら!
「あ、あのな、ミリア……俺は肉付きがある女性のほうが好きだから、うん」
「うぇぇぇんんんん! 太った認定されたぁぁぁぁ!」
「ちょっと見たくらいじゃ全然わかんないから」
「一方的に太ったって言ってきたくせにぃぃぃぃ!」
あー、もう、めんどくせえな!
「じゃあ、歩け!」
「うぇぇぇ……ふぇ?」
「こうやって歩いて行けばカロリーは消費される。そうしたら痩せられる!」
「あ、歩くだけで、痩せたりしないもん……」
「するっつうの! 15分以上の有酸素運動が脂肪燃焼のコツなんだよ!」
「15分の……なに?」
「歩けばわかる!」
俺はミリアの腕をつかんで無理矢理立たせた。
科学的なダイエット検証なんてされていないんだろうから、説明するだけ無駄だ。
「あ、あっ、ちょ、ちょっと、ユウ!」
「いいから来い」
ミリアを引っ張って歩き出す。
「歩くと身体が温まるだろ? それが続くと汗が出てくる。短距離を全力で走ったりするんじゃなく、ゆったりと長く身体を動かすことが重要なんだ」
「そ、そうなの? 聞いたことねーけど」
「そうなんだよ!」
こんなことで時間をロスするのがもったいない。
俺が無理矢理歩かせるとミリアもついてきた。ちょん、と俺の背中をつかむようにして。
リオネルが肩をすくめた。
「やれやれ」
なにが、やれやれ、だ。
「なあなあ、金稼ぎってどこまで行くんだ? ダンジョンが儲かってるんじゃなかったのか?」
「儲かってはいる。だが、初級第3ダンジョンにはちょっとした欠陥があってな」
「第3って……遊戯場だっけ」
「左様」
「左様じゃねーよリオネル。レジャーランドっつってんだろ」
俺のもくろみが当たれば、今日から少しずつ町の人間もダンジョンにやってくる。これが増えてくる前に、初級第3ダンジョンの欠陥を解消しておきたい。
「で、欠陥ってなに?」
「うん。1等級宝物から4等級宝物までの宝物をまだ用意してないんだ」
「ふーん……はあ!?」
ミリアがすんごい声を上げた。洞窟内に「はあ!?」「はあ?」「はあ」「はぁ」とエコーが響いていく。
「お、お、お前、それって詐欺じゃん!」
「いや、詐欺じゃないよ。『ある』なんて一言も言ってないもん」
アナウンスで「○等級宝物を発見」と言われるだけで、何等級まであるかは明言していない。
でも、1週間経ち、2週間経ちして、上位等級が全然出てこなければ、これもまた客足が遠のくだろう。
なるべく早いうちに、上位等級を発見させなければならない。
そう考えるとルーカスは、現存している最高等級をたかだか30分で見つけてしまったので、隠す難易度を上げる必要があるな。
石垣をよじ登ってからしか入れないルートの部屋を造るか? 石垣の1箇所が隠し場所になっていたり、最上階に謎かけを設置するのもいいな。
ルーカスが見つけたのは地下の1室だ。1箇所だけ引き戸の手応えが違うのだが、それを敏感に感じ取って引き戸の中の5等級宝物を発見した。
「やれやれ」
だから、やれやれじゃねーよリオネル。
「そんで……どこに向かってんの、おいらたち」
「ああ、そのこと?」
俺は空間復元でもって、鉄板を取り出す。
それは冒険者ギルドで模写してきた地図だ。
「今俺たちがいるのはここで、こっちの方面に向かってるから……」
「ん? 鉱山?」
「そう」
鉱山に行こうとしているのだ。
そこは鉱山ながらも、希少な宝石も産出していたようで、地図上に宝石のマークが書かれてあった。
注意書きで「廃坑」とは書いてあるのだけど、一度宝石が出ているなら残りカスなりが残っている可能性がある。
闇雲に地下を掘っていってダイヤモンド鉱石を発見できるのはマイ○クラフトだけだからな。
「でも……この距離。すっげー遠くない?」
「うん」
「いつ着くの?」
「1週間後かな」
ふう、とミリアはため息をついたあと、
「おいら、戻ってルーカスの店でポテト食うから。転移トラップ出して」
おい。ダイエットはどうした。
1週間ではなく5日かかったけれど、俺は無事に廃坑に到着した。迷宮占領をしようと思ったが、消費魔力が1,585万とかいうとんでもない数字だったので、休憩を挟んでから実行した。
「おお……デカイな」
冒険者ギルドを制圧するのとはワケが違った。廃坑はデカイ。とにかくデカイ。ただ——人の気配はなくて、コウモリや小動物のいる気配があった。
「デカイですか」
「デカイな」
「なるほど」
なにがなるほどだよ、リオネル。最近適当過ぎないか、お前。
「ん……なんか、奥の方にやたら凶暴な感じの生き物がいるように感じられるが」
「形とかわかります?」
「そうだなあ。ずんぐりむっくりしていて、サイズは全長15メートルほど。地底湖があってだな、そこにいるようなんだ。泳いでいるせいか、はっきりと見えにくい」
「腕はあります?」
「うん、6本。首は長くて尻尾があって……」
ドラゴンじゃねーか。
「……そこに近づくのは止めよう」
「承知」
承知、じゃねーよ。いい声で言うなよ。お前最初から行く気なかっただろ?
「それじゃ入ってみるか」
「ワクワクしますね」
「そうだな」
「この、未知なる世界に足を踏み入れる胸の高鳴り! そして、盗掘を行うという背徳感!」
「盗掘言うな」
「その前にリオネルに胸ねーじゃん」
ミリアが突っ込んだ。
ここには俺たち3人が来ている。
初級第3ダンジョンは好調で、徐々に町の人間が挑戦するようになっている。
ミリアはダイエットへのやる気を出したのか、積極的に探索に参加している。
「真っ暗……だが。俺にはこれがある」
懐中電灯を取り出して点ける。正直言えば自分のダンジョン内にいる俺には明るさは必要ないのだが、ミリアはそうも行かない。
明かりが、舐めるように坑道を照らしていく。
通路を補強するように木枠がはまっている。
横穴——大人が這いつくばってようやく入れるような横穴がぽつりぽつりとある。
空気はひんやりとしているのだが、徐々に温度は上がってきている。俺が占領したからだろう。
「ふむ……」
坑道を歩きながら、俺は技術レベルを推測する。
町で見かけた人たちは、いわゆるふつーのファンタジー住民っぽかったけど、なんかちぐはぐな技術があったりするんだよな。
ギルドの金庫や部屋の防衛魔法もそうだ。あと衛生関係。トイレとかボットンなのかと思いきや下水が発達している。原動力は魔力である。ケツを拭く布は拭いてしばらくするとキレイになっている。意味がわからん。
魔力があるせいで科学は発展していないようだが、魔力があるせいで独自の文化が花開いていたりするから侮れない。
大体さ、よくある「オセロ開発でボロもうけ」とか。
無理無理。誰にだって思いつくだろ、オセロやその類の遊びなんて。囲碁の歴史を考えれば自ずと明らかだ。実際この世界では、チェスと将棋に近い「戦略盤」というゲームが流行っている。
植物紙もある程度のレベルで普及している。トランプに近いものもあるし、娯楽としての活版印刷も盛んだ。フェゴールのジイさんがエロ本持ってたしな。
ただ、それでも。
この世界にないなにかを俺が造って、売れる可能性はある。
たぶんにある。
パスツールの考案した白鳥の首フラスコとかな。ドクター中松の灯油ポンプとかな。ある天才がポンッと発明したものというのは、この世界にない可能性が高い。
特許料収入だけで生きていける。
そんな人生、歩んでみたい。
なんだかんだ俺、こっちに来てから働き過ぎなんだよな。まあ働いてないと不安だし、お客さんからのダンジョンへの反応も上々で楽しく働いておりますが。
坑道なんかでも技術レベルを調べるのに役には立つ。
木の朽ち方を見るに、廃坑となったのは最近ではないだろうか。古くても20年もいかないだろう。つまり現代の技術で掘っていたと考えて良さそうだ。
俺が日本で見た坑道なんて……石見銀山、佐渡金山、足尾銅山あたりか。
鉱山は、金脈を探して掘り進め、金脈を見つけると採掘するような形だったはずだ。「採掘は水との戦い」とか解説されてたっけ。掘れば掘るほど水が出てくるから、排水の技術が向上していくのだ。
この坑道も壁がぬらぬらしている。右の足下に排水路が掘られている。この水は流れ流れて地底湖に注ぎ込むようだ。
採掘のレベルは江戸時代くらいかなあ——そんなことを考えていたときだ。
「うっわ……広いなー。見ろよユウ、上が見えない」
見ろよと言いながら見えないとはこれいかに。
ドーム状の空間だった。
この空間の不思議なところは、かなり均一に天井がカーブしているところだ。人工物としか思えないが、こんな形状を必要としているのはプラネタリウムくらいだろう。夏の大三角形でも映し出すか? ほしのゆめみが出てきそうだな。プラネタリウムはいかがでしょう?
「どんなときもけして消えることのない、無窮の星のきらめき、か」
「ボス、いきなり臭い息でしゃべり出してどうしたんです?」
「臭い台詞だろうがそれを言うなら!」
思いっきりリオネルの後頭部をひっぱたくと、しゃれこうべが前へと吹っ飛んでいき、ミリアがけらけら笑った。しゃれこうべが転がってもおかしい年頃らしい。
「ひどいですよ、ボス……」
「planetarianはリオネルには早すぎた。それはそうと——こんなふうに天井を掘削する機械があるのか?」
「ああ、これは魔法でしょうね」
「すごいな……なに魔法なんだ?」
「土魔法となんらかの合体魔法だと思いますよ。あとは種族固有の魔法か」
「種族固有……って俺の迷宮魔法みたいなものか」
「はい。魔族にもあります」
ほう?
と、俺がミリアに視線を向けると、
「なっ、なんだよ。おいらだって魔法くらい使えるんだからな!」
「なにが使えるか教えてくれ」
「……ない」
「ん?」
「使える……はずだけど、今は使えないんだよ。誰にも教わってないから」
聞けば、魔族は一子相伝で固有魔法を伝えていくらしい。
だけれどミリアは両親と離ればなれなので教わっていない。
どうしてミリアが奴隷になっていたのか、どんな人生を送ってきたのか、そのあたりを聞いていない。まあ、聞いてもしょうがないし、俺の言葉で慰められるとも思ってないからな。そのうちミリアが話したければ話すだろう——という程度の考えだったりする。
ぽん、と俺はミリアの肩を叩いた。
「フライドポテトを無限に作れる魔法だったらいいな」
「なに決め顔で言うんだよ。バカじゃねーの。そんな魔法ねーよ」
ミリアはやはりミリアだな。うむ。
そこから俺たちは坑道内の探索を再開した。
さて、その結果だが——なかなかだった。
初日、2日目はスカで、3日目から徐々に成果が出てきた。
この山にはエメラルドの原石が埋まっていたようで、こぶし大1つ、親指の爪程度が12、細かいものはかなりたくさん見つかった。俺がダンジョン内探索で岩盤の違いまでわかるようになったのが大きい。
他にも、パイライト、方解石、雲母などの一風変わった鉱石も手に入った。
しばらくはエメラルドで食いつなげそうだ。
「それで、こいつらを隠すんだよな? すげーな。誰が見つけるんだろうな。見つけたヤツは大金手に入れたようなもんだぜ」
「見つける人は決まっている」
「……ん? どういうことだよ」
「お前だよ」
「んん?」
「ミリア、お前が見つけるんだ」
「はあ!?」
俺は唖然とするミリアに説明してやった。
サクラの概念を。
タダ飯食ってるんだ、これくらいは働いてもらおう。
ミリアの使える魔法案
・水が炭酸水に変わる
・魔法陣から毛が生えてくる
・貧乳を巨乳に変える