第28話 アルスの事情と初級第3ダンジョン
タチの悪い風邪をひいて3日ほど寝込んでいました。
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*アルス*
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「早かったね、父さん」
初級第1ダンジョンに入っていったアルヴェリアを迎えたのはアルスだ。
アルヴェリアはアルスの父にして、首都南方を守護する白薔薇騎士団の副団長を拝命している。団長はもちろん、“姫騎士”フレイアだ。
「なぁるほど。お前が熱を上げるのもわかる。ここのダンジョンは面白い」
飄々としていて喜怒哀楽のうち「楽」しかないのではと思わせるほどに感情が安定しているアルヴェリアだが、今は頬を紅潮させている。これほど上機嫌でいるところをアルスはほとんど見たことがない。
「銀貨1枚でここまでできるんだからすごいだろ」
自分のことではないし、一応黒字ではあるが散々やり込められているはずのアルスは、アルヴェリアにダンジョンを褒められて誇らしげに言う。
「銀塊がもらえるのだから、確かによいだろう」
するとアルヴェリアは懐から銀塊を取り出した。
「え……と、父さん、まさか一発でクリアしたのか?」
「命の危険もない試練など、簡単だよ。ほら、くれてやる」
ぽいぽいぽいと投げられた銀の延べ棒3本をあわててアルスは受け取る。
秀才には、努力を積み重ねれば到達できる。
天才は、ごく少数——天から与えられた才能を持つ人間しかなれない。
アルスは自分が秀才タイプだとわかっている。そして一方で、父、アルヴェリアは天才であるとも。これでアルスより剣の腕が立つのだから、ほとほとイヤになる。アルスは父と比べられるのがイヤで冒険者の道を選んだ。純粋な騎士は魔法を使わない、というのもある。アルスは剣よりも魔法の腕に優れていたからだ。
それは、ともかく。
「では私は帰るぞ」
「え……それだけ?」
「それだけ、とはなんだ。これでもフレイア様に無理を言って時間を作ったのだ。それをお前が『面白いから一度行け』と熱心に言うから来ただけではないか」
転移トラップでリューンフォートに戻ったアルスは、借り切っている宿に一度戻って私物の確認だけしようと思った。そこへやってきたのが父だった。
「そっか」
てっきり、「冒険者など止めて早く騎士になれ」と言いに来たのだとばかり思っていた。
そうではないとわかると、ほっとしたような、興味を持たれていないようでがっかりしたような、微妙な気分になる。
「アルス、知っているか。ダンジョン産の財物は既存の技術では造ることが不可能であるものが多い」
それには心当たりがある。
手にしたこの、純度100%の銀だってそうだ。
「迷宮魔法のせいかい?」
「違う。発想だ。迷宮主はおしなべて、我ら人間の発想とは違うものを持っている。ダンジョン産の機械によって我々の生活が一変したことも多い。たとえば井戸だ」
井戸?
急に生活じみた話が出てきてアルスは怪訝な顔をする。
「釣瓶を使っていた時期に、ダンジョン内である冒険者が見つけたのが——パイプ式井戸だ。これによって人々の生活は一変したのだ」
「水なら魔法で作れば……」
「お前はそう思うかもしれないが、それはお前が“持てる者”だからだ。魔法を使えない者たちは、毎回、水を使うのに魔法の才がある者を頼るのか?」
意外だった。父が、そんなことを言うなんて。
騎士は高位の官職である。貴族の一歩手前と言えばいいだろうか。そんなところにいる父が、民草の生活の実情を考えているだなんて。
「心して挑め、アルスよ。この迷宮が、なにか特別なものをもたらすかもしれん」
「……わかった」
「この迷宮で起きたことを逐一連絡してくれるとありがたい。フレイア様が珍しく気にしておられたからな」
「姫騎士が? どうして」
「姫騎士という呼び方を止めろ。フレイア様が聞いたら怒るぞ。お嫌いだからな」
「わかった、わかったよ。それでどうして姫——フレイア様は?」
「あの方は天才だからな。私なぞにはわからん」
アルスの思う「天才」である父が、フレイアをそんなふうに褒める。
直接話したことのないフレイアについてアルスは評価する基準を持たない。
「ではな。こちらに来ることはしばらくない。用があればお前が首都に来なさい」
「わかったよ。母さんにもよろしく」
「ふ。私が言うよりお前の手紙のほうが喜ぶ。いや、直接会いに来たらもっと喜ぶな」
「……わかったよ」
親らしいことを言うと、転移トラップに載ってアルヴェリアは帰っていった。
実のところアルヴェリアは魔法の才能が皆無だった。だが、第六感とでも言うべき勘が働いており魔法を使う騎士を相手にもまったく引けを取らない実力を持っている。
「アルスさーん!」
とそこへ、冒険者のひとりが走ってきた。
アルスが初級第1をクリアして以来、アルスにへばりついている若い冒険者で、どことなく抜けた感じがする。アルスはひっそりとこの青年を「抜け作」と呼んでいる。
「ビッグニュースですよ! 初級第3ダンジョンがオープンしました!」
『現在、ホークヒルは「初級第1コース」「初級第2コース」「初級第3コース」のみオープンしております。「中級コース」「上級コース」については冒険者の皆さんのクリア状況を見て順次公開していく予定です。
こちらは「初級第3コース(1)」の入場口です。
入場料金:1人あたり銀貨1枚 子ども銅貨1枚
稼働時間:日の出〜日没
※本ダンジョンは命の危険はまったくございませんのでお気軽にご参加ください。』
「…………」
またしてもダンジョン入口の前に集まっている冒険者たち。
「なんだこりゃあ、アルスよ」
アルスとともに初級第2ダンジョンへと入っていったことのあるボガートが、アルスに聞く。
あれ以来、ふたりで意見交換をし、どのように攻略するかの議論を毎晩戦わせている。その周囲に他の冒険者も集まってくるので、ここにいる冒険者の中心人物となっている感がある。
「正直、ツッコミたいところは山ほどあるけどね。これまでと違うのは入場口が複数あることだ」
隣には「初級第3ダンジョン(2)」、「初級第3ダンジョン(3)」が並んでいる。
「だよなあ。どうせ違うダンジョンに飛ばされるんだから、入口を分ける意味なんてねえのに」
「稼働時間が違うのも気になる。日の出から日没まで……これは他のダンジョンと同じ。次は朝10時から昼の2時。最後は昼の2時から日没まで。ここから推測されるのは——」
「ねえねえアルスさん、ボガートさん、もう入っちゃいません? とりあえず入ってから夜に考えてもいいじゃないですか」
抜け作が言うと「うんうん」とうなずく者が多い。
これは……まずい傾向だった。
ホークヒルに対して安心しきっている。命の危険がないから、ここも大丈夫だろうと疑っていない。
「構わないよ。入りたければ先に行けばいい。僕はここの安全性についてもうちょっと考えるから」
「う……ってことはアルスさんは怪しいと踏んでるんですか?」
「君は先に行きたいんだろ? 先に行ったらいい」
「…………」
すると抜け作は気まずそうな顔で黙った。
他の冒険者たちも沈黙する。
これでいい。冒険者が、迷宮に心を許してどうするんだ。
「それでアルスよ。お前の推測では、なんだ?」
「うん。——この初級第3は、3つしかない、ということだ」
「ん? どういうことだ?」
「中で別々のダンジョンに飛ばされるわけじゃないってこと。(1)の入口からは同じ(1)のダンジョンに、(3)の入口からは同じ(3)に転移するんだと思うね」
「……なるほど、それで稼働時間が違うのは?」
「そこまではまだわからない。難易度かもしれないし、報酬が違うのかもしれない。今この時間だと——」
朝の8時半だ。
「(1)しか開いていないことになる。とりあえず入ってみるけど、君たちは?」
言うと、全員が「うん」とうなずいた。みんな入る気満々だ。
そしてアルスは銀貨を1枚投入した——。
「……なんだ、これは」
アルスの前に、そびえていた。
巨大な建造物だ。
ダンジョン内——のはずだ。しかし天井は計り知れないほど高い。そして白く発光しているのでここは十分に明るい。外にいるのではと思ってしまうほどだ。
そんな中そびえている建造物。
「お、おお?」
ボガートを始め、冒険者たちが転移してくる。
総勢28名。
「アルスよ、こいつはいったい——」
「まずは一周、ぐるっと回ってみよう」
彼らの目に映っているのは、石を積まれた石垣だった。石垣はキレイに曲線を描いて垂直になっている。パズルのようにはめ込まれた石垣は、建造物の土台となっていて、50メートル四方のちょうど真四角になっていた。
高さもまた、高い。石垣だけで20メートルはある。
そしてその上の建造物だ——白い外壁に、窓がついている。5階層ほどになっていて、階層ごとに黒い屋根が出ていた。屋根がまた特徴的だった。町では見かけない、黒色のブロックを組み合わせてあるのだ。
てっぺんがどうなっているのか、ここからは見えない。仰ぎ見るだけだ。
そう——この建物は、アルスたちの知らない「城」だった。
日本の城、天守閣を、かなりのビッグサイズで再現しているのである。
「あそこが入口か?」
一周してみると、石垣をくりぬかれた箇所が一箇所だけあった。
そこから中に入れるようだ。
「……行ってみるか?」
「行くしかないでしょうね」
ボガートに問われ、アルスは歩き出す。どのみち行くしか道はないのだ。
全員、武器に手をかけている。いつでも戦闘に入れる態勢だ。
石垣内部へと入っていく。抜け作がおそるおそる見上げながら歩いて行くと、
『外部へと帰還したい場合は、天守閣内にいるゴーレムに接触してください。ゴーレムは攻撃しない限り襲ってくることはありません。また他の冒険者を襲撃した場合も、強制的に排出します。もしも宝物を取得した場合、外へと強制的に排出されるのでご注意ください。その場合、同日に初級第3ダンジョンに挑むことはできません』
突然のアナウンスにびくりとする抜け作。
反対にアルスは眉根を寄せる。
「……妙だな」
「このダンジョンが妙なのは最初からだろう」
「そうは言うけどね、ボガート。まるでこのダンジョンは……『宝物を取れることが前提』のようじゃないか?」
「うん? そんなことがあるのか?」
「今までの注意事項は失敗したときのためのものだろう。それが、ここでは成功したときのことしか言わないんだ」
「そう言われてみるとそうかもしれねえが……まあ、行ってみっか?」
冒険者たちは石垣内部へと侵入していく。
内部はすべて石造りだった。
正面に階段があり、上層へと行けるようだ。
階段の背後には下りの階段もある。
この地上階にも部屋がいくつかあるようで、左右に道が伸びている。
「建造物を模したダンジョンということか……?」
つぶやきながら道をのぞき込んだアルスは、
「!」
ゴーレムが歩いてくるのを見た。
思いがけず手が出そうになるのをこらえる。ゴーレムはこちらを認識しているが、攻撃はしてこない。ここは初級第2ダンジョンとは違うのだ。
「う、うわあ!」
「あっ、バカ」
すると抜け作が投げナイフをゴーレムに向けて投げつけた。彼の武器はナイフだった。
かきん。
ナイフは、ゴーレムに当たるや小さく跳ねて落ちた。落ちたナイフは溶けるようにダンジョンに吸収されていった。
そう、抜け作はナイフを武器としていたが、特にそれが得意なわけではなかった。
ぎ、ぎ、ぎ。
「ひっ」
ゴーレムが抜け作を認識した。
「ひいいいい!?」
ゴーレムが猛ダッシュする。ひらりとアルスはかわすが、抜け作はそうはいかない。数歩走ったところで背中からタッチされて、彼の身体は外部へと転移した。
呆然としている冒険者たち。
ゴーレムがゆっくりと歩き出すと、その前方にいた冒険者はざっと道を空けた。
「なるほどね。帰るための要員ってわけか、ゴーレムは」
アルスが言うと、呆れたようにボガートが、
「お前……冷静過ぎるだろ」
「そうかい? それよりも探索を続けよう」
アルスは廊下の左右にあった部屋へと入る。ドアに把手がついていなかったが、引き戸だった。重そうな石材だが力を入れるとすぅっと開いた。かなり精巧に造られていると感じた。引き戸そのものが均一な厚さなのだ。これほどの引き戸を造るのに彫刻師に依頼したらいくらかかるのだろうか。
「迷宮魔法、恐るべしだな」
室内は殺風景だった。波だった奇妙なパネル——2メートル程度の長方形パネルで足下は埋め尽くされている。これは本来「畳」なのだが植物がないために石で再現しているだけだった。もちろん、アルスたちはそんなことを知らない。
「ヤスリか?」
「気味が悪いな」
「ヘタに削った断面のようだが」
冒険者たちが口々に言う。
アルスは土足で入っていく。部屋には子どもが使いそうな文机が並んでいる。窓からは外が見えるが、外はほんのり明るい壁があるきりで殺風景だ。
室内の明かりは……壁の一方にある据え置き型ランタンのようなものが光源となっている。ロウソクのようにゆらゆらとした明かりだったが、火は燃えていない。魔力による明かりだった。
「なんだこれは?」
明かりに挟まれるように、壁は凹んでいた。
そこは長方形に切られた白い部分があり、筆を使った黒いインクでもってなにかが書かれていた。
「どこの言語だろう——誰か読める者は?」
アルスが聞いても、全員首を横に振った。それもそのはずだ。日本語なのだから。ちなみに「光陰矢の如し」と書いてある。下手くそな字で。
「あっ」
すると冒険者のひとりが叫んだ。
彼は壁の一部に手のひらサイズの切れ込みを発見したのだ。そこを押すと内側に引っ込んだ。
「すげえ! お宝だ!」
彼が手にしていたのは握り拳大のカエルを模した金属だった。目に、紫色の鉱石がはめ込まれている。
「マジか」
「なんだあれは」
「カエル……のようだが」
ざわつく冒険者たちだったが、そのカエルを吟味するヒマはなかった。
『9等級宝物を発見』
アナウンスが聞こえた途端、その冒険者は外へと転移させられたからだ。
「あ……今ので外に行っちゃうんだ」
「いいんじゃねえ? ちゃんとお宝見つけたんだし」
「いや、待て待て待て。ってことはだ——早い者勝ちじゃねえか!!」
早い者勝ち。
その言葉で冒険者たちの眼の色が変わる。
「俺が次に見つける!」
「いいや俺だ!」
「地下だろ、ここは」
「俺は屋上だ!」
アルスとボガートを残して冒険者たちは飛びだしていく。
『10等級宝物を発見』
『10等級宝物を発見』
『10等級宝物を発見』
すると立て続けに3回、アナウンスが聞こえた。
近場で見つけたらしい。「うおーっ」という声が聞こえてくる。
「…………」
だけれどアルスは考え込んでいた。
「で? アルス先生はどう考える」
ボガートものんびりしたものだ。彼はアルスほど賢くはないが、勘が鋭い。
このダンジョンが、こんなに簡単に宝物をくれるわけがないと疑っている。
「ボガート、等級、ってなんだろう」
「そりゃあ……いい宝物かどうかってことだよな?」
「9と10ならどっちがいい?」
「わかるわけねえよ。1がいちばんのときもありゃあ、数字がデカイほうがいいときもある」
「だよな。でもね——10等級はすぐに発見された。9は、ちょっとひねったところにあった」
「……つまり1等級がいちばんだと?」
「そう考えられるよね」
『10等級宝物を発見』
『10等級宝物を発見』
また2回アナウンスが聞こえた。
「10等級はどんなのだろうね」
「響きから言ったらたいしたことはなさそうだが」
「…………」
「アルス?」
「……いや、ちょっと考え事」
「ははっ、お前はいつだって考えてるだろうが」
アルスが思い返していたのは、先ほど聞いた父の言葉だ。
——迷宮主はおしなべて、我ら人間の発想とは違うものを持っている。ダンジョン産の機械によって我々の生活が一変したことも多い。
「ここの迷宮主はなにを考えてこんなダンジョンを造ったのか……僕はそれが知りたいよ」
「急にどうした」
「ダンジョンの入場時間、覚えているかい。日の出から日没まで。朝10時から昼の2時。昼の2時から日没まで。これはなんだと思う?」
「俺に難しいこたあわかんねえよ。教えてくれ」
「今日、いきなりできた町への転移トラップだ」
「うん? あれと関係あんのか?」
「同時にオープンしたんだ。関係があると見ないほうがおかしい。なあ、ボガート。リューンフォートの開門時間は?」
「えーと……朝8時から、昼は3時までだったか」
「日没までここにいたら?」
「ん? そりゃ町には帰れねえだろう」
「逆に日の出にここに来ようとしたら?」
「町からの転移トラップは使えねえな。朝8時だもんな」
「そこなんだよ」
「なにがだよ」
じれったそうにボガートは言う。
「転移トラップを設置した以上は、ここの迷宮主はリューンフォートの住民にダンジョンを攻略させたいんだ。初級第1、初級第2と違って、初級第3は、はっきり言えば冒険者が挑戦する必要はない。誰だって宝物を探り当てられる。銀貨1枚払って、ちょっとしたものを手に入れられる。お土産感覚で、だ」
「おいおい。それじゃあまるでここが観光地みたいに言ってるようなもんだぞ」
「そうか! それだ——迷宮主はここを観光地化したいんだ」
「はあ?」
ボガートは素っ頓狂な声を出してしまう。
「あのなあ、アルス。お前考えすぎで頭をどうかしたんじゃないのか? どこの世界に人間を呼び込みたい迷宮主がいるんだよ。人が増えれば討伐される危険が増えるだろう」
「だからだよ。僕は、ここの迷宮主がなにを考えているのか……どうしてこんな迷宮を造っているのか、その目的を知りたいんだ」
「銀貨とか」
「ボガート……。ここの迷宮主は純度の高い銀を持っている。まさか金目的ということはないだろう」
「そりゃそうか」
実はそのまさかで、まずはお金。次に食い物。そのためには来場者を増やさなきゃ。という考え方なのだが、アルスがそれを知る術はない。
ちなみに言うと町民が増えれば可愛らしい女子との出会いもあるんじゃないかというよこしまな考えがあるのだが、もちろんアルスが推測できるはずもない。
「そんで? アルス先生は、転移トラップがどう関係してくるって?」
「それなんだけど……ここに滞在している僕らは、日の出から挑戦できるよね」
「ああ」
「初級第3(1)は、滞在している少数の人間によって独占されるというわけだ」
「ん、なんでだ? 日没まで開いてるんだから8時に開門した連中が来ても入れるだろう」
「違うよ、ボガート。ここは早い者勝ちなんだ」
「あ……そうか。日の出から挑戦しているヤツらがいいもんは持っていっちまうってことか」
「だからアナウンスも注意していただろう。宝物を取得したら外に出されるから注意しろ、と」
「なるほどなあ。町からの連中は、10時からの初級第3(2)に挑戦するってわけだな」
「そうだ。そちらは昼の2時に終わる」
「初級第3(3)は2時からだから、(1)や(2)でいいものを発見できなかった場合はそちらに参加してもいい。宝物を取得しなければその日の挑戦権は残るし、3時の閉門にもぎりぎり間に合う時間だ」
「はー……すげえなアルス。よくそこまで考えたもんだ」
「いや、考えているのはここの迷宮主だ。だけどひとつ気になることがある……」
「なんだよ?」
アルスは首をひねりながら言った。
「なんで迷宮主は、ここに滞在する僕らのような冒険者を優遇しようとしているんだろう?」
日の出から挑戦できること、日没ぎりぎりまで挑戦できることを考えれば、滞在している冒険者を優遇していると言えないこともない。
それを考えた上での、アルスの疑問だったが、もちろんボガートはその答えを持ち合わせてはいなかった。
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*俺*
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はー。
すげーなアルス。よくもまあ初日すぐにそこまで見抜いたもんだよ。
最初の数日はみんな「ひゃっほーお宝だー」って感じで宝を漁っていくかと思っていたもんな。
ちなみに置いてあるお宝は、俺がダンジョン掘削作業中に見つけたあれこれだ。
カエル人形は余っている真鍮を使っているしはめ込んだ鉱石は紫水晶なので金銭的な価値はだいぶ微妙だ。「ダンジョン産置物」として売れば、まあ、銀貨1枚くらいにはなるのか?
10等級は適当な鉱石を適当にカットして置いてあるだけで、カットが精巧だからその程度の価値しかない。花崗岩をキレイにカットしても花崗岩なのだ。まあ、これも「お土産」としてはいいかもしれない。
そう、ボガートの言った「観光地化」というのは的を射ている。
8等級以上は発見が難しいがそこそこいいものを用意しているので冒険者の皆さんはがんばって欲しい。
「見損なったよ、ユウのこと」
とか言い出したミリアに、その日の夜、俺はアルスがしたように説明したけど、ミリアの小さな脳みそでは理解が追いつかなかったようだ。
「ん? どうして? ん? それが冒険者の優遇? ん?」
「あのなあ、宿泊している冒険者のほうがチャレンジ回数が多いし、初級第3を独占しやすいってことだよ。大体隠し方のパターンなんて、数日観察すればつかめてくるだろうし」
「それがルーカスとどうつながるんだよ」
「宿泊しているほうが有利。つまり、宿泊を促しているんだ。ここはばらまきダンジョンだからな。リターンはそこまで多くないものの、確実になにかしらを得られる、ローリスクローリターン、たまにハイリターンダンジョンってワケ」
「???」
顔にクエスチョンマークを貼り付けているミリア。
この子、身体に栄養素が行ってしまって、肝心な脳みそはすかすかなんじゃないかしら……。
心配していると、「なにバカにした顔してんだテメー」とポテトフライを投げつけてきた。食い物を粗末にするな。あとそれは俺の金で買ったんだぞ。
ちなみにルーカスはこの「冒険者優遇」についてすぐに理解した上で「私のためにありがとうございます」と涙目で言い、こう付け加えた。「私は5等級宝物を獲得しました」と。
こいつもすげーわ。
ご指摘をいただいて「頰」ほお、の字を「頬」に変換しました。
環境によってはフォント表示ができなかったようです(スマホ環境だとすでに上のでも表示されてないかも)。
前者は第3水準漢字で、後者は第1水準漢字で、私は正字である前者をよく使っていたのですが、環境によって読めないのであれば意味がないので、後者の常用漢字に修正した形です。
そもそも混在して書いていたので反省しきり……。
ご指摘ありがとうございました!