第27話 笑いが止まりませんなあ~
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*マルコ*
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その日の朝、リューンフォートの門で騒ぎになっていることを、マルコは近隣の子どもの中でいちばん早く感じ取った。やがて新聞記者になることを夢見るマルコは、8歳という年齢でありながら早朝から“ネタ探し”をしているのである。
ハンチング帽によく似た、少しだけつばのある帽子を斜めにかぶっている。帽子からはオレンジ色の癖毛がはみ出している。鼻はちょんと上を向き、生意気さに拍車をかけている。だけれど鳶色の目は真剣そのものだ。
実はこのネタ探しには利益もあって、彼が新聞社にネタを持ち込むと、記事に使われた場合報酬が支払われるのである。たとえ銅貨10枚程度の安い金額であっても、8歳にして金を稼げるマルコは他の子どもたちからも一目置かれていた。
ちなみにリューンフォートの子どもたちは10歳から徒弟制度に組み込まれる。商人ギルドに行く者、鍛冶ギルドに行く者、建築ギルドに行く者、料理店に見習いとして入る者と様々だ。
「ごめんよー、ごめんくださいよー! なにがあったんですかい?」
大人のようないっぱしの口を利くマルコに、門に集まっていた衛兵たちは眉根を寄せる。
全員、フル装備だった。鋼鉄製のプロテクターに、胴は鎖帷子。頭にはとんがった鉄兜をかぶっている。
すでにマルコがどんな少年なのか、みんな知っている。
気になることがあれば食いついて離れない「スッポンマルコ」。目をつけられるとプライバシーなんてくしゃくしゃに丸められて捨てられる「チビ暴君」。ネタになりそうなことを見つけるとニタァとヨダレを流してしまう「貪欲ボーヤ」。どれもマルコにつけられたあだ名である。
「子どもには関係ない。帰りなさい」
「おぉっと。おれにそんな口を利いていいのかい? ダークス=レンガードさん? ああ……そう言えば2カ月前、実家に偉い方が見えていたような」
「うぐっ!?」
仲間にも隠していたダークスの秘密。年の離れたダークスの妹を、さる貴族の三男が見初めたので、結婚申し込みのために使者がやってきたのである。
「おいダークス、なんだその話は?」
「聞いてないぞ」
「し、知らん! 知らん! 勝手なことを言うな、スッポンマルコ!」
あわてて大声で否定しながら、ダークスはぐいっとアゴでしゃくる。
「そんなに知りてぇなら勝手に見ろ」
そうしてマルコを通してしまう。
「おいおいダークス……」
「いいだろ、別に。どのみちすぐに知れ渡ることだ」
「で、お前の家に誰が来たって?」
「だぁ! その話は止めろ!」
そんな声を後ろに聞きながら、マルコは門をくぐっていく。
朝から衛兵が集まっていたのはおかしなことだ。開門時間は朝8時と決まっている。夜間は鉄柵が降りているのだから、今この時間に外へ出られるというのもおかしい。
「ん?」
マルコもすぐに気がついた。
門を出てすぐ右手――100メートルも遠くないところに、5階建て程度の高さがある円塔が建っているのである。
「あんなの前はなかったですよねえ、旦那」
「旦那じゃねえよ。お前、覚えてろよ……余計なこと言いやがって」
後ろからやってきたダークスにマルコがたずねると、ダークスは渋い顔で答えた。
「あんなもんはなかった。昨日は俺も外回りをしたからな。そのときにはなかった」
「きれーな建物だ……」
遠目に見ているだけだが、正円に近いとマルコは見た。
直径は10メートル程度。
正確にカットされた灰色の石が積まれている。石は、すべてがすべて同じ石材ではなかったが、逆にそれが不自然でもある。違う石材であればそれぞれカットの難しさが違う。それをこんな均一に切り出せるものだろうか……。
こちらに向けて建物の口が開いており、上には看板が掲げられている。
「えーと……『ホークヒル出張所』?」
マルコはすでに文字を読むことができる。
しかしダンジョンや冒険者には詳しくないので、ホークヒルについては知らなかった。まだまだホークヒルの知名度は冒険者以外に広がっていない。
「よし。行ってみよ」
「よしじゃない」
走ろうとしたマルコの襟首をダークスがつかむ。
「離してよ」
「ダメに決まってるだろ。大体お前、町の外に出るには手続きを踏まねばならん」
「すぐ帰るから」
「ダメだ」
「じゃあ手続きして! ほら早く!」
「あと1時間半で朝8時だ。それまで待て」
「ええ!? じゃあなんで門開けてんの!?」
「それは――アレだ」
ダークスは振り返る。門を通り抜けてくる10騎。先頭の馬は特に立派で、美しい白の毛並みだった。
またがっているのは女性だ。滑らかなブルーの髪をなびかせ、瞳はぱちりとした紫。
赤色のジャケットに白のパンツが様になっている。
「え、“姫騎士”フレイア様!? 白薔薇騎士団も!?」
「あれ? うちの騎士団じゃないのか?」
ダークスまで驚いている。
マルコも知る、高名な騎士だ。つい先日、視察でリューンフォートにやってきた。本来は首都近辺を守護する騎士である。
そんな人物が、なぜ?
「衛兵」
女性にしては低めだが、透き通った声でフレイアが言う。
「はっ」
自然とダークスも最敬礼をする。
「あれが報告にあった……“一夜塔”か」
「はっ」
ダークスはダークスで、まさかフレイアに話しかけられるとは思っておらず周囲に視線を走らせる。……仲間の衛兵は誰もいない。余計な言葉を口にしたら斬られるのでは。そんなことまで考えてしまう――いや、仲間はみんなそう考えたからこそ、姿を隠したのだ。面倒事は全部ダークスに押しつけて。
「地中に埋まっていたという線は……ないな」
「左様ですな」
フレイアの後ろにいた騎士のひとり――だいぶ年かさの騎士がうなずく。軽装だが身なりの良さは半端ない。リューンフォートの領主とためを張るくらいに仕立ての良いぴかぴかの服だ。こんな服を着て仕事をしているんだから首都の騎士ってのは恐ろしいとダークスは思う。
「フレイア様、過去に魔法使いが塔を埋めておいて、昨日、なんらかのタイミングで浮上した――とお考えかもしれませんが、それはないでしょう。石材に劣化の跡がありません」
「それでお前はどう見る。攻城兵器か?」
攻城兵器だって!? リューンフォートに攻め込もうとしてるヤツがいるのか!?
思わず身体を強ばらせるダークスだったが、
「いえいえ。簡単なことでしょう」
「なにが簡単なのだ」
「あそこに看板があります。『ホークヒル出張所』と。ホークヒルとは先日リューンフォート東部にできたダンジョンであると聞き及んでおりますからな、迷宮主が魔法により造った塔でしょう」
「魔法で……あのサイズをか?」
「迷宮主ならば可能かと」
「ふむ」
フレイアは考え込むようにすると、
「して、アルヴェリア。お前はどこでダンジョンについて聞いたのだ」
アルヴェリアと呼ばれた年かさの騎士は、小さく笑う。
「なに、冒険者をやっている愚息がおりましてな。きゃつもそのホークヒルに夢中なようです」
「何番目の息子だ」
「7番目、でございます」
「ああ……特級冒険者という、あの」
納得したようにフレイアはうなずくと、
「帰るぞ」
馬を巡らせて、外壁内へと帰っていった。「変わった迷宮主もいるものだ」という言葉を残して。
そう――迷宮のモンスターと戦うのは冒険者の仕事だ。
冒険者でも手に負えないような凶悪なモンスターこそ、騎士が戦うにふさわしい相手。あるいは隣国との戦争があれば騎士が戦う。
集団戦闘に特化した能力の高い人間の集まり――それが、騎士だ。
「ふぃ~~……緊張した。まさか領主様に報告したら白薔薇の騎士様が来るだなんて思わねえよ……」
ダークスはほっとした。調査するのは俺たち衛兵になりそうだな……と思いつつ。
「あれ?」
そばにマルコは、いなかった。
「あ、あ、あ……あいつ! おおい! マルコが先走った! 塔に入ったぞ!」
ダークスが叫ぶと衛兵たちが走り出てくる。「バカもん! お前がついてながらマルコに行かせるとは!」「しゃきっとしろよダークス!」などと言われるが、自分に姫騎士の相手を押しつけたくせにと思うと、理不尽極まりない。
ダークス含め、衛兵5人は塔へと近づいていく。距離が30メートルを切ったところで慎重に歩を進める。全員抜刀し、いつでも戦える態勢だ。
ぽかりと開かれた塔への入口。中は――カラッポだ。いや、明るいのが不思議だ。窓もない塔なのだから外からの明かりしかないはず――なのに内部は十分な明るさを持っている。
「ん。床になにかある」
ダークスは気がついた。塔の中央、直径5メートルほどの円があり、そこは地面ではなかった。
完璧に平らにならされた――石材、だろうか? しかし黄色一色に塗られているのが気になる。
「お、旦那たち」
「!?」
と思っているといきなりそこにマルコが現れた。
「まままマルコ!? お前どこから!?」
警戒心剝き出しで声を発するが、マルコはどこ吹く風だ。すたすた歩いてきてこともなげに言う。
「あそこに載るとさ、ホークヒル、っていう場所? に行くみたいですぜ。冒険者がいっぱいいて、おれに教えてくれやしたからね」
「なんだと?」
「転移トラップだ、って冒険者は言ってたかな」
「なんだと!?」
と思っていると、黄色の床にまた別の人間が現れた。
冒険者らしい服装をした、背が低めの男――ダークスも知っているほどの有名人。
彼は、特級冒険者であるアルスは、腰に手を当てると深々とため息をついた。
「……一体あそこの迷宮主はなにを考えているんだ……ここはリューンフォートじゃないか…………」
突如として現れたマルコに聞いて、試しに使ってみた転移トラップ。
馬車で揺られながら移動するような場所と、リューンフォートがつながってしまったことに、アルスは驚きを隠せない。
だが、そんなアルスはこの後もう一度驚くことになる。
初級第3ダンジョンがオープンしたのだから。
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*俺*
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「わっはははは! 笑いが止まりませんな!」
初級第3ダンジョンをオープンしたのは昨日。
昨日の結果が――これだ。
ホークヒル(27日目)
1日売上高:銀貨461枚 銅貨2枚
初級踏破者:5名(第1)、0名(第2)、N/A(第3)
中級踏破者:0名(未実装)
上級踏破者:0名(未実装)
初級第3は踏破者がいない。というか踏破するようなものじゃないからな。
それにしても、だ。
この売上高よ。
過去最高売上だぁー!
ああ、思い出す。俺がいた職場の上司が「今期はあと1週間しかないが、あと100万で過去最高の売上高になるんだよ! お前らもっとがんばれよ!」と叫んでいた。あのときは「はあ? 俺の給料変わんないんですけど?」とも思ったし「それって俺のサビ残の上に成り立ってるんだよなあ……」と遠い目をしてしまったしでいい思い出はまったくないのだが――自分が達成すると違うな!
「それにしても、いっぱい来ましたねえ」
のんびりと言うリオネル。
そうなのだ。
初級第3はかなり特殊なダンジョンで、これまでとはまったく違う仕組みだから、売り上げが伸びてくるのはしばらくしてからだと思っていたが。
それが。
そ、れ、が。
なんと、子どものおかげだと言う。
冒険者に混じって話を聞いたところ、どうも出張所からの転移は最初に子どもが使ったのだそうだ。いつの時代も子どもは恐れ知らずだな……。転移トラップはあっという間に「安全性」が保証されて、初日にもかかわらず多くの人間が――冒険者だけではない――ホークヒルを訪れてくれたのだ。
その少年、マルコと言うらしいが、彼こそが「銅貨2枚」の売り上げ貢献者だ。なんでも新聞社の丁稚みたいなことをやっているようで、「これはネタになる、ネタになるぞお!」と張り切っていた。他の子どもたちは入らないどころかホークヒルに来もしなかった。ちなみにマルコは、1回入ってからすぐに外に出て、「ほほぅ、ちゃんと出られるじゃあねえか」とガラッパチな口を利いてからすぐにまた初級第3に入っていった。行動力すげー。
リューンフォートからの流れでやってきたひとりが、物珍しげにしつつ入った初級第1ダンジョンをクリアしたのもご愛敬だろう。アルスがその人物――ロマンスグレーの身なりのいいオッサンと話していたんだが、なんだか親しげな感じがしたのが気になるところではある。
「あのさー」
「なんだミリア」
「見損なった」
ミリアがいきなりそんなことを言い出した。
「……は?」
「見損なったよ、ユウのこと」
見損なったなら俺の金で食ってるそのポテトフライ止めなよ?
ちなみにこっちの世界のポテトフライは真っ直ぐじゃなくてサイコロ型。一口サイズである。火が通るのか? と思ったけど、中までふかふかだ。
「いやいやいやいきなりなに言い出したんだよ見た目は大人、頭脳は子ども、その名はミリア! さん」
「な、なにその言い方……っつうかおいらのことバカにしてる場合じゃねーだろ」
するとミリアはこんなことを言った。
出張所とホークヒルが結ばれたおかげで、草原にいる冒険者たちは引き払った。リューンフォートから無料で通えるんだからわざわざここにいる意味がないからだ。
「ルーカスっつったっけ。あいつに商売させてるんだろ? 客がいなくなるじゃん!」
「ああ、そのこと」
「それってユウの裏切りだろ」
「……なんかルーカスに同情的に言ってるけど、お前、飯食えなくなるのを心配してるだけじゃないの」
明らかに図星! っていう顔をした。わかりやすすぎんよ。だからポテトフライを食う手を止めろよ。太るぞ。
「その点はちゃんと考えてあるし、ルーカスにも説明した」
出張所とここを結ぶ転移トラップの稼働時間を設定したのだ。
朝8時半から昼の3時まで。
町の開門時間が8時らしいので、それにあわせてある。
で、初級第3ダンジョンは3種類稼働させる。
1つ目は夜明けと同時に稼働し、日没まで。他のダンジョンと同じだな。
2つ目は朝10時から稼働し、昼の2時まで。
3つ目は昼の2時から稼働し、日没までだ。
この時間差には意味がある。それは、初級第3ダンジョンの特性によるのだ。