第26話 ぼくとあなたのホットライン、あなたのおそばにホークヒル
「そんなわけで、本日、初級第3ダンジョンを公開する」
ダンジョンに戻った俺が迷宮司令室で宣言した。
リオネルが他の骨としゃれこうべを使ってキャッチボールしていた手を止め、ミリアがドライフルーツを食っていた手を止め、集団「あっち向いてほい」をやっていた骨どもが手を止めた。
……ツッコミどころが満載過ぎて、こいつらになにか言うことはない。
「あれ? ボス、初級第3ってアレですよね、遊戯場」
「遊戯場言うな。レジャーランドだ」
そう、今回のコンセプトは「レジャーランド」だ。
初級第1が「頭の体操」。
初級第2が「大脱出」。
それに続くものとなる。
「じゃ、公開の前にいっちょ工事に行くぞ。リオネル、10人ほど骨を連れてきてくれ」
「? ダンジョンの工事は終わってますよね?」
「ああ」
終わってるよ。がんばったのは俺ひとりだがな。
まあダンジョンの工事なんてスケルトンにできるわけはないのでそれはいい。
「今からやろうとしていることはダンジョンとは直接関係ない」
「じゃあなにを工事するんです」
「小屋を造る」
「小屋?」
「俺は地上に上がれないからな、お前らに上がってもらって小屋を造るんだ」
「はあ……どこに小屋を造るんです?」
俺はにっこり笑った。
「リューンフォートの門の横」
――――――――――
*ルーカス*
――――――――――
ルーカスは仕入れを終えてホークヒルに戻ってきたところだった。
こればかりはまだ他の者に任せられないので、自らの手で行っている。
正確に必要量を見積もった食料、雑貨など。帳簿に目を通し、目の前の冒険者を観察し、導き出す数量。
この仕入れ数が間違っていたことは今まで一度もない。ルーカスにとってはそれこそ簡単な計算なのだ。
多少の正確性が下がっても、仕入れができる従業員がいればそれに越したことはないのだが、ルーカスの実家のツテではまだそこまでの人間を集めることができていない。
ただ、実家も、ルーカスの店が軌道に乗っていることを知ってしきりに「手伝おうか」と言ってきてはいる——手伝ってもらう気はさらさらないが。ホークヒルの真価を、実家の人間が理解できるとは思えない。
「荷物を運んでおいてくれ。私はちょっと休憩するから」
と従業員に言ってホテル内にある自室に戻った。
ずいぶんと快適な勤務環境だ。
敬愛する迷宮主は、宣言通り蒸気風呂を造りだした。廊下の拡張なんてあっという間だ。迷宮主としての実力もさることながら、全体的に統一されたカラーリングや、地味にもあしらわれている壁面の模様など、デザイン上にもこだわりを感じる。
それに、あの初級第2ダンジョンときたら。
ゴーレムである。とんでもない魔力を消費するために大魔法使いしか使役しないというあのゴーレムだ。
それをバカスカ投入し、しかも破損してもよみがえらせている。
冒険者たちは最初、ゴーレムに似たなんらかの機械だと推測し、ルーカスもそうだろうと思ってしまったほどだ。直接ユウに聞いたら「ん? 破壊されるたびに魔力を突っ込んで再生してるぞ」とこともなげに言われた。感服した。「お見それしましたァッ!」とそのまま頭を深々と垂れ、ユウにドン引きされた記憶も新しい。
「……やはり、優れた迷宮主だ」
「それって俺のこと?」
「はい、先生の——先生!?」
いきなり部屋に現れた迷宮主に、ルーカスは素っ頓狂な声を上げる。
「すまん、ちょっと急いでたからノックもせずに来ちゃった」
「構いません! 先生でしたら食事中でもトイレ中でも風呂中でもいつでもお越しください!」
「それはイヤだよ……」
またドン引きされた。
なぜ。なぜこの敬慕の情が伝わらないのか——ルーカスは唇が切れるほど噛みしめる。
そういうところがドン引きされる原因なのだが。
「先生、それでご用事があるのでしょうか……?」
「うん。初級第3をオープンすることにしたから」
「なぬぅぅぅぅぅぅ!?」
すごい声が出た。「なぬぅぅ↑ぅぅ↓ぅ↑〜〜〜」って感じである。
「な、ななっ、なんでですか先生!? まだ初級第2のクリア者もいませんぞ!」
「わかってる、わかってるから、近づき過ぎ! な! あと言葉使い変になってるぞ!」
「お、おおう、これは失礼……」
つばがかかるほど近くに寄っていたルーカスは離れた。
しかし、それほどの驚きだった。
初級第2は着々と攻略が進められている。冒険者たちは1人で挑む「ソロ派」と、5人でゴーレムを倒して行く「フルパーティー派」の2つに分かれている。かなりいいところまで進んでいるらしい。「ゴールに積まれた金貨を見た」と言った者が出てからはさらに攻略への熱意がヒートアップしている。
現在の金貨キャリーオーバーは、18枚だ。
これはアルスが初級第1をクリアして売った銀塊の金額、金貨12枚よりずっと多い。
職業によっては年収ほどの金額でもある。
「もう1つダンジョンをオープンさせると冒険者が分散しますし、売り上げの増加を織り込んでも採算が取れるようになるのは難しいのでは」
「お、おう……さすがだな、ルーカス」
ユウに褒められた。
うれしくてにやけてしまうルーカスである。
「だがこのままじゃいけないのはお前もわかっているだろ?」
「……そうですね。冒険者の離脱が増えていますね。食っていけなくて、お金は減るだけですし」
「それを解決するのが初級第3だ」
「どういうことでしょうか? 冒険者に還元するのであれば、さらに採算が取れなくなるでしょう?」
「いや、そうでもない。今回は子どもでも参加できるダンジョンだ」
「こっ……」
子どもがダンジョンに?
聞いたこともない。
冒険者以外がダンジョンに入るなど——と、商人の自分がダンジョンに飛び込んでいることを忘れて思ってしまうルーカスである。
「……しかしですよ、先生。子どもが入れるようなものだとしても、馬車に乗って子どもがここまで来ますか?」
「逆に聞くぞ、ルーカス。街中に安全なダンジョンがあれば、子どもはチャレンジするか?」
「…………」
考えて、答える。
「難しいと思います。銀貨1枚を子どもは支払えません」
「そうだろうな。だから子どもは銅貨1枚にする」
「……え? 銅貨、1枚? 1枚ですか?」
「子どもかどうかの判別は体重と身長で見る。子ども相手に金儲けをする気はない。あくまでもターゲットは大人だ」
「しかしですよ! それなら最初から子どもを入れることに意味が……」
「あるんだよなあ」
ユウが、にやりと笑う。
「子どもを釣れば、もれなく大人がついてくる」
「あっ……」
それはルーカスにも理解できる。最初に新しい遊びを発見するのはいつだって子どもだ。そして大人が注目し、ビジネスに仕立てることだってある。
ユウはそれを、意図的に仕掛けようというのだ。
「さ、さすがです先生!」
「おう、だからお前もがんばれよ——残りの空き店舗、とりあえず閉めとくから」
「え?」
空き店舗、というのは、レストランや雑貨店の並びにあるスペースのことだ。
「これから人が押し寄せる。そのときに、誰に店を出させるか、お前が決めてくれ。なんならお前が全部出したって構わないが、従業員を集められないだろ?」
「そ、それは……そうですが、そんなに人が来ますか?」
「来るよ」
確信に満ちた表情だった。
「来る」
そしてユウはいなくなった。
ルーカスは自分で店を増やすべきか、知り合いの商人に声をかけるべきか、考えた。
おそらく時間はそんなにない。
ユウが「来る」と言ったのだ——絶対に人がくる。あふれるほどに。
言うなれば、テナントの管理をすべてルーカスに任せる――ホークヒルの商業エリア責任者を任せると言われたようなものである。
うれしくならないわけがない。
「よし。リューンフォートに戻る」
ルーカスは走り出した。
――――――――――
*俺*
――――――――――
後顧の憂いは断った。
実のところ商業施設の充実については悩んでいたんだ。ホークヒルにダンジョンを増やす——経営的に多角化することは、そもそもの既定路線だった。
ダンジョンが増えること自体が楽しみになるのだ。
これはオンラインゲームのアップデートの感覚に近い。
アップデートのいいところは、アップデートのたびに情報が新しいウェーブとなり、すでに離脱した過去のチャレンジャーにも届くところである。すると彼らは再度ホークヒルを訪れてくれる。
ダンジョンをもうひとつ、別の地域にオープンすることの大変さ、リスクを考えると、アップデート戦略がいちばんいい。
ちなみに初級第3までで、俺のダンジョンネタのストックは切れる。初級第4どころか中級上級のことも考えておかねば……。
「……なんか俺、こっちに来てから働きずくめじゃね?」
と、ヒルズ・レストランで売っていた焼き鳥らしき串焼き鳥を食いながら考える。タレが緑色で、甘くピリ辛というのがよい。実によい。最近はまっている。ただ鳥がなんの鳥なのかは、聞いていない。なんだか聞くのが怖くもある。
「お、来た来た」
串焼きを食べ終わるころに、先行させていたリオネルたちがやってきた。先行させたが俺には高速移動があるからすぐに追い抜いたってわけだが。
ここは街道の真下、リューンフォートの町のそばである。
「ボス……街道整備が終わってほっとしていたのに、なんでこんな長距離歩かせるんですか」
「まあいいだろ。スケルトンに疲労はないんだし」
「心の疲労があるんですよ。心の疲労が」
背後の骨10体がうんうんとうなずく。お前らあっち向いてほいとかキャッチボールしてただけだろ……。
「大体行き先が決まっているなら、転移トラップを仕掛けてくださればよかったものを」
「あ」
そういやそうだ。
それを考えるならルーカスも転移で町まで飛ばしてやればよかった。
「あ、じゃないですよ! もしかして気づかなかったんですか!?」
「よーし、それじゃ作業を開始するぞ〜」
「出たー! 無視!」
俺は時間を確認する。時刻は昼を過ぎたばかりの2時だ。
ちょいちょい天井に穴を空けながら、門までの距離を確認する。確認するのはもちろんリオネルだ。俺は身体を外にさらせないからな。
「ここらで大体200……250メートルくらいですかね。周囲は背の高い藪によって目隠しされてます」
「オーケー。それじゃあ、分担して小さい小屋を建ててくれ」
俺は小屋の部品を提供する。まあ、パイプ素材と鉄板だ。それぞれある程度薄くしてあるからスケルトンでも運ぶことができる。
外へと続く道を階段状にしてやると、えっちらおっちらとスケルトンたちが部品を運んでいく。ほどなくして、小屋ができあがる。なんというか……田舎の道ばたにあるお地蔵さんを雨宿りさせるためだけの小屋というか。その程度だが。
「あとは帰っていいぞ。俺ひとりでできるから」
「これでどうするんです? ボスひとりでほんとうに大丈夫なんですか?」
「大丈夫だっつうの……心配なら残ってもいいぞ」
「うーん。じゃ、一応残りますかね」
なんだよその間は。主人をもうちょっと大切にしようとかないの?
このまま暗くなるまで待つ必要があるので、俺は迷宮司令室に戻るトラップを設置する。
転移トラップが発動し、司令室にも逆に向こうへ行くトラップを設置した。
暗くなってからがお仕事だ。
小屋さえできていれば、俺は小屋まで行ける。そこからは屋根を接ぎながら進めるのだ。ホークヒルから地上にずっとトンネル通路を造っていく方法はあまりに目立つから、なるべく近づいたところに小屋を造ったというワケ。
そうしたら、門のなるべく近くに小屋を設置しよう。本当は町の中がよかったけど、町の中は土地の問題とかありそうだからとりあえず却下だ。
小屋というより出張所だな。ホークヒル出張所。中の設備は転移トラップがひとつ。
転移先? もちろんホークヒルでしょ。
そう、俺はリューンフォートからホークヒルへのホットラインを造るつもりなのだ。町からすぐにホークヒルへ行ける。どう? これなら子どもも安心してホークヒルに来られるだろ?