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第25話 自分勝手にならないことは思うよりもずっと、難しいこと

「はあ……」


 彼女のため息が、深い。

 目抜き通りに面したカフェ。午前10時だというのに客席はあらかた埋まっていて、彼女は通りに面した席でため息をついていた。

 彼女の前に置かれているのはふつうじゃあり得ないほど精巧に、薔薇の形にカットされている氷。そんな氷が添えられたケーキセット。この世界のケーキは多層に様々な味を重ねるのが一般的らしく、断面はまるで虹のようだった。ちなみに言うと、ケーキとも厳密には違うようだが、俺が食えばケーキにしか思えなかった。

 はい、俺です。

 俺は先ほどこのカフェの占領を終えたところで、トイレに出現してから何食わぬ顔で出てきた。ウェイトレスが俺の顔を見て「あれ? こんなヤツいたっけ?」という顔をしたけどな。

 悩んだ。ロージーのことについて。このまま放っておいてもいいんだよな。彼女にとっては男に襲われたのを助けられたんだから、俺は善行をしたってことになる。俺が彼女の認識から忘れ去られるのが俺にとっては——迷宮主にとってはいちばんいい。

 でも、なあ……。

 元はと言えばホークヒルのせいなんだよな。ロージーががんばっちゃったのは。

 だから放っておけない気がして。


「……あ、あのー。この席は私が先に来ていたのですが……」


 俺、彼女の向かいに座った。

 うん。

 アレだ。

 彼女の胸が気になったとかそういうんじゃないぞ? ほんとうだぞ? 夜勤明けでまだ寝ているルーカスを叩き起こしていちばんいい洋服を売ってもらったけど、別にオシャレしようとかじゃなくて、町に繰り出すのに必要な出費だと思ったからなんだぞ?

 戸惑った顔のロージーに、俺は告げる。


「大変なことになったみたいですね」

「!」


 驚きに染まる。


「その声は、もしかして……」

「はい。昨晩の者です」

「あっ、あのっ! あなたがいれば、ギルドマスターも納得——」

「——昨晩は千鳥足の男が歩いているのを見かけて、しかもギルドの建物に入っていくものですから、なんだろうと思っていたんですよ、そうしたら女性の叫び声が聞こえて、仕方なく入っていってあのようになった次第で、実は先祖から受け継いでいる相手を短距離転移させる指輪を使ったのです」

「……あ、はい」


 めっちゃ早口で全部説明した。

 しばらくロージーは目をぱちぱちさせていたけど、


「……どうして、そのままいなくなってしまったのですか?」

「ギルドに勝手に入ってしまったのがバレたらまずいかなと」

「ああ、そうですよね。確かに、すごく怒られますよ」


 怒られる程度で済むんかい。

 とりあえず、まあ、俺の素性とかあれこれ聞かれなくてよかった。


「先ほど、ギルドマスターがどうのと言っていましたが……俺、僕は、衛兵がギルドに出入りしていたのを見ただけでしたので、詳しく知らないのですが」

「はい。私が首になりました」

「えぇっ? どうしてですかあ?」


 我ながらめちゃくちゃ下手くそな驚き方だったと思う。俺に俳優の才能は皆無。知ってた。

 でもロージーは気づいた様子もなく、話してくれた。

 ギルドマスターからもともと煙たがられていたこと。レゲットのほうが立場が上なので、痛み分けという形で両者退職がいちばん望ましいと言われたこと。

 ……いやいやほんと。ブラックだな、冒険者ギルド。ちょっとムカついてきたわ。


「あなたにギルドマスターに説明してもらえれば、私の言い分が勝るかと思ったんですが……でも、改めて思うとそれもなさそうです。私、ギルマスから信用されていませんでしたし」

「そうなんですか? 差し支えがなければ事情を教えてくれませんか?」

「構いませんが——えっと、私、ロージー=ハーツと言います」

「鷹岡悠です」

「タカオ=カユウ」


 もう、その区切り方が一般的なの? 今後、ユウ=タカオカって言うようにするわ。


「ユウさんですか。変わったお名前ですね」

「あ……はい。やっぱりそうですかね?」

「あら。失礼しました。初対面——厳密には2度目ですけど、そんな方に失礼なことを……」

「大丈夫です。気にしてないですから」

「よかった」


 にっこりと笑うロージー。

 なにこれ。こういう会話めっちゃ楽しいんだけど。

 よくよく思うと俺って女子との会話なんてめっちゃ久しぶりなんだよな……ミリアはカウントしない。だがミリアのおかげでロージーともすんなり話せている気もする。くっ、褒めたくねえな、ミリアだけは!

 今は会話を楽しもうか。

 よーし。張り切って、女子力高い食べ物とか頼んじゃおうかな〜。


「……ユウさん、そんなの頼むんですか?」


 うん。頼んで後悔した。出てきたの、ドーナツ型の皿にごろごろアイスキャンディーが転がっているやつなんだもの。


「あ……え、ええ……甘いものに目がなくて」


 俺、腹が弱いのに……。


「それはそうと——ギルドマスターから煙たがられているという」

「……そうですね。あの、私の話は荒唐無稽かもしれませんが、聞いていただけますか? 私はギルドを首になってしまいましたけど、せめて考えていたことを他の方に知ってもらったほうがいいのではと思いまして」

「もちろんですよ。情報は伝えないと効力を発揮しませんからね」

「そう、そうなんです!」


 まずは、とロージーはホークヒルについて教えてくれた。

 うーん。よく調べてある。ダンジョン公開からの経過日数とか、訪問している冒険者の増え方とか——それはギルドに顔を出す冒険者から聞き取り調査をしていたようだ。


「命の危険がないダンジョン自体は、問題はないのです。ただ、重要なのはここからで——ギルドに、冒険者がいつかなくなってしまったのです」


 そう。

 俺が吸い寄せてしまったばかりに、ギルドでは依頼の遂行が滞っているらしい。

 冒険者なんて大金がもらえる——しかもリスクは小さい(銀貨1枚だ)——そんなチャンスがあればそちらに行ってしまうのだ。

 そのせいで、ギルドには依頼ばかりが寄せられ、溜まっていく一方だという。

 俺がギルドの掲示板で報酬上乗せの記載をよく見たけど、それはそういう理由らしい。人手が欲しいのに人がいないのだから。


「ギルドマスターは、町が平和であるのならいいことだ、と取り合わないんですが……私は、これはダンジョンによる間接的な町への侵略だと考えているんです」

「ずいぶん論理が飛びますね」

「冒険者ギルドは、町の問題を解決するために冒険者が血液のような役割として機能しています。各種商人ギルドが貨幣を血液のように扱い、軍が治安のために兵士を血液として扱うように、です」

「ふむふむ」

「冒険者ギルドが機能しなくなれば、表面上は安定しているように見えても、どこかでほころびが生じ、それが大きくなっていくことを懸念しています。たとえばモンスターと戦う練度が下がります。たとえば住民の不満を解消するために大金が必要になります」


 よく考えているし、それを裏付けるデータ——ホークヒルができてからの、依頼の達成状況や住民からのクレーム状況などを数値化してまとめている。


「ロージーさん。ひとつたずねますが、そのように数値化された裏付けを説明することは一般的なのですか?」

「……いえ、あまり理解されません」


 ああ、やっぱり。ルーカスとかアルスが異常なんだよな。どうも日本で言う「大学」みたいな場所は国に1つくらいしかないようだし。みんながみんな高度に教育されていたら、この世界にはビルが乱立してるんじゃないかと思うわ。


「ですが、数字がいちばん客観的に物事を——」

「証明しますね」

「そう、そうなんです! ……よかったぁ、わかってくれる人がいて……」


 泣きそうな顔で彼女は笑った。

 ううむ。なんか悪いことをしている気分になってきたぞ。

 もともとはホークヒルのせいで彼女はこんなふうになってしまったんだし。

 俺、アイスキャンディーをなめながら考える。うん、イチジクとキュウリを混ぜたような味だ。青臭いんだよなあ。


「あの、差し支えなければ教えていただきたいのですが……次のお仕事のあては?」

「…………」


 うわ、聞いちゃいけない質問だったか……。そうだよな。いきなり首になって次の職場決まってるなんてことありえないよな。日本だって都内の電車の中には「あなたのための転職サイト」「これがわたしのやりたかった仕事」みたいな感じで転職を煽る広告がいっぱいあるくらいだし、きっちり周到に準備して転職しないとな。


「……私、こんなふうに、考え事に夢中になってしまって……そのせいで、なかなか他の仕事にも就けないと思うんです」

「えっと……それじゃあ、ご実家に帰るとか」

「それがいいかもしれません。このリューンフォートからずっと西の郊外で、農家をやっているんですが……」


 したくない、という表情だ。

 だよな。

 これだけ調査や分析に秀でているのに、手を動かす農業をやるというのはさすがに合わない。農業をやるんならリオネルやスケルトンたちのように純粋な労力があったほうが……待てよ、アンデッド農業、いいんじゃね?

 じゃなかった。今はそれはいい。

 彼女はきっと、物事を考え、推理し、仮説を立て、証明し……そういう仕事をしたいのだ。


「さらに突っ込んだことを聞きますが、ギルドでの給料はいくらでしたか」


 俺はこのとき、ひとつのことを決めた。


「……えっ!?」

「同額を出してもいいです。俺、じゃない、僕が調べたいことを調べてもらえるのなら」


 ロージーを俺が雇う。


「あ、え、えっあのー……そんな、今日会ったばかりの方に」

「いえ、これはあなたのように理知的な方にしか務まらない仕事だと思います。調べて欲しいことは次の内容です」


 リューンフォートの人口。

 年齢分布、男女比。

 納税額。

 納税額から算出できる所得分布。

 所得分布の平均値と中央値。


「……一体、なにに使うつもりですか?」


 彼女の瞳に、怪訝なものが見える。

 だよな。いきなり初対面の男にマクロ分析依頼されたら「もうちょっと気の利いた口説き方しろよ」って思うよな。

 でもこれらのデータは重要なんだ。俺は直感的に銀貨1枚の入場料でダンジョンを始めたけど、今後はもうちょっと値付けを正確にしていく必要がある。

 そしてその先だってある。

 他の町からの集客だ。

 けして彼女の胸に目が奪われているからとかそういうんじゃない。ないったらない。


「俺……じゃなくて僕は——」

「ユウさんの素のしゃべり方でいいですよ」

「す、すみません……えっと俺は、つい最近このリューンフォートに来ました。それで今、とある食品問屋の息子と組んで仕事をしています」


 俺がルーカスと彼の実家の名前を出すと、


「ああ、ルーカスさんはついにご商売を始められたのですね」

「ルーカスって、実は有名人なんですか?」

「それはもう。商業学校でも抜群に頭のいい『3秀』と呼ばれていましたから」


 そ、そうなんだ。俺の前じゃダンジョンに血走った目を向けてるちょっとヤバイヤツって感じなんだけど。まあ頭がいいことは知ってたけど。


「俺はヨソ者だから、肌感覚でこの町のことがわかりません。だからデータが欲しいんです。ちゃんとビジネスとして採算が取れると思いますし、ロージーさんが次の仕事を見つけたら、そこで辞めていただいて構いません」

「…………」


 彼女は少し迷うようにした。


「……やります」


 だけれど決断は、早かった。


「ではよろしくお願いします。1週間後にこのお店で会いましょう。それまでにレポートをまとめてください」

「はい!」

「前金をお支払いーー」

「いえ、結構です。私の考えを尊重してくださったので、私もユウさんを信用します」

「……わかりました」


 ちなみにギルドの給料は、月に銀貨200枚だった。そこそこよい待遇であるらしいが……そう考えるとダンジョンの報酬はもっと上げていかないと冒険者の興味が薄れるよなあ。

 このあたりは要検討だ。

 考えなければならないことが多すぎる。


「……捨てる神あれば拾う神あり……ですね」


 ロージーの瞳が少し潤んでいた。


「……また、1週間後に」

「はい。お先に失礼します」


 涙を振り払うように立ち上がると、彼女は去っていった。

 ……やっぱり責任感じるよな。

 俺がホークヒルなんかを始めたせいで、冒険者が町から離れ、ロージーが首になった。

 だけどこれは一時的な現象だ。現に、冒険者たちはほとんど稼げていない。だからダンジョンの盛り上がりも長続きはしないだろう。

 俺は心に決めた。


「よし……初級第3ダンジョンをオープンしよう」


 ローリスク、ローリターン。ハイリターンもワンチャンあるという初級第3ダンジョン。

 そしてもうひとつ、俺は決意する。

 ロージーみたいな女の子を泣かせてはいけない。めちゃくちゃ反省した……俺、ちょっと欲望が暴走しつつあるかもしれない。最近うまくいってるから、調子に乗っているのかもしれない。レゲット氏というあほな事例を目の前で見ることができてよかった。

 俺はこの異世界に来て、好き勝手生きる、と決めた。

 一方で、自分勝手に生きたいわけじゃない、ともうそぶいていた。

 その「自分勝手」っていうのがくせ者だ。俺は気づかないうちに自分勝手になりそうになっていたんだ。

 もっといろいろなものに目を向けよう。

 俺がハッピーになって、みんながハッピーになれればそれに越したことはないじゃないか。

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