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第23話 静まれ……俺の右手ッ……!

「お、おお……おおお…………おおおおおおお」


 光が収まると俺は震えていた。

 ああ、確かに占領した。この建物を。冒険者ギルドを。

 ダンジョンにつながった感覚がはっきりしている。ただ、俺が手ずから掘ったダンジョンとは違う認識だ。俺のダンジョンがブルーで表示されているなら占領した冒険者ギルドはイエロー、みたいな。

 感覚的に「違うな」とわかるだけで、他は変わらない。潜伏(サブマリン)を使えば壁をすり抜けられるだろうし、高速移動(ファストムーブ)の移動対象だ。

 建物の構成がよくわかる。3階建てでさらに屋根裏がある。1階はカウンターやテーブル席のあるエリアで冒険者向けの「表の顔」だろう。2階は執務エリアだ。書棚が多く、いろんな資料があるようだ。3階はお偉いさんの部屋だ。応接室もあるな。

 ふむ? なんだ……2階には金庫があるな。金庫は金庫として認識するけど、中身はダンジョンの一部とはならないようだ。

 屋根裏はネズミの巣窟だった。ゴミが転がっているようだけど。

 ん……地下もある? 地下道……か? 扉があって、その先はダンジョンとしては認識していない。扉で建物と外を区別しているのかもしれない。


「よし、そろそろか」


 高速移動(ファストムーブ)が使えるMPが溜まるまで待ってから俺は移動を開始した。ではでは、冒険者ギルドに入ってみましょうかね。




「……静かだな。そりゃそうか」


 1階にやってきた。真っ暗だけれど俺にははっきりと、なにがあるかは認識できている。ただし紙に印刷された文字なんかはわからない。ダンジョンは建物が対象で、建物にある物質はダンジョンの一部じゃないしな。

 俺は懐中電灯を造りだし、点灯する。魔法を応用したものだ。一応、建物内には人が1人いるきりなのはわかっている。宿直みたいなものだろうか。横たわって動かないところを見ると寝ているのかな?


「ふーん……」


 俺は壁に貼られた依頼を確認する。文字、読めるんだよな〜。フェゴールのジイさんが俺にくれた言語のおかげでさ〜。ほんとジイさん、ありがとう。情報は命だもんよ。


「下水路に住み着いた巨大ネズミの駆除。西部方面馬車の護衛。おっ、幽霊屋敷の浄化? 火鏡草の納品。へー、面白いな」


 俺はあれこれ見ていくが、固有名詞がまったくわからないので、雰囲気だけしか伝わってこない。でも、いいのだ。雰囲気が大事。だって異世界だぜ? 冒険者ギルドだぜ? 雰囲気がいちばんでしょ!

 ま、まあ、真夜中だから美人のカウンター嬢もいないし、絡んでくる噛ませ犬冒険者もいないし、いかついギルドマスターもいないけどな……。


「ん? しかしなんか……『報酬割り増し』が多くないか?」


 最初に書かれた報酬、たとえばネズミの駆除だと銀貨5枚なのだが、これを赤いインクで×にして、銀貨7枚になっているのである。

 最初は低めに出して、だんだんつり上げるような手法が一般的なのかな。ま、いいか。


「では奥へ参ろうか」


 宿直? はまだ寝ている。気にしないでいこう。

 どこに人間がいるのかわかるものの、もちろんドキドキはする。幽霊とかいたら反応するのかな? ヤバイ、考えたら怖くなってきた。考えるの止そう。

 カウンターの向こう側に入っていくと、休憩室のようなものがあり、細々とした執務部屋が2つほどあった。宿直部屋は廊下の突き当たりだ。俺は手前の階段から2階へと上がる。


「おぉ……なんか、こう、オフィスだな」


 広々とした部屋。机がずらりと並んでいて島ができている。窓際にはお誕生日席がある。なんか日本のオフィスを彷彿とさせるな。違うのは机に載っているのが何種類かの羽ペンだったり、魔力が宿っているらしいクリスタルであったりするところだけど。

 床は木材なので、歩くとギィと音が鳴る。俺は資料部屋へ向かってみる。


「ふうん……図鑑とか、地図とかか」


 冒険者の名簿とかあるのかと思ったのに。

 ひょっとしたらギルドは魔法を使って冒険者を管理しているのかな。でないと町から町に移ったときにその冒険者の個人情報というかランク情報が引き継がれないもんな。

 ともあれ俺は世界地図、この辺りの拡大地図を見つけると、中級整形(リイス)でコピーした。書きつけたのは紙じゃなくて鉄板だけどな。あとでじっくり眺めよう。俺、地図とか眺めるの好きなんだよな。あー、こんなところにこんな町があって、人間が生きているのかと思うとすごく不思議な気分になるし。


「これが金庫か」


 で、2階のメインディッシュ。金庫である。


「ヤバイヤツだ、これ……」


 もうね、すんごい魔力なの。

 俺の身長くらいの立方体なんだが、表面に魔法陣が浮かんでるワケ。

 触ったら死ぬ。絶対そうだわ。

 まあ、盗むつもりもないし引き上げようかな。なにが入ってるのかは気になるけど。


「ん、そうか。この金庫を開けた人間がいたら、こっそり高速移動(ファストムーブ)でやってきて潜伏(サブマリン)でのぞけば、中はわかるか」


 よしよし、そうしよう。

 こ、これはのぞき趣味とかじゃないんだからね! あたしの大切なダンジョンに変なものが置いていないか確認するためなんだからね!


「で、こっちが3階か」


 俺、階段を見つけて3階にあがる。


「おお……町だ」


 窓ガラス越しに町が見える。さすがに現代のガラスと同じレベルとはならないけど、ほとんど不純物や気泡が入っていない、厚さもそこそこ均一の窓ガラスだ。

 2階は雨戸が閉じられていたから見えなかったが、3階は廊下の窓が町の方を向いていて、そこから月明かりが差し込んでいた。

 ほとんどの家の明かりは消えている。それでも町は明るい。魔法技術が発達しているからだろう、ランプの明かりが——魔力を伴う明かりが、主要な街路を照らし出している。巡回中らしい衛兵の持つランプが見える。ぽつりぽつりと見えるのは、深夜までやっている居酒屋なのか、あるいは夜のお店なのか。


「俺は町に来たんだな」


 ようやく実感が湧いてきた。

 屋台で食い物を買ってぶらぶらとかはできないし、馬車に乗って移動もできないけど、ここは町だし、俺は町に来た。

 ……異世界なんて来てしまって、どうしようかと思うことばっかりだったけど、俺、なんとか生きてる。なんとか、やっていけるかもしれない。




 3階の探索はすぐに終わった。アレだ。部屋自体にとんでもない魔法がかけられていて入れないんだ。金庫のヤツほどじゃないけど、今の俺に魔法を解除する手段はない。っつうかどうやっていいかさっぱりだし、そもそも冒険者ギルドのお偉いさんに興味が全然ない。どうせ頬に傷のある元Sランク冒険者だったギルドマスターなんでしょう?

 屋根裏ではネズミが大運動会を繰り広げているので邪魔する気もないので放置。

 あっけなく終わったな、不法侵入——じゃなかった、新しく手に入れたダンジョン探索。

 ダンジョンの占領については相手が迷宮主のいるダンジョンではまた違ったことになるんだろうか? たとえば他の迷宮主が俺のダンジョンにぶつかったときに、占領しようとしたら俺にも報せが来るのかな? わからん。とりあえず冒険者ギルドはダンジョンの一部になったし、魔力を消費して、光っただけだった。外見は変わらないから、誰もここがダンジョンになったとは気づかないんじゃないかな。


「宿直くらい見ていこうかな」


 まだ寝てる。俺も静かに歩いたけど、寝過ぎじゃないかね。宿直の意味あるの? あるいは宿直じゃないのかな。

 1階に降りていく。宿直部屋(ってプレートが出てたからやっぱり宿直で間違いないな)の前に立って中をうかがう。うん、動く気配ないな。

 おじゃましまーす。

 ドアを開けると音が鳴るので潜伏(サブマリン)を使って入り込む。

 ほう。こざっぱりした……いや、はっきり言おう。なんもねーなこの部屋。

 小さなテーブルとイス。ベッドだけ。

 ベッドにはこちらに背を向けて寝ている人物がひとり。すーすー寝息が聞こえ——ん?


「んぅ……」


 !?

 うおっ、びびった。寝返り打っただけかよ。あやうく高速移動(ファストムーブ)しちゃうところだった。臆病は美徳なんだぞ。こんな異世界で生きていくには。


「…………」


 これ、宿直……って、冒険者かと思ってたんだが。一応、賊が入ってきたりするのを防ぐための。

 でも違う。

 たぶん、ここの職員だ。

 枕元には丸メガネ。長く豊かな栗色の髪が広がっている。目元にはそばかす。肌は白くて、つんとした鼻が可愛らしい。

 年齢は18歳とか20歳くらいだろうか。

 うん。

 女だ。

 寝ていてもわかる——胸の膨らみが、驚きのサイズ。オトナになったミリアよりすごE。おっと、カップなんて私にはわからないからな、一目見ただけでそんなそんな。

 ひょっとしたら魔法とか使えるのかもしれないけど、パッと見は非力な女性だ。そんな女性が無防備な寝顔をさらして寝ている。っていうか……大丈夫なのか? 確かに金庫とか3階の部屋はがちがちに防御されている感じがあったけど、1階はふつうのカギが掛かってるだけっぽいんだが。冒険者ギルドだろ。なんか盗みに入ろうとか思うヤツがいたりするかもしれないだろ。そういう悪いヤツが——こんな女の子を見つけちゃったら、そりゃ、乱暴しちゃうんじゃないのか……。


 ごくり。


 なにかと思ったら俺がつばを呑んだ音だった。

 え? いやいや、なに考えてるんだ俺。確かに童貞だし、当面の目標は脱チェリーであることは間違いないけど、嫌がる相手を無理矢理とかないだろ。……ないよな? いや、わかってる。そりゃな、ここで俺がむちゃくちゃやっても証拠も残らないし逃げ切れること間違いなしなんだが、いやいやいやいやなに考えてるんだよ、そんなふうに考えること自体がヤバイだろ。


「!」


 そのとき——だ。

 俺が自分の右手を左手で押さえつけ「くっ、静まれ、俺の右手……!」みたいな雰囲気になっていたときだ。

 俺は、この冒険者ギルドに入ってくる何者かを感知した。

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― 新着の感想 ―
街中のトイレ占領したらクソ儲かりそう。
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