第22話 C(チャーリー)を占領せよ
トンッ、トンッ、トンッとミリアの形の良い人差し指が、迷宮司令室のテーブルを叩く。
肉感のある太ももをどっかと組んだ彼女ははっきり言えば不機嫌だ。
ミリアがでっかくなってから2週間と少しが経過している。彼女がいる生活にも慣れた。そ、そりゃまあ、ね? 最初はね? エロイ身体の女が(たとえ肌の色が紫がかっていても)現れたのだからドキドキしましたよ? でも中身はミリアだ。がさつで乱暴だ。一人称は「おいら」だ。色気もクソもない。
「だから言ってんだろー? おいらはじめじめした部屋がイヤなんだよ」
「じめじめしてないだろ。温度は22度、湿度は75%を保ってる。これでじめじめしてるんならもっと乾燥させてやるよ。お前の自慢の金髪がパキパキになるくらいに」
「ちっげーよ。そういうんじゃなくて、なんかさー、こう、暗い」
「明かりは十分だが? お前の部屋だけ特別扱いで天井一面にライト点いてるだろ? 骨どもなんて明かりがまったくないどころか調度品ひとつない部屋で立ったまま寝てるんだぞ」
「私らそういう執着がまったくありませんからねえ。そもそも寝る必要もないんですが」
からからと笑うリオネル。
寝る必要も休憩する必要もないようだが、365日24時間勤務を強いるとなると、前の世界での俺の勤務記録がちらつくんだ……20連勤とか当たり前でしょ? クライアント様は待ってくれないのよ?
「うっ、胃が!」
「ボス、なにやってんすか」
「ほっとけよリオネル。またユウのワケわかんないヤツだよ」
意味不明が通常運転のように思われている迷宮内での俺の立場はどうなってるんだよ。主なんだが。ここの。一応。
「あのー、私思うのですが。ミリア殿は部屋に窓が欲しいのでは?」
「窓ぉ?」
「昼夜もわかりますし、外の風も入ってきますし」
「あー、そうかもしんねーな。おいら、ここんとこ全然外出てねーし」
出てくれても構わないんだぞ。そのまま町に行ってくれても俺としてはまったく構わないんだが?
「窓なんてダメだ、ダメ」
「えー、なんでだよ、ユウ」
「ろくなもんじゃない。昼夜がわかるだって? 周りのビルの明かりがどんどん消えていって『ああ……六本木でもほとんどの会社が終電前に帰れるのに、俺なにやってんだろ……』って自覚させられるだけだぞ。死ぬほどキレイな朝焼けを見て、まだ終わらない仕事を前に無性に泣きたくなるんだぞ。極めつけはロケットが飛び込んでくる」
リオネルとミリアが視線を交わす。
「こいつやっぱ頭おかしーよ。意味わかんねーもん」
「迷宮主の考えることですからねえ」
容赦ないよな、こいつらって。
「なー、ユウ。窓くらいいいだろ?」
「……わかったよ。そのかわりめっちゃ遠いところに部屋移すからな」
「は? なんで?」
「窓を造るってことは侵入経路を増やすってことなんだよ。リスクは遠ざけておく。それは基本だ」
「なんだよそれ! おいらは家族じゃねーのかよ!」
「家族じゃないし。どうせ転移トラップで移動するし」
「ユウのバーカ!」
「バカはどっちだ。転移トラップで移動するのに距離なんて関係ない」
「関係あるよ! 心の距離がある!」
「心の距離なんて最初からあったし、一度も縮まったことはなかっただろ」
「う〜〜〜〜」
ばーか! と叫んでミリアは自分の部屋に戻っていった。転移トラップを踏んで。
「あーあ。ボス、怒らせた」
「いやいや……っつうかあいつ、全部俺の金でメシ食ったり服買ったり家具そろえたりしてるのに、遠慮とかそういうのないのか?」
「逆なんじゃないですか?」
「ん、逆?」
「まあ、ボスには人間らしさはわからないですよねえ……」
うんうんとうなずいてるリオネル。
いや、お前骨なんだが……。むしろ俺のほうが人間らしいと思うんだが……。
《1,000万。迷宮占領、迷宮同盟、迷宮降伏が使用できるようになりました》
うおっ。なんだ?
びくりと身体を動かした俺を、リオネルがうさんくさそうに見てくる。
「いや、急にカヨちゃんの声が聞こえてきてな」
「……カヨちゃん?」
あ、こいつにカヨちゃんの説明してなかった。
まあいいや。説明するのも面倒だし。
今のタイミングで最大MPが増えたのだ。なんだろう? と思ったけど、ルーカスのやっているホテルやレストランで落ちたゴミや排泄物を吸収したせいだろう。ダンジョン便利。そして衛生的。究極のエコだわな。
おかげさまで初級第2ダンジョンも盛況で、いまだクリア者が出ていないことから日々の売り上げも銀貨600枚にまで伸張している。
にしても、もうMP1,000万か。そろそろ単位の通貨切り下げを行ったほうがいいかもしれん。
とりあえずカヨちゃん、もう一度覚えた迷宮魔法の名前教えて。
《迷宮占領、迷宮同盟、迷宮降伏です》
……なんじゃそりゃ?
今までの迷宮魔法と、なんていうか毛色が違う気がする。
これまでのが「召喚魔法」「土魔法」みたいな類だとすると、これは……なんていうか、システムメニューみたいな? ああ、まあ製造精霊なんかもシステムっぽいっちゃあそうだけども。
迷宮占領ってなに?
《接した迷宮を占領することができます》
接した迷宮——とそこで俺は、先日リューンフォートの町に行ったことを思いだした。
俺が床下に穴を空けた冒険者ギルドの建物、クソ、リオネルのヤツ、変な建物に案内しやがって……じゃなかった。あそこで感じた「弾かれる」というもの。
俺は建物を「迷宮」と認識したんじゃないか?
リオネルは出入りができた。空間がつながっているだけだからな。でも俺は迷宮主だ。俺が移動できる範囲は「迷宮だけ」。冒険者ギルドを「別の迷宮」と認識したのなら、俺は移動できないが、移動できる可能性も残している。
それがこの迷宮占領だ。
めっちゃドキドキしてきた。
迷宮として地下でつながった建物間を移動できるなら、俺は、町の施設も全部利用できるということじゃないか。
……カヨちゃん、接した迷宮はなんでも占領できるの?
《可能です。迷宮によって必要な消費魔力量が変わります》
来た! 可能です来た!
……気になるのは消費魔力量が変わるというところだな。こればかりは試してみないと……。
うずうずするが、まずは残り2つの迷宮魔法についても確認してみよう。
迷宮同盟ってなに?
《接した迷宮の迷宮主に同盟を申し入れします》
ほう?
同盟って?
《迷宮主の相互の迷宮への行き来が可能となり、迷宮主の専有する機能の一部を利用できます。許可する機能については協議によって変更可能ですが、互いの迷宮において同じ許可状況となっている必要があります》
なんか難しいこと言い出したな。
つまりは他の迷宮主の迷宮に、「ごめんくださいよ」と言って入れるってことか。しかも機能の一部が利用可能、と……機能ってなんだよ、って感じだけど、そこは話し合いで決まるのかな。
しかし他の迷宮主か。確かに、俺みたいにいるんだろうな、他にも迷宮主が。どういうヤツらなんだろう。
「なあリオネル、他の迷宮って——っていうかなにやってんだよお前」
俺が聞いてしまったのは、リオネルが俺の向かいに座って、ほおづえをついて呆けた顔をしていたからだ。
「あ、ボスの真似をしていました」
こいつ、ブッ殺すぞ。ああもう死んでたわ。
「……で、他の迷宮の迷宮主ってどんなヤツだかわかる?」
「わかりませんねえ。私、迷宮主に喚ばれたのはボスが初めてですし。話で聞くところによると黒い霧だったり、水晶核だったりするようですが」
生き物ですらねーのかよ。
ま、いいや……どこかで迷宮同士がぶつかったら話し合いが必要になるかもしれないってことだな。
うーん。正直、人間はそこまで怖くないんだよな。いざとなれば緊急避難も高速移動もあるし。そのためにダンジョンを拡張しまくって、逃げ場所は10以上確保してある。
でも他の迷宮主……俺よりもはるかに高いMPを持ってるヤツがいたら……。
逃げよう。
逃げるのがいちばんだ。
話し合いで解決できると考えるのは早計だ。まず逃げる。逃げてから考える。それがいちばんだ。
よし、カヨちゃん、迷宮降伏について教えて。
《接した迷宮の迷宮主に降伏します。所有している迷宮を放棄することになり、すべての迷宮機能、迷宮魔法が使用できなくなり、迷宮主ではなくなります。一方的に宣言できるので、相手の許可を必要としません》
なるほど。
話し合いで解決しなかったら使えってことだ。
俺はめっちゃ大事なことに気がついた。
——迷宮主ではなくなります。
つまり、迷宮の外に出られるようになるのだ。
ちなみに迷宮同盟の消費MPは5で、迷宮降伏は10だった。低すぎ。
俺は冒険者ギルドの地下に来ていた。リオネルは連れてきていない。アイツがいると逃げるときに高速移動が使えないからな。置いてきぼりにすることになるし。
時刻は夜中の1時。
さすがに町も寝静まっている。
冒険者ギルドにいきなりチャレンジするのはリスキーな気がしたが、他の家を探すのも面倒だし、いざとなればサクッと逃げりゃいいやという思いでやってきたのである。
「……よし、やるか」
占領戦だ。FPSでよくあっただろ。フラッグの下に一定時間いると占領できる。リスポーン地点になる。そのイメージだよな。まあ俺は死んだらリスポーンできないけど。
「……死んだらリスポーンできない、当然だよな」
急に怖くなってきた。俺が占領しようとするタイミングで冒険者が雪崩れ込んできたら? 魔法を封じるようななにかがあったら?
いや、待て待て。不安は考えても仕方ない。どのみちリスクを取らないでリターンは得られないのだ。
「行くぞ」
ぼこっ、穴を空ける。
ぽかりと開いた空間——いや、前回と違う。刃物による床板への生々しい傷痕、は、もちろんそうなんだけどそれじゃなくて。
《9,287,779》
そんな数字が浮かんでいたのだ。
穴の開いた床下に、淡いピンク色の円形が浮かんでおり、その中央に刻まれていた。
「消費MPだ……」
900万。多いな。
俺の今のMPは960万少々。一応、多めに見積もってMPを使わずにおいて正解だった。
占領にそんなに使うことになるとは。
でも占領できるMPだ。
俺が冒険者ギルドを占領できるのだ。
すごくドキドキする。
喉がカラカラだ。
「やるぞ……迷宮占領」
俺の指先が光り、淡いピンク色の円と触れる。
そうして光はますます輝きを増していく——次第に、目を開けられなくなるほどに。
次回、冒険者ギルドへ侵入!
※けして真似しないでください